2018年10月22日星期一

2018年・ヤワラートのキンジェー

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 今年のキンジェー(菜食週間)は10月8日から17日までだった。期間中にヤワラートの中華街で屋台が出ているとの話を聞いたので、足を運ぶことにした。
 通りにはキンジェーを表す黄色の横断幕が掲げられていた。

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 屋台で出すものは様々。主食である麺やご飯、所謂ぶっかけご飯の類から、春巻や揚餃子など普段食べるものを菜食にアレンジしたものも。
 左写真は竹筒で調理したもち米(カオニャオ)。普段マンゴーと一緒に食べる甘いものではなさそうだ。

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 こちらは揚げ菓子。同じまな板で材料を混ぜ、こね、揚げた後に丸め、小さく切って店頭に出している。






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 キンジェーは菜食週間、菜食を旨とするとともに刺激の強いものも食べないとされている。しかしながら、この期間中に出されるキンジェー仕様の米麺などは唐辛子を味付けに使っている。使ってよいものとそうでないものの違いが、小生にはよくわからない。味というよりは、パクチー(香菜)のような香りの強い野菜を食べない、ということなのだろうか。




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 更に並んでいる屋台の中には、日本のたこ焼きを出すところも。タコは入っているのかと聞いたところ、細かく切ったタコの足を見せて「入っている」とのこと。タコは「慎むべき食材」ではないのだろうか。キンジェーで慎むべきものが、今一つ分からない。
 ヤワラートの中華街ではこのようにキンジェーのイベントで賑わっているが、新しく来た中国人が多いホワイクワーンあたりではキンジェーのイベントはなく、普段通りのように見受けられた。
 このキンジェーは1週間余り肉食を控えるイベント、食生活を振り返る良い機会なのだろう。

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2018年10月10日星期三

NOK AIR

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 先々月コーンケンに飛ぶときに乗った、NOK AIR ノックエアの飛行機。この会社の飛行機は、機首が鳥の嘴のような塗り分けになっている。







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 機首が尖ったプロペラ機だと、なおのこと嘴に見えてしまう。サングラスをかけた鳥、という風情だろうか。
 日本にはシンガポールの航空会社、スクートとの合弁であるノックスクートのフライトが飛んでいるが、やはり鳥の嘴の塗装だ。





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 これは去年ウドンタニに行ったときに乗ったノックエアのジェット機。尾翼に描かれた、笑った鳥も特徴的だ。

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2018年10月9日星期二

Singha Park Khon Kaen Golf Club

 2か月ほど前のことになるが、バンコクから飛行機で1時間、タイ東北部イサーンの主要都市であるコーンケンにあるSingha Park Khon Kaen Golf Club シンハ・パーク コーンケン ゴルフクラブでゴルフをしてきた。

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 プロショップの入口にはこんなゴルフクラブを振り上げる日本人形が。
 シンハービールの資本によるゴルフ場だが、特にビールの図柄に因んだウェアや帽子などはなかった。タイのゴルフ場ではホールインワンをするとシンハービールをあしらったキャディバッグをプレゼントすると謳っているところが多いが、そういうものも売ってはいなかった。




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 コーンケンの大地に広がるコースで、起伏は少なく水も極端に多いわけではない。バンコクの高級ゴルフ場に相当するようなきれいなフェアウェイとグリーンだ。




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 グリーンの旗はシンハービールの製品のマーク。左が同社の炭酸水、右は別ブランドのLEOビールのマーク。





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 アップの写真は撮れなかったが、シンハービールの商標の旗も。








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 このゴルフ場はシンハービールの工場の隣にあり、途中にその工場を横目に見るコースもある。








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 よく整備されたゴルフ場だと思うが、如何せん客が少ない。クラブハウスでも自分の前にロッカーキーを受け取った署名は10人くらいだったし、コースでも前後の組は見えない。プレーをするには快適なのだが経営が持つかどうかが気になるところで、これはシンハ―の財力で持っているという感じだろう。プレー後のレストランもプレーヤーは少なく、行ったときには近所の人だろうか家族の食事会をしている一団がいた。
 人が少ないのでコースにいる犬ものんびり。
・Singha Park Khon Kaen Golf Clubのウェブサイトはこちら

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2018年9月24日星期一

ドゥシット動物園

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 バンコクの王宮のすぐ裏手、まさに中心部にあるドゥシット動物園。







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 西側の入口を入ってすぐ、象がうろうろしている。









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 動物園、ということで、タイ育ちの動物とともに世界各地からこの地にやって来た動物たちが目を引く。








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 こちらは水槽を泳ぐウミガメ。






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 キリンは目の高さから見ることができる。






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 トラやホワイトタイガーは、暑いせいか伸びて休んでいるようだ。





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 こちらも奥の日陰から出てこようとしない。人間もそうだが、暑いタイでは日陰が心地いいようだ。






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 ウサギやカピパラといった小動物も。





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 こちらは熊。






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 カバは一心不乱に食事を摂っている。






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 バンコク市民の憩いの場でもあるこのドゥシット動物園、残念ながらこの9月末で80年の歴史に幕を閉じる。バンコク中心部にある王室の土地ということで、他の用途に土地が転用されるようだ。
 動物たちは、パトゥムターニーに来年できる予定の新しい動物園に引っ越しだそうだ。

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 サファリパークとはまた雰囲気が違う、気軽に来て動物を間近にみることができる動物園がなくなってしまうのだが、これも世の流れか。バンコク都内の中心部ということでバス等の公共交通機関で来られるところも魅力だったのだが、郊外だとちょっと敷居が高くなるだろうか。

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2018年8月31日星期五

Kamphaeng Phet Akarayothin Golf Course

 普段取引先や知人と行くゴルフとは別に、思い立ったら行くことができる気楽なゴルフ場を求めて、インターネットで検索して見つけたKamphaeng Phet Akarayothin Golf Courseなる9ホールのゴルフ場へ。名前にKamphaeng Phetがつくがタイ北部のカムペーンペット県にあるわけではなく、バンコクから西にタクシーで1時間程走ったところにある、サムットサコーン県にあるゴルフ場だ。
 軍の駐屯地の中にあるようで、入り口には大きな銃を構えた兵士が待ち構えていた。
 インターネットで偶然見つけたというのは、距離測定器のShot Naviでこのコースの距離も計測可能とかで、さぞそれなりのゴルフ場かと思って行ったのだが…

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 1番ホールのウェアウェイはこの通り、芝が生えておらず地面がむき出しだ。あまりにも手入れがなされていない。他のゴルフ場だと土の上から打つ(打たざるを得ない)のは大きくフェアウェイを外して林の中などから打つときくらいだが、ここではウェアウェイがこの有様だ。




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 2番ホールからは少しまともになった。手入れが良いとは言えないが、他の9ホールコース並か少し良くない程度だとは言えるだろう。







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 軍の敷地内ということからなのか、茶店では迷彩服を着た兵士と思しき人が飲み物や食べ物を売っている。








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 途中のホールの横にはサッカーのゴールが。運動施設を詰め込んだ感じだろうか。それにしてもゴルフボールが飛んでくる環境は危ない。







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 ティーグランドでの距離ティはいくつか設定があるのだが、そこには1つしか距離ティがない。しかもホールによって色が違うので、合計の距離がわからない。







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 更に言うと、コースの周りを道路が走っていて、車やバイクが普通に走っていく。打ち損じて車やバイクに乗っている人たちにボールを当てることがないか心配だ。







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 このゴルフ場には何かが足りない、と思ったらバンカーがないことに気付いた。と言うか、バンカーに砂が入っておらず普通にアプローチをすることができる。







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 コースの中心には昔日タイで名を馳せた人の銅像が。おそらくラーマ5世像だろう。
 おそらくここで働く軍人らの娯楽用のコースであり手入れはそれなりなのだろう。キャディもいるのだが、私が行ったときには人がいないのかクラブハウス(と言える大したものではないが)にいた受付の男性が電話で知り合いの男性をを呼んできてキャディの役割をさせていた。
 ゴルフ場としては再度行こうとは思わないが、軍の駐屯地ということで敷地内で生活できるようになっているのだろう、宿舎や小学校と思しき学校、そして(所謂茶店ではない)売店を敷地内で見ることができた。敷地内で暮らせそうというのは中国の大学のようだ。もっとも、これらを見たのはプレー後に水を買おうと思ったら冷蔵庫を管理する人がおらず鍵がかけられていてやむなくバイクの後ろに乗せられて移動したからであって、やはりゴルフ場としてはなってない感じだ。

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2018年7月30日星期一

パスポート更新

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 前回パスポートを更新したのが2009年12月、有効期限まではまだ1年以上あるが、余白のページが少なくなったのでパスポートを更新した。前回の更新後最初に旅行に出たのがタイ、そしてその後時を経てタイに住み今回は在タイ日本大使館で更新、パスポートの発行官庁欄には「EMBASSY OF JAPAN IN THAILAND」の記載がある。タイ旅行で使い始めたパスポートがタイで役割を終えたことになる。
 そして前のパスポートでは(太平洋を中心にした世界観だが)東はパナマまで、そして西はカナリア諸島まで旅行し、このパスポートで地図の右から左まで旅したとも言える。新しいパスポートで頻繁に旅行ができるのかはわからないし、バンコク以外の外国に住むことがあるのかはわからないが、海外にいる日本人にとって自らを証明するために重要なパスポート、なくすことがないように万全の注意を払いたい。
 今回パスポートを更新するに際していろいろ調べてみたが、台湾で日本のパスポートを作成・更新する際も在タイ日本大使館発行のパスポートになり、パスポートがバンコクから台湾に送られて申請者に交付されるそうだ。後述のICパスポート発行機械がない在外公館だと日本の外務省発行のようだが、台湾についてはそうしてはおらずタイ発行なのは地理的にはそこそこ近いとはいえ何らかの建て付けがあるのだろうか。
 そしてパスポートを申請してから受領するまでの日数だが、日本で申請すると例えば東京都だと申請から受領まで6営業日かかるようだ。他方在タイ日本大使館(バンコク)だと3営業日後の受領、これが最速な訳ではなく例えば在重慶日本国総領事館だと午前中受付で午後受取の即日受領が可能なようだ。他方ICパスポート発行のための機械がない在外公館で申請すると1ヶ月以上かかるとの案内を出しているところもある。
 また、在外公館でのパスポート申請に限り、ウェブサイトで申請書を作成することができる(作成フォームは外務省のウェブサイトにあり、こちら)。ウェブサイトで申請とはいかないものの、申請書を予め作成しておくことができて便利だ。

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2018年6月25日星期一

バンコクのタクシー

 BTSやMRTといった軌道交通がまだ少なく、バスも乗りこなすには一苦労と言う向きには、いきおいタクシーでバンコクの街を移動する機会が増えてくる。

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 バンコクの大部分のタクシーには屋根の上に「TAXI-METER」と書かれたサインを載せている。このタクシーにはタクシーメーターが付いていて、走った距離や渋滞などの待ち時間で運賃が決まる、我々の感覚では普通のタクシーだ。


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 他方、屋根の上のサインが「TAXI」だけのタクシーは、行先までの値段を交渉する、交渉制のタクシーだ。このサインのタクシーを見ることは、バンコクではあまりない。





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 もっとも、やはり屋根の上に「TAXI」のサインを掲げているトゥクトゥクは、運賃交渉制だ。やHり「TAXI」だけのネオンは要運賃交渉の証なのだろう。





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 最近増えてきたのは、屋根の上にこのサインを掲げたタクシー。「TAXI」の両側に、赤丸に「APP」、黄丸に「GPS」と書かれている。このタクシーは、まさに屋根のサインの通りGPSを装着していて万一の際の位置情報になるし、東南アジア中心に展開するタクシー呼出アプリであるGRABに対抗して作られた、タイのタクシー業界推奨のスマートフォンアプリ「TAXI OK」で呼び出すことができるタクシーだ。車載カメラや乗客のためのSOSボタンもあり、評判芳しくないタイのタクシーの安全性や信頼向上のための設備が備え付けられたタクシーだ、バンコクのタクシーは順次このタクシーに切り替わっていくと言われているが、実際のところはどうなることか。
 上で「評判が芳しくない」と書いたが、メータータクシーでも運賃交渉をする、乗車拒否をする、メーターが早く回る、などの良くない評判を聞く。あくまで小生の感覚だが、乗車拒否は勤務時間間際で特定の方向に行きたいときに逆方向に行けと言われた時や、行先がよくわからないときによく発せられる感がある。また突然明らかに高い金額で運賃交渉を言われるのは、夜に繁華街から乗ろうとするときや、欧米人が良く住むエリア(アソーク付近のスクンビット偶数側、Sckhumvit Soi 18やSoi 20等)で発せられることが多いように感じる。それ以外のところや時間では、言われるほど乗車拒否やメーターを使わず運賃交渉で吹っ掛けられることはない気がするし、よしんば言われたとしても次に見つけたタクシーで乗ることができるという感がある。

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2018年6月19日星期二

プノンペン・その他もろもろ

 2か月前のことになってしまったが、ソンクランの時期に駆け足で訪れたプノンペンのことを、空港鉄道と日本人の慰霊碑のことに続いてぼちぼちとアップ。

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 プノンペンのトゥクトゥクはバイクの後ろに座席と屋根を付けた古いタイプの他に、それ専用に作られたような小さくて新しそうなタイプのものが走っている。





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 タクシーはまだ台数が少なく、ましてメーターで走るタクシーは最近登場したばかりだそうで、街を移動する足はまだトゥクトゥクに頼ることになりそうだ。







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 ワット・プノンからアメリカ大使館や高級ホテル(「ラッフルズ・ホテル」の名を冠している)へ伸びる通りにもトゥクトゥクが走っている。








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 カンボジアは中国の影響が強いようで、ここプノンペンでも中国語の看板や広告をよく見かける。簡体字は古くからいる華人の影響ではなく今日の中国人の影響の所以だ。





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 タイだとソンテウと呼ばれる、トゥクトゥクより人数が乗れる乗り物も、引っ張るのは中国のバイクの前部だ。







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 後ろに荷台を付けてたくさんの商品を並べて売り、そして走っていくオートバイがいるのはタイと同じだ。







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 街の北にある、日本の援助で架けられたカンボジア日本友好橋。今またJICAの支援を得て工事中で、たもとから橋を見ることはできなかった。







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 カンボジアの正月、クメール正月もタイのソンクランと同じ。市場は門を閉ざして休みになっていて、周りに衣類を机や路面に並べて売る人がちらほらといるだけだ。







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 かつてフランスの植民地であった頃の名残を感じさせる建物もちらほらと見ることができる。嘗て住んでいた時に見た上海の旧租界のようだが、今はどうなっているだろうか。




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 王宮。今も国王の居所であり執務も行っているが、中に入って前庭から即位殿などの歴史ある建物を見ることができる。







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 その隣にある、王室の菩提寺であるシルバー・パゴダ。敷地を囲む塀に描かれた、昔を記す壁画絵巻も状態よく観ることができ美しい。






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 東南アジアの暑期ということで暑い。王宮の入口のベンチの下は、涼を求めた猫の休憩場所になっていた。







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 前述のカンボジア・日本友好橋を王宮近くから望む。夕方になると遊覧船が夕陽のプノンペンを走るのだろう。







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 このトンレサップ川、シェムリアップの南にあるトンレサップ湖と繋がっていて、両都市間をスピードボートで行き来することができる。
 その後川は名前を変え、ベトナムのメコンデルタへと注いでいく。






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 プノンペンを発つ前にワット・プノンを再訪したら、人多くこの地の人達が奏でる音楽や踊りで賑やかだった。クメール正月のお祭りだろうか。






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 クメール正月に訪れたこともあり、市場が閉まっているなど観ることができなかったところもあるので、そのあたりはまた来てみたいものだ。

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2018年5月30日星期三

プノンペン・2人の日本人の慰霊碑

 カンボジアでは1975年からクメール・ルージュが国内を掌握していたが、当時都市住民を強制的に農村に移住させて生産活動に従事させる、宗教の禁止、貨幣を廃止するなどの極端な原始共産主義を追求して国内を支配していた。
 そしてその間、国内で酷い虐殺行為を行った。彼らに反対する者のみならず医者や技術者など知識教育のある人々の抹殺を試み、甚だしきは「眼鏡をかけている」から知識人に見える等の些細な理由で虐殺を行った。彼らが統治した4年の間に、200万人が虐殺の犠牲になったと言われている。そしてベトナムに後押しされた勢力がクメール・ルージュを追い払った後もタイ国境近くに逃れて戦いを続け、そしてその政権を押すベトナムやそれを良しとしない中国の介入もあり1980年代の大半はカンボジアは内戦の時期となった。1980年代末から和平の機運が高まり、1991年の4派合意による内戦終結、そして1993年の議会選挙へと進んでいくが、この選挙にはクメール・ルージュは参加しなかった。
 今日、虐殺の舞台となった場所は訪れることができ、プノンペン近辺ではキリング・フィールド(必ずしもこの場所のみを指す言葉ではないが)やかつての学校跡で収容や虐殺が行われたトゥール・スレンなどを見ることができる。

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 他方、このクメール・ルージュが国内を掌握する前に彼らを取材に訪れ、その際に現地で病により命を落とした石山幸基・共同通信社支局長の慰霊碑と、内戦終了後の上述選挙のために国連ボランティアとして活動中に殺害された中田厚仁氏の慰霊碑が、トンレサップ側沿い、王宮に程近いワット・ウナロムという寺に並んで建っている。
 クメール・ルージュの支配そして内戦期へと続く時系列の始まりと最終盤に命を落とした日本人2人の追悼碑の前に立つと、前述のキリング・フィールドなどとは違った意味でカンボジア苦難の時期に思いが至る。

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2018年5月9日星期三

カンボジア・プノンペン空港鉄道

 今年のソンクラン休暇の中2日で、カンボジア・プノンペンに行ってきた。
 バンコクからプノンペンまでは飛行機で向かい、市内へは4月10日に運行を開始したばかりという、プノンペン空港と市内を結ぶ列車に乗って移動をした。

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 空港の建物を出ると、バスやタクシーの案内とともに鉄道の案内のブースがある。「2018年7月31日までは無料」とのことだ。








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 空港ターミナル正面にあるクーラーの効いた待合室で、列車の到着を待つ。









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 待つことしばし、列車がやって来た。前後のディーゼル機関車に客車1輌が挟まれた列車が、踏切もない車道を横切って駅へと入ってくる。








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 空港駅に到着した列車。駅も線路1本と簡素な造りだ。








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 客車の下には、家庭用クーラーの室外機と同じようなものが設けられている。









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 車内の様子。付いているのはやはり家庭用のクーラーだ。









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 出発後列車は道路沿いに走っていき、途中1回スイッチバックで前後を入れ替えて市内へと向かう。スイッチバックと言っても高低差があるわけではなく、別の方面に向かう線路から引き返すべく向きを変える。
 カンボジアの鉄道は長らく線路が荒れ放題だったところを復旧し、ぼちぼちと列車が走るようになったようだ。頻度は少ないので沿道には普通の道路よろしく店や民家が立ち並ぶが、列車の頻度が増えて車やバイクが走れなくなると商売に影響が出るところもあるだろう。
 これら鉄路は、かつてポル・ポト派が逃走する時にも使われたそうだ。

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 途中で列車が行き違いできるところが1箇所あったが、ここも線路が埋まっていたりゴミがあったりでまだ実用には耐え難い感じだ。








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 プノンペン中央駅に近づくと、打ち棄てられた客車が目の前に現れる。
 タイのソンクランと同時期に当たるクメール正月のせいかゴミが線路脇に散乱していたり、やはり線路脇には物干し竿が並び洗濯物がぶら下がっていたりと、線路脇の秩序が保たれていないのがプノンペンの現状と言えよう。





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 30分程かけてプノンペン駅に到着、
 10分程停車し、空港へと向けて出発していった。









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 駅構内の様子。シアヌーク国王を始め王族の写真が飾ってあるのはタイの駅にも似ている。
 カンボジア航空はじめ、スターアライアンス系を中心に駅でのオンラインチェックインと思しき施設があったが、人もおらず使えるのかどうかわからなかった。

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 本格開業の暁には写真のようなメキシコ製のディーゼルカーが導入されるようだが、機関車2輌+客車1輌という空港からのトランスポーターには正直似合わない列車は、暫定開業の意味合いで使われているのだろうか。
 30分おきに運行を謳う空港列車だが、片道30分走って10分停車だと1時間以上おきの運行になってしまう。2編成の導入や、途中複線になっている場所を整備して列車の行き違いができるようにならないと、30分おきの運行はできない。

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 プノンペン駅。1932年からあるそうだが、現在の駅舎は2010年に改築されたものなのだとか。駅正面にもやはり王族の写真が飾られている。








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 帰りも列車で空港へと向かうことにした。
 16時はシアヌークビル行きの列車が発車する時間、隣のホームに停まっていた。
 客車の横に数字が書いてあるが、カンボジアの客車の等級の区別はよくわからない。


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 後部には乗用車を積むオープンな貨車や、オートバイ等を積んだ貨車が繋がれている。







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 シアヌークビル行き列車を見送った後、空港行きの列車も出発。前日空港から乗った時同様に、機関車2輌+客車1輌の編成だ。前の日と同じ編成のようだ。







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 車内は大混雑だが、空港の利用者という訳ではなさそうな人が多い。この日は車道を横切る度に歓声が上がったり、ソンクラン同様にクメール正月もそうなのか沿道から水をかけられたり水風船をぶつけられたりして、これもまた歓声が上がったりしていた。列車そのものが物珍しく、無料ということで乗っている人も少なからずいるのだろう。






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 空港に程近い場所にスイッチバックはある。線路と道路との区別があまりつかない、路面電車の線路のようなのがわかる。








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 やはり30分かけて空港に到着。
 2台の機関車のうち凸型のものはチェコスロバキア製。







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 もう1輌は調べてみるとフランス製のようだ。
 空港と市内を結ぶコミューターとしては異例ともいえるこの列車だが、本格開業の際にはそれ相応の列車に取って代わられるのだろう。今だけの貴重な経験、ということになるのだろう。






 プノンペン到着時に乗った列車が、プノンペン駅で折り返して空港へと向かうところ。プノンペン駅では鳥のさえずりも聞こえてきた。

 こちらは空港駅で折り返して市内へと向かう列車。道路沿いを列車が走っていく。

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