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2005年2月13日星期日

南京路〜蘇州河〜浦江飯店

IMG_0459昨日の続き。
展示館を出ると、向かいは来福士広場。ショッピングモールとオフィスビルからなる新しいビルだが、その対面には全く対照的なアパートが、今もって対峙している。ここに住めば通勤などは便利そうだが。
IMG_0460IMG_0461来福士広場を少し北に歩き、南京路の歩行者天国を外灘に向かって歩いてみる。上海のメインストリートの1つである南京路はさすがに休日となると人でごった返しているが、その中に石のレリーフを見つけたので裏へまわってみると、「5・4運動」の記念碑であった。
歩行者天国を歩き終えて普通ならそのまままっすぐ外灘へ向かって歩いていくとこだが、今回はこの通りを外れて北側の道を歩いてみることにした。南京路をはずれて北へ5分ほど歩くと、蘇州河を横切る。その橋の根元にマンションがあったのだが、このマンションも窓が丸くなっている。
IMG_0463土地を有効に使おうとすると建物は直方体になりそうなものだが、先日紹介した武漢大厦もそうだったし、来福士広場向かいのアパートといい、これが上海にのこる建築物の特徴なのだろうか。最近次々と建つ高層ビルの直線的な切り口とは対照的である。
このマンションから蘇州河に沿って外灘方面に向かって歩いていくと、上海郵電局がある。今はEMS(外国向けの速達便)は上海のほとんどの郵便局で扱っているが、昔はここでしか扱っていなかったらしい。日本で言うと中央郵便局のようなものか。
IMG_0464上海郵電局の向かいにかかる橋から、東方明珠と金茂大厦が視界に入る。この2つは外灘の黄浦江沿いからの風景は有名であるが、蘇州河沿いの建物の間から見えるそれらもなかなか面白い。実は先日上海郵電局に来た際にこの眺めが気になっていたので、また来てみた。
上海郵電局からさらに東に向かって歩くと、蘇州河が黄浦江に注いでいるところにたどり着くのだが、ここには浦江飯店がある。この名前に覚えのある中国旅行経験者は多いだろう。上海には珍しくドミトリーがあり、宿代を安くあげたいバックパッカーで賑っていた。かく言う私も14年前(!)初めて中国に来たときは、大阪からの船旅を終えて上海にたどり着き、このホテルに泊まったことがある。当時はドミトリーは確か30元前後で、地下にあったような記憶がある。今は改装されて2つ星ホテルになり、宿代もそれなりのようで、浦東国際空港へのシャトルバスも運行しており、外灘と東方明珠を一望できる好立地のホテルになっている。とはいえインターネットで調べてみるとドミトリーは今でもあるようで、中に入ってみると日本人らしき人を含めたバックパッカーと思しき人が数人フロントで服務員と何やら話をしていた。
IMG_0465浦江飯店も1864年できのリチャードホテルの建物を使っていて、「歴史的建築物」の部類に入るだろう。入口には建物の由来を説明する掲示があった。
ここから蘇州河を再び渡ると上海紹介でおなじみの外灘の風景が目に入るのだが、デジカメの電池が切れてしまったので散歩はここまで。半日足らずで充電池切れはこれから先しんどいので、PCショップが多数ある、淮海路の香港広場へ行き、充電池を購入して昨日はおしまい。

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