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二月 2006

2006年2月25日星期六

イ・ヨンエ@上海

 イ・ヨンエが登場するチャリティーコンサートのタダ券を入手したので、見に行ってきた。
 このコンサート、「正官庄之夜 真愛演唱会−李英愛上海慈善之旅」と銘打たれている。「李英愛」がイ・ヨンエのことである。イ・ヨンエは韓国人参公社の「正官庄」ブランドのCMモデルをしており、今回韓国人参公社とタイアップでチャリティーイベントを行った由である。今日が上海だったのだが21日には台北でも同様のイベントをやっており、その前には広州でもやったようである。
 ちなみに、「正官庄」のウェブサイトはこちら(中国語)。壁紙ダウンロードのコーナーもある。この「正官庄」ブランドの製品は古北家楽福(カルフール)の2階にあるサプリメントショップ?で売っており、店内にはイ・ヨンエのポスターが貼ってある。

IMG_1871 本日の会場である上海大舞台。上海八万人体育館などスポーツ施設が集まっている上海体育館エリア内にある。もともとは上海体育館と呼ばれていたが、改装してイベント専門の上海大舞台になった。
 席は2階席。舞台からはかなり遠く、出演者の表情は舞台横にある大型画面で確認できるのみである。タダ券だから仕方ないか。
 チャリティーイベントではあるが、「演唱会」と銘打っている通りコンサートがメインである。陳慧琳(ケリー・チャン)・李泉・王傑の名前が出演者に並んでおりなかなか豪華メンバーと言える。もっとも、この中では陳慧琳以外の歌手の歌はよくわからないのだが。
 19:30にコンサート開始。司会の男女がステージを進めていくので、コンサートとは言いながらNHKの公開録画のようなものか。最初に新人と思しき女性歌手が一曲歌った後、陳慧琳が『大長今』の中国でのテーマソング『希望』を歌いながら登場。この曲、聴いたことのある人はご存知だろうがあの「オナラ・オナラ・・・」に中国語の歌詞をつけたものである。イ・ヨンエのイベントだけに最初の一曲はやはり『大長今』のテーマである。その後名曲の『記事本』を歌った後、「スローテンポの曲が続いたから次はアップテンポの曲をいきましょう!」と言って最後に『不如跳舞』を歌っておしまい。
 その後は李泉・安又?Lといった名前の売れている歌手がやはり数曲歌い、その合間に若手歌手が1曲ずつ披露するという感じで続いていった。
 観客であるが、アップテンポな曲を歌っても、総立ちになるということはなく皆おとなしく座って歌を聴いている。好みの歌手が登場したときに応援グッズを振って声援を飛ばすことはあるが、皆総じておとなしい。特定の歌手のコンサートだとまた違うのであろうが、複数の歌手が登場するチャリティーイベントということで観衆全員の好みが分かれているのだろうからノリがいまひとつなのだろう。
 この日一番声援を浴びていたのは王傑。『安尼』『一場遊戯一場夢』などを歌ったが、『一場遊戯一場夢』の時は声援に感極まったようであった。
 若手男女歌手が『神話』(ジャッキー・チェンとキム・ヒソンが共演した映画の主題歌。歌詞に韓国語あり)をカバーして歌ったあと、いよいよイ・ヨンエが白いドレスで登場。モニターでしか表情を見ることができないが、美人だー。
 司会の2人がイ・ヨンエに質問コーナー。「愛と仕事とどっちを取りますか」という質問に対しては「愛がうまくいっていれば仕事もうまくいくでしょう」、「中国人の男性俳優で誰が好みですか」という質問には「誰と言うわけではなく、中国人の男性俳優と友達になって中国語を教えてもらいたい」、「行った都市の中でどこが一番よかったですか」に対しては「皆さんも韓国にいらしてください」と、うまく受け答えしていた(勿論通訳つきで)。好きな料理は「炸醤麺」と「排骨」だそうで、得意な料理は・・・忘れた。
 で、質問コーナー終了後にチャリティーイベントなので寄付の贈呈があるのだが、韓国人参公社の人がステージに上がった途端に観客がゾロゾロと帰り始めた。おいおい、まだイベントは終わっていないし、イ・ヨンエはまだ壇上にいるんですよ。それでいいの?帰っていく人の姿は当然イ・ヨンエの目にも入るだろうし、この様子を見て内心どう思うかな。いくらコンサート目当てとはいえ、そのタイミングで帰るのはあまりに礼を失していないか?しかしながら、2階席の観衆の2分の1くらいは寄付の贈呈式の最中に帰ってしまった。何だかなぁ。
 最後にイ・ヨンエを子供たちで囲んで『希望』を歌ってイベントは終了。大長今ではないイ・ヨンエも、やはり美人でした。陳慧琳のナマ歌も聴くことができ、なかなか有意義なイベントだったと言えましょう。
 しかしこのイベント、開始前はモニターに『大長今』出演時のイ・ヨンエの写真が映っており、イ・ヨンエの登場前にはやはり『大長今』の映像が流れ、出だしが『大長今』主題歌の中国語カバーだったりとすっかり「イ・ヨンエ=『大長今』」になってしまっている。最新出演映画でのイメージチェンジは全く反映されていないようである。

 関連記事。イ・ヨンエが「正官庄」イメージキャラクターになった記事はこちらこちら。上海でのチャリティーイベント予告(1)(2)

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2006年2月19日星期日

希望小学校(麗江・大理旅行 番外編)

IMG_1523  麗江・大理旅行(3)で紹介した玉龍雪山登りの発着点付近にあった小学校。門の両側にはアメリカの財団からの寄付によって建てられたことを記したプレートが埋められている。
 このように民間・外国からの寄付で学校(特に小学校)を建てることを「希望工程」といい、建てられた学校は「希望学校」と呼ばれる。希望学校については、笑福亭学光師匠が2003年頃だったと思うが『日本経済新聞』の文化面に寄稿している。出演しているラジオ番組に希望学校を作ろうとボランティアをしている人から「噺家名が『学光』なのだから」とメッセージが届き、それがもとで関わるようになった、という話だったと記憶している。
 他方この記事では、いくつか希望学校を作ったのだが作った学校の中には閉校して武器庫?倉庫?になったものもあった、と書いていたような気がする。お金を出して、あるいはボランティアとして関わってそのときは成果が出てもその後もしっかりと見届けないといけない、ということか。
(以上、記憶をもとに書いていますので間違いがありましたらご指摘ください。あるいは帰国したらチェックします)
 このことは、ご本人による著書『学光学校』(笑福亭学光著、浪速社)に詳しく記されているとのことである。

 普段上海に、しかも外国人として住んでいると「上海を見て中国の発展のシンボルとしてしまう」きらいがあり、また「中国、中国」といって中国ビジネスに注目する人も上海なり他の主要都市なり各地の工業団地を見て中国を見た気になることが多かろう。大発展している地域があるのは確かであり、そうした部分を利用してビジネスを展開しまた中国と関わることはよいのだが、他方中国経済の拡張の恩恵を受けていない地域があるのもまた一面である。これに対しても「上海は大発展しているんだからそこで得た利益を内陸に投じなさい」というアプローチもあるだろうし、ボランティアで希望工程に関わるというアプローチもある。
 「大発展」しているとされ「脅威論」が台頭している中国にもまだ「希望学校」が必要な地域があること、つまりは発展の恩恵がまだ行き渡っていない地域があること(それでも麗江などは観光収入があるのでましなほうなのだろうが)を知ることから始めたい。中国が「世界の市場・世界の工場」と「発展途上国」の顔を見せている(そしてそれを使い分けている)ことも。

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壁宣伝も今は・・・(麗江・大理旅行 番外編)

IMG_1617 一方こちらは麗江から大理に向かう途中、食事休憩したところにて。中国移動通信(チャイナモバイル)の宣伝である。ここのみならず、パスツアーの最中、麗江−大理のバスの車窓、列車の車窓などで民家の塀にチャイナモバイルの宣伝がされているのを多々見かけた。
 塀や壁に書いてある宣伝といえばかつては「没有共産党、没有新中国」「学習毛主席思想」など(こちらにも書いてます)、その後は「四個現代化」や「只生一個好」だったのだが、この宣伝などはもろに市場経済の産物だよなぁ、という気がしてならない。壁や塀を提供した家はいくばくかお金をもらい、それが結構生活水準的には馬鹿にならない金額なのだろうか、あるいは「どうせもともと何もなかったんだから」と安く提供させられているのか、どっちだろうか。
 麗江・大理旅行(6)で紹介した、大理古城の目抜き通りで見つけたトウ小平理論・軍の近代化のスローガンとはあまりにも対照的である。

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「尊師」(麗江・大理旅行 番外編)

IMG_1734 麗江・大理旅行で、旅行記に記した以外にも気になったシーンをぼちぼちと公開。
 写真は大理にて、蒼山から下りてきて洱海遊覧船に乗るべく船着場に向かう途中にあった小学校。門の向かって左側には「尊師守規勤奮好学」の文字が見える。「尊師」って、本来はこういう意味だよな。
 文革期を彷彿とさせる書体・色使いとともに、印象深いスローガンである。

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2006年2月18日星期六

下雪了!

IMG_1839 今朝起きたら窓の外では雪が舞っていて、向かいの建物の屋根にうっすらと雪が積もっているのが見えた。今週は火曜日頃から暖かくなりだしたので、今年の冬は短いのかと思ったがそうすんなりとはいかないようで、まだまだこれからも寒い日が続くようだ。
 もっとも、昼前には雪も止み、午後にはすっかり融けてしまった。
 上海は寒いことは寒いのだが、東北地方のように雪が降り続けるということはなく、底冷えする、とか風が冷たい、という表現がふさわしい寒さなので、雪が降るというのをとても珍しく感じた次第である。

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2006年2月12日星期日

旧正月中も営業

IMG_1428 写真がさかさまなわけではない。
 写真は旧正月直前に銀行の店先にて。大年夜は30分だけ短縮、旧正月初日と2日目(初二)は短縮営業、3日目以降は通常通り営業とのこと。銀行の全てが旧正月期間中窓口を開けているわけではないのだろうが、それでも主要店舗で旧正月中窓口を開けているというのは驚いた。当番になった人は旧正月休めないので厳しそうであるが。日本のように飛び飛びで祝日があるわけではないので、やはり旧正月はゆっくり休みたいだろう。
 写真上のさかさまになった「福」の飾りは、「倒福」(福を倒す)と「到福」(福が来る)の発音が似ていることに由来する縁起かつぎの意味が込められている。

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元宵節

 夕方6時過ぎにけたたましい花火の音が聞こえ、今日が元宵節(旧暦1月15日)だったのを思い出した。
 去年は元宵節の夜に豫園へ行ってきたが、今日は元宵節の日曜日。夕方や夜はタクシーがつかまらなさそうなのでバスで動ける範囲で動くのが無難だろう。

IMG_1838 「バスで動ける範囲」にあるスーパーで買ってきた冷凍食品の湯圓。元宵節に湯圓を食べるものと伝統的にはされており、去年は私も豫園で食したのだが、前述の通り今年は引きこもっていたので冷凍食品で我慢。

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麗江・大理旅行(8)大理−昆明列車の旅

 前回の続き。
 2月2日(木)、旅行もこの日で終わり。上海に戻らなければならない。
 今回上海に戻るに際し、大理から列車で昆明に向かうことができないかと考えた。13年前に大理を訪れたときはバスしか移動手段がなく往復とも夜行バスを使ったのだが、今は大理空港があって飛行機で昆明に向かうこともできるし、1999年には鉄道が開通して鉄道での移動も可能になった。バスにしても道路事情は改善したとの中国語ガイドブックの記載であり、移動の選択肢が当時に比べて増えかつ便利になったと言えよう。その中でなぜ鉄道をと言われると・・・
 とにかく、大理到着直後にホテルで列車の時間を確かめ、昆明→上海のフライトに十分間に合うので列車の切符を手配してもらった。硬座しかないとのことで硬座をお願いし、切符代45元とほぼ同額の手数料で手配完了。
IMG_1762 これが今回入手した切符。券面には「新空調硬臥代座快速」の文字。「新空調」「快速」は良いとして「硬臥代座」というのが気になる。寝台車を座席代わりに使うということかな。
 大理駅は旧市街ではなく、新市街である下関にある。移動当日朝9時前に駅に着くと、既にたくさんの人が待合室で改札を待っていた。
 切符の券面には「L528」と列車番号が記してあるのだが、駅の時刻表には「L528」の時間は記されていない。春節など他客期の臨時列車なのだろうか。9時過ぎに改札開始。ホームに向かった。
IMG_1757 待っていたのは2階建て客車。「双層硬臥車」の文字が見える。2階建ての座席車は蘇州に行くときに何度も乗っているのだが、2階建て寝台車というのは初めて見た。


IMG_1753IMG_1756 出発前に撮った寝台と車内の様子。1つのコンパートメントに上段・下段あわせて4つの寝台があり、1階・2階それぞれに11個のコンパートメントがある。そのほか両脇には中2階(?)があり、それぞれ1つずつコンパートメントがあった。通路とベットは壁で仕切られており、ベットが通路からむき出しという以前の中国の硬臥車とは違うようだ。普通の硬臥は3段ベットだが、この2階建て客車では上の階・下の階それぞれ2段ずつで計4段、ということになる。
 1コンパートメントにベット4つだから4人で使うのか、結構広々使えそうだなぁ・・・と思ったら、出発までに私のコンパートメントに8人乗ってきた。座席1列に4人座るようだ。「硬座」扱いなのを侮ってはいけなかった。すこく窮屈である。
 定刻通り9時35分に出発。座席も背中は壁に直接面しているわけだから、あまりくつろげない。上海から蘇州に行くときに硬座に乗って「最近の硬座は結構背もたれが柔らかいじゃないか」と思っていたが、今回は本当に硬い座席に座って昆明までの7時間を過ごさなければならない。
IMG_1763IMG_1765IMG_1768IMG_1781 救いだったのは、ここもやはり車窓の眺めがきれいだったことである。青空・山・菜の花・緑の畑・それらに包まれるような集落・・・という感じで、流れる車窓は飽きない。
 しかしながらこの座席はしんどい。1コンパートメントを8人で使うわけだが、そのうち疲れて横になる人も現れる。そうでなくてもずっと座っているのはしんどく、代わる代わる立ったり座ったりを繰り返す。本来4人で使う寝台に8人詰め込んでいるわけだから、定員オーバーではないのか?
IMG_1767 隣のコンパートメントの様子。どこも満員で、寝台の上段にはみんなの荷物がしこたま積まれている。相当遣り繰っているなぁ、という感じであるが、しかし中国人が移動するときは列車に限らず飛行機・バスでも荷物が多い人をよく見かける。
 この列車では食堂車が営業していない。8号車で売店業務をやっているようだが、アナウンスが「啤酒、白酒、小吃、方便面・・・」と販売品目の紹介をやっていた。昼間からしかも列車の中で白酒というのも・・・しかし8号車までたどり着くのはしんどいので、途中で8分停車の駅があったのでそこでカップラーメンを買って昼食にした。
 この大理−昆明線、電化区間でありこの列車も電気機関車が引っ張っている。はじめは気がつかなかったが、途中駅で降りてみると電線が走っていること、カーブで先頭が見えると電気機関車が引っ張っていたので気がついた。
IMG_1786 途中駅にて。





 到着直前まで上述のような景色は続き、市街地が見えたと思ったらすぐに昆明駅である。列車は定刻より15分遅れで午後5時前に昆明駅に到着。IMG_1791 列車から吐き出される乗客たち。





IMG_1792 今回客車を引っ張っていた電気機関車。到着後すぐに切り離され、どこかに回送されていくところである。

 昆明駅から空港まではワンメーターとはいかなかったが、それでも10元で到着した。
 昆明を20時前に出た東方航空の便で上海着。機内放送では「上海の天気は雨、気温は摂氏7度・・・」と言っていたが、上海に降り立つとタクシーのボンネットから湯気が出ていた。

 今回の旅で感じたのは、「体力の限界、気力もなくなり」by 千代の富士、「体力を補う気力がなくなり」by 若乃花・・・ではないが、あちこち動き回ると疲れるなぁ、ということである。次からは1ヶ所滞在型がいいかな、と思うが、またあちこち見て回る旅をしそうな気がする。

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2006年2月11日星期六

麗江・大理旅行(7)大理郊外観光

 前回の続き。
 2月1日(水)、この日は大理郊外の観光に出かけた。
 大理でツアーというと朝早くに下関に行って大型観光船に乗って洱海クルーズ、船内で白族の民族舞踊を見たり三道茶の振舞いを受け、午後船を下りて観光地巡り、というのがポピュラーで、旧市街のあちこちでこのツアーを売っている。が、13年前に行った喜州というペー族の集落を保存しているところに今回も行ってみたかったのだが話を聞いてみるとツアーのコースには含まれていないそうである。そんなわけで、ツアーには参加せタクシーを1日80元でチャーターして行きたいところに行くことにし、旧市街の中にあった旅行会社にお金を払って朝迎えに来てもらうことにした。
 朝8時、迎えに来てもらったタクシー(といっても面包車−ライトバンみたいなもの。「面包」は中国語でパンのこと)で出発。途中でなぜか海南島から来た医者とその彼女が乗り込んできたが、チャーターしたのは私なのだから私が行きたいところに行くことに。
IMG_1673 大理と言えば三塔寺。9世紀頃の建造らしい。写真は中和峰を背にした三塔寺。




 三塔寺から北へ走ってもらい、喜州のペー族民家に着いた。
IMG_1677IMG_1725 大理の民俗建築物。中庭を囲むようにコの字型に建物が建ち、残る一辺を壁で塞いでいる。この壁が高ければ高いほど財力のあるしるしになる、と案内の女性が言っていた。

 ここではペー族の民族舞踊を見ながら三道茶の振る舞いを受けることができる。
IMG_1682 民族衣装の商会。婚礼などシチュエーションに応じてさまざまな種類の民族衣装があるようだ。



IMG_1689 民族舞踊。





IMG_1703IMG_1706IMG_1707 婚礼を題材にした民族舞踊。左の写真で座っている2人が新郎新婦である。


IMG_1686IMG_1692IMG_1698 民族舞踊とともに三道茶が振舞われる。この三道茶、ペー族に古くから伝わるもので、写真左の「第一道」のお茶は苦く、人生のつらさと厳しさを表すとされている。真ん中の「第二道」のお茶は中に砂糖やクルミ、チーズが入っている甘いお茶で、人生の喜びを表すとされている。右の「第三道」のお茶はお茶に蜂蜜・ゴマ・しょうがなどを入れたもので、人生の最後に楽しかったことやつらかったことを思い出すことを表すとされている。三道茶はペー族にとって人生を表すものなのだろう。
 それにしてもまだ朝10時だというのにツアー客と思しき人たちを中心にここも人が多い。13年前にここは私が参加した現地ツアーの行程に入っていて、その時は民族舞踊だけでなく歌も披露してくれた。滞在中にもう1回行きたくなり翌日またミニバスに乗って行ったのだが、そうしたら訪問者が私だけで、私1人だけのためにまた歌や踊りを披露してくれた。民族衣装も複数種類はなく白色のものだけだった。
 それから比べると、民族衣装はカラフルになったが歌の披露がなくなっている。観光化が進んだのか、あるいは春節期間中だから人が多いのか。踊りを披露する回数は昔に比べて格段に増えているだろう。
 まぁ、同じ踊りを見たり三道茶を堪能したりするのであれば船の上よりも民俗建築の中のほうがやはり相応しかろう、と思う。

IMG_1711 ペー族の女性が頭にかぶる飾り。下に垂れている白い紐が風を、飾りつけで花を、上の白い部分で雪を、その形が月を表していて、「風・花・雪・月」とのことである。


IMG_1718 三道茶とは別に、大理産のお茶も試飲した。こちらも右下から時計回りに「風・花・雪・月」、「風」は薬草で作ったお茶、「花」は食用バラで作ったお茶、「雪」と「月」はそれぞれ独特なお茶である。
 お茶を飲みながら案内してくれた女性と話をしたのだが、大理では男性は高校(高中)まで行くが女性は中学(初中)までの人が多いこと、いちばん遠出をしたのは昆明までで雲南省から出たことはないこと、日本の歌手では浜崎あゆみ(ピンジープー!)がお気に入りでよく聴いていること、などを話してくれた。
 で、一通りお茶を飲んだあとで購入のススメ。こちらは三道茶とは違って「試飲」だったようである。

IMG_1733 喜州に別れを告げ、蒼山に登って洱海を望む。今はリフトがあって高いところまで簡単に行くことができる。



 こうした眺めは遠くから見るからいいと感じるもので、洱海で船に乗る気はなかったのだが、ドライバーがしきりに勧めるので時間もあるしまぁいいかと思って観光船に乗ることにした。
IMG_1736 洱海ツアーに参観するとこういう大型観光船に乗るのだが・・・




IMG_1742 私が乗ったのはこんな小型船だった。




IMG_1739 船旅は対岸近くにある南詔風情島なる小島までの往復。亜熱帯かと見まごう植物が植えてある、宿泊施設がある、島のてっぺんに大きな仏像がある以外はとくに変わったところのない島であるが、国家AAA級だったか?の観光地に指定されているとかでこれから手を入れていくのだろう。この島には40分ほど滞在したが、先の大型観光船は乗客に「30分以内に帰ってくるように」とアナウンスしていた。慌しいですね。

IMG_1744 この日の最後は再び三塔寺。三塔寺から少し離れたところにある公園で、池に三塔寺が映っている景色をみることができる。着いたのは夕方6時だったが、太陽は山の向こうに隠れた直後でもう少し早く来ればよかったかな、と思った。

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麗江・大理旅行(6)大理市内散策

 前回の続き。
 ホテルで白族の踊りを見た後、日が暮れるまでまだ時間があったので旧市街を歩いてみることにした。ホテルは旧市街の外にあるのだが、歩いてすぐ旧市街に着くことができた。
IMG_1635 大理の城門(南門)。




IMG_1637 城門の下にあった、大理やこの城門の歴史を簡単に記したプレート。ここ大理は古くは南詔国・大理国と呼ばれる独立国だったが、いつしか中国の版図に組み込まれて長い時間が経ってしまっている。
 13年前、1993年の春に大理に行ったことがあるのは既に記した。当時は昆明から夜行バスで大理に向かい、ドミトリーのある第2賓館(だったと思う)に着いたのが朝の7時、そのまま朝から現地ツアーに参加して洱海など郊外のみどころをまわり、あくる日は大理の背後にそびえたつ中和峰に登ったり(途中の中和寺までだが)と旧市街の外の見どころはよく覚えている一方、旧市街はあまり賑わっていたという記憶はなく印象には残っていない。ただ、この城門のことはよく覚えている。
IMG_1642IMG_1643 城門をくぐり、旧市街のメインストリートである復興路。人が多すぎ。初三=旧正月から3日目なので、初一=旧正月初日を家で祝った後に春節休みを利用して旅行しようという人たちがドッとやってきたのだろうか。13年前はこんなに人が多かったという記憶はないのだが。
IMG_1645IMG_1646 「偉大なトウ小平理論の旗を高く掲げ」「革命的で規律正しい、現代化された軍を築こう」。街の中心で見かけたスローガン。





IMG_1653 自転車の後輪をべダルでまわして、綿菓子をつくるおじさん。漕ぐと綿菓子作りの機械が動くようになっている。



IMG_1654 スーパーの店先にいた女の子。ここ大理では、麗江に比べて民族衣装を纏っている人が多いような気がする。レストランやホテルといった観光客相手のところだけではなく、このスーパーの例やバスの車窓から見かけた農作業をしている女性、道を歩いている人たちに白族の民族衣装をよく見かけた。観光用ではなく民族衣装がまだ日常に根付いている印象を持った。
 ここ大理は周囲を山に囲まれているため、日が落ちるのが麗江に比べると約1時間早い。午後7時にはすっかり暗くなった。
IMG_1663 この日入った食堂。メニューもあるが、店頭に並んでいる野菜やきのこ、湖の幸などを指差して「これとこれをこう調理して」と頼むこともできる。


IMG_1665 ここで食した「砂鍋魚」小さな川魚が2匹、それと野菜やきのこの水炊きである。最初のうちは今ひとつの味だったが、食べているうちに魚の味が鍋によく出てきて、まずまずの味になった。


IMG_1660 ところでここ大理は、数多くのバックパッカーも訪れているのだが、中にはここ大理で長居を決め込んでしまう「沈没者」も少なからずいるという。世界各地からのバックパッカー向けのレストランやカフェが並び、英語・日本語・韓国語の表記があちこちに見られる通りがあり、「洋人街」と呼ばれている。写真は洋人街の様子。
IMG_1662 洋人街のあるレストランの店先にて。「三道茶」(白族に古くから伝わるお茶)と「カツ丼 天ぷら盛り合わせ すき焼き 味噌汁」の文字が一緒に並んでいる。今回は食べなかったけど、味やお値段はどうなのかな。

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2006年2月10日星期五

麗江・大理旅行(5)麗江から大理へ

 前回の続き。
 1月31日(火)。歩いているだけでも飽きない麗江の古城に別れを告げ、大理へ向かう。
IMG_1606 長水路にある麗江の長距離バスターミナルでの時刻表。このターミナルからは大理行きが8:30/9:30/10:30/13:00の1日4便ある。これらの中には大理経由昆明行きのバスもあるようで、私が乗った10:30発の便もそうであった。このほか、他のバスターミナルからも大理行きの便が出ているようである。
IMG_1610 今回乗ったバス。DVD上映・トイレ付きである。ちなみにDVDはベトナム解放における中国の貢献をアピールするものであった。



IMG_1611 麗江郊外の車窓。





 3時間ほどバスに乗り、もう20Kmで大理古城到着というところで昼食タイム。大理行きの人の中には「もうすぐ大理に着くんだから食事休憩など取らずに大理まで走れ」と言い張った人もいたが、女性車掌は「昆明まで行く人もいるんだからここで昼飯」と言って相手にせず。
IMG_1620 昼食を終え、大理に向かう途中の車窓。
 大理行きのバスは旧市街(大理古城)ではなく、旧市街を通り過ぎてさらに20キロあまり走った新市街(下関)で本来は下車する予定だった。だが、先程食事のときに文句を言った人がいたせいか、旧市街の東の城門のところに止まって大理までの客を降ろしてくれた。ここでタクシーを拾ってホテルに向かった。
 IMG_1631 大理のホテルは結局ctripで予約可能だった台湾資本の4ツ星ホテルにした。学生時代、そして勤め始めてからもホテルを予約してから旅に出るということはほとんどせず、出たとこ勝負で着いてからホテル探しをしたものだ。今でもそうしても良いのだが、今回は春節期間中ということで混雑していたら困るなぁと思って事前に予約をしてからの旅となった。勤務先が春節期間中の居場所を教えろと言っていたこともあるのだが、私自身も心配性に、あるいは事前の予約が当然という日本国内旅行の傾向にはまってきたのだろうか。
 しばらく部屋で休んでいると、けたたましい音が外から聞こえてきた。窓の外を見ると白(ペー)族の民族衣装を身にまとった女性たちをはじめとした一行がホテルの中に入ろうとしていた。ホテルのロビーに行くと、彼女たちが正月の踊りなのだろうか踊りを披露してくれたり、(布で作った)龍が舞うさまを見せてくれたりした。

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麗江・大理旅行(4)虎跳峡・長江第一湾

 前回の続き。
 1月30日(月)。前の日に予め古城の東方街にある旅行案内所で虎跳峡・長江第一湾ツアーの予約を済ませていたので、朝8時10分にその案内所に集合。そこからさらに先述の水車近くにある総合案内所に行き、行き先ごとに分かれてバスに乗り込んだ。
 バスは日光いろは坂のような曲がり道を標高を上げながら走り、暫くすると山を越えたようで下りに転じ、下ったところで金沙江という川沿いの道を虎跳峡に向かって走っていく。
IMG_1544 バスの車窓からの眺め。川と集落と畑と山と青空、という構図は日本だとよく見ることがあるが、こういう景色はなかなか上海ではお目にかかれない。


 川沿いの道をしばらく走り、虎跳峡に到着。
IMG_1548 虎跳峡は山頂と谷底との落差が3,900メートルと言われている渓谷で、その切り立った山の眺めが見ものである。



IMG_1550 観光客は渓谷の間を川沿いに歩くことができる。ゆっくり歩いて40分くらいの道のりである。岩肌がむき出しになっている歩道を川沿いに進むという光景は、去年5月に行った台湾・太魯閣を思い起こさせる。

IMG_1556 川幅が狭くなると流れも厳しくなる。







IMG_1563 渓谷を行く小船。何をするのだろう。







 たっぷりと時間をとって見た後に昼食を取り、長江第一湾に向かった。
IMG_1574 この長江第一湾であるが、長江の上流である?金沙江がV字型に大きくくねっている景色である。まず写真は上流を見たところ。



IMG_1570 同じ場所から下流を見たところ。曲がっている様子が伝わらないのが残念だが、それよりもここまで来るときの眺めも含めて「山と川と畑と集落」の眺めが青い空に映えて目に入ってくるのがとても良い。上海生活で、あるいは上海に来る前から忘れかけていた眺めである。もっとも麗江に来たのは今回が初めてなので「忘れかけていた」という表現は不適当かもしれないが、日本にいれば似たような景色にお目にかかることもあるのだろうが上海生活で忘れかけていた、ということである。

IMG_1587IMG_1588IMG_1589




 余談であるが、麗江での食事について。写真左から川魚?の揚げもの、ナスの炒め物、ビーフンである。川魚はバリバリと食べたが身が少なく、他の2つは辛さが唐辛子の平板な感じの味で、いまひとつであった。麗江特色菜にこだわらなくても良いと思う。
 これ以外は上海で食べるのとあまり変わらない食事、普通の中華や水餃子を食した。宿で出る朝食は蒸し饅頭(マントウ)とお粥だった。

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2006年2月8日星期三

麗江・大理旅行(3)玉龍雪山

 前回の続き。
IMG_1491 朝早く市内を散策した後は、古城の北にある玉龍雪山に登ることにした。街を歩いていたら客引きのおねえさんに「玉龍雪山に行かない?」と声をかけられた。話を聞いてみるとまともそうだったので話に乗ることにした次第である。滞在日程の都合上、この日を市内観光だけにしてしまうと、郊外の見どころのうち玉龍雪山か虎跳峡かいずれかをあきらめなければならない。本来は現地ツアーに参加するには前日までの申し込みが必要なのだが、この日のうちに玉龍雪山に行っておくと、翌日虎跳峡行きのツアーに参加すれば両方カバーできるので好都合であった。
 玉龍雪山へはふもとまで車で行き、その後馬に乗って登るのである。写真はふもとに行く途中で車の窓から手を伸ばして撮影。空がとても青い。

IMG_1503 馬に乗り換えてすぐの眺め。やはり空が青い。その名前や高さから雪山のように見えるが、白く見えるところは岩肌である。もう少し早い時期だと雪が見えるのかもしれない。


IMG_1506 登ってきた道を途中で振り返ったところ。途中馬に乗ったままでは登れないところがあり、馬を下りて歩いたのだが、高低差があまりないので楽勝だと思ってすたすた歩こうとしたらすぐに息が切れてしまった。

IMG_1508 やはり登っていた人が高度計付きの時計を持っていたので見せてもらったら、この地点で標高2900メートルを超えている。しかしながら寒さは全く感じず、春の暖かさである。


IMG_1511 登り始めてから約2時間で標高約3,800メートルの地点に到達。ここで引き返すコースもあるのだが、私が選んだのはここからさらに400メートル登るコースである。この野原を過ぎると、急な上りに入っていき一気に標高を稼いでいく。馬も大変だし、馬を先導するガイドのおばさんの心肺能力たるやすごいものがある。
IMG_1519IMG_1516 先程の3,800メートル地点から45分かけて4,200メートル地点に到達。ここまで来るとさすがに風が冷たいが、それでも極寒ということはなく、同時期の上海と同じくらいかむしろ暖かいくらいであった。右側写真の手前の野原が先述の3,800メートル地点であり、一気に登ってきたことがわかる。
 ここで引き返して下っていくのであるが、下りのほうがおっかなびっくりである。3,800メートル地点に戻るために急な山道を下るのであるから、前のめりになる馬に対して体を後ろに反らしてバランスを取るのに一苦労である。2時間かけてふもとのスタート地点まで戻った頃には午後4時半になっていた。
 なお、玉龍雪山へはロープウェイで行く方法もあるようである。
IMG_1507今回お世話になった馬。お疲れ様でした。




IMG_1529 古城に戻り、北にしばし歩いたところにある黒龍潭公園から眺めた玉龍雪山。きれいな山の景色は遠くから眺めるのもいいようだ。この黒龍潭公園にはトンパ文化研究所があるのだが、春節期間中なので閉鎖中であった。残念。

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2006年2月4日星期六

麗江・大理旅行(2)麗江古城散策

 前回の続き。明けて1月29日(日)、旧暦1月1日である。
 上海からはかなり西にあるだけに、朝はなかなか明るくならない。上海だと今頃は7時には明るくなっているのだが、ここ麗江では8時にようやく明るくなるという感じである。朝食をとり、9時から市内散策開始。
 ここ麗江は雲南省北西部にあり、標高約2,200メートルと高いところにあるのだが2月でも温暖である。朝晩は冷え込むものの、昼間はジャンパーなど着なくても十分である。
 トンパ文字を遺したことで知られるナシ(納西)族が多く住むところである。
IMG_1465 今回泊まったホテルは大研古城、つまり古い街並みを残しているエリアにある。大研古城にはこうした古い様式を利用した「〜客線」(中国語だと「線」は「銭」の左側をいとへんにしたもの)と名前のついたホテルがたくさんある。


IMG_1463 内部の様子。中庭を四方から囲む「四合院」様式である。




IMG_1466 朝の大研古城。北側の土産物や食堂がたくさん並んでいるところは人が多いのだが、南門近くはさほどでもなく、まだ朝早くということもあって人は少ない。


IMG_1471 大研古城は細い道が複雑に入り組んでいて、さながら迷路のようである。






IMG_1478 土産物屋の多い七一街に来ると、朝早くだというのに観光客で賑わっている。






IMG_1476 七一街にて、壁にトンパ文字の装飾が施してある。





IMG_1479 古城地区の中心である四方街。ここも朝早くから多くの人で賑わっている。ここから北に伸びる東方街はやはり土産物屋が並ぶ大通りであり、その脇を平行に走っている新華街は食堂が多く並ぶところである。


IMG_1477 大研古城内の街並み。土産物屋が並ぶ通りを離れると、静かな佇まいである。






IMG_1483 大研古城のメインストリートである東方街から、遠く玉龍雪山を望む。






IMG_1484 東方街の脇を流れる溝では、魚が泳いでいるのが見える。




IMG_1486 古城の北側、玉河広場にある水車。




 この古城地区の街並みは、ユネスコの世界遺産に指定されている。古い街並みを利用した観光地、という点では去年訪ねた周庄に似ている。周庄に対しては街中が土産物屋か食堂かという感想を持ったが、ここ麗江もホテルや土産物屋が多々あるものの土産物屋が並ぶ通りは道幅を広くとってあったり、脇溝を作ってみたりと、工夫をしているように感じる。上述の通りホテル(客線)も多いのだが、特異な外観で景観を損ねることはなく、街にとけこんで軒を連ねている。

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2006年2月3日星期五

麗江・大理旅行(1)上海から麗江へ

 この春節休暇は1月28日から2月2日まで雲南省の麗江・大理を旅行してきた。ついさっき戻ってきたところである。

 まず1月28日(土)、大年夜から。この日午前中いっぱいで勤務先がクローズなので、勤務先から直接空港に向かうことにした。
 今回はまず成都まで飛び、そこで麗江行きのフライトに乗り換える。上海から成都へのフライトは、国内線だが浦東空港からの出発なので浦東まで行かなければならない。普段浦東空港を利用するときは市内からバスを利用するのであるが、今回はバス乗り場まで行っていると間に合うかどうかわからないので、地下鉄で龍陽路駅まで行きリニアモーターカーで空港まで向かうことにした。
IMG_143413時15分に出発。リニアモーターカーに乗るとついつい速度計に目がいってしまう。



IMG_1437 出発から3分10秒あまりで最高速度430Km/hに到達。8分で空港に到着した。



IMG_1441IMG_1442 去年話題になった中台直行便の案内とカウンター。カウンターには「熱烈歓迎台湾同胞回郷過春節」の文字が見える。
 約3時間のフライトで成都空港着。




IMG_1443 ところが、成都空港の乗り継ぎカウンターには人がおらず、仕方なくいったん外へ出てチェックインをしなおすことに。すぐチェックインができたからいいものの、このせいで長蛇の列に並ばねばならない、なんてことになったらたまらない。

IMG_1444 手荷物を預けない人専用のカウンターにも人はいないし・・・




IMG_1445 「熱情服務」の文字が空しく響く。




IMG_1446 成都空港を利用するのは今回が2度目である。ロビーには、洋服店や土産物店、食堂などが軒を連ねておりなかなか立派なものである。土産物店にはパンダのぬいぐるみがずらりと並んでいた。そういえば今年はパンダツアーはあるのかな?

IMG_1450 上海経由ながらメルボルン向けのフライト設定があるようである。オーストラリア企業が成都に進出しているのだろうか。



 麗江までは約1時間のフライト。到着したときにはもう夜の8時半になっていた。
 麗江空港に降り立ち市内へ向かうバスの車窓を見てまず感じたのは、星空がきれいだということである。空を見ると無数の星がはっきりと見える。上海ではこんな夜空にはまずお目にかかれない。それだけ空気がきれいだということであろう。
IMG_1462 市内に着いてからまたさらにタクシーに乗り換え、予約していたホテルに着いたときには夜の10時近くになっていた。この日は年夜=旧暦の大晦日ということでホテルが餃子を振舞ってくれた。
 続きはぼちぼちと・・・

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