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二月 2005

2005年2月24日星期四

今日の中国語

世界第一方程式汽車賽−F1

CCTV5(中国中央電視台のスポーツチャンネル)より。
スポーツニュースで今年のF1の各社ドライバーが固まったことを報じる際に、画面の下にこのように出ていた。「汽車」は日本語の自動車に当たるが、いくら何でも「フォーミュラ・ワン」が「第一方程式」と訳されるとは・・・

これに類するカーレース用語として、「第一汽車女王」というのがある。中国に第一汽車という自動車メーカーがあるのでそこの辣腕女性経営者のことかと思ったら、「ナンバーワンレースクイーン」のことだった。

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2005年2月23日星期三

元宵節

今日は旧暦1月15日、元宵節。
一応今日までが旧正月とされ、出稼ぎの人などは今日までに戻ってくることが多い。

IMG_0502夜、人で賑う豫園商城に足を運んでみた。今日に限り中に入るのに50元必要とのことで、入場券50元を買って中に入ってみた。




IMG_0529IMG_0522正月を意識した飾りつけがあちこちでなされており、提灯がとてもきれいである。






IMG_0523この大きな人の顔が「新年快楽」と言って歓迎してくれるが、まばたきや目や口や頬の動きがとてもリアルである。




IMG_0531池の上に浮かんでいる飾りもきれいである。




元宵節には「湯圓」なる、もち米で作る団子を食べるのが習慣らしいので、1碗食べてみた。
IMG_0516歯ごたえは白玉団子のようで、モノによるが中に肉や甘い餡を詰めてある。旧正月前からテレビで「今年湯圓不用煮」というキャッチフレーズとともに茹でなくても食べられる?湯園を宣伝していたので湯圓って何だろうと思っていたが、漸くわかった。もっとも、この食堂では「寧波名物」と称して常設しているようであるから、別に元宵節でなくても食べられるのかもしれない。

ここ豫園商城は19世紀から続くマーケットであり、今でも土産物屋や食堂、デパートが並ぶショッピングモールである。上海観光に訪れた多くの人が豫園に足を運び、豫園商城にも足を運ぶのだろう。先日訪れた周庄について、「街中が土産物屋になっていてやや興ざめした」と感想を述べたが、考えてみたらこの豫園商城のような活況を期待してそのような雰囲気にしたのかもしれない。

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2005年2月20日星期日

南京路の夜景

IMG_0420以前撮った写真もぼちぼちと公開。
2月13日の記事と略同じ位置から撮った、南京路歩行者天国の夜景。
建物のライトアップの奥に、東方明珠がうっすらと見える。
上海の観光紹介ではおなじみのアングルではなかろうか。

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周庄小旅行

IMG_0470IMG_0473IMG_0475IMG_0478IMG_0481IMG_0485IMG_0487IMG_0492結局旧正月休みは雨の日ばかりだったが、晴れ間の13日(日)に、周庄という上海近郊の街に出掛けることにした。明代の街並みと水郷が楽しめるところらしい。
朝起きて天気がいいことを確認し、近くのバス停に向かった。思い立っての旅行なので今回は観光バスではなく、路線バスで青浦(ちんぷー)というところまで行き、そこからさらに乗り換えて周庄へ行った。
路線バスは延安西路を走るので、延安西路の最寄りのバス停から乗車可能である。私は途中のバス停から乗車したが、西に行くに連れて立席になる可能性が高いので、不安なときは人民広場南側のバス停まで行くのが無難であろう。西へひたすら走るのだが、車掌が乗っていて各バス停で客を拾う昔ながらの走り方だった。バス代は8元。空調なしだと6元。
約1時間、青浦で「周庄行きはここで乗り換えて」という車掌の声を聞いてバスを降りる。次に待っていたのはマイクロバスなのだが、座席もくたびれたいかにもという感じのものであった。私は幸い座ることができたが、荷物をたくさん持った乗客を詰め込んだためすし詰めでの発車となった。このバスにも1時間ほど揺られ、周庄バスターミナルに到着。
「地図は要らないかい?」という売り子を無視して、周庄の観光エリアに向かう。工場にはさまれた通りを抜けて橋を渡ると、白壁の建物が並んだ街並みに行き当たる。何でも明朝時代からある街らしい。
ただこの周庄の街並み、ほとんどが土産物屋か食堂になっていて、興ざめしてしまう。しかも「ガイドはいらんかね?」など土産物屋や食堂の勧誘ばかりで、心落ち着けて散策することができない。
今まで訪れた中では、スペインのフリヒリアナやベルギーのブルージュなどは
景観を大切にしており「散策して街そのものを楽しむ」のにいいところだと思ったが、周庄は観光開発が間違った方向に進んだようで、街が全て土産物屋や食堂になってしまい、街そのものを楽しめなくなっているのは残念である。
それでも全福寺で初詣代わりに蝋燭と線香を焚いて平和な1年を願い、葉楚滄故居(国民党元老の故居)や瀋庁(明代の豪商の家)や迷楼(国民党革命ゆかりの地)でかつてここで暮らした人に思いを馳せ、水郷にかかる橋に何とか街の美しさ、というか街のシンボルを感じることができた。伝統劇の公開もあった。
帰りはやはりバスを乗り継ぎ約2時間。帰りのバスは意外と早く、上海直通は16時に、青浦行きのバスも16時50分で終わってしまうので注意。

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2005年2月17日星期四

2月12日の爆竹

2月12日の晩にあちこちで激しく爆竹や花火が鳴り響いたことを書いたが、何でこの日に鳴らすのか聞いてみた。
何でも、「初五」(旧正月から5日目、今年は2月13日)に福の神が降臨してくるので、前日の夜から爆竹を鳴らして自分のところに来るように仕向けるのだ、とのこと。フライングで鳴らしていたのか。

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2005年2月13日星期日

南京路〜蘇州河〜浦江飯店

IMG_0459昨日の続き。
展示館を出ると、向かいは来福士広場。ショッピングモールとオフィスビルからなる新しいビルだが、その対面には全く対照的なアパートが、今もって対峙している。ここに住めば通勤などは便利そうだが。
IMG_0460IMG_0461来福士広場を少し北に歩き、南京路の歩行者天国を外灘に向かって歩いてみる。上海のメインストリートの1つである南京路はさすがに休日となると人でごった返しているが、その中に石のレリーフを見つけたので裏へまわってみると、「5・4運動」の記念碑であった。
歩行者天国を歩き終えて普通ならそのまままっすぐ外灘へ向かって歩いていくとこだが、今回はこの通りを外れて北側の道を歩いてみることにした。南京路をはずれて北へ5分ほど歩くと、蘇州河を横切る。その橋の根元にマンションがあったのだが、このマンションも窓が丸くなっている。
IMG_0463土地を有効に使おうとすると建物は直方体になりそうなものだが、先日紹介した武漢大厦もそうだったし、来福士広場向かいのアパートといい、これが上海にのこる建築物の特徴なのだろうか。最近次々と建つ高層ビルの直線的な切り口とは対照的である。
このマンションから蘇州河に沿って外灘方面に向かって歩いていくと、上海郵電局がある。今はEMS(外国向けの速達便)は上海のほとんどの郵便局で扱っているが、昔はここでしか扱っていなかったらしい。日本で言うと中央郵便局のようなものか。
IMG_0464上海郵電局の向かいにかかる橋から、東方明珠と金茂大厦が視界に入る。この2つは外灘の黄浦江沿いからの風景は有名であるが、蘇州河沿いの建物の間から見えるそれらもなかなか面白い。実は先日上海郵電局に来た際にこの眺めが気になっていたので、また来てみた。
上海郵電局からさらに東に向かって歩くと、蘇州河が黄浦江に注いでいるところにたどり着くのだが、ここには浦江飯店がある。この名前に覚えのある中国旅行経験者は多いだろう。上海には珍しくドミトリーがあり、宿代を安くあげたいバックパッカーで賑っていた。かく言う私も14年前(!)初めて中国に来たときは、大阪からの船旅を終えて上海にたどり着き、このホテルに泊まったことがある。当時はドミトリーは確か30元前後で、地下にあったような記憶がある。今は改装されて2つ星ホテルになり、宿代もそれなりのようで、浦東国際空港へのシャトルバスも運行しており、外灘と東方明珠を一望できる好立地のホテルになっている。とはいえインターネットで調べてみるとドミトリーは今でもあるようで、中に入ってみると日本人らしき人を含めたバックパッカーと思しき人が数人フロントで服務員と何やら話をしていた。
IMG_0465浦江飯店も1864年できのリチャードホテルの建物を使っていて、「歴史的建築物」の部類に入るだろう。入口には建物の由来を説明する掲示があった。
ここから蘇州河を再び渡ると上海紹介でおなじみの外灘の風景が目に入るのだが、デジカメの電池が切れてしまったので散歩はここまで。半日足らずで充電池切れはこれから先しんどいので、PCショップが多数ある、淮海路の香港広場へ行き、充電池を購入して昨日はおしまい。

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2005年2月12日星期六

「歴史的建築物」とは

IMG_0444この春節休みはここまでのところ天気がいまひとつで、なかなか遠出日和とはならない。
仕方がないので、近くを歩いてブラブラと過ごす。
昼ごろに部屋を出て、華山路にある洋館作りの建物に入ってみた。この建物、中は何なんだろうと前から気になっていたのだが、入口には『申粤軒』の看板とともにこの敷地がかつて李鴻章の息子の住処であり、丁香花園という庭園式邸宅であったことが記されていた。中へ入ってみると、「来客は芝生に入らないように」などと書かれた看板に誘導され、洋館作りの建物にたどり着いた。裏へまわってみると、レストランの入口があった。飲茶の店だったのである。
IMG_0446IMG_0447IMG_0450点心2皿と炸醤面を頼み、59元。点心の1つが脂っこかったがあとはいい味であった。
食べ終わった後で48路のバスに乗り、人民広場へ。今後の上海での街歩きを押さえるべく、上海城市規画展示館(上海都市計画展示館)へ入った。
中2階では上海の歴史的景観を残した地区がどこにあるか、また昔の写真との比較なども展示されている。10年前と比べても上海の街並みは大きく変わっていることがよくわかった。
ところで、上海で「歴史的建築物」というと、上述の飲茶レストランも含めて民国期、せいぜい清朝末期までのものがほとんどであり、その形も西洋スタイルのものがほとんどである。これらの建物に上海の歴史を語ってもらうには、さらに中国なのにも関わらず洋館作りが「歴史的建造物」と見なされているのを理解するには、この街がかつて租界だったことを理解しておかなければなるまい。あるいは、現在の高層ビルとのコントラクトが、これらの建物をより歴史的に見せるのだろうか。「文化大革命をくぐり抜けた」という意味もあるのだろうか、今後勉強してみたい。
2階ではなぜかピカソの版画の展示。
IMG_04573階から上は上海の「今」を紹介するフロア。3階では現在の上海の街が大きな模型で示し、浦東地区・崇明島の開発が進んでいることを紹介するパネルや、上海の各区・県ごとの紹介がなされていた。
4階では上海の交通・通信インフラの発展ぶりや環境問題への取り組み、市民の住環境の改善の様子を示す展示が飾ってあった。

ところで、今晩も爆竹や花火が至るところで鳴り響き、火薬の臭いが部屋まで伝わってくる。除夕に使いきれなかった爆竹を処分しているわけではないだろうに、どういうことかな。

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2005年2月9日星期三

春節

明けて今日は春節。
といっても終日雨なので特に出歩くわけでもなく、春節休みの前が9連投だったこともあり、終日部屋でのんびりと過ごす。
昨晩からの『2005春節晩会』であるが、00:00目指したカウントダウンで盛り上がった。日付が変わった後、また曲芸やら漫才やら歌があったが、軍服の女性が出てきて歌ったり、「民歌」中心のメドレーがあったりと、やはり中国ならではのところがある。
『2005春節晩会』が終わってしばらくすると、その延長のような感じで太鼓のアトラクションが放映されていたが、アテネ五輪のメダリストがたくさん登場していた。日本の『紅白歌合戦』でもメダリストが登場していたが、ノリは同じなのだろう。
昨日からこの番組を『紅白歌合戦』に例えていたが、それとは違い男女対抗ではない。歌手は女性のほうが多いようだ。

この旧正月休みは一番下っ端なので会社保安の理由で上海で留守番。天気が良ければ上海の街を新発見を探して歩きたいものだが、ここ数日雨模様なので残念。天気が良くなれば、街歩きをしたいものだが。

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2005年2月8日星期二

除夕

今日は春節(旧正月)前日。
この日も夜は一家団欒の習慣があるらしく、そのためかデパートやスーパー、食堂や喫茶店も夕方でおしまい。店員も一家団欒ということか。道路も車の数が平日の夜に比べてとても少なく、バスも間隔が開いてなかなか乗ることができないしタクシーも数が少ない。もっとも、私が子どもの頃は日本でもデパートやスーパーも正月3が日は閉店で、4日が初売りだったような気がする。

あちこちで花火や爆竹(本当は駄目らしいが)の音が途絶えることなく聞こえてくる。勤め先から帰るときも心なしかいつもより煙でぼんやりしていた気がする。同僚が「火薬の臭いが部屋まで入ってくるよ」と言っていたが、今日は雨のせいかそこまではいかないようだ。もっとも、アパートの向かいから上がった打ち上げ花火を見たときはびっくりした。日本だと我々が通常買えないような、大規模な花火を道端から上げている人がいるのである。あちこちで花火大会になっているが、大丈夫だろうか。

部屋に帰り、CCTV(中国中央電視台)の特番「2005春節晩会」を見る。日本の『紅白歌合戦』のようなものだが、歌ばかりではなく相声(漫才)やショートコメディー、手品や踊りの時間も多く、あわせたら歌と同じかそれ以上の長さである。『紅白歌合戦』と『新春かくし芸大会』が一緒になったようなものか。少なくとも「旗揚げゲーム」よりは芸に力を入れていることがはっきりとわかる。
オリンピックネタで引っ張ったコメディー&手品の後で、「北京五輪に向けてがんばろう」のような横断幕を出演者が持って終わるのは、いかにも中国というところか。アクロバット的な出し物もあった。
歌は、ポップスもあるが、「民歌」の割合も多かったと思う。歌・漫才・コメディーとも「いかにも」という感じであるが、変わりゆく中国にあって中国の名物番組として変わらないものであろう。

夜12時を前に、おさまりかけた花火の音が再び大きくなりだした。よく見ると部屋の向かいの花火がまた鳴り出している。毎年こうして春節を迎えるのだろう。

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消費税

私のように日本を離れて住む人たち、つまり非居住者は一定の条件の下に日本で「消費税」を支払わなくて済む。
一時帰国の際に買い物をすると、消費税免除となることがある。但し、以下の条件が付く。
1.その買った品物は、日本から輸出すること(つまり持って帰ること)。
2.一取引1万円以上。
3.飲食料品、たばこ、医薬品、化粧品、フィルム、電池などの消耗品は対象外。
4.国内にある非居住者の資産の運送、保管・宿泊や飲食など日本で便益を受けるサービスも対象外。
5.その店が「輸出物品販売場許可」を得ていること。

従って、日本でホテルに「消費税を負けろ」とゴネたり、映画館で交渉したり、コンビニでおにぎりを買った時に「5円まけて」とかはできない。
5.であるが、通常は秋葉原などにある免税店を思い浮かべがちだが、免税店の看板を出していない家電量販店やデパートでもこの許可を得た店は多い。トライしてみる価値はあるだろう。
また、日本国外に発送してくれるインターネット書店などでの買い物も、この恩恵が受けられる。
補足があったら教えてください。

出所はこちらこちら。 

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2005年2月5日星期六

普通の1日

今年の旧正月休みは2月9日〜15日。この7日間は国を挙げてお休みである。
同様の連休はメーデー(5月1日)、国慶節(10月1日)前後にもある。
但しこの連休にはカラクリがあり、7連休のうち「純粋な休日」は3日だけ。さらにこれら連休には土・日が含まれている。あとの2日は何かというと、前後の土日を振り替えて連休にくっつけているのである。つまり、連休の前後どちらかの土日は平日扱いになるのである。
今回の旧正月休みの場合、2月9日〜15日が連休になる代わりに、2月5日(土)・6日(日)は平日扱いになる。従って、1月31日(月)〜2月8日(火)まで9連投になり、今日・明日は要出勤。
これはしんどい。事実今日は起きるのが辛かった。明日も平日扱いで、普通の1日。

中国で全国民が休みになるのは7連休x3回で21日間。但しそれぞれ土日が含まれており、さらに上述の通り前後いずれかの土日が平日扱いになるので、実質追加の休日は年間9日だけ。中国のように纏めて休めるのがいいのか、日本のように小刻みに祝日があるのがいいのか、どうだろうか。

ちなみに、子どもは休みになる児童節(6月1日)、軍人が休める建軍節(8月1日)など、全国民ではないが休日になる日もある。また、中秋節(旧暦8月15日)のように、平日ではあるがベルさっさで仕事を切り上げ、家に帰ったりレストランで食事をしたりして家族との団欒に充てる日もある。そこまでするのだったら祝日にすればよさそうだが。

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2005年2月4日星期五

立春

IMG_0413IMG_0426IMG_0422今日は新暦では立春。5日後は春節、つまり旧正月である。
日本で1月1日に「新春」と言われても冬真っ只中で「新春=冬」のように思えてならないが、中国で1月後半や2月に「春節」と聞くと春の近付きを感じるのだろうか。もっとも、今週は朝が氷点下にまで下がる日が続いているが・・・
春節の飾り付けをぼちぼちと公開。真ん中の写真の場所はこのブログで紹介済みの「来福士広場」。右の写真はその1階。左側は浦東の「HSBCビル」にて。

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