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三月 2005

2005年3月30日星期三

何でもカロリーオフ

IMG_0128やはり久光デパートの地下にて。
「ダイエットコーラ」や「ダイエットペプシ」といった、人工甘味料を使ったカロリーオフ飲料がある。
それに加えてここでは、「ダイエットドクターペッパー」と「ダイエットセブンアップ」を見つけた。ドクターペッパーなんて日本でもお目にかかることが少ないのに、上海でしかもカロリーオフバージョンにお目にかかるとは思わなかった。
これなら、脂っこい料理を食べたり、宴席で料理がたくさん出てきて残ってしまい「もったいない」と思って全部平らげても大丈夫、か?

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2005年3月29日星期二

春はまだか

日本では、「暑さ寒さも彼岸まで」と言われることが多い。
ここ上海、3月初旬に突然最高気温が22度まで上がったことがあったが、その後再び気温が下がり、なかなか暖かくならない。昼間は少し過ごしやすくなったが、まだ朝晩が寒い。
夏になると35度以上の日が長々と続くのであるが、四季のうち冬と夏が大方を占め、春と秋は短いのではと感じている(春はまだ経験したことがないが)。電気カーペットもなかなか御用済みにならない。
この前成都で菜の花畑を見たときには草花の息吹を感じたのだが、上海で緑を見ることが少ないことも、春が遠いと感じる一因かもしれない。
もっとも、上海のこの程度で寒いなどと言うのは贅沢なほうで、東北部や華北ではそれこそ春を待ち遠しくしている人たちが多いのであろう。

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2005年3月26日星期六

鉄骨飲料

IMG_0129静安寺にある久光デパートの地下で、「鉄骨飲料」を見つけた。
鷲尾いさ子のCMを見たのは何年前だっただろうか。日本ではすっかり見かけなくなっていたと思うが、気のせいだろうか。
実はこの写真は去年8月に鉄骨飲料を見つけて、珍しいので写真に撮っておいたものだ。売値は16.5元(!)と、かなり高い。その後なかなか売れないのか8元に値下げして、そのうち久光でも見かけなくなっていた。
今日久光に行ったら、鉄骨飲料が復活していた。日本から輸入しているようだが、また流通しだしたのだろうか?ちなみに値段はまた16.5元。健康飲料とはいえ相変わらず強気の価格設定である。

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2005年3月25日星期五

文化大革命の亡霊

IMG_0605平楽古鎮を訪れたときのこと。銀家大院という、紙の商人(昔平楽ではは竹で作った紙を生産していたらしい)のお屋敷を見物し、出ようとしたところ出口の扉に「【?爪】革命 促生産」(革命に力を入れ、生産を促進しよう)の文字を見つけた。いかにも文化大革命期にありがちなスローガンで、事実この建物の切符切りの人も文革期に書かれたものだと言っていた。
伝統的価値観(また表現が正確ではないなぁ)が徹底否定された中でこの建物が「吊し上げ」の対象になったのか、あるいは街の有力な建物を文革の宣伝基地として利用したのだろうか。

IMG_0607建物の紹介を書いた板の後ろにも「我們XX根子 毛XX思想」(「X」の部分は板に隠れて見えず)と書いてあった。「毛XX思想」はおそらく「毛沢東思想」であろうから、「我々は毛沢東思想に根ざす」ということであろう。
文化大革命は、1960年代後半〜1970年代中盤にかけて展開された、毛沢東思想に基づく中国の改革運動である。政治的には劉少奇・トウ小平ら実務派に対する毛沢東・林彪らの追い落とし工作に代表されるように中国共産党内部の権力闘争であるが、当時の指導者によって煽動された紅衛兵があら捜しをして批判の対象とされた人を吊し上げ、伝統的・宗教的なものは建物や美術品など徹底的に破壊され、また若者が「下放」と称して農村に移されたため学習の機会を奪われるなど、中国を混乱に陥れた時代でもあった。パンダ見物のあとで文革の亡霊を見ることになるとは思わなかった。
そういえば、ここ平楽鎮を歩いていると、いかにも「外国人が歩いている」という目で見られている視線を感じた。今回は集団行動だったこともあるが、昔学生だった頃に中国を旅行した頃に浴びたような視線であった。ここ平楽鎮で「少し昔の中国」を感じた、と思ったが、そうはいってもこれが平楽鎮の今なのであり、上海など普段私が目にしたり身を置いたりしている空間とは違う雰囲気があることには間違いない。

翌日都江堰に行ったとき、毛沢東や林彪やトウ小平が載っている雑誌を露店で売っているのを見かけた。値段を聞いてみたら100元以上との言い値だった。もとの値段はたいしたことないだろうから、文革の亡霊で稼ごうとしている人もいるのである。
※【?爪】・・・てへんに爪

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2005年3月24日星期四

平楽古鎮

IMG_0610IMG_0608IMG_0598




昨日の続き。
パンダ見物の後は、平楽古鎮という、昔の街並みを残しているところにアウティング。
到着してすぐ、街の中心にある広場に案内され、舞台上で街の人々が音楽や踊りを披露してくれた。この踊り、まずおばさん達が出てきて踊ってくれたのだが、いかにも「毎週1回公民館に集まって練習している」かのような踊りであった。話を聞いてみると事実そのようで、みんな仕事をしながら余暇で踊りの練習をしているようである。続いて男性が竹の棒を持って踊りを披露してくれたが、こちらもいかにも公民館で練習しているといった風情であり、中には照れくさそうな表情で遠慮がちに踊っている人もいた。有名観光地だとその土地に代々伝わる舞踊などは専任の踊り手がいたり、あるいはよく練習されてるものだが、ここではそういった「観光客向けの芸能」はまだ用意されていないようだ。まぁ本来は村のお祭りなどでも普段仕事をしている人たちが「祭りだ!!」ということで踊り歌うものだろうから、そうした素朴さがまだ生きているととらえることにしよう。
今年の旧正月にやはり景観を売り物にしている上海近郊の周庄に行き、街中がすべて土産物屋になっていて閉口したと以前書いたが、ここ平楽ではそのようなことはなく、土産物屋もあるが景観の整った街を普段の生活にそのまま使い、食堂や衣料品店などが軒を連ねていた。何も手を入れないのも観光地としてはどうかと思うが、過度に観光地ズレせずに建築物や景観を生かした街づくりをしてほしいものだ。
しかし、成都からバスで1時間以上かかるところなので、現状では集客力はいまひとつのような気がする。

この平楽、行政上の地名は四川省Qionglai市平楽鎮というのだが、qiongは「工+おおざと(「部」の字の右側)」、laiは「山+来」と書く。小学館『中日辞典』でqiongの字を引くと、「地名に用いる。」と書いた後にこのQionglaiに触れ「四川省にある山の名。」と説明している。この街にしか使われていない漢字なのだろうか。
普段は土産物屋に案内されてもめったに買い物をしない私だが、この街に来ることはもうないかもしれないと思い、焼き物の外側に編み細工を施した小さな入れ物を買った。

IMG_0611パンダ基地も平楽もそこに至る道も緑が多く、とりわけこの季節は菜の花畑に黄色い花が一面に広がっている。写真はバスの車内から撮ったものなので今ひとつだが、緑少ない上海に住んでいる身としては久しぶりに「緑を浴びたな〜」という感じであった。

翌20日はやはり景勝地である都江堰に行ったが、霧のため眺めが悪く今ひとつであった。この後市内に戻り、三国志の登場人物を祀ってある武侯祠で一行と別れ上海に戻った。

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2005年3月23日星期三

パンダ、パンダ

この前の土・日(3月19日〜20日)を使って、成都に行ってきた。
私の師匠が毎年訪中団を組織して成都に来られ、パンダのための竹植えをしておられる。今年はもう1人の師匠と同学も訪中団に参加しているので再会がてら混ぜていただこうという算段だった。だが、竹植え前日の金曜日に成都入りするはずが飛行機に乗り遅れたため肝心の竹植えには間に合わず、結局パンダ見物とoutingについていくだけになってしまった。
というわけでただのパンダ見物になってしまったが、成都大熊猫繁育研究基地に行ったときのパンダの写真をぼちぼちと公開。ここは竹植えでなくても開放されており、入場料30元で入場できる。

IMG_05783匹パンダがいるのだが、一匹だけ訪問者に愛想を振りまき、残りの2匹はお休み。




IMG_0579竹?の葉を食べるパンダ。




IMG_0587こちらは生後4ヶ月のパンダ。




IMG_0589棚から落ちそうになると係員の手で戻されている。




IMG_0580パンダの数が減ったのは、食用目当ての乱獲も一因であるとされている。写真は「野生動物は食べ物ではない」との宣伝。




このパンダたち、みんな座っていたり横になっていたりで、係員に促されでもしないと動こうとはしない。結構ぐうたらなのだろうか。まぁ、なかなかかわいいもんである。

ちなみに、上海から成都は3時間のフライト。大阪や東京へ行くくらいの覚悟?が必要である。

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2005年3月16日星期三

『愛の流刑地』中国では?

「好ましくない」書籍などを持ち込もうとすると税関で没収されるということは、以前書いた。このとき触れたのは政治的な方面のことで、例えば中国の現体制を批判するような書籍があったら即没収であろう。
もう1つ、「風俗的に」好ましくない書籍も没収である。輸入貨物の中にその類の本があったらこれも没収であろう。「こちらに引っ越すときに本を没収された」などと人に話そうものなら、「どんな本を持ってきたんだ」と言われかねない。
(注:日本でも関税定率法第21条の4に、「公安又は風俗を害すべき書籍、図画、彫刻物その他の物品」は輸入禁止である旨定められています)

ところで、現在日本経済新聞に渡辺淳一の小説『愛の流刑地』が連載されている。
この小説、私が見るタイミングが悪いのか、ひたすら「その場面」か「その後の余韻に浸っている場面」か「もう一回」の描写が続いているような気がする。今日は「その場面」でbはなかったが。この小説が「風俗を害すべき連載」と中国で認定され、日本経済新聞は中国で「ご禁制」になってしまい、「日本人の間で密かに読まれていた」・・・なんてことにはならない、か。日本語ならいいのだろうか。
渡辺淳一&日本経済新聞と言えば『失楽園』がすぐ思い浮かぶが、今回の『愛の流刑地』は私の周りでは『失楽園』ほどの話題になっていない。『失楽園』は台湾で中国語訳本を見かけたが、大陸にはあるのだろうか。今度本屋で探してみよう。
もう1つ、以前朝日新聞で連載していた柳美里の『8月の果て』が「作者の構想がふくらみ、新聞連載による完結が不可能になった」との理由で打ち切りになった。『愛の流刑地』も、作者の妄想もとい構想が膨らみすぎて打ち切り、なんてことはないだろうか。

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2005年3月12日星期六

HSK

昨年12月にHSK(漢語水平考試)を受けたのだが、今更ながら結果を受け取ってきた。結果は・・・

総得点:330点(400点満点)−中級B
内訳(それぞれ100点満点):
听力:68点−中級C
語法:86点−中級A
閲読:91点−中級A
総合:88点−中級A

結局、「中級B」をいただくことができた。

このHSK、ウェブサイトにも書いたが中国語版TOEIC、とご理解戴きたい。点数に応じて中級A(8級)、中級B(7級)、中級C(6級)、初級A(5級)、初級B(4級)、初級C(3級)、底線(級外)にランク分けされる。
ランクの付け方であるが、まず総得点がそれぞれのランクに必要な点数に達している必要がある。中級Aは337〜400点、中級Bが300点〜336点なので私はこの段階では「中級B」となる。
次に、その級を取るためには、听力・語法・閲読・総合の4項目のうち3項目以上についてそのランクに必要な点数に達している必要がある。1項目だけその基準に及んでいない場合、1ランク下であればOKだが、2ランク以上下回ると1つ級を落とされる(例えば総得点が中級A相当で、3項目が中級A相当であっても残り1つが中級C相当だったら、中級Aからワンランク下げて中級Bになってしまう)。
私の場合、総得点が中級B相当、4項目のうち3項目が中級B以上で残り1つも中級C→ワンランクだけ下回ったため、最終結果が中級Bとなった。
ヒアリングがあと7点良ければ、総得点や各項目の点数から「中級A」をいただけるところであったので残念。もっとも、ヒアリングがあと4点悪かったら上記の「2ランク以上下回ると1つ級を落とされる」に該当して中級Cになってしまうところであったので、微妙である。
しかし、ヒアリングの点数が悪いのは漢字に頼りがちな日本人に良くあるパターンなのかもしれないが、もしかして人の話をロクに聞いていないということか?
文法ももう一度勉強しなおして得点の底上げを図りたいところであるが、どなたかヒアリングの向上方法をご存知でしたら教えていただけませんか?

ちなみに、日本でのHSK受験案内はこちら

(追記:3月17日)点数であるが、各項目の点数の合計と総得点が一致しない。これは各項目・総得点それぞれが独立した標準偏差を用いて計算されているから、のようである。

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2005年3月8日星期二

3・8婦女節

今日は国際女性デー。
私の職場では女性は全員午後半休。よって、午後はむくつけき職場となった。

休みになった女性たちは、女性たちだけで買い物に出掛けたりして楽しむのだろうか。どうせなら全休に、しかも女性に限らず男性も休みにしたらレジャー消費が増えると思うのだが、まだレジャーにお金を割くことのできない地域もあることだろうし、婦女節自体がポリティカルな存在なのかもしれない。何をしたか明日聞いてみよう。
日本だと、国民の祝日は元旦・成人の日・建国記念の日・春分の日・みどりの日・憲法記念日・国民の休日・こどもの日・海の日・敬老の日・秋分の日・体育の日・文化の日・勤労感謝の日・天皇誕生日と15日(漏れはないかな?)ある。さらにお盆休みや正月休みなどもあろう。一方、以前も書いたが中国で全国民が休みになるのは旧正月7日間・メーデー7日間・国慶節7日間及び新暦正月である。合計22日間であるが
、旧正月・メーデー・国慶節の場合は土日が含まれており、さらに前後の土日が1回平日扱いになるので、実質追加の休みはそれぞれ3日間だけである。とすると中国で全国民に対する追加の休みは3日間x3+1(新暦正月)=10日間。3・8婦女節や建軍節・児童節のように特定の人だけが休める日を考えても、日本より少ない。
勿論日中どちらにも祝日も休めない仕事の人もおられるだろうが、こと勤め人の立場からすると、休みが少ない、ような気がする。
まぁ、それでも、長期休暇は楽しみである。次はメーデー、何をしようか(気が早いか)。

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2005年3月6日星期日

龍柏新村

上海に住んでいる日本人は登録ベースで3万人、長期出張者も含めると5万人とも言われるが、韓国人もたくさん上海で働いている。そうした韓国人向けの食堂が並ぶ龍柏新村へ行ってみた。
この龍柏新村は虹橋空港の近くに位置し、57路と936路のバスがここまで来る。
IMG_0545IMG_0543バス停から始まる紫藤路が韓国料理店が並ぶストリートなのだが、思ったほど「ハングルばっかり」というわけでもなく、漢字表記もしっかりあったし台湾料理店も2件見つけた。
この通りの韓国料理店のうち1件に入り、プルコギとチヂミを頼んだ。



IMG_0546韓国料理店では料理が出る前にキムチやカクテギなどの小皿がずらりと並ぶが、これだけでも充分である。店に入って「ごはん1膳」だけのオーダーでも十分堪能できそうだが、さすがにそうはいかないのだろうか。




IMG_0547プルコギは、店の人が焼いてくれる。こうした韓国料理店で働く人は東北部に多く住む朝鮮族か、韓国からの留学生のアルバイトが多い。店に入るときも「アンニョンハシムニカ」と迎えてくれるし、メニューもハングル表記である。
料理を持って来たウエイトレスに聞いてみた。
私「にぃ是韓国人ま?」
ウエイトレス「アニョ」
私「日本人也常常来到這里ま?」
ウエイトレス「アニョ」
・・・「アニョ」って、イエスだったっけノーだったっけ・・・中国語で返事してくれぃ・・・
それはともかく、プルコギも美味しかったし、チヂミもタレとあわせてうまかった。これとビールで65元、1人65元は当地レベルからするとかなり贅沢なのだろうが、日本料理店で食事をするよりはずっとお徳である。ただウェイトレスが次々とプルコギを焼くので、些かせかされてるような気分ではあった。

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