2009年11月22日星期日

境港から韓国へ・フェリー「EASTERN DREAM」

 今回の旅では、境港から「EASTERN DREAM」(イースタンドリーム)号というフェリーに乗って韓国・東海(トンへ)港へと向かった。
Imgp8850  この境港と東海を結ぶ航路は今年(2009年)の6月に運航が始まり、7月から定期運航が始まったばかりである。境港と東海、そしてロシアのウラジオストックを結ぶ環日本海航路として売り出している。
 写真は対岸の美保関側から見た、停泊中のEASTERN DREAM号。
 運航会社であるDBSクルーズフェリーは今のところ日本語のウェブサイトを持っておらず(韓国語のウェブサイトはこちら)、運航スケジュールなど日本語の情報は鳥取県のウェブサイトにある特集ページが頼りである。

Imgp8932  フェリーの運航日には境港駅からターミナルへ無料バスが走るので、それに乗って境港国際旅客ターミナルへ。
 平屋建ての建物の中に椅子が並んでいて待合室になっている。
 待合室の脇にある切符売り場で切符を買った。このフェリーは前述の通りDBSクルーズフェリーという韓国の会社によって運航されているのだが、窓口の人も韓国の方のようであった。

Imgp8940  国際航路では国際条約の関係で岸壁を歩いて乗船することができないことが多いのだが、境港ではターミナルが岸壁の前にあるということで出国審査後に岸壁を歩いてタラップへと向かう。





P1010659  前日の夜がサンライズ出雲のノビノビ座席だったので、2日続けて固い床で寝るのは厳しく今回はスタンダードAと呼ばれるベットを利用。8人用の部屋に私も含めて3人の乗客であった。






P1010669  吹き抜けになっている、レリーフやシャンデリアもあるエントランス。








P1010660  船内ではインターネットも利用可能。航海中も利用可能とのことで衛星回線を使っていたらコストが高そうだが、どのような仕組みになっているのだろうか。







P1010661  船内の売店には、ファミリーマートの名が冠せられている。但し韓国のフランチャイズのようである。
 船内の係員に、先程境港の窓口で見かけた方を2名見かけた。船内業務と境港に着いたときの地上業務を兼任しているようで、境港に常駐の人を何人も置いておけないということなのだろう。
 このほか船内にはバイキング形式のレストランがある。私が乗った日は団体客専用になっていたがその代わりに船首にあるバーで同様の食事を食べることができる。
 韓国の会社が運航する船ということで船内ではウォンが主要通貨で、このファミリーマートも使うことができるのはウォンのみである。夕食・朝食の支払いは日本円も可能で、私が乗ったときは夕食が800円、朝食が600円であった。

P1010668  この「EASTERN DREAM」号、元は鹿児島と沖縄を結ぶフェリーであったのを現在の所有者であるDBSクルーズフェリーが買い取ったのだとか。かつては日本のマリックスラインが所有する「クイーンコーラル」という船だったとかで、短い時間外洋を走るという点では共通している。
 船内の表示は殆どハングルになっているが、甲板から船室に入るときの表示にかつての名残を見ることができた。



Imgp8960  釜山と博多や下関を結ぶフェリーのような乗船締切後や下船前の待機時間はなく、19時に出港してから一路東海を目指す。冬の日本海は波が高く、翌朝入った風呂では浴槽のお湯が波打っていて入浴するのが難しいほどであった。
 それでも定刻の午前9時に東海港に到着。東海港でもやはり岸壁を歩いて入国施設へ向かう。
 東海港からはソウルへ行くべく下船後すぐタクシーに乗ってバスターミナルへ向かったので、東海の街は歩いていない。タクシーから見た車窓は黄土色の地面が目立ち、海岸線に鉄条網が掛けられているのを見たり軍事施設と思しき施設の名前を道路案内や壁面に見たりと、緊張感を感じる車窓であった。
 日本の鳥取・島根付近も、韓国の東部海岸沿いもそれぞれ高速列車は走っていないなど交通インフラが他の地域ほどではないのが共通している。その両者を結ぶこのフェリーが物流や観光の大動脈になるのは今のままでは厳しく、他の地域の貨物をこの航路に取り込むべく港から先のサービスの提供も含めてもう1歩踏み込まないと厳しい航路と言える。旅客にしても境港のターミナルで見た人数からすると厳しい状況が窺える。
 それでも両地域の人にとっては互いを結ぶ貴重な航路でありこれを使って街の発展に結び付けたいだろうから、このフェリーもお互いを結ぶ架け橋として継続して運航してほしいものである。

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2009年11月21日星期六

境港散策

 前回の続き。境線の終点、境港駅付近を散策。
Imgp8786  境「港」と言うだけあって、駅前を流れる境水道には漁船やタグボートなど船がたくさん泊まっている。写真奥には海上保安庁の巡視船も泊まっている。
 境港は鳥取県に属しているが、境水道を隔てた対岸は島根県の美保関である。




Imgp8791  境港駅に程近い岸壁に泊まっていた、海上保安庁の巡視船「おき」。







Imgp8897  こちらは水産庁の漁業取締船、「白嶺丸」。
 緑の山を背景に白い船、というのも珍しい眺めである。







Imgp8812  境港駅周辺は「水木しげるワールド」。境港出身の漫画家・水木しげるにちなんで「ゲゲゲの鬼太郎」の登場人物や全国各地の妖怪の像や絵が、眼前から離れることはない。





Imgp8796  駅前の観光案内版を妖怪が囲んでいるのは言うに及ばず、







Imgp8797 Imgp8818  タクシーの屋根上の行灯や街灯までもが「目玉おやじ」になっている。






Imgp8792  駅近くにある会社の窓は妖怪つづらに模されている。








Imgp8873 Imgp8876  境港駅から水木しげる記念館までの1キロ弱の道路は「水木しげるロード」と名づけられており、沿道には鬼太郎グッズや妖怪グッズを売る店が並び、また妖怪の小さな像が歩道にズラリと並んでいる。

Imgp8879  土産屋が本業ではない電気製品店にも、妖怪グッズが並ぶ。







Imgp8888  通りにある床屋、ハサミを持った鬼太郎や一反木綿に追いかけられているようで、夜はあまり通りたくなくなるかもしれない…






Imgp8884  鬼太郎の像。鬼太郎やねずみ男など有名なキャラクターの像は人気があり皆並んで写真に収まろうとするので、銅像の写真を撮るのが難しい。
 奥に見える下駄、ただの下駄と見るか妖怪の1つと見ることができるか…後者はある世代以上の人に多そうである。



Imgp8885  それぞれの像には、妖怪の名前が点字でも記されている。目の見えない方は名前を手がかりに銅像を触ってその姿やその様を思い起こすことになる。






Imgp8810  通りに並ぶのは妖怪ばかりではない。水木しげる先生御自らも、妖怪に囲まれながら執筆している姿を見せている。






Imgp8922  こちらはキャラクター化された姿ではなくご本人の胸像、水木しげるの業績を記した顕彰碑。







Imgp8868  水木しげる記念館。彼が描いた妖怪よりも、彼が歩んだ人生に唸らされる。自由奔放・天真爛漫ともいえる幼年期・少年期、そして太平洋戦争で負傷しながらも九死に一生を得たという経験、そしてその後苦労しつつもマイペースで歩んだ先に漫画家としての成功、となるのだが、幼い頃に「のんのんばあ」こと家に来ていたお手伝いさんから妖怪の話を聞いた少年時代、そして戦地での現地住民との交流が彼の心の糧として今日の彼の礎になっているのだということがわかる。

Imgp8798  その水木しげるの40歳前後、漫画で名を成す前の頃が来春からのNHK朝の連続テレビ小説になるのだとか。この『ゲゲゲの女房』、主演の松下奈緒扮する夫人の目からこの頃の水木しげるを見たものだそうで、どんなドラマになるなのだろうか。

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2009年11月20日星期五

境線

 サンライズ出雲を米子で降り、境港へ行くべく境線に乗り換える。
Imgp8742  米子駅の0番ホームで待っていたのは、「目玉おやじ列車」。境港出身の漫画家・水木しげるにちなみ、境線には『ゲゲゲの鬼太郎』のペインティングが施されたディーゼルカーが走っている。





Imgp8745 Imgp8748  駅には、鬼太郎の銅像などが並んでいる。






Imgp8757  境線のそれぞれの駅には、『ゲゲゲの鬼太郎』にでてくるものなど妖怪の名がニックネームとして付けられている。米子駅は「ねずみ男駅」。





Imgp8760  このニックネーム付けは無人駅にいたるまで徹底されている。駅の案内板が、妖怪の紹介になっている。






Imgp8755 Imgp8770  ディーゼルカーの車内も、目玉おやじや鬼太郎の絵で覆われている。
 駅と駅との間が詰まっていることもあり、列車はゆっくりとすすんでいく。途中車窓に見えた葱畑で、スキーのストックを改造した農具が置いてあるのを見かけたのは大山に程近い境線ならではと言えようか。
Imgp8783 Imgp8800  1時間ほどで、終点・「鬼太郎駅」=境港に到着。






Imgp8802  こちらは後続で来た「鬼太郎列車」。鬼太郎と仲間たち?が車体に描かれている。

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2009年11月19日星期四

サンライズ出雲

Imgp8706 Imgp8712  サンライズ瀬戸には何度か乗ったことがあるが、サンライズ出雲に乗るのは初めてである。夜行列車で一路西を目指す。




Imgp8718 Imgp8714  B寝台は満席、特急料金だけで乗ることができるノビノビ座席も窓口の係員の方曰く「最後の一枚」とのことであった。カーペット敷きのスペースは先に乗った釜山~博多間のフェリー「ニューかめりあ」同様に頭の位置に仕切りがあり、落ち着いて過ごすことができる。座席と違って横になることができるのはやはり楽である。
 枕はないので、U字型のエアークッションを持ち込んでの乗車。旅先から更新できればまた後程。

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2009年11月15日星期日

韓国で見た漢字

 1970年代までは固有名詞などを漢字で表していた韓国の新聞も今では殆どハングルによる表記になっているなど、韓国では「母国語を表す文字としての」漢字を見る機会は少なくなっている。9月に韓国を旅行した際に街で見かけた漢字はその少なくなった韓国語の漢字表記のほかに、韓国を訪れる中国人・台湾人や日本人の便宜を図るためのものもあり、漢字を解する者としては助けになった。

Imgp8253Imgp8321 鉄道施設や列車では駅名を漢字で表示している。駅は台湾でも中国でも「站」と書くので、これは韓国に残った漢字表記と言えるだろう。写真左は仁川駅にて、右は都羅山へ行く際に乗ったディーゼルカーにて。

P1010473  やはり駅で見た「賣票所」「乘車場」の表記、ハングルの表記をそのまま韓国語化したものではなさそうだが中国や台湾でのそれとも違い微妙である。







Imgp8255  もっとも仁川駅で見た「歡迎光臨」、さすがにこれは中国からやってくる人を当て込んだ表記であろう。







P1010467  仁川港から乗ったバスの車窓にて。銀行の建物に「환전」と書かれており、その下に「換銭」と書かれている。「환전」、口に出すと「ホワンチョン」であり、中国語の読み「Huan4qian2」に通じるものがある。ここでは漢字表記もあるが、これも中国語を解してハングルが読めると意味が類推できる一例であろう。



P1010496  こちらはソウルの韓国観光公社にて。「観光案内」が日本人向け、「旅游咨询」が中国語話者向けか。








P1010497  ソウルの中心部では、道案内に中国語の表記が付されているところもある。「ソウルファイナンスセンター」が「首尔金融中心」と記されている。
 奥に見える緑色の自動車向け道路案内は、ハングルとアルファベットのみの表示である。

 漢字表記が少なくなっているとは言われているが、もともとの韓国語を漢字表記したものに加えて日本語話者や中国語話者向けの漢字表記がそこそこにあり、日本語を解する者としては街を歩く際の助けになるといえる。

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2009年11月1日星期日

2009年・環黄海旅行記(番外編)門司港レトロ観光列車

 今回の旅行では、釜山から船で帰国した後は北九州空港発のフライトで東京に戻ることにしていた。入国審査が何時からなのか、どのくらいかかるのかわからないので午後1時前のフライトを予約していたのだがスムーズに入国審査が終わり、8時前には博多のターミナルを後にした。時間が余ったのでどこか行こうかと考えたが、新しい場所はあまり思いつかなかったので約3年振りに門司港へ行ってみることにした。
Imgp8603 Imgp8604  門司港駅の構内。九州での鉄道の起点であることを示す0哩(マイル)標と、蒸気機関車の動輪や安全の鐘が置かれている。




Imgp8595 Imgp8597  門司港駅。この日は駅前で青空市か何かだったようで、雑貨などを広場に並べて売る人とそれを買いに来る人で賑わっていた。




Imgp8588  滞在時間も限られているのでもう1度九州鉄道記念館に行こうかと思って駅を出たら、青色の小さな機関車と客車が廃線跡に停まっていて、それに乗ろうと人が集まっているのが見えた。廃線跡(列車が走るようになったので今やそうは呼べないが)を観光列車が走るようである。時間を聞いたら片道10分、25分で往復できるとのことだったので私も乗ってみることにした。


P1010622  この青色のトロッコ列車「門司港レトロ観光線」(ネーミングライツで「やまぎんレトロライン」とも言うらしい)は、かつての貨物線の廃線跡にやはり廃止された南阿蘇鉄道で使われていた機関車に客車をくっつけて走らせている。北九州市が持つ線路に平成筑豊鉄道が持つ車輌を走らせるというれっきとした鉄道で、春から秋にかけての季節運行ながら本屋で売っている時刻表にも運行ダイヤが掲載されている。今年は11月29日までの土・日・祝日に運行され、来年(2010年)は3月13日から運行再開だそうで、夏休みなど観光客の多い時期は毎日運行になるようだ。あと、駅での案内など係員にボランティアの方がおられるとかで、ボランティアが運行に関わるのは珍しいのではなかろうか。
 乗車中のアナウンスでは「もっとも短い、もっとも遅い列車です」と言っていた。「もっとも短い」が車輌のことなのか路線のことなのかわからないが、門司港駅前にある九州鉄道記念館から出光美術館・ノーフォーク広場の2駅を経由して関門橋の下をトンネルでくぐって終点の関門海峡めかり駅までの4駅2.1キロメートルを10分かけてこの列車は走る。
 終点近くのトンネルを通るときに、関門海峡に住んでいる魚が客車の天井に映し出されて歓声が上がっていた。
P1010626  終点近くでは、かつて関門トンネルを走った電気機関車(EF30型)が保存されているのが車窓から見えた。








Imgp8574  帰りは起点の1つ手前、出光美術館で下りて歩くことに。近くの広場にあるステージでは踊りやパフォーマンスの出し物があるようで、本番直前の最終チェックというところだろうか。





Imgp8581  門司港の街を走る観光列車。機関車が前後についていて、どちらの方向へも難なく走っていくことができる。こうした列車に乗ると皆嬉しくなるのか、乗客が沿道を歩く観光客にしばしば手を振っていた。





Imgp8569  今回訪れた中国や韓国に続き、ここ門司港でも事前には思いもつかなかったものに出会うことができた。勿論予めガイドブックを読んだりインターネットで調べればわかることなのだろうが、予め調べて知ったことやガイドブックに書いてあることをたどるだけでなく、そこから道を踏み出してみたりあるいはそこに何があるのか楽しみにしながら旅をするのも良いのではないかと思う。

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2009年10月31日星期六

「英愛咖啡」

Imgp7929 煙台・大馬路を歩いて海岸に突き当たるところに、「英愛咖啡」の看板を掲げた2階建ての建物を見つけた。
 広仁路歩行街の南の端にあり、海をバックに建つこの「英愛咖啡」、韓国との交流が深い煙台にあって李英愛=イ・ヨンエにあやかってつけた名前だろう。アルファベット表記の「YOAI COFFEE」、「英愛」のピンイン表示とは異なるが、イ・ヨンエの名前とも異なる表記にしたのは遠慮したのか「そこまで一緒にするのはどうか」という後ろめたさがあったのか…
 最近イ・ヨンエは映画やドラマには出ていないようだし、チェリナーの消息もあまり聞かない。これからの注目は台湾に目を移して桂綸鎂ですかねぇ…

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崂山可乐(労山コーラ)

P1010382 今回の旅行中、青島で見つけた崂山可乐(労山コーラ)。









P1010387  裏返してラベルを見ると、原料欄に「乌枣(ナツメ)」「砂仁(シュクシャミツ)」「白芷(ビャクシ)」「良姜(コウリョウキョウ)」「丁香(チョウジ)」と、漢方薬の材料になりそうな薬草・植物の名前が並ぶ。実際飲んでみると、漢方薬のような香りがかすかに鼻に抜ける感じがする。
 変わり種の味がするコーラといえば日本でもあずき味のペプシコーラが最近売り出されたが、薄い漢方薬のような味のコーラが味わえるのはこの崂山可乐だけではなかろうか。健康に良さそうな雰囲気が売りなのだろう。

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2009年10月30日星期五

2009年・環黄海旅行記(23)釜山~博多・フェリー「ニューかめりあ」

 下関を起点に中国・韓国を駆け足で回った今回の旅行も終わりが近づいてきた。釜山港から船に乗って日本に戻らねばならない。
Imgp8489  まずソウルから釜山へ高速電車KTXで移動。やはり折角の乗車機会なので1等車に乗車。3列シートのゆったりとした座席である。運賃は週末料金の71,700ウォン、これに自動券売機購入による700ウォンの割引がある。券売機での購入は英語の画面が選べるので割と簡単である。
 釜山までの2時間45分は殆ど寝ていたのだが、9月末ということで沿線に実る稲穂が黄金色で美しかった。
 釜山駅に着き、フェリーが出る国際旅客ターミナルへの行き方を尋ねたところ時間は決まっていないが連絡バスが出ているとのことであった。教えてもらった出口へ行くと、タクシー乗り場の隣にそれとわかるバスが停まっていた。他のバスの停留所と離れておりそもそも停留所の案内もなかったような記憶があり、バスが停まっていないとわかりにくいだろう。
P1010582  釜山からは下関行きと博多行きのフェリーが出ている。略同時刻に出るのだが、今回は博多行きのフェリーに乗ることにした。2等運賃の90,000ウォンはクレジットカードで支払ができたが、港湾使用料3,200ウォンは現金で支払う必要がある。





Imgp8506  ターミナルの屋上から見た、今回乗るカメリアライン運航の「ニューかめりあ」号(韓国側代理店のウェブサイトはこちら)。昼間に博多から釜山へと運航し、夜に釜山を出て翌朝博多に着くというスケジュールであり、この航路に入っている1隻が1日で1往復するという運航形態である。釜山と下関を結んでいる関釜フェリーが2隻の船で釜山→下関・下関→釜山を夜行便で結ぶ(それぞれの船は1日で1片道航海、2日で1往復することになる)のと比べると船にとっては密度の高いスケジュールになっている。
 夕方釜山に着いた「ニューかめりあ」。国際仕様のサイズのコンテナだけでなく、船尾から小さいJRの貨物コンテナが下ろされているのが見える。

Imgp8505  こちらは下関へ向かう関釜フェリーの韓国側投入船「SEONG HEE」号。







P1010600  時刻表では20時出港となっているが、この日は19時から出国審査がありその後すぐにフェリーに乗り込んだ。
 「ニューかめりあ」の船体全体を写真に収める機会はないが、船内にある案内のテレビ画面による本船の紹介から。




Imgp8523 Imgp8525  船内のロビー。








Imgp8564  客室へ向かう通路。今回乗った3隻の船の中で、この「ニューかめりあ」がいちばん船内がきれいに整備されていたと思う。前述の通り1日で博多と釜山を往復する、他の日中・日韓フェリーに比べると厳しいスケジュールの中でよくやっていると感心する。




P1010607  船内には浴場もあり、こちらも清潔に整備されている。朝は5時半から利用可能で、博多ポートタワーを目の前に見ながら入浴することができる。







P1010596  船内にはカラオケボックスも確か3室用意されている。夜だと船内で寝るだけなのだが昼間の航海だと時間をもてあます人もいるだろうからその間にカラオケを、という客も少なからずいるだろう。
 他にはゲームセンターもあった。





P1010592  食堂は食券式。食堂に限らず船内では日本円のみが使用可である。
 自動販売機に「ジョジャックッ定食」という名前を見付けたので、何かわからないままに注文したところ、出てきたのは蜆の澄まし汁定食であった。
 小皿の数やその中身も含めた定食の「韓国らしさ」という点では、煙台から乗った「香雪蘭」のほうに軍配があがると感じた。


P1010591  今回利用した2等船室。所謂雑魚寝スタイルだが寝るときの頭の部分に仕切りがあり、周囲を気にせず眠ることができるようになっている。
 19時過ぎに乗船して20時出港ということであったが、釜山~博多間は実質6時間くらいの距離ということで実際に船が動き出したのは22時過ぎである。翌朝5時半に目が覚めたときには既に船は博多港に着岸しており、人によっては「釜山出港前に寝て博多到着後に起きて、航海中はずっと寝ている」ということもあるかもしれない。


Imgp8560 Imgp8559  早朝の博多港。おそらく近所の方であろうか、朝早くから岸壁で体操をしたり釣りをしたりしていた。また、博多ポートタワーの前を、朝早くから小さな旅客船が横切っていった。
 朝7時半から下船開始だったが、混雑することもなくスムーズに降りることができた。

 今回の旅では日本・中国・韓国をそれぞれ船内1泊で移動し、福岡や下関エリアと中国・韓国との「距離の近さ」を改めて感じた。それぞれ(混雑期でなければ)切符も窓口で簡単に購入することができるのも旅への敷居を低くさせてくれ、中国・韓国へ行くには飛行機に乗る必要がある東京では感じることが出来ない距離感である。
 青島・煙台・仁川それぞれに訪れる前には思いもよらなかった街並みを歩くことができ、当初はフェリーや貨物船で日・中・韓を移動するのが主目的だったが訪れた街での新鮮な体験と新しい発見もまた、そしてそのほうが印象に残る旅であった。

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2009年10月29日星期四

2009年・環黄海旅行記(22)韓国放送通信大学校

Imgp8405 韓国滞在3日目。この日の午後にはソウルから釜山に移動し、釜山から船に乗って日本に戻らなければならない。
 韓国観光公社で貰ったソウルの市内地図の上の隅に「韓国放送通信大学」の名を見つけたので、午前中にそこ=韓国放送通信大学校、日本の放送大学と似たシステムでテレビやラジオを通じて大学教育を行っている大学に行ってみることにした。


Imgp8404  地下鉄4号線の恵化駅で下車し、駅前の広い道(大学路-通りの名前は近くにあるソウル大学に由来。放送通信大学校もソウル大学の付属機関だったことがある)を東大門広場の方向に戻るように歩くと、5分ほどで上写真の案内板が見えてくる。
 左写真は構内の案内。




Imgp8387  中にはいくつか建物があり、それぞれに守衛の方がいたので中に入っていいか聞いてみたが、明らかに部外者とわかるからか断られた。かつて放送大学で学んだ韓国語を使って韓国放送通信大学校への訪問を試みたが、たかだか45分x15週の学習では歯が立たず一蹴された、というところだろうか。一昨年、台湾の国立空中大学の学習センターを訪れた時のようにはいかなかった。もう少し言葉ができれば中を見ることができたのか、あるいは守衛の方ではなくて学校関係者の方とどこかで接することができれば入ることが出来たのか。もっとも、よしんば入ることが出来たとしても言葉を解さないので意味もわからずただ見てまわるだけになりそうではある。
 建物の上には「한국방송통신대학교」の文字が見える。「방송」-「バンソン」-「放送」、「통신」-「トンシン」-「通信」、と、中国語の音に近い言葉だと漢字表記が類推できる。
Imgp8403  大学で行われるイベントの告知だろうか、大学のURLが書かれたものなど横断幕がいくつも掲げられていた。








Imgp8407  こちらは「学生会館」か。









Imgp8389  図書館。









Imgp8394  敷地内で唯一古そうな、欧風建築の建物を見かけた。白く塗られているこの建物は今では講堂のようであるが、前に植えられている記念植樹には「一九〇七年(高宗四四年)三月工業傳習所本舘(史跡第二七九号)竣工紀念」と書かれていた。





Imgp8410 Imgp8384  日本の放送大学の本部の周りはやや閑散としているが、この韓国放送通信大学校は大通りに面していることもあり学校の前や脇の通りには店が並んでおり、学校へ来た際に食事に困ることはなさそうだ。


Imgp8418 Imgp8420  大学校を後にして、東大門広場を目指す。途中に教会に見える立派な建物があったが、どうも結婚式場のようである。教会風の建物にしては通りの向こうからも教会のものとは違う、韓国の文化を描いた絵が壁に描かれているのが見えたので違和感があったが、結婚式場なら合点がいく。

Imgp8437  東大門市場。衣類や布に関連した店が並ぶマーケットである。夜遅くまで賑わうようであるが、午前中ということで人通りは多くなく閑散としていた。







Imgp8443  市場内を流れる清渓川。ソウルの中心部を流れており、市内の散歩道になっている。








Imgp8467  東大門。








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 日本の放送大学のテキストは大きな書店で見ることができるが、韓国の韓国放送通信大学校のテキストを邦訳した『現代韓国社会を知るためのハンドブック』という本がある。韓国の現代社会における諸問題に焦点を当てて解説した本のようである。放送大学のテキストのような雰囲気なのだろうか。

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 来月(11月)14日~15日、放送大学によるシンポジウム「世界公開大学シンポジウムinさいたま」というイベントがあり、放送大学と同様のシステムで遠隔教育を行っている世界各地の大学による講演があるようだ。遠隔教育に関する専門的なイベントであり学術的に教育に携わっている人あるいは遠隔教育に携わっている人が主対象のようであるが、世界各地で遠隔教育を行っている大学、そしてその方法で社会人に大学教育を行っている大学の存在に興味があり、またそれぞれの大学がどのような取り組みをしているのかに関心があるので後日その内容を知ることができればよいのだが、と思う。

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