2008年7月22日星期二

卓球愛ちゃん@とっさの中国語

 先日夜遅く帰ってテレビをつけたところ、『とっさの中国語』という番組を放送していた。この番組、もともとは1回5分のミニ語学番組でありそれをまとめて放送していたのであるが、この番組の冒頭と発音練習に卓球愛ちゃんこと福原愛選手が出ていた。以前愛ちゃんが試合後のインタビューに応じていたり中国のテレビ番組のインタビューで意地悪な質問をされていたと拙ブログでも書いたことがあったが、それだけに発音練習の生徒役もお手のもの、というところであろう。中国語講座に出演したら面白いのではと以前やりとりしたこともあったし実際にゲスト出演したこともあったようだが、ミニ版とはいえ語学番組のレギュラーで出演である。
 この番組には以前『中国語会話』で出ていた谷原章介が旅人役で出演し「とっさの中国語」を披露するのだが、こちらもやはり以前の学習効果躍如といったところであろう。

 福原選手、いよいよ北京五輪への出場が迫ってきた。「メダルを取るには要努力」といったところだと思うので、ベストパフォーマンスで少しでも上位に食い込んでもらいたいものである。

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2008年7月17日星期四

那覇~台湾間フェリー休止

IMG_0806 以前拙ブログでも紹介し、実際に乗ったこともある那覇と台湾を結ぶフェリーが運航休止になり、運航会社は破産手続きに入るとのこと。琉球新報による記事。(写真手前がそのうち1隻である「飛龍」)



有村産業 更生計画の廃止が決定
2008年6月24日

 那覇地裁は23日までに更生会社・有村産業(那覇市、飛鷹昌仁社長)の更生計画の廃止を決定した。同日、有村産業に更生計画の廃止の通知書が届いた。更生計画の廃止が決まったことで、同社は7月中旬の破産宣告までに従業員計約120人に解雇通知を出す方針。7月中旬ごろまで破産管財人が選任され、貨客船3隻を含む同社の財産処分が開始する。
 飛鷹社長は同日午後、貨客船の乗組員らに更生計画の廃止を報告。乗組員からは雇用に関する質問が相次いだ。複数の子会社は、有村産業から株を取得する形で本体との関係を解消しており、雇用継続できる人数を慎重に検討している。飛鷹社長は「船と船員は一体。事業継続のため設立した琉球フェリーを受け皿にするため、船を安く購入する必要がある」としている。
 破産宣告と破産管財人の選定は7月中旬ごろになる見通し。有村産業が想定していた船の売却額は貨客船2隻で計40億円。一方、船の債権の8割を所有する大口債権者の鉄道建設・運輸施設整備支援機構(鉄道・運輸機構)の想定額は約70億円とみられており、有村側の希望額で売船されるかは不透明だ。
 原油高など経営を圧迫する環境の中、琉球フェリーに確実な収益を見込んで出資するスポンサー候補は現段階ではなく、航路存続は厳しい状況だ。
 全日本海員組合沖縄支部の川満英次支部長は「(有村産業から)解雇に関する正式な文書での通告が来ていない。通告があり次第、組合員が不安にならないよう、会社側と論議したい」と話した。

 原油高があちこちで報じられる中で、船を動かすのに必要な燃料油の値段も高騰し、立ち行かなくなった末のことである。有村産業は一度会社更生法の適用を受けておりたいていの取引について現金払いが求められ、燃料油価格の高騰で支払いが困難になっての航路運休・破産手続き開始のようである。
 沖縄からでも台湾に行くには飛行機という方法もある。また、この船は名古屋~大阪~那覇と国内便として運航し、さらに宮古~石垣と国内の客を乗せた後で基隆か高雄に向かうのだが、国内便は飛行機との競合もあるし他船社との競争にもなる。
 また、私が乗ったときにも石垣から先、基隆までは客が少なかった。石垣までがメインとはいえ、台湾に足を延ばすには貨物輸送で稼がねばというところだったのだろう。
 その貨物の方面でもマーケット的にちょっと厳しいのではないだろうか。本州から那覇はさておき、大阪・名古屋から台湾にはコンテナ船航路など他の貨物船があるだろうし、沖縄~台湾というのはマーケットが小さいのではないだろうか。そんな中で何とか台湾まで足を延ばしてやってきたところに原油高でどうにもならなくなった、というところであろう。減速して燃料を節約する(燃料消費は運航速度の3乗に比例する、とされる)のも定時運航を求められる中では限界があるし、落とせる速度にも限界がある。
 私が乗ったときは、船での外国への移動こそ物珍しかったものの、やはり会社更生法適用の影響からか船内サービスが簡素化されていて、食事は美味しかったがそれ以外のサービスは今ひとつの感があり、移動手段としてはともかく「旅の高揚感」を感じることは少なかったと思う。勿論所謂クルーズ船とは性質が異なるのだがあまり寂しいのもどうか、と思った。
 そうは言いながらまた台湾へ船で行ってみようかとは思っていたのだがこの運航休止と破産手続き開始、残念である。

 他方、八重山毎日新聞のウェブサイトで報じている同社破産の記事には、こんな記載がある。

 松嶋英機弁護士は「更生手続きが廃止になる方向で進んでおり、ゆくゆくは破産手続きに移行する可能性が高いが、破産手続きと事業再生は相反するわけではない。破産手続きと事業再生は矛盾せず、それを実現する方向で関係者の動きも一致している」と話し、破産手続きを進める中で同社が提案している「有村産業の航路存続プラン」の実現を訴えた。
 同プランは既存の有村産業株主に加え、新たに県や先島市町村の出資をもとに新会社を設立、事業譲渡を行い航路・雇用の継続を図るもの。将来的には飛龍、飛龍21を活用し、本土―那覇―先島―台湾間の航路に加え那覇―上海間の航路を加える構想。同プラン実現に向けて県や石垣・宮古島市など関係市町村をはじめ、琉球海運など県内海運業者の動きが注視される。

 那覇~上海、これも上海~本州諸港と比べるとマーケットが小さそうだが、それなりの需要があると考えられる地域を絡めての運航というアイデアは悪くないと思う。もっとも、上海といっても大上海圏の人口と台湾のそれとの差がどれだけ貨物に結びつくかは未知数であるし中国から台湾への旅客輸送は限界があろうから、あとは貨物がどれだけ動くか、燃料油の上昇と上海に行くまでの追加燃料消費をカバーできるだけの貨物を確保できるかであろう。
 更に狙うは「台湾~上海」の旅客なり貨物なりなのであろうが、追々直航が認められるであろうからそれで競争するのも難しかろう。

 書いていて台湾へのフェリー運航の難しさを感じた。また、記事中にある他船社も引き受けには消極的なようだが、それでも何とかまた日本~台湾の旅客航路が再開することを願いたい。

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2008年7月7日星期一

中台直航~またか?~

 ちょっと出遅れたが、「中国と台湾のチャーター便直航が始まった」との報道NIKKEI NETから。

(7/4)中台直行チャーター便運航開始 台湾経済「大陸頼み」強まる

 中国人の台湾観光と、中台直行チャーター便の運航が4日始まり、中国各地から約660人の観光客が台湾入りした。馬英九政権は今後、直行便運航を現行の週4日から毎日にして観光客数を伸ばし、域内経済の活性化を目指している。台湾では原油高や株安で景況感が悪化しており、「中国頼み」の側面が着実に強まっている。

 「中国人観光客は1日平均1000人。年末までに200億台湾ドル(約700億円)程度の経済効果が見込める」。台湾の毛治国・交通部長(交通相)は3日の記者会見でこう語った。今後は観光地を巡るだけでなく「健康診断や治療目的での訪台が増える」(高雄医学大学付属中和記念病院)と期待も高まっている。(台北=新居耕治)

 この記事だけ読むとさも直航チャーター便の運航が初めてであるかのように見えるが実はそうではない。チャーター便による中台直航は3年前、2005年の春節から行われており、その後も春節の度に行われている(拙ブログでも紹介している)。このチャーター便は大陸に働きに来ている台湾人のためのものであったが、今回のチャーター便は毎週金~月に運航され、さらに中国人の台湾旅行が解禁になった(ツアーだけであるが)のとあわせて運航されているものである。このあたりをあわせて読まないと、さも直航が初めてであったかのように誤解してしまうだろう。直航便である、ということよりは、定期的な運航が始まったという点、そして中国からの台湾ツアーが解禁になったということに力点が置かれるべきと言えよう。
 度々書いてきたが、前政権は台湾アイデンティティへのこだわりから「政治を過度に経済に持ち込む」状態になり、投資などで台湾の存在を大陸で示す機会を減じてしまったと言える。今後は「台湾として」中国とどう付き合っていくか、ということを考え、台湾の利益にかなうのであれば実践していく、ということになるのだろう。経済成長や民主化(と政治の両立)という点では先んじているのだから、台湾の利益を考えた付き合い方が望まれるし、台湾の利益にならないことは天秤にかけてやらないという選択肢を選んでもいいだろう。「大陸頼み」と括られるのはどうかと思う。

 同じNIKKEI NETでも、こちらの記事を読むと違う印象を持つのではと思う。

(7/4)台湾観光旅行、中国人に解禁 中台直行便が就航

 【台北=新居耕治】中国人の台湾観光が4日解禁となり、運航が始まった中台直行チャーター便でツアー客第1号となる約100人が同日午前、北部桃園県の桃園国際空港に到着した。4日夕にかけて約660人の観光客が訪台する予定。敵対関係が続いた中国と台湾は、人の交流が活発化する新たな時代を迎えた。

 第1便となったのは中国南方航空の広州―桃園便。中台直行チャーター便は金曜日から月曜日までの週4日、合計36往復を運航することになっている。中国側は北京、上海、広州、南京、アモイの5つ、台湾側は桃園と松山(台北)、高雄、台中など8つの空港を開放した。

 台湾当局は直行便の就航にあわせ、地方自治体幹部の中国訪問規制を緩和した。国際会議への参加などに加え、経済交流強化などの目的でも訪中できるようになり、4日は中部の台中市の胡志強市長らが訪中する予定。

 台湾側の「8つの空港」、目的地をそれだけ散らす必要があるのかと思うが、どうなのだろうか。

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2008年6月28日星期六

台湾で蒸気機関車を守る人

 26日(木)朝のNHKニュースで、台湾で蒸気機関車の保存に取り組んでいる台湾人の紹介をやっていた。
 御年81歳というその方は、後進の育成に当たったり、日本統治期に日本語で書かれた整備マニュアルの翻訳に取り組んだりしておられるのだという。台湾でも蒸気機関車が走らなくなってからかなりの年数が経つので、さながら生き字引といったところであろう。テレビでは、蒸気機関車の整備方法を全く知らない後進にいろいろ教えているところが紹介されていた。
 この蒸気機関車、CK124型という形式とのことだが、日本のC12型蒸気機関車と同型とのことである。日本統治期に導入され、戦後は型番を変えて台湾の支線を中心に走り、引退後しばらく後に復元されたのであり、日本とは縁のある蒸気機関車である。台湾の人たちによって、この機関車が守られているのである。
 4月から6月までに月一回、以前私も訪れたことのある平渓線を走ったとかで、ニュースでは日本からの観光客も汽車旅を楽しんでいる様子が紹介されていた。ニュースによると今後は台湾中部(集集線のことか?)を走るとかで、運行頻度が少ないこともあり乗ることは難しそうだが、整備に力を注ぐ方々に感謝しつつ台湾で蒸気機関車が1日でも長く走ることを願いたい。

※参考:台湾交通部観光局による「平渓線蒸気機関車CK124の旅」ウェブサイト

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2008年6月26日星期四

『激流中国 病人大行列 ~13億人の医療~』

 1週間以上前に放送されたこの『激流中国 病人大行列 ~13億人の医療~』だが、いろいろ考えさせられる番組だった。
 救急車で運び込まれた患者の付き添いの人に対して、到着後すぐ救急車利用料を要求し、治療の直前に診察料を前金で要求する北京の大病院。その病院には診察券を求めて徹夜で長蛇の列。ダフ屋が出るほどである。さらに、その病院で目の治療をするためにはるばる安徽省からやってきた子どもと、彼の治療代の工面に苦労する両親・・・
 治療代の工面に苦労するのは、日本の健康保険のような全国レベルの公的医療保険がなく、互助会的な医療保険も入院しないと肩代わりしてもらえないとかで治療代が全部自己負担になってしまうのである。意外なことに中国には全国統一の公的医療保険がなく、公務員や一部国営企業のように医療保険を用意してもらったり、あるいは企業が独自に保険を用意してカバーしたりといった枠内に収まっていない人たちは集団での医療保険の対象外、ということになる。前述の一家が加入していた互助会的な医療保険は入院までしかカバーせず、わざわざ北京まで行っても通院での治療は対象外なのであった。
 「和諧社会」を目指しながらも、医療保険にも格差があり、しかも都会の大企業勤めほど手厚い医療保険にありつける確率が高い、というのはその理想とは相反しているといえる。ミニマムの公的医療保険さえも用意できていない、というのが現状である。
 以前この「激流中国」で紹介された、上海の学生が先生として赴任した貧困地帯の農村では、当座の生活費を工面するのにも月利9%でお金を借りなければならない場面が紹介されていた。今回紹介された公的医療保険の未整備も含め、本来セーフティネットで保護されるべき対象が、セーフティネットでカバーされていないのである。中国の経済成長の恩恵に浴していない人は、次々とあらゆる方面で取り残されているのだということを考えさせられた。
 さらに、この子どもは目の病気が安徽省では治らないと診断され、北京へ行く前に手遅れになり片目は手遅れになってしまったとのことである。難病なら「北京でしか」というのもあるかもしれないが、せめて安徽省でも省都など都市部に行けばたいていのことは治るようでないといけないのではと思うが・・・安徽省の省都である合肥には何度か行ったことがあるが、医療が行き届かない環境、という雰囲気はなかった。中国自体が広大な国土を持つのだが、わざわざ北京まで行かずとも地域の大都市でだいたいのことができ、手遅れにならない、というのが理想だろう。
 「和諧社会」への道は遠そうである。

 セーフティネットの危機については日本も他人事ではない、ということがやはりNHKスペシャルの1つ、『セーフティーネット・クライシス~日本の社会保障が危ない~』で紹介されていた。事情は細かいところで違うが、健康を維持し、さらにある程度の生活をカバーする体制は東西を問わず必要だろう。

 最後に1つ、北京の大病院、救急医療にも前金を要求するのはどうかと思うが・・・重症だった場合、本当に「カネが命を左右する」ことになってしまう。病院は踏み倒しを懸念しているようだが、救急医療というのはそういうものではないと思うが・・・

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2008年6月16日星期一

Yahoo!JAPANに接続できない?

 前の記事にもコメントをいただいたのだが、中国からYahoo! Japanへの接続ができなくなっているようだ。ITMedia News記事

中国からYahoo!JAPANへのアクセス不能に 「理由は不明」

 中国から「Yahoo!JAPAN」にアクセスできない状態が13日から続いているようだ。ヤフーはアクセス制限しておらず、理由は分からないという。
 ヤフーによると、13日午後から16日までに、北京や上海、天津、広州、青島など中国各地のユーザーから「Yahoo!JAPANにアクセスできない」との問い合わせが、30件ほど寄せられた。
 「ヤフーがアクセス制限しているわけではなく、ヤフー側に問題はない」(同社広報部)としている。

 当のYahoo!Japanにもこの記事がアップされていたが、アクセス制限があるのならば見ることができないのでしょう。
 先の地震の際、初期には海外メディアも比較的自由に報道ができたということで一定の評価を得ていたのだが、もしこれがずっと続くのであれば逆戻りであろう。あれだけニュースがアップされているのだから、見せたくないものもあっただろうが何故このタイミングで、という感じがする。
 上海にいた頃、中国からのアクセス制限については何度か拙ブログに書いていた。Yahoo!Japanが繋がったとしても、この際だから他に繋がらないウェブサイトをアピールしてみてはどうだろう。geocities.co.jp・seesaaやWikipediaは今でも繋がらないのだろうか。中国在住各位、如何ですか?
 ちなみに、繋がらないときの対策はこちら

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2008年6月13日星期五

上海往事-虹井路から龍柏新村へ

 上海にいた頃の写真のうち、住んでいた頃には記事にしなかったものをぼちぼちとアップ。
 上海の市街地の西、上海動物園から南に向かって歩いて上海の韓国人街ともいえる龍柏新村を目指して歩いてみた。(2006年10月)

Img_2710  上海動物園の向かい、虹橋路と虹井路の交差点にある阿山飯店。一見普通のローカルな食堂に見えるが、結構人気の店らしい。



Img_2713 Img_2714  そのまま虹井路を南へ歩く。延安高架路(延安西路)との交差点を過ぎたあたりから、ハングルの看板が目立ち始める。


Img_2721 Img_2723  韓流コンビニエンスストア、とでも言うのだろうか。店内にはビビンバやスープ、麺類など韓国料理を盛り付けるのに相応しい器が売られていた。東京でも大久保の韓国食材店に行くと売っていますね。

Img_2724  さらに虹井路を歩くと、韓国料理店が並んでいる一帯に出会い、ますますハングル文字の数が増えてくる。



Img_2726 Img_2727 Img_2728 Img_2733  虹井路と青杉路の交差点付近だったと思ったが、韓国食材店があった。上の「韓流コンビニ」や以前紹介した古北にある韓国食材店は乾物店という雰囲気であるが、この店は本当にスーパーマーケットという感じで、乾物のみならず生鮮食品や肉類なども置いてあり、飲み物も豊富な品揃えである。

Img_2741  交差点を右折し、青杉路に入る。古北地区に日本人が多く住むが、このあたりは韓国人が多く住んでいるようだ。



Img_2743  「輪タク」と呼ぶのだろうか、上海の中心部ではこうした人力の三輪タクシー(三轮车)は禁止されているのだが、ここでは健在である。



Img_2746 Img_2747  マンションの壁には、共産党や政府のスローガンが塗られている。韓国人が多く住むこの街でも例外ではない。






Img_2756 Img_2757Img_2760 しばらく歩くとやはり以前紹介した、紫藤路との交差点、57路や936路バスの終点付近にある韓国料理店街に着く。
 まっすぐ歩けば30分、あちこち寄り道したので1時間余りの散歩であったが、最後はビビン冷麺とビールで締め、ということで。
 

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2008年6月6日星期五

去日本説走就走

 以前日本アジア航空のコマーシャルのことを拙ブログに書いたところ、台湾で日本への旅行を宣伝する歌『去日本說走就走』のことを紹介していただいた
 調べてみたら、台湾で日本への旅行を宣伝するコマーシャルで使われたキャッチフレーズのようである。日本の国土交通省と国際観光振興機構で「ビジット・ジャパン・キャンペーン」(Visit Japan Campaign)と銘打って世界各地から日本への観光客を呼び込むべく活動をしており、「Yokoso!Japan」の文字は空港などで見たことのある方も多かろう。この一環として台湾では「日本旅遊活動」という名前で日本への観光旅行を宣伝しているようで、そのテレビコマーシャルに使われたのが「去日本說走就走」というフレーズのようである。日本語に訳すと、「日本行き、思い立ったらすぐ行こう」というところであろうか。
 前述の日本アジア航空のコマーシャルでは、志村けんと金城武の出演で台湾の紹介をしていた。繰り返しで恐縮だがこの日本アジア航空のコマーシャル、いち企業の宣伝ではあるが同時に台湾観光をもアピールしていたように思えて記憶に残っている。数年前に韓流ブームがあったが、韓国観光のコマーシャルにはどんなものがあったか(韓流ブームの途中は日本にいなかったこともあるが)覚えていない。私自身が台湾に注目していることもあるが、やはり記憶に残るコマーシャルだと関心が高まるのではないだろうか。いかにも観光案内です、といった堅いコマーシャルでは記憶には残らないだろう。
 実際に台湾人が日本を訪れたり、日本人が台湾を訪れたりというのはそれぞれの国内旅行に比べてハードルが高かろう。が、まずは紀行番組や書籍などで相手のことを知り、そして興味が高まれば実際に足を運ぶのがいいだろうし、そうやって交流が深まればいいと思う。
 台湾では一時期、「哈日族」と呼ばれる日本の現代文化マニアの存在が話題になったこともある。その後も一時期のブームでは終わらず、(以前からあったが)日本のテレビ番組が流れたり日本旅行が盛んになったりし、実際に台湾の街を歩くと日本に関することを目にするし、日本への関心が続いているのは嬉しいことである。私自身、数年前に北海道・稚内で台湾から旅行に来た人に頼まれて写真を撮ったことがある。英語で話しかけてきたので中国語で返したら驚かれてしまった。まさか稚内で中国語が聞けるとは思わなかったのだろう。
 翻って我々も、経済やら政治やらはそれぞれの主張もあるだろうが台湾をもっと意識してもいいのではないだろうか。

 前述の「ビジット・ジャパン・キャンペーン」、台湾の女優・林志玲が「親善大使」を勤め、彼女自身が「去日本說走就走」のコマーシャルに出演したり日本を紹介するテレビ番組に出演していたようである。2005年に「親善大使」に任命されたときのプレスリリースはこちら、翌年も引き続き任命されたときのプレスリリースはこちら。今は林志玲は「名誉大使」になり、やはり女優の頼雅妍が「親善大使」に任命されている。
 林志玲、良いですね。私の知人(日本人)は林志玲のファンだと公言していますし、別の台湾人の知人は「俺が林志玲を応援するからお前は応援するな」と言っていました…

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2008年6月1日星期日

海王丸@横浜

Imgp1409Imgp1410  先日のアフリカン・フェスタに続き、横浜の赤レンガ倉庫に行って近くに停泊していた航海訓練所の練習船・海王丸を見てきた。
 先日見た日本丸同様に帆を広げていたのだが、私が着いたときには既に帆を畳み始めており、いちばん上といちばん下の帆が畳まれていた。もう数分早く着いていれば全ての帆を張った姿を写真に収めることができたのだが、所用もあったので仕方がない。
 この1ヶ月の間に航海訓練所の練習船を全て見たことになる。練習船に乗って海や船について学ぶ学生はじめ乗組員の方々の活躍と、練習船の安全航海を祈念したい。
Imgp1391  桜木町駅の近くで保存されている初代日本丸も、このイベントにあわせてか帆を張っていた。こちらはボランティアの方々による展帆である。

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2008年5月31日星期六

おうちで魯肉飯

Imgp1382 台湾でお気に入りの食べ物である魯肉飯であるが、その魯肉飯の缶詰を通信販売で見つけ、入手した。


Imgp1371  上から見たところ。豚の絵がかわいい。



Imgp1387  缶を開けたところ。細かいそぼろ肉と汁が入っている。焼き鳥の缶詰のようなにおいだったので、味はどうなのかなとこのときは思った。白く見えるのは油が固まったところ。

Imgp1390  ご飯に盛り付けて食べたところ、確かに台湾で食べる魯肉飯の味がする。勿論台湾の食堂で食べるほうが美味しいには違いないのであるが、缶詰であること、そして台湾を離れ日本で食べる味であることを考えると充分満足である。
 この魯肉飯の缶詰、日本アジア航空の機内誌『アジアエコー』で紹介されていた。現に台湾のスーパーでも売っていたのだが、厳密には動物検疫が必要であろうことから日本への持込はしなかった(現地で缶詰だけで食べてしまった)。
 以前拙ブログで紹介した、台湾物産館には置いていなかった。置いていないか訪ねたときに、台湾物産館の方はやはり肉を輸入するのは何かと難しいということを仰っていた。受け答えに慣れておられる様子だったので、私同様に「魯肉飯の缶詰を欲しがる人」は結構いるのだろう。

 缶に書かれた原材料を見ると、「豬肉、香菇、蔥、蒜、糖、天然調味料」と書かれていた。香菇=シイタケ、蔥=ネギ、蒜=ニンニクといった、肉と調味料以外の野菜が味に影響しているのだと知った。上海で魯肉飯を食べても物足りないと感じたのは、こうした味付けが足りないところなのだろう。

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