2017年4月23日星期日

タイの休日が変更に

 2017年のタイの休日が変更になると、この4月11日にアナウンスがあった。
 今までcoronation dayとして休日とされていた5月5日は休日ではなくなり、7月28日がワチラーロンコーン国王誕生日として、10月13日はプミポン国王崩御の日だが同国王記念日として休日となる。5月5日はプミポン国王の即位記念日なのだが、代替わりによって休日ではなくなることになる。
 この変更は今年から適用になるので、5月5日については当日から1ヶ月を切ったところでの変更だ。慌しく対応するところもあるだろう。
 上海にいた頃は翌年の祝日が12月になってようやく通知されたり、上海協力機構の開催に伴い突然休日になることがあったが、今回タイでも同じようなことが起こった。

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2017年4月2日星期日

バンコクBTS サムロンへ延伸

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 明日4月3日から、バンコクBTS(高架鉄道)スクンビット線が1駅延伸され、サムロン駅までの運行となるそうだ。
 今までは駅の表示も、ベーリング駅まで行くことを示す「To Bearing」だったが、延伸に先立ち「To Samrong」に架け替えられている。サムロンと言えば日系企業も含め工場が多いところとして知られているが、もうひと伸びが欲しいところか。少し近づいて良しというところだろう。
 バンコクの軌道交通は、国鉄は別にしてバンコク中心部を走るのはBTSが2路線、MRTが1路線、MRTは終点のバーンスーからパープルライン直通ではなくその先に伸びている。この様は10年前の上海、当時の上海は市内中心部を走るのが地下鉄1号線~4号線、1号線の莘荘から先は別路線で閔行まで伸びている、という状況に似ている感がある。
 今の上海地下鉄は路線も増えて網の目のように巡らされているいるようだが、翻ってバンコクは軌道交通がBTSとMRT、南ではBRT(専用道を走るバス)、運河やチャオプラヤ川のボート、と体系的にはなっておらず、路線バスの路線は多いがこちらは渋滞に巻き込まれることしばしばであり、時間が読める公共交通の恩恵に与っている人は限られているのが現状だ。

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2017年3月22日星期三

バンコクで運転免許

 もう1年近く前のことになるが、タイの運転免許を日本の運転免許からの切替で取得した。バンコクで自動車やオートバイの運転をすることはないのだが、日本同様に身分証明代わりに使うことができるとのことで持っておくと便利かと思い取得した次第だ。
 必要な書類は在タイ日本国大使館のウェブサイトに説明されているが、そこから引用すると、

  1. 申請用紙 1部(陸運支局にあり)
  2. 旅券(原本及び写し 1部)
  3. 日本の免許証と日本大使館領事部発行の英文の翻訳証明書
    ※国際免許証(有効期限内)を持っていれば翻訳証明は必要ないが、国際免許証及び写し1部が必要
  4. 健康診断書
  5. 日本大使館領事部発行の在留届出済証明
    ※永住許可証を持っている場合は在留届出済証明は必要ないが、永住許可証・居住証明書(入国管理局発行のもの)原本及び写し1部が必要
    ※労働許可証(ワークパーミット)を持っていて、許可証内の住所欄に現住所の記載がある場合は在留届出済証明は必要ないが、労働許可証原本及び写し1部が必要
  6. 写真 1インチ×1インチ 2枚
  7. 手数料

 国際運転免許証は持っていなかったので、日本大使館で3.の運転免許証の翻訳証明と5.の在留届出済証明を取得し、最寄のクリニックで4.の健康診断書を取得しておけばよい。
 留意すべきは、タイでは4輪の免許と2輪の免許は別々に交付され、日本の免許からの切替でも別々に申請が必要で、両方欲しい場合は上記書類が2セット必要だということ。私はそのことを知らず、2度取得のために足を運ぶ羽目になってしまった。もっとも身分証明に使うためだけだったらどちらか1枚だけでもよかったかとも思うが、折角だから取れるものは取っておきたいものだ。

 書類を揃え、バンコクの陸運局に出向いて切替を行う。私はBTSバンチャーク駅近くにある陸運局で取得した。
 入口で紙を渡され、名前だけ書いて窓口で渡すと係員が他の書類を見て申請書類に書き込んでくれる。旅券のようにコピーが必要な書類のコピーを忘れた場合は、建物内でお金を払ってコピーをすることができる。
 申請が終わると、同じフロアの別のエリアに移って適性検査を待つ。
 適性検査はいろいろな種類があるようでウェブサイトで様々な内容があることがアップされているが、私が受けたのは、

・反射神経検査…アクセルを踏み、少し離れた前方でランプが点灯したら一定時間内にブレーキに踏みかえる
・深視力検査…上の反射神経検査と同じ機械で検査。遠方に立っている2本の棒のうち1本がリモコンで前後に動くようになっており、自身から同じ距離になるようにリモコンで操作する
・視界検査…上2つとは別の機械。台の上に顎を乗せた状態で、左右に点灯するランプの色を答える

の3つだった。最初に4輪を取得した時は反射神経と深視力の検査だけだったが、2輪を取得しに行ったときは視界検査も受検した。
 検査が終わると受付近くに戻り、受付番号の呼出しに応じて中で写真を撮り、その場で運転免許が出来上がるので手数料(確か4輪205バーツ・2輪155バーツだったと思う)を払い免許証を受け取って終了だ。ペーパーテストはない。
 日本の運転免許を翻訳してそれをもとに取得、というやり方は、かつて上海で中国の運転免許を取得したときと同様だ。
 

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 免許証の表と裏。「Temporary」と書いてある通り仮免許の扱いのようだ。2年間の有効期間を経て更新後に本免許になるようだ。
 裏面の塗りつぶし部分にはタイ語で住所が記してある。これが身分証明になる所以だろう。
 裏面右下に免許の種類が車やバイクの絵で表されている。ヨーロッパ各国の入国スタンプみたいな絵柄だ。
 なお、タイで取得した免許証でASEAN各国で運転可能なのだとか。

 この運転免許証、いろいろな所で身分証明書として使える。今まで経験したところでは、

・ホテル宿泊時
・国内線の飛行機に乗る時(すべての航空会社で可能か、はわからない)
・サッカーの試合入場時
・在外投票のために日本大使館への入館時
・駅の窓口で列車の切符を買う時
・セキュリティの厳しいビルに入館する時
・郵便局でEMSを受け取る時
・病院での提示

にタイ人がIDカードを提示するが如く使うことができた。もっとも、旅行の時は全ての航空会社で運転免許証でO.K.かはわからないので結局はパスポートを持ち歩いてしまうのだが、普段の生活で使える場面が多いのは役に立つ。顔写真と名前とパスポート番号がある免許証はID代わりに使える、と言ってよいだろう。

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2017年3月10日星期五

『牯嶺街少年殺人事件』~A Brighter Summer Day~

 1991年の東京国際映画祭で披露され、翌年日本の映画館でも公開された台湾映画『牯嶺街少年殺人事件』、25年近くの時を経てデジタルリマスター版のDVDやBlu-rayがアメリカで『A Brighter Summer Day』のタイトルで発売されたので、Blu-rayをAmazon.comで購入した。日本でも今週からこのデジタルリマスター版が公開されるとか。
 1992年の上映当時私も映画館で観ておりクライマックスシーンはよく覚えているが、25年振りに観ることになる。実は去年のうちに買っていたのだが、この長作をいつ観ようかと思っているうちに時間が経ってしまい、ようやく観た次第だ。今回観たのは236分、約4時間に渡るバージョンだ。当時観たのもこの長さだったか、あるいは約3時間の短い版だったか。
 Blu-rayは中国語(台湾国語)の台詞に英語の字幕。長時間ということもあり観るのにエネルギーが必要だった。
 同時期のセンセーショナルだった侯孝賢の台湾映画『悲情城市』は2・28事件の時代に本省人が面した悲哀を描いていたが、『
牯嶺街少年殺人事件』の主人公である小四少年(スー)の一家は大陸から渡って来た外省人の設定。大陸から来た家庭の少年たちによる2つのグループの対立と抗争、気怠さが漂う学校生活、小四の父親に対する秘密警察の取り調べ、そしてこの映画のメインストーリーである小四と小明(ミン)との交流と悲劇的な結末、とこちらは外省人が過ごした厳しい時が描かれる。「本省人」「外省人」と書くと二極対立的になってしまうが、作中ではその点の強調はなく登場人物の人間模様を通じて1960年代の抑圧感を描いていると言える。
 ただわからないのが大学合格者をアナウンスするラジオ放送での終幕。ここに監督のエドワード・ヤンが込めたものは何なのだろうか。やり場のない感情を持ちつつ過ごした時代から、扉を開いていく期待が大学合格者のアナウンスに秘められているのか。

 この『牯嶺街少年殺人事件』、版権の都合でソフト化が困難と聞いていたが、アメリカでDVD化されたり日本で再度上映されたりと、事情はわからないがここ1~2年で再び陽の目を見ることになった感がある。

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11年前に訪れた牯嶺街。台北の国家図書館や中正記念堂の近くだ。






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 「牯嶺街」の名が冠せられたバス停と、ここにある「牯嶺街小劇場」。後者は昔の警察署を利用した劇場だ。






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 この『牯嶺街少年殺人事件』=『A Brighter Summer Day』、小生はアメリカのAmazon.comから購入。一番安い輸送料で購入して到着まで1か月以上かかると言われたが、実際にはバンコクまで2週間で到着した。
 下画像は日本のAmazon.co.jpから(商品の紹介へのリンクです)。そのうち日本では日本語版も発売されるのだろうか。

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2017年3月6日星期一

サッカー AFCチャンピオンズリーグ2017 ムアントン・ユナイテッドv.s.鹿島アントラーズ

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 鹿島アントラーズの試合を観るのは6年振りだ。6年前に観たのもやはりAFCチャンピオンズリーグの試合、ホームの鹿島は東日本大震災の影響でカシマスタジアムでの試合ができず、東京の国立競技場に上海申花を迎えての試合だった。今回は鹿島にとってはアウェーの試合、ホームのムアントン・ユナイテッドはムアントンタニにあるホームスタジアムがガンズ・アンド・ローゼズのコンサートで使えず、バンコクの国立競技場(スパチャラサイ・スタジアム)にアウェーの鹿島を迎えての試合だ。いきさつはかなり違うが「ホームチームがホームグラウンドを使えず、国立競技場に会場を移してのACLの試合」というのが6年前に観た試合と共通しているところだ。

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 アウェー席。タイの人達の応援は後半まで続かないのか、後半の応援はホームのムアントンに引けを取らない感じだった。
 試合は2-1でムアントンの勝利。開始早々ムアントンの攻勢が続き、鹿島のファウルが多い時間が続く。ファウルでないとムアントンの勢いを止められないのかと思ったところ、そのファウルで得たフリーキックからムアントンに先制点が生まれた。
 鹿島は後半開始早々に速攻から得点し同点とするがその後PKのチャンスを外し、そして後半ロスタイムにムアントンにゴールを許し万事休す。試合全体を通してムアントンは鋭いパスを出してボールを繋いでいたのに対し鹿島は連携がまだ熟してないのかパスが緩かったり選手が走っていないところにパスが出ることが少なからずあり、それをカットされて攻守逆転という場面が多かったように見えた。また連戦の疲れか移動の疲れかで鹿島は4番のレオ・シルバ選手のところでボールが収まらず、逆にムアントンは9番のスペイン人・シスコ選手が決勝ゴールも含めよく機能しているように感じ、それぞれの外国人選手が機能したかどうかが試合を分けた感がある。

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 試合開始直前のムアントンのビッグフラッグ。後半ロスタイムの時もこのフラッグが出てきて、喜びを爆発させていた。








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 バンコクの国立競技場はバンコク中心部にありアクセスが良い。
 入口の様子と、ボディチェックに掲げられた表示。一眼デジタルカメラは持込禁止だそうだ。おそらくACLのレギュレーションなのだろう。


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 ムアントンには日本人選手が在籍している。清水・横浜Fマリノスや甲府でプレーした青山直晃選手がその人で、この日も90分フル出場。日本人としてタイのチームに身を置き、日本のチームを撃破するのに貢献である。
 BTS国立競技場駅で青山選手のユニフォームを着て会場に向かうサポーターと、試合後に青山選手のゲートフラッグを掲げる人と。

 試合のチケットは当地のチケットガイドであるTicket Majorで購入した。日本人とみるとアウェー席のみ購入可と言われたが、メインスタンド席は駄目なのかと聞いたところ電話で確認してくれて、「鹿島のユニフォームやグッズを身につけなければO.K.」とのことだった。「ムアントンを応援するのか?鹿島を応援するのか?」と繰り返し聞かれたが、これは日本もそうだがどちらかを応援せずとも気軽にサッカーを観に行けばよいのでは、と思う。

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2017年2月22日星期三

タイ国鉄のオンライン予約

 この2月から、タイ国鉄の切符がオンラインで購入できるようになった。

 タイ国鉄のオンライン予約サイトはこちら。(英語)
 まずトップページ右上にある「Sign Up」からユーザー登録をして、その後で購入ができるようになる。ユーザー登録は外国人でも可能。タイに住んでいても「Your Country」欄は自分の国籍を選び、パスポート番号を入力する。
 購入マニュアルはこちら(上記「Sign Up」→「Click Reservation Manual」から見ることができる)。発着駅と乗車日を選ぶと予約できる列車の一覧が表示される。予約したい列車を押下し、その後乗りたい等級を選び要すれば座席指定を行い、クレジットカード(VISA・MASTER・JCBが可能とのこと)かタイのデビットカードで決済をすると切符がPDFで表示されるので、それを印刷して当日駅に行って列車に乗る。切符は登録したメールアドレスにも送付されるので、うっかり画面を閉じてしまっても大丈夫だ。
 今のところ北線(バンコク~チェンマイ)・東北線(バンコク~ノンカイ・ウボンラチャタニー)・南線(バンコク~ハジャイ方面)の優等列車など一部の列車の、60日前から2時間前までの切符が予約可能だ。オンライン予約は手数料が1等40バーツ、2等30バーツかかるが、駅に行く手間を考えると気にならない手数料だ。
 先日ウドンタニからバンコクまで寝台列車に乗った際にこのオンライン予約を日本のクレジットカードを使って利用したが、特段の問題なく予約ができた。わざわざ駅に行かなくても切符を買うことができ、更にはタイ国外からも予め切符を手にすることができるので便利だ。

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2017年2月18日星期六

センセープ運河のエクスプレスボート

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 バンコクの市街地を東西に貫く運河、センセープ運河。ペップリー通りと並行するように運河が流れていて、チャオプラヤ川から分かれてカオサン通りあたりから運河が始まり、伊勢丹とプラトゥナムモールの間を通ってトンローさらにその先へと流れていく。
 この運河にエクスプレスボートが走っていて、うまく使えば渋滞が激しい道を避けて東西に走ることができる。今回はチットロムから西へ向かってボートに乗ってみた。


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 ボートに乗る時の注意書きと運賃表。端から端まで乗っても20バーツだ。
 乗り降りするときには船が岸壁にしっかりと固定されているわけではなく、付いたり離れたりするところで注意しながら乗る必要がある。


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 ボートに乗ると、船の脇に乗った乗組員が切符を売りに来る。慣れているのだろうが、見ていると落ちないのか心配になる。
 水が船内に跳ね返らないようにビニールの覆いが上がってくるので、座っていると視界は良くない。





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 船の後部は立席。船内のロープにつかまる。
 船にまつわるロープは切れたときに人に当たると危険なのだが、普通に吊り革代わりに使われている。
 きちんとメンテナンスを続けて欲しいものだ。






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 逆方向へ向かうボートと行き交う。
 ボートの駅(桟橋)は西行きと東行きとで共用なので、塞がっているとその手前で待つことになる。
 運河は道路などより下を走っているので周りを遠くまで見渡すことはできず、どこを走っているのかわかりにくい。
 10分ほどで、チットロムからトンローの手前のItalthai駅に着いた。やはり車よりは早いので、運河沿いに目的地があったりさらにタクシーなどを使って目的地に向かうには便利そうだ。

 このエクスプレスボートのオフィシャルサイトは、こちら
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 今回の目的地はゴルフの練習場、RCA Driving Range。日本人がよく行く練習場と言われているも行ったことがなかったが、この2月で閉鎖という話を聞いたので行ってみた。
 確かに、2月21日を以って閉鎖との張り紙がなされている。

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 ドライビングレンジの横は既に瓦礫になっている。バンコク中心部に広い土地、ということでゴルフ練習場が再開発のターゲットになるのは容易に想像ができる。もともとこのRCA界隈はタイの若い人向けの歓楽街とされていて、ドライビングレンジの後に若者向けの施設を作るという話を聞いたことがあるが、実際のところはどうなるのだろうか。

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2017年2月15日星期三

ウドンタニから新型寝台列車でバンコクへ

 前回の続き。ウドンタニからは、寝台列車でバンコクへと戻った。
 昨年(2016年)の4月にバンコクからノンカイまで寝台列車に乗っているが、今回はその折返しの列車に乗る。ノンカイを出発した寝台列車は途中ウドンタニを経由するので、その列車に乗ってバンコクへ戻る、という次第だ。

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 ウドンタニ駅。プミポン国王夫妻の御写真の間に、ラーマ5世の御写真が掲げられている。チェンマイ駅でもラーマ5世の御写真が掲げられていたのだが、タイ北部に縁あって掲げられているのか、あるいは鉄道に何かの由来があるのだろうか。




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 ノンカイからウドンタニへは1時間弱、19時51分の定刻近くにウドンタニに到着。
 客車は昨年導入された、中国製の新型客車だ。





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 今回も1等寝台に乗車。2人1部屋のコンパートメントだが、この日は他の乗客が来ずコンパートメントを独占することができた。







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 新しい客車にはテレビモニターが付いていて、チャンネルは少ないがテレビを観ることができたり、飛行機のモニター画面のようにGPSで列車の現在位置を知ることができる。
 前駅と次の駅の名前もモニター上に表示されるが、通過する駅も含めての表示なようで、タイの地理に馴染みがない身にとってはわかりにくい。




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 1等寝台の車輛にはシャワーが付いていて、無料で使うことができる。1等車のシャワーやトイレの空き具合は、上述のモニターで知ることができる。
 また、1等車にはWiFiが付いている。もっとも、列車が通る場所の電波状態に左右されるのか、ウドンタニを出発した夜とりわけ何もないところを走っている時には繋がりが悪いようだ。さらに何度もログインの確認を求められたので、安定性は今一つのようだ。


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 2等寝台。









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 食堂車。以前に乗った寝台列車では旧型客車で冷房が効いておらず、椅子も壊れかかっていたのに比べると清潔感に溢れた食堂車だ。ただ、残念なことに調理した料理を出すということはなく、食べものは冷凍食品をレンジで温めて出すだけになったようで、当地のコンビニエンスストアで売られているような冷凍食品を温めたものが出てくる。食堂車で調理したものではないというのは、ここで食べる興味が減ってしまう。
 1等寝台だと、前述のモニターから注文ができる。ものは試しと注文してみたところ、食堂車の人が「そのメニューはない」と言いに来たので、注文は通っているようだ。

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 ウドンタニを出発してから遅れを広げて途中駅では30分以上の遅れになっていたが、翌朝ドンムアンの辺りで起きたときには遅れを取り戻していた。ただ終点のフアラムポーン駅に着く前にホームか線路が空くのを待ったのか、定刻の6時ちょうどから10分遅れでフアラムポーン駅に到着した。この時期のバンコクの6時過ぎはまだまだ暗い。
 LCC全盛でバンコク~ウドンタニ間は1日20便くらいフライトがあり、1等寝台との価格差もあまりないのが実情だが、夜行列車で移動して昼間を有効に使う、あるいは2等寝台だと価格差が大きくなるので旅費を節約しながら移動する、という需要はまだまだありそうだ。折角の新車なので、きれいに使い続けたいものだ。

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ウドンタニ駅前のマーケットと日本のラーメン屋台

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 ウドンタニでは、国鉄駅のロータリーを挟むように大きなマーケットが建っている。この駅から伸びる通りが、夜になると賑やかになる。
 駅から伸びる通りには、旧正月を祝う横断幕が。新年を寿く言葉とともに喪章が付いているのは、今年ならではだ。





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 駅正面向かって左側のマーケット。洋服や靴を売る店が、屋根の下に所狭しと並ぶ。








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 右側にも、広場の通りを塞いで服が並べられている。









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 そのさらに右側に伸びるフードコート。UD Townというショッピングモールの中にあるフードコートだが、鍋料理など2人以上で連れ立って食べるのがよさそうな料理が多い。
 内陸の街にあるフードコートだが、魚の塩焼きを並べる店が多い。メコン川で獲れる魚だろうか。




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 駅からCentral Plazaに向かって伸びる通りには小さな屋台が並びこちらは軽く食べることができる店が並ぶが、その中に日本のラーメン屋台があった。
 日本人の多いバンコクなどならともかく、ここウドンタニで典型的な日本の風情のラーメン屋台を見るとは驚いた。

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 味は醤油味と豚骨味の2種類、頼んだ豚骨味は69バーツだった。こってりした感じではなく割とあっさりした感じの味で、量もそこそこあり美味しく堪能することができた。
 店頭に立つ女性曰く、ラーメンの作り方はバンコクで修行してきて、この地に屋台を出してから5~6年になるとのことだった。

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2017年2月14日星期二

ウドンタニ バンチェン遺跡

 前回の続き。午前中にタレー・ブア・デーンを観た後ウドンタニ市街地に戻ってきたが、夜行列車でバンコクに戻ることにしていたので午後の時間をどう過ごそうか考えた。半日で行ける場所として、やはりウドンタニ郊外に古代文明の遺跡であるバンチェン遺跡に行くことにした。

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 このバンチェン遺跡、世界遺産に登録されている。遺跡を紹介する博物館の入口にはユネスコのマークが。
 当初は紀元前5,000年前の遺跡とされていたが、その後の調査ではもっと時代が下ってからのもののようで、あちこちの展示にもそのことが書かれてあった。最初から時代が下ったものという評価だったらどうなっていただろうか。




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 博物館では遺跡のあらましや発掘、保存活動を紹介している。模様を施した土器が特徴のようだ。その他にも、この地で発掘された人骨や動物の骨も、骨格の紹介とともに展示されていた。
 タイらしいのは、この地に来られたプミポン国王はじめ王室とこの遺跡のつながりを紹介するスペースがあったこと。
 通常はタイ人30バーツ、外国人150バーツの入場料が必要だが、仏教の祝日にまつわる連休ということで、万仏祭当日ではなかったが入場は無料だった。

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 500m程離れたところには、発掘現場を展示するスペースがある。







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 「ポースリナイ寺の発掘穴」と名付けられた、寺院に隣接したこの発掘現場、プミポン国王が考古学者の仕事を観察した場所なのだそうだ。







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 両者を結ぶ道では、干物を作っているのを見かけた。









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 土産物屋では、遺跡の土器にまつわるものが多く売られていた。大きいものは持ち帰りにくそうだし置き場も必要だろうが…





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 バンチェン遺跡へは、ウドンタニのセントラルプラザから伸びる通りにあるバスターミナルから、サコンナコン行きのバスに乗って行く。運賃は確か46バーツだったと思う。
 「バンチェン」と言うとわかってもらえ、最寄りの場所で降りることができる。



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 バンチェン遺跡へ向かう道の入口では、小さなサームロー(バイクに牽かれるタクシー)が待ち構えているので、それに乗り換えて遺跡まで移動。往復で150バーツだった。

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