2020年6月15日星期一

『世界ふれあい街歩き~チェンマイ~』

 先月録画したテレビ番組、『世界ふれあい街歩き』のチェンマイ編。初放送は2018年3月とかで、私がタイにいた頃の、そして駆け足ながら訪れた時期と相前後するチェンマイだ。
 観光名所を触れるのではなく、通りで見かける光景やそこにまつわる人達との短い話から街への親しみが深まっていく番組の作り方はいつもながらさすがだ。市場で「徳を積むために放流する」ために売られているナマズを買って旧市街を囲む堀に放つ女性や、道行く人のために水を入れた壺を設け余った水を草木にあげる人に出会い、画面の端々に現れる仏教国ならではの風景には敬虔な仏教の教えが根付くゆったりとした時の流れを感じ、他方で海外からの観光客や定住者が多いこの地で洋書店を開く人、現代アートをカフェで披露する人や女性専用のムエタイジムで汗を流す人には現代のチェンマイを感じる。


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 番組に出てきた中で私も見たことがある風景も少々出てきた。番組の途中で「チェンマイに来たら訪れてほしいところ」として、チェンマイでラーンナー王国を築いたメンラーイ王とその両脇に立つパヤオ王国のカムムアン王、スコータイ王国のラムカムヘン王の像。旧市街の公共施設にて。







Dsc_0827_r  チェンマイの乗り合いバスとして紹介されていたのは、トラックの荷台に屋根と座席を設けた乗り物。他の地域だとソンテウと呼ばれるこの乗り物、チェンマイでは皆赤く塗られていることからロットデーン(赤い車の意)と呼ばれている。乗合で決まったルートを走ったり乗合客の求めに応じてあちこち寄ったりする走り方もあれば、GRABで呼ぶなどしてタクシーのように使うこともできる。

Dsc_1350_r テレサ・テン終焉の地であるThe Imperial Mae Ping Hotel、そしてその中にあるテレサ・テン博物館も紹介されていた。

Dsc_1753_r 番組冒頭に出てきたチェンマイの街並みと向こうに見える空はこのホテルか、あるいは付近のホテルから撮った眺めだろう。写真は私がThe Imperial Mae Ping Hotelを訪れた時に撮った写真。番組で見えた、茶色の尖った屋根が並ぶ建物に見覚えがある。
 『世界ふれあい街歩き』もロケができないのか、音声の収録ができないのか、ここ最近はかつて放送した番組の再放送だ。しばらくは訪れるのが難しくなった海外の街を、この番組を観て歩いた気持ちになりながらいつの日か訪れたり、訪問の敷居が低くなることを願いたいものだ。

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2020年5月10日星期日

『テレサ・テン名曲熱唱~没後25年目の真実~』

 テレサ・テンが亡くなったのは25年前の5月8日。その5月8日にBS-TBSで放送された『テレサ・テン名曲熱唱~没後25年目の真実~』を観た。
 先日NHKで放送された『ザ・プロファイラー テレサ・テン』はターニングポイントとなった出来事に注目して彼女の人生を振り返るものだったが、この『テレサ・テン名曲熱唱~』はテレビで流された彼女の歌をふんだんに流し、売れるまでの裏話を挟みつつ足跡を振り返るものだった。映像の中に『8時だョ!全員集合』で演じたコントもあったのは、TBSの番組所以だろう(図らずも、先日亡くなった志村けんや先に亡くなったいかりや長介の姿も見ることができる)。
 彼女の代表曲の多く、『つぐない』『愛人』『時の流れに身をまかせ』などは私の少年時代ながらリアルタイムで聞いており、テレビでも観ていたので新鮮というよりはむしろなじみがあった歌を久々に聴いたような感じになった。『襟裳岬』や『二人でお酒を』といった他の歌手の歌のカバーも難なく歌うのはその歌唱力ゆえであり、中国や台湾の老歌『高山青』『何日君再来』を聴いてもそれが感じられた。いろいろな番組の映像からであり、彼女が活躍した'80年代は歌番組が盛んな時代だったことを思い出す。
 『ザ・プロファイラー』同様に天安門事件時に香港での支援コンサートに参加したこと、ルーツの中国大陸でのコンサートが叶わなくなったこと、そして香港や中国への思いを日本のテレビ番組で吐露したことに触れて番組は終了へと向かう。番組のナレーションにもあったが、この頃彼女が歌った『悲しい自由』や『香港~Hong Kong~』には、テレサ・テンの香港への思いが込められていただろうことが想起される。

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2020年4月29日星期三

NHK-BS プレミアムカフェ『走れ 大峡谷を縫って~中国・成昆鉄道~』

 録画してあったNHK-BSの番組『走れ 大峡谷を縫って~中国・成昆鉄道~』を観た。過去に放送した世界各地の山岳鉄道シリーズを改めて紹介する番組で、この番組は2001年の再放送だった。俳優の伊原剛志が、成都と昆明を結ぶ成昆鉄道(成昆線)の列車に乗って、途中下車で沿線の各地を訪れるという番組だった。
 緑色で硬い椅子の古い硬座車、5元でいただくお粥の朝食や弁当(盒饭)などがかつての中国の汽車旅を思い出させた。2001年というとさほど昔のことでもないようにも思えるが、何しろ19年前だ。車内ではホーローの食器を持ち込みお湯を入れてインスタントラーメンを食べている人がいたり、途中駅で野菜を目いっぱい客車に積み込む様子が映っており、山間故に新幹線はないであろうこの成昆鉄道では今もこのような光景が見られるのだろうか。
 当時で直行で24時間のところを5泊6日で旅したそうだ。車窓や沿線の山や田畑の緑が美しく、また沿線に住む少数民族、彝族のお祭りも紹介していて興味深い番組だった。我々が目にする中国は大きく変化しており、この成昆鉄道も輸送能力向上のため改修をしているようだが、沿線の風景や人々の暮らしぶりはどうだろうか。

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2020年4月25日星期六

The Royal Bangkok Sports Club

 かつて住んでいた海外の地を再訪したり行ってみたいところに旅行したりことのみならず、新しく住むことになった街を知ろうと近所を散策することもままならない日々が続くようになった。再訪がかなう日を願いながら日々を過ごしたい。

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 1年あまり前の話だが、バンコクの中心部にある競馬場、The Royal Bangkok Sports Clubの中にあるゴルフコースでプレーをする機会があった。このThe Royal Bangkok Sports Club、目に見えるのは競馬場だが会員制のスポーツクラブであり、ゴルフだけでなくバドミントン・バスケットボール・クリケット・ローンボウルズ・マーシャルアーツ・フィットネス・武術・ラグビー・サッカー・スカッシュ・水泳・卓球・テニス・ヨガといったスポーツを中で行うことができる。ボードゲームの施設やレストラン、宴会場もあり、スポーツを通じた社交場という表現が相応しいだろう。
 もっとも、完全会員制でありその会員になるのは今日では非常に困難であると聞く。今回のゴルフも会員の方とご一緒させていただいてまわることができた。

Img_0699_r  コースの中に設けられているドライビングレンジ。時にはクリケットなど他のスポーツのグラウンドになり、夜ナイターの灯りをつけてプレーしているのをBTSラチャダムリ駅から見ることがあった。

Img_0704_r  競馬開催時にはメインスタンドとなる観客席の前からスタートだ。

Img_0707_r 1番ホールはパー3、ティーグラウンドすぐ先にある池がハザードだ。

Img_0713_r Img_0715_r 競馬の時に使うゲートがそのまま置いてあった。上には「JRA」の文字が見える。日本の競馬のお古なのだろうか、寄贈を受けたのだろうか。

Img_0716_r 4,992ヤード、パー66とゴルフ場としては短いこのコース、5番ホールが唯一のパー5。競馬場のバックストレッチをまっすぐ進んでいく。

Img_0718_r いくつかグリーンが見えるところがあったり、逆にグリーンが見えないところもあり、どこへ向かって打てばよいのかわからないこともある。

Img_0724_r Img_0729_r ラチャダムリ駅から見えるこのコース、逆にコースからは横を走るBTSを観ながらのプレーだ。やはりここでプレーをしたことがある人が言うには「BTSの中からプレーを観られている気がする」とか、気にし過ぎだろうか。確かに、BTSのみならず競馬場を囲むオフィスビル・病院・マンション・ホテルから目に入る場所ではある。

Img_0732_r 競馬場の中のゴルフコース、過去にプレーをした中では今はないがやはりバンコクの中心部にあったRoyal Dusit Golf Club、チェンマイにあるLanna Golf Courseの一部がそうであるが、ゴルフと競馬場は社交場として親和性があるのだろう。

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2020年3月29日星期日

『ザ・プロファイラー テレサ・テン』

 1か月以上前に録画したNHK-BSの番組『ザ・プロファイラー テレサ・テン』を改めて観た。
 彼女の生涯については番組でも参考にされていた書籍『テレサ・テン 十年目の真実 私の家は山の向こう』を2年前に彼女の終焉の地であるチェンマイのThe Imperial Mae Ping Hotelを訪れた時に読んでおり、司会の谷原章介氏が「彼女の歌は知っているけれど、人生はよく知らない)と言っていた通りで彼女の人生を改めて映像でたどることができた。
 番組では、『~十年目の真実~』でページを割いた人生後半のフランス人との恋愛やチェンマイでの日々は短く触れるに止め、日本でのデビュー、その日本での活動時に偽造パスポートを使ったことで国外退去になること、処分中に滞在したアメリカでの婚約とその解消、そして日本で再度成功を収めることに時間を割いていた。そして中国でのコンサート打診、天安門事件で学生を支援する歌を歌ったことにも触れていた。
 上記した参考文献ではテレサ・テンの心情を代弁する歌として『私の家は山の向こう』を取り上げていたが、番組ではそれに加えて中国を離れて住む華僑や華人たちが聞くと故郷を思うという『梅花』を取り上げていたのが印象的だった。書籍ではテレビでは触れられていないことを知ることができ、テレビでは書籍では印象に残らなかったところにフォーカスを当てていてそこが印象に残り、番組を観て彼女の人生をより深く知ることができた。
 また本で触れていた『私の家は山の向こう』、現代は『我的家在山的那一邊』も映像や音で聞くとこういうことだったのかと印象に刻まれる番組だった。『梅花』同様に故郷を思うこの歌の歌詞の一部を変えて歌い、集会には「民主萬歳」と書かれたハチマキをして参加していたのも分かった。その年の日本のコンサートで「私はチャイニーズ」と言っている姿に触れており、中国で起こった出来事に心を痛めている姿が伝わったが、彼女のアイデンティティはどこにあったのか気になるところだ。番組では「中国を愛していたのでは」としていたが、台湾で外省人の家庭に育ちアメリカで『梅花』を歌ったテレサ・テンにしてみれば番組の短い言葉ではまとめられない思いがあったのではと思う。
 テレサ・テンが亡くなった1995年から25年、彼女のお兄さんは存命で思い出を語っていた。彼女も生きていたらまだ60代なのだが、彼女自身から思いを聞くことができないのは残念だ。

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2020年3月8日星期日

地下鉄の踏切~東京メトロ銀座線・上野あたりにて~

Img_1026_r  JR上野駅入谷口を出て、日光街道(国道4号線)を北に歩くことしばし、路地に入ると小さな通りを跨ぐ踏切がある。こんなところに列車が走っていたっけ、と思ったが、ここを走るのは東京メトロ銀座線の電車。他の私鉄やJRに乗り入れている地下鉄の電車が乗り入れ先で踏切を通ることはあるが、他所に乗り入れていない銀座線が踏切を通るのは想像しにくい。

Img_0987_r ここがその踏切。街中の小道に踏切の標識が立つ。標識と遮断機の先には赤提灯も見える。

Img_0989_r ここは東京メトロの上野検車区。銀座線の車輛基地になっていて、朝夕に本数を増やすべき時に上野検車区から電車が出発し、あるいは一休みする電車がここに上ってくる。

Img_0993_r  柵の向こうでは、出番に備えて電車が休んでいる。

Img_0994_r Img_1002_r 線路の反対側には地下に潜っていくための線路が。検車区への入口共々普段は鉄柵で遮られている。銀座線は線路に並行している第三軌条から電気の供給を受けているため、立ち入ると本当に危ない。なお踏切の上にはこの第三軌条は走っていないので、心配なく踏切を横切ることができる。

Img_1009_r 出番が近づいた電車が策の前まで進んできて、出発時間を待つ。

Mvi_1023_12_r 柵が上に開き、乗客を乗せる営業運転に向けて旅立つ。

Mvi_1023_11_r 今度は、営業運転を終えて検車区に戻る車両が地下から出てきた。

Img_1028_r  ここは鉄道関係者だけが通る道ではなく、町の人が上野駅を目指しあるいは帰ってくる、さらには街の人たちが普通に往来する細い道だ。普段乗っていると踏切に出会うことがない銀座線だが、道を歩いていると思わぬところで地上を走る、踏切を通り過ぎる銀座線の電車を見ることができる。

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2020年3月7日星期六

献血の話~今度は1年間献血禁止~

 今日本ではコロナウイルス関連の報道が連日テレビや新聞に取り上げられている。2003年のSAASの時と違い日本では発生と伝染を防ぐことができず、残念ながら日本でも感染者が多数出る事態となり、社会を挙げて感染拡大防止に取り組む中、コロナウイルス感染防止また自らが感染・拡大源にならないよう意識しなければならない日々が続く。ウイルス対策が行動に影響を及ぼす日々が続く。
 そのコロナウイルス対策の影響で、献血イベントの中止や外出を控える人が増えたことで献血用の血液が不足しているそうだ。報道や競泳の池江璃花子選手の呼びかけ等あったので、このことが知られ献血者の数が持ち直すといいのだが、と感じる。
 さてこの献血、バンコクに長期滞在した人は帰国後1年間は献血できない。今回の帰国後しばらくして献血ルームに行ったところそのように言われ、今年の9月末まではお役に立つことができない。バンコクは低リスクながらマラリア感染リスクありとされていることから、3か月以上の長期滞在から1年間は献血ができないそうだ。
 日本赤十字社ホームページにある「献血をご遠慮いただく場合」の中、「海外旅行者および海外で生活した方」の欄にマラリア発生地域に関する地図が掲載されており、ここに記載されたような流行地域滞在後3年という説明ではなかったが、問診した医者から上記のような説明を受けた。タイの一部地域は低リスクながらマラリア感染リスクありになっているとかで、周辺国と国境を接する県に加えてバンコクが発生地域に加わっており、また長期滞在する人は少ないだろうがプーケットやサムイ島も含まれている。
 2007年に上海から帰国した時に、当時上海周辺がマラリア感染リスクありとかで3年間献血禁止といわれたが、この地図を見る限りでは現在では中国は雲南省の一部がマラリア感染リスクありになっているのみで、上海周辺は該当していない。今日であれば他の地域同様に献血できるのだろう。

 冒頭の献血者減少に関する、朝日新聞の記事はこちら

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けてイベントの自粛や一斉休校、在宅勤務などの動きが広がる中、献血に協力する人が急減し、輸血用の血液が不足する恐れが出ている。
 日本赤十字社によると、輸血用の血液製剤の中には、利用できる期間が採血後4日間から21日間と短いものが多く、毎日約1万3千人ほどの協力者が不可欠だ。
 ところが、多くの人が集まる場所での感染拡大が懸念されるため、2月下旬ごろから企業や学校での集団献血や献血バスでの街頭献血の機会が激減。3月に予定していた献血イベントなど全国約3800件のうち、5日までに既に約780件で中止が決まった。
 このままでは血液の在庫が不足し、血液型によっては病院に供給できなくなる恐れがあるという。
 東京大田区のJR蒲田駅前では5日、日本赤十字社の関係者らが通行人らに献血への協力を呼びかけた。
 日本赤十字社献血推進課長の小室裕希さん(47)は「血液は一度にたくさんの量ではなく、安定して一定量を確保することが必要だ」と強調する。「長期戦になると思うが、日時を予約してから献血ルームを訪れるなど、混雑を避ける工夫をしながら、ぜひ協力してほしい」と呼びかけている。

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2020年2月24日星期一

ドイトゥン・プロジェクトの土産物

Dsc_2597_r  以前チェンライ近郊にあるドイトゥン・パレスを訪れた時に書いたが、タイには北部地域を主にした貧困解消のための「ドイトゥン・プロジェクト」がある。プミポン国王の母上であるシーナカリン王母の発案といわれるこのプロジェクトは、経済的に立ち遅れているタイ北部の状況を良くすべく、この地域で栽培されていた麻薬の原料であるケシの栽培に代わりコーヒーや野菜などの農作物への転換を促し、タイの健全な社会に取り込もうとするプロジェクトだ。
 写真はチェンライ空港のドイトゥン・コーヒーにて。プロジェクトの生産物の主要なものの1つにコーヒーがあり、Doitung Coffeeの名前で店を構えていたりコーヒーを売ったりしている。

Dsc_2601_r  ドイトゥン・プロジェクトの生産物は空港の土産物店でも見ることができる。写真はやはりチェンライ空港にて。衣類や小物等の布製品が目立つ。土産物にもなる布製品も、従事する人の経済力向上につながるのだろう。

Dsc_1969_r  ドイトゥン・プロジェクトの土産物店はタイ北部ばかりでなく、バンコクの空港にもある。写真はドンムアン空港にて。スワンナプーム空港にも同様の土産物店がある。出国審査後の免税店等が並ぶエリアに、どの搭乗口に行っても通るようにということなのだろうか2か所に小さな店があったと思う。

Dsc_2676_r  飲食物のお土産は長らくコーヒーとナッツしかなかったが、私が日本に本帰国する時にはコーヒー豆をチョコで包んだお菓子がラインアップに加わっていた。免税店等で売られているチョコとは違った風情で、値段も高くなくちょっとしたお土産に、たくさん渡す人がいる時などによさそうだ。

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2020年1月26日星期日

バンコクの電線

Dsc_2725_r  バンコクに住んでいて気になったものの1つが、電柱を伝って何本もの電線が束ねられて張り巡らされている場所がたくさんあることだ。日本だと主要な電線から各家庭やビルに分電して送電しているからあまりこのようなものは見ないが、遠くから分電しているからなのか、あるいは新しい建物が建ったり要請があったりする度に電線を張るからこうなるのか。
 歩道橋の欄干に絡みついているものもあり、歩いて大丈夫なのかと思うほどだ。
 万一停電など不具合があった場合、どの電線を修理すればいいかわかるのだろうか。管理が困難な気がするのだが、さて。

Dsc_2726_r  電線は歩行者の頭上、手の届きそうなところにも通っている。何かの弾みで切れたりたるんだりした電線に触れて大ごとになる可能性もある。写真のケースだと看板の角で何度も当たるうちに切れるのでは、と心配になってしまう。

 先日FNN PRIMEでもこのことを取り上げた記事が掲載されていた。やはり電線にまつわるケガ人や死亡者が出ているようだ。バンコクに住んでいるときに地下化して街の電線を一掃するようなことが現地の報道に取り上げられていた気がするが、なかなか進まないのだろう。


タイの街中に垂れ下がる"殺人“電線 転倒、感電・・・度々社会問題に

電柱にかかる大量の電線・電話線
タイの街に設置されている電柱には、日本では考えられないくらい大量の電線や電話線がかかっている。電線類のケーブルは太いものから細いものまで様々で、絡まったり束ねられたりしながら、市内の隅々まで張り巡らされている。その風景は、もはや「タイ名物」とも言えるほどで、日本からタイに来た人たちは、その電線の多さに驚き、記念写真を撮っていくほどである。こうした電線類は、生活に不可欠な電気や通信を市民に届ける重要インフラである一方、管理が行き届いていないものも多く、既に使われていないケーブルもそのまま残っていることが多い。

電線がバイク運転手の首に・・・
こうした管理が行き届いていない電線や電話線は度々、タイで死亡事故や重大事故を引き起こしていて、社会問題化している。最も多い事故の一つが、運転中のバイク運転手の首に電線が引っかかるというものだ。

1月19日、スペイン人とアルゼンチン人の女性観光客が、タイ西部カンチャナブリの道路上をレンタルバイクで走行していたところ、垂れ下がっていた電話線が首に引っかかる事故が起きた。スペイン人女性は電話線で首を深く切り、何十針も縫う重傷を負った。もう一人のアルゼンチン人女性は、電話線によってバイクから転落し、軽傷を負った。いずれの女性もバイクの速度が遅かったため、奇跡的に死亡事故に至らなかったとみられている。

垂れ下がった電線による感電事故も
交通事故だけではない。2019年3月には、タイ南部ナコンシータマラート県で、35歳の男性が自宅の前に垂れ下がっていた電線を片付けようとしたところ、感電して死亡する事故が起きた。しかし、この感電事故の責任を誰も取らなかったことから、遺族ら100人が市役所の前でデモを行う事態に発展。遺族らは責任の所在を明らかにするよう要求した。元々、電線や電話線の敷設や管理は、それぞれ電力会社や電話会社が責任をもって行うものだ。しかし万が一事故が起きたとしても、管理不十分な電線・電話線の責任を取ってもらえない可能性が高い。

観光や仕事でタイを訪れる日本人は多い。タイの街で垂れ下がった電線を見つけたら、安易に近づかないよう気をつけることが、身を守るためには大事である。

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2019年12月24日星期二

台湾・北海高爾夫鄉村俱樂部

Dsc_1874_r  少し前の話だが、台湾・新北市にある北海高爾夫鄉村俱樂部でゴルフをする機会があった。
 台北中心部から車で30分程、野柳地質公園やテレサ・テンの墓を目指す道のその先、海岸線から切り立った小高い丘の上にゴルフ場がある。


P8311296_r  台湾島の北端、尖ったところのあたりの海岸線沿いにあるゴルフ場ということで、風がとても強い。


Dsc_1883_r  途中のホールでは海岸線やそこから切り立つ山景、その先の眩しい海を見ることができる。


P8311300_r  さらに、視線の先に台湾沖を走っていく船を横に見ながらプレーするホールも。


Dsc_1887_r  ゴルフ場に犬がいるのは台湾も同じだ。


Dsc_1895_r  途中の茶店には、魯肉飯や担仔麺といった台湾おなじみの食事を出している。値段が街中より高いのは致し方なしか。


Dsc_1908_1_r  最後の18番ホール、そしてその先にはやはり海が広がる。
 タイのゴルフ場ではこのような景色を見たことがない。台湾北岸の絶景を見ながらゴルフをすることができる、素晴らしいゴルフ場だ。


北海高爾夫鄉村俱樂部のウェブサイト

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