2019年7月19日星期五

ノンカイ~ビエンチャン バスで国境越え

 前回の続き。ノンカイに列車で到着した後、駅で客待ちをしているトゥクトゥクに乗ってバスターミナルへと向かった。列車で再び国境越えをしたいところだが、列車の駅からバスが走る道路へは2キロ程歩くので今回は荷物が多く直接ビエンチャン市内を目指すことがができるバスで国境越えをすることにした。

Dsc_1266  バスターミナルは国境を越えるタイ・ラオス友好橋へは鉄道駅より離れたところにある。市内バスのようなものかと思ったが、写真のようなバスが待っていた。朝7時30分発のバスに乗って出発。

Dsc_1269_1  前回ノンカイを訪れた時にも見た長い特徴的な建物を今回はバスの車窓から見る。

Dsc_1270_1  国境の検問に到着。ここでバスを降りてタイの出国検査を受ける。

Dsc_1274  バスは予め先へと進んでいて、出国審査を受けた我々を待つ。

Dsc_1279  バスでメコン川を越えた後、ラオス側の国境へ。ここでもバスを降りて入国審査へ。ここまでで降りることもできる。
 この後はメコン川沿いに走って行き、ビエンチャンのバスターミナルが終着点だ。距離は短いが途中で国境越えがあるので1時間半程の道程だ。運賃は60バーツ。
 ビエンチャンの話は後程。

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2019年7月18日星期四

バンコク~ノンカイ 寝台列車に再び乗車

Dsc_1250 P7151131  仏教関係の祝日が2日続く7月、前日の夜にフアランポーン駅を発つ寝台列車に乗ってバンコクを離れ短い旅に。
 25番の特急寝台列車は20時発。出発間際に駅に着いたので他の列車や駅を見てまわることなく出発したのは残念だ。3年前にこの列車に乗った時は古い客車だったが今回は中国製の銀色の新型車輛に変わっていたか…と思ったが、2年前にこの逆ルート、バンコクを目指す寝台列車にウドンタニから乗っていたのを思い出した。

P7151133  今回は1等個室寝台を利用。上段には客がいなかったので個室を独占することができた。写真はシーツを敷く前の様子。

P7151135 Dsc_1254  こちらは2等車の様子。中国製客車だからか、中国人の利用者を意識したからか注意書きに中国語が加わっている。

Dsc_1256  食堂車が連結されているのだが、2年前にウドンタニから乗った時にはコンビニエンスストアにあるような電子レンジで温める料理しかなかった。今回座席に食堂車の注文が来たときにメニューを見たら、やはり電子レンジ調理だろうが定食が用意されていたのでそれを座席まで届けてもらうことにした。のみならず、車内ではビールも販売されていた。以前は酒の車内持込は禁止されていたのだが、方針が変わったのか寝台特急列車だけ許可することにしたのか。定食は210バーツ、ビールは80バーツ。

P7161137  翌朝、ウドンタニ到着から車内放送がかかり目が覚める。結構良く眠ることができた。

P7161147 1等寝台車は最後尾に連結されている。終点のノンカイまでもう少しだ。

P7161148  定刻通り、朝6時45分にノンカイ駅に到着。

P7161149 P7161150 13両編成の長い列車は、ラオス・ターナーレーンに向かう列車のためのイミグレーションの先まで伸びて停車する。7時30分にラオス行きの列車が出るため、乗客が降りたら早々にホームを離れた。

P7161158  今回は列車には乗り換えず、バスターミナルへ移動してそこからバスに乗ってビエンチャンを目指した。続きは後程。

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2019年7月4日星期四

バンコク・バイクの野菜売り

Dsc_1070  バンコク・スクンビット通りのとあるソイ(路地)にて。ビニールに入った野菜をオートバイにぶら下げての巡回販売だ。フットワークは軽いのだろうが運転は大変そうだ。落としたりはしないのだろうか。

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2019年6月6日星期四

Lanna Golf Course再訪 - 競馬場の中のゴルフコース -

Dsc_0870  半年ほど前に訪れたチェンマイのゴルフコース、Lanna Golf Course ランナー ゴルフコースを再訪し、今度はこのゴルフコースにある競馬場の中のコースにチャレンジした。

Img_0833 Img_0835  No.1・No.2・No.3の3コースで合計27ホールあるうち、No.3の9ホールが競馬場絡みのコースだ。ダートを横切ってコースに入り、バックストレッチと平行に作られている1番ホールからスタートだ。

Img_0841 競馬場の中のコースとは言っても、バンコクのRoyal BangkokやRoyal Dusitとは異なり全てのホールが競馬場の中にある訳ではない。3番ホールのティショットで競馬場の外に打ち出し、そこから暫くは普通のゴルフコースだ。

Img_0846 確か5番ホールだったと思う。競馬場絡みとはいえ、バンコクのそれとは違いしっかり9ホールで白ティから3,101ヤードある、パー36のコースだ。フェアウェイやグリーンの状態も良い。

Img_0848  6番ホールの1打目で再び競馬場の中に戻ってくる。ここば競馬場のホームストレッチや観客席を横に見ながら進むパー5なのだが、ダートに向かって鋭角の方向に打つため右に曲がるとダートの中だ。

Img_0843_1 この日は競馬開催日ではなかったのでゴルフができたのだが、ダートでは馬の調教がされていて何頭か馬場をゆっくりと歩いていた。

Img_0858 そして犬も…

Img_0855_1 ホールを詰め込んでいるわけではないので、競馬場の中とは思えぬ広々とした緑の中で最初と最後の何ホールかを楽しむ。
 この後以前にもプレーしたNo.1とNo.2をプレー、1.5ラウンドで1,875バーツと安めのプレーフィーで、この日は雨季の雨に降られたのは15分程だけであり1日をここで楽しむことができた。

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2019年6月4日星期二

あれから30年

 今日、2019年6月4日は中国で起こった「あの事件」から30周年の日だ。10年前にも『あれから20年』と称して似た書き出しの記事を書いたが、年を追うに従って「あの事件」を知らない若い人たちが増えている。私が高校生だった時にテレビの報道などで見て感じたのを、興味の有無どころか触れてさえいない世代が多くなっている、ということだ。例えば今の30代の人達にとっての天安門事件は、私にとっての「日本の学生運動」や文化大革命くらいの感じ方で、生まれる前あるいは物心つく前の「歴史」の一コマとして感じるのだろう。20代や、当時私が「あの事件」に触れたのと同年代の高校生世代なら尚更だ。
 10年前に書いた通り、30年前のこの年は東欧でも従来の世界観を覆す出来事があちこちで起こり、それが今日のヨーロッパに繋がっている。中東はじめ世界各地で体制が変わるということはその後も各地で数年おきに起こっているが、30年前のこの1年は特に強烈な変化だった。
 一時期中国語や中国事情を学んだこともあり、前述の通り高校時代の世界変化が強烈だったこともあるので、学生時代とは異なりそこに目を配らせる時間は大きく減っているが、今後も若いころのような世界への興味を失うことなく日々を過ごしたい。

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2019年5月31日星期五

2019年4月・台湾海峡 船の旅 (12) 金門包丁

Dsc_0806  先月金門島を訪れた時のことで書き忘れていたのだが、土産に「金門包丁」を買ってきた。この金門包丁、嘗て中国人民解放軍が金門島に打ち込んだ砲弾を原料として造られているのだそうだ。

Dsc_0477_1 Dsc_0473_1  清金門鎮総兵署の隣、「金合利鋼刀」という店で手に入れた。店内には包丁やナイフの数々や、原料の砲弾が置かれている。私が入手したのは小さめの包丁だが、アーミーナイフのような小さなものからより大きな包丁までいろいろな種類が店内にある。
 砲弾が撃ち込まれるほどの戦いからは半世紀以上が経っている。「今でも砲弾を原料に作っているのか?」と尋ねたところ、その通りとのことだった。
 日本で放映された『呉さんの包丁』という映画で、金門島の砲弾から作られる包丁とそれを作る人にまつわるドキュメンタリーがあった。今はその砲弾を撃ち込んだ側の大陸の人達もこの包丁を買えるようになり、実際に買う人も多いのだとか。

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2019年5月30日星期四

タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (5) ラノーンとコータウンの犬猫たち

P5190883  今回訪れたラノーンとコータウン、犬や猫たちをよく見かけた。もっとも、元気よく走り回る、歩き回るものもいれば、暑さのあまり横になって休んでいるものもいるが…
 まずはラノーンの朝、コータウンに向かう船着場にて。まだ涼しいということもあり、川べりで犬が休んでいる。

P5190876  同じく朝の船着場、バイクの側車?の下で夜を過ごしたのだろうか。


P5190879 P5190871  魚市場が隣にあるということもあり、商店で飼われたり世話をしてもらったりしている犬もいるようだ。


P5190938  ミャンマー側に渡ってコータウン、やはり街で犬を多く見かける。


P5190951  日が昇って暑くなってきた。道路に伸びる木陰で横になる犬。

P5190977  この犬は店の入口の樋の下で休んでいる。

P5190981  商店街の軒先にて。朝から暑いので体力温存か。

P5190987  コータウンには犬ばかりでなく猫も。パンや弁当を売るテーブルの下で、猫が休んでいる。

P5191011  民家の入口で休む猫。気持ちよさそうだ。

P5190994 P5191029  こ暑い中活発に歩き回る猫も。

P5191067  タイ側のラノーンに戻り、ナ・ラノーン家の邸宅跡にて。13時頃といちばん暑い盛りなので、木陰を見つけて伸びてしまっている。
 ラノーンやコータウンの犬猫はこごえることはないのだろうが、暑さを凌ぐのが大変そうだ。これは犬猫に限らないが…

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タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (4) ラノーンの温泉

Dsc_0736  ラノーン市街地から東にむかった川沿いにある温泉。
 写真左手前の湯気が出ているところや右奥の足湯は無料で温まることができる。お湯は熱めなので注意が必要だ。
 他方、左奥に傘が並んでいるその奥にはプールのような湯船があり、ここに浸かるには40バーツが必要。ぬるいお湯から熱めのお湯まで4つくらいに分かれており、気に入った湯温のところに浸かることができる。水着の持参が必要だ。ガイドブックでは両者を近くにある別々の温泉と紹介しているものもあるが、写真の通り同じ場所にあり有料・無料で分かれていると言えよう。
 このあたりは公園になっていて、川の対岸と吊り橋でつながっていて渡ることができたり、川沿いの遊歩道を散策することができる。

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2019年5月28日星期二

タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (3) ラノーンのナ・ラノーン家

 前回の続き。19世紀にタイ南部で商人として名を上げ、後にこの地の統治者となったのが、許泗漳を祖とする許氏一族だ。中国福建省出身の華人である許泗漳は故郷を出てペナンに向かった後ラノーンの南隣にあるバンガー県に渡来し、錫の採掘で財を成してタイ王朝から認められて官位を授けられ、ラノーンの徴税請負人から昇進しラノーン国王に封じられた。この許氏一族が20世紀に入りタイ風の姓名を名乗ることにした際に、自らの出自を明らかにするために名付けた姓が「ナ・ラノーン」である。
P5191065  その許氏、ナ・ラノーン家にまつわる展示をしているところが、ラノーンで市場や商店が並び賑わうRuangrat通りの北、店などの並びが途絶えがちになったところにある。英語だと「Residence of the Governor of Ranong」と表現され、ラノーンを統治した許氏の家の跡だということがわかる。
 昔はもっと大きな屋敷があったようだが、今はシンプルな平屋建てが残り、その中でナ・ラノーン家にまつわる展示をしている。

P5191073 P5191069  ナ・ラノーン家の末裔の方が館内におられ、流暢な英語と少しの日本語を交えて説明をしてもらった。中にはナ・ラノーン家代々の人の肖像や、昔の建物の写真などが並ぶ。写真中央の碑の如く書いて「ラノーン総督」と読むようだ。

Dsc_0724  ナ・ラノーン家は中国名の名付け方に世代でルールを設けているようだ。初代が許泗漳、二世代目は名前に「心」、三世代目は「如」…というように、世代ごとに付けるべき文字を定めている。案内してくださった方は五世代目とかで、今は八世代目「寶」(宝)の名前の人までいるとのことだ。2代目の許心美はタイ南部のゴム栽培やその行政能力で名を上げ、ラノーンの近隣各地で行政のトップを務めた。

P5191116 P5191115  前述のRuangrat通り。2階がせり出してその下が歩道になっているのは、やはり福建由来の人が多い台湾の街並みを彷彿とさせる。店の入口の上にタイ文字に加えて漢字で屋号が書いてあるのは、バンコクのヤワラートなど華人の多いエリアと共通だ。
 その街の歴史や故事を少しなりとも知ってから訪れると、見たり聞いたりしたことに対する気付きが多く得られるものだ。

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2019年5月23日星期四

タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (2) コータウン散策

Dsc_0674  前回の続き。入国手続を済ませ、コータウンの街をしばし散策。
 イミグレーションから延びる道の突き当たりにて。緑と青の建物や塔がが青空の下で鮮やかだ。

P5190943  海岸に程近い高台から、港や海(河口)を見下ろす。

P5190955 P5190957  コータウンの南端、この先は海というところには、海の守り神の伝説だろうか人形を祀った祠がある。

Dsc_0680 Dsc_0685  海岸から一歩裏に入った通りを歩く。文房具店には見慣れたボールの他に、セパタクローのボールが軒先に吊るされている。このコータウンでは見なかったがバンコクでも通りでセパタクローをしている人を見たので、東南アジアで盛んなスポーツとしてここコータウンでもプレイヤーが多いのだろう。

P5190984  食堂の店頭。朝からぶっかけご飯やモヒンガー等、昼や夜でも良いのでは?というくらいの食事を見ることができる。この店のメニューはタイに近いだろうか。

P5191004  長い石段を登って、ピィ・ダウ・エー・パヤー。ミャンマーの寺院は金色の外観、曲線を描く尖塔の下に仏像や仏間がありこれは先に訪れたミャンマー各地と共通であり、他方タイの寺院とは趣を全く異にしている。

P5191005  ピィ・ダウ・エー・パヤーから街並みやアンダマン海を見下ろす。

P5191009  給水車。ボンネット型の先頭が、時代を感じさせる。中国でかつてよく見たボンネット型のトラックのようだ。

P5191033 P5191034  このコータウンにはカジノがあり、そこを訪れる外国人が多いと聞く。カジノへ行く人は長居をするのだろうが、そうでなければコンパクトな街を歩くのは3時間程で充分、雨季に入りつつあるとは言えかなり暑いコータウンを後にしてラノーンへ戻る。

P5191043  戻りも40分程のボートの旅。横に見た船にがは船首に傘をさす人が乗っていて、古の中国や日本で優雅な佇まいで小舟に乗る人を彷彿とさせる。

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