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2006年2月11日星期六

麗江・大理旅行(6)大理市内散策

 前回の続き。
 ホテルで白族の踊りを見た後、日が暮れるまでまだ時間があったので旧市街を歩いてみることにした。ホテルは旧市街の外にあるのだが、歩いてすぐ旧市街に着くことができた。
IMG_1635 大理の城門(南門)。




IMG_1637 城門の下にあった、大理やこの城門の歴史を簡単に記したプレート。ここ大理は古くは南詔国・大理国と呼ばれる独立国だったが、いつしか中国の版図に組み込まれて長い時間が経ってしまっている。
 13年前、1993年の春に大理に行ったことがあるのは既に記した。当時は昆明から夜行バスで大理に向かい、ドミトリーのある第2賓館(だったと思う)に着いたのが朝の7時、そのまま朝から現地ツアーに参加して洱海など郊外のみどころをまわり、あくる日は大理の背後にそびえたつ中和峰に登ったり(途中の中和寺までだが)と旧市街の外の見どころはよく覚えている一方、旧市街はあまり賑わっていたという記憶はなく印象には残っていない。ただ、この城門のことはよく覚えている。
IMG_1642IMG_1643 城門をくぐり、旧市街のメインストリートである復興路。人が多すぎ。初三=旧正月から3日目なので、初一=旧正月初日を家で祝った後に春節休みを利用して旅行しようという人たちがドッとやってきたのだろうか。13年前はこんなに人が多かったという記憶はないのだが。
IMG_1645IMG_1646 「偉大なトウ小平理論の旗を高く掲げ」「革命的で規律正しい、現代化された軍を築こう」。街の中心で見かけたスローガン。





IMG_1653 自転車の後輪をべダルでまわして、綿菓子をつくるおじさん。漕ぐと綿菓子作りの機械が動くようになっている。



IMG_1654 スーパーの店先にいた女の子。ここ大理では、麗江に比べて民族衣装を纏っている人が多いような気がする。レストランやホテルといった観光客相手のところだけではなく、このスーパーの例やバスの車窓から見かけた農作業をしている女性、道を歩いている人たちに白族の民族衣装をよく見かけた。観光用ではなく民族衣装がまだ日常に根付いている印象を持った。
 ここ大理は周囲を山に囲まれているため、日が落ちるのが麗江に比べると約1時間早い。午後7時にはすっかり暗くなった。
IMG_1663 この日入った食堂。メニューもあるが、店頭に並んでいる野菜やきのこ、湖の幸などを指差して「これとこれをこう調理して」と頼むこともできる。


IMG_1665 ここで食した「砂鍋魚」小さな川魚が2匹、それと野菜やきのこの水炊きである。最初のうちは今ひとつの味だったが、食べているうちに魚の味が鍋によく出てきて、まずまずの味になった。


IMG_1660 ところでここ大理は、数多くのバックパッカーも訪れているのだが、中にはここ大理で長居を決め込んでしまう「沈没者」も少なからずいるという。世界各地からのバックパッカー向けのレストランやカフェが並び、英語・日本語・韓国語の表記があちこちに見られる通りがあり、「洋人街」と呼ばれている。写真は洋人街の様子。
IMG_1662 洋人街のあるレストランの店先にて。「三道茶」(白族に古くから伝わるお茶)と「カツ丼 天ぷら盛り合わせ すき焼き 味噌汁」の文字が一緒に並んでいる。今回は食べなかったけど、味やお値段はどうなのかな。

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