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五月 2006

2006年5月30日星期二

ウォ~

Img_1967 またもや意味不明のタイトルだが、台北の国家図書館で見つけた紙パック飲料。パッケージには「ウォ~ 僕のライムティー」と書いてある。要はとても甘い紅茶飲料。
 「哈日族」の影響か、日本語があふれている台湾だが、あまり日本語を頻繁に見かけるのもアウェーの緊張感に欠けるところである。

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健康の油切

Img_2222 タイトルだけみると何のことやら、と思われるだろうが、台湾で「健康の油切」なるペットボトル入りのお茶を見つけた。
 中国では、食事の際にお茶をボウルに入れてそこで油がついた手を洗わせるレストランもある。そんな話や色や名前からして「ヘルシア緑茶」のようなものかと思ったが、ペットボトルの下に「Natural Fiber Micro」とかかれており、食物繊維も入っているようである。パッケージにはやはり「体中環保=順暢無比」と書かれており、健康志向をくすぐる戦略のようである。
 後側には「BMI 身体質量指数」として、体重(㎏)/(身長(m)の二乗)が18.5~24が理想の範囲だと書かれている。性別などもあり一概に数式で区切ってしまうのもどうかと思うが・・・
 「健康の油切」、名前の下に小さくマルRマークがついているが、商標登録されているのだろうか。もしそうだとしたら、台湾では平仮名を使った商標を登録することが認められている、ということになる。あるいは、登録時は「の」を「的」に置き換えているのだろうか。
Img_2223 ところでこの「健康の油切」、容量は590mlである。日本や中国で一般に見かけるペットボトル飲料よりも大きい。写真は中国の(といってもサントリーの)「生茶」と比べたところ。微妙にサイズが違うのがわかるだろうか。




Img_2224 「ポカリスエット」のペットボトルだとその差がよくわかるだろう。こちらは台湾のが580ml、中国のが500ml。
 台湾のほうが暑いからペットボトルの容量が大きいのだろうか。夏の暑さであれば上海も引けを取らないのであるが・・・とにかく、面白いところで台湾と中国の違いを発見してしまった。

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2006年5月27日星期六

今日の中国語

 「オートバイ」、中国語では「摩托車」mo2tuo1che1と言うと習った。小学館『日中辞典』で「オートバイ」を引くと「机器脚踏车」と「摩托车」が例示されている。

Img_2170 ところが、台湾に行くと写真のように「機車出租」(貸しオートバイ)と表示されていたり、ヤマハ台湾のウェブサイト(大陸からはプロキシ経由でないと見れないかも)にも「機車」と記されていたりと(水上オートバイは「水上摩托車」のようだが)、「機車」という表現を一般に見かける。
 他方、小学館『中日辞典』では「机车」(機車)を引くと機関車を指すとされているし、大修館書店『中日大辞典』では機関車とエンジンのことを指すとされており、オートバイを指すとの例示はない。
 中国大陸の「普通話」と台湾の「国語」はともに北方方言の発音・語彙と近代口語小説の文法をもとにしたとされているが、両者が歩んだ政治的・文化的背景を元に語彙も少しずつ違ってくるのだろう。

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2006年5月24日星期三

旅先通信・台湾編

 インターネットに接続できれば、旅先からメールを発したりブログやウェブサイトを更新したりすることが可能である。有線/無線LAN接続可能なノートPCを持ち歩いてれば、LAN接続ができるホテルに泊まればそこからインターネットに接続可能であるし、街中に使えるアクセスポイントが使えればそこからも接続可能である。

 今回の台湾滞在では、5月2日5月4日の記事は台北駅前のマクドナルドから、5月7日の記事は高雄空港から発信した。
Img_1987 マクドナルドの入り口にある、「無線上網」(無線LANでインターネット接続可能)の文字。



Img_2181 こちらは高雄空港にて。やはり「無線上網」の文字が見える。



 両方とも中華電信(繁体字中国語。英語ページはこちら)が提供するインターネット接続サービスである。同社の会員だと上記のようなアクセスポイントでの接続は無料だし、我々旅行者でも「點數卡(点数卡、HiNet Prepaid Card)を購入すると接続可能である。「點數卡」はこちらのページから購入可能。新たに購入する場合は「新購點數卡」もしくは「HiNet Prepaid Card buy」をクリックすると購入ページに進むことができる。接続料金はNT$1/分、NT$50から購入可能である。代金はクレジットカード決済。人前でクレジットカードを出すことになるので注意。購入時に「用戸識別碼」(User ID)が表示されるので、これを記録しておく。あとは「用戸密碼」(password)を登録し、忘れないようにする。
 接続方法はこちら英語版もあるが、わかりにくい)。要はこれらのアクセスポイントでブラウザを開くと中華電信のトップページが表示されるので、画面に出てくるであろう「登入」のメッセージを押下し、「用戸識別碼」と「用戸密碼」を入れるとインターネットへの接続ができる。
 マクドナルドや空港のほか、鉄道の駅や速食店(ファーストフード)、ホテルなどいろいろなところにアクセスポイントがあるようである。詳しくは中華電信のウェブサイトにて。

 かつては『はじめての旅先通信』『はじめての旅先通信2003』といった本が、旅先からのインターネット接続方法を紹介していた。わざわざ国際電話代を払わずても、ホテルの電話回線とノートパソコンのモデムをつなぎ、ローミングサービスを利用して接続する、というのが当時の旅先通信のセオリーだった。と同時に、中国・台湾では「このホテルはつながる」「このホテルはつながらない」などといったことがあり、これをまとめておられる方の手でデータベースになり、前述の『旅先通信』シリーズにも紹介されていた。
 ところが、時代はさらに進んでブロードバンド時代。確かにLANが提供されないホテルでは電話線につないでインターネット、ということもあるが、私の場合台湾でのインターネット接続は電話線接続→インターネットカフェを探して接続→マクドナルドなどアクセスポイントでの接続、と変わっていった。旅先通信のスタイルも時代の流れとともに変わってきている。3年後にはまた違うことになっているかもしれない。
 やはり台湾は便利ですね。中国に比べてサクサクとネットサーフィン(死語?)ができますし、閲覧できないウェブサイトもないですし。
 ここまでしてインターネットをやらずともLAN接続が可能なホテルに泊まればいい、とのご指摘もあるかもしれない。確かにその通りだが、経済的なホテルに泊まりつつ日常同様にインターネットも、となるとこういうことになるのである。

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2006年5月23日星期二

台湾滞在記(12)-高雄市立歴史博物館-

 阿里山から嘉義まで2時間かからず、嘉義からも自強号に乗ったので思いがけず予定より早く高雄に着いてしまった。同学との待ち合わせまで時間があるので、高雄市内をうろうろとすることにした。
Img_2154 高雄市立歴史博物館。1938年できの旧高雄市役所を改装し、1999年に歴史博物館とした。建物自体がいちばんの歴史的展示だったりする。


Img_2156
常設展は高雄の歴史を有史以前から現代に渡るまで紹介するものであるが、主な展示は清王朝期以降となる。高雄の主要な建造物のミニチュアが館内に展示されている。


Img_2158 親日的といわれる台湾だが、台湾割譲直後の抵抗運動である「台湾民主国」についての展示。台北の郵政博物館にもこれにまつわる展示があり、台湾自主の気概を示すものとして歴史的展示には欠くことができないのだろう。他方、日本統治期については高雄の港湾建設について取り上げてもいる。館内の歴代市長の紹介では、日本統治期からの市長が紹介されている。
 また、国民党統治期についても光と影とを両方記していた。2・28事件に関する展示が常設となっており(室内のテレビの音がやかましかったのであまりゆっくりとは見なかった)、台北の「二二八記念館」のようにそれを専門としたところ以外でもかかる展示をし、終戦直後の台湾統治のありようについて記しているところから、初期の国民党統治に関する現代台湾の評価がそのような方向で固まっていることを窺わせる。
 このほかにも特別展示があり、行ったときには「台湾地方自治史料展」なるものをやっていた。台湾において「地方自治」とは何ぞや、各自治体の位置づけも「自分たちは中国である」とする建前から「台湾の現実」を踏まえたものに大きく変わってきていることを再度思い起こさせた。
Img_2168 博物館の隣を流れる愛河。




Img_2169 待ち合わせの時間が近づいたので高雄駅に戻る。写真の旧高雄駅は2002年にその使命を終え、現在は建物が歴史的建造物として残されている。


Img_2171 こちらが現在の高雄駅。大都市の駅にしては、駅そのものにレストランや商店が少ないような気がする。これは台北駅もそうであるが、駅そのものよりも駅前にショッピングやレストランの機能が充実しており、「駅ビル」というのは商店としては日本ほど重要視されていないのだろう。
Img_2177 おまけ。同学夫妻と食事をしたのはこんなレストラン。この写真は建物の中の写真であり、中をこうしたレトロな雰囲気の装飾にしている。謝謝同学。

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2006年5月21日星期日

台湾滞在記(11)-台湾高速鉄道(台湾新幹線)完成間近?-

 阿里山森林鉄道に続いて鉄道ネタとなるが、ご容赦願いたい。
 嘉義に戻り、高雄在住の同学夫妻と会う約束をしていたので自強号に乗って高雄へ。1時間20分程の汽車旅である。
Img_2144 台南へ着く前であろうか、台湾新幹線と思しき高架線が車窓に入ってきた。工事の遅れにより当初2005年10月開業予定だったのが2006年10月開業にずれ込んだのだが、それでも工事は着々と進んでいるようである。

Img_2147 高雄に近づくと、日本の新幹線に似た車両がやはり目に入ってきた。なるほど、こういう形と色ですか。日本の新幹線に良く似ていますね。まぁ、日本の新幹線をもとにつくられているので当たり前といえばそうですが。

Img_2148 さらに高雄に着く間際になると、新幹線の駅と思しき建物が工事中であった。現在の高雄駅ではなく、少し手前の左営に駅を作るようだ。あとで前述の同学に聞いたところでは、新幹線の駅ができるおかげでこの地区は開発ラッシュだそうである。

Img_2050 阿里山に行く前、嘉義駅前の通りでも「高鉄嘉義駅」=高速鉄道の嘉義駅への案内があった。なんとも気が早い、と思ったがもともと去年開通のはずだったのだからあっても不思議ではないか。


 台湾新幹線ができると、台北~高雄が最速81分となり、飛行機を使わずとも充分日帰り圏内となる。東シナ海沿いの台湾西部は主要都市間のアクセスが格段に良くなり、ビジネス・観光・日常の足が随分と便利になる。前述の阿里山観光なども、台北から列車で3時間半かけて嘉義、そこからさらに・・・となると遠く感じるが、台湾新幹線ができると行きやすくなるだろう。逆に、行っておくなら今のうち、という考え方もできるが。
 ただ、太平洋側、花蓮や台東といった台湾東部の取り残され感が、些か気になるところではある。
 料金は台北~高雄でNT$1,200~1,400とのこと。手許の時刻表では現在の自強号が台北~高雄間が845元。今の自強号はスピードにバラつきがあるものの台北~高雄が最速4時間。1.5倍の料金で2倍以上のスピード、ということになる。

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台湾滞在記(10)-続・阿里山森林鉄道-

 結局阿里山滞在中は天候に恵まれず、雨が降りそうな曇り空であった。
Img_2130 阿里山臨時駅の時刻表を見ると、ひとつ下の神木駅までの1駅だけ、朝と昼間に何往復か列車が走っているようである。前日デジカメの電池が切れて写真が撮れない箇所があったこともあり、一往復することにした。

Img_2117 阿里山臨時駅に停めてあった、蒸気機関車。時折自走するのだろうか?



Img_2118 神木行きの列車が入線。




Img_2121 車内の様子。新しく作った客車らしく、まだ木の香りが残っている。
 8時半に阿里山臨時駅を出発。





Img_2124 日の出を見に行ったときは右側の線路を登っていったのだが、今回は左側を下っていく。
 森林の中を昨日嘉義から登ってきた線路を下り、10分足らずで神木駅に到着。


Img_2125 神木駅にて出発を待つ列車。保存されている列車のように見えるが、れっきとした現役の列車である。客車は観光鉄道ということでこのような色・形になったのであろうか。


Img_2127 神木駅。線路を挟んだ反対側には祠があるのだが、工事中だった。
 神木から阿里山臨時駅へ向かう登りは、ハイキングを終えてここから阿里山臨時駅に戻ろうという人でなかなかの乗車率だった。帰りは8時50分発で、やはり10分もかからずに阿里山臨時駅に戻った。
Img_2129 戻ってきたところで、我々と入れ違いに列車に乗り込む子どもたち。






Img_2135 宿の近くの陸橋(早朝ハイキングで通ったところでもある)から撮影した阿里山臨時駅~神木駅間の列車。
 天気が今ひとつだったことと個人の趣味からか、森林鉄道三昧になってしまった。私が訪れた時点での阿里山森林鉄道の運航状況は以下の通りである。それぞれ違う客車が使われているのが印象的である。
・嘉義からの入山ルート 嘉義~阿里山臨時~沼平 1日1~2往復
・日の出見物ルート 阿里山臨時~沼平~祝山 日の出の時間に合わせて1日3往復程度
・阿里山臨時~神木 午前・午後に計8往復

 しばし阿里山臨時駅付近をうろうろしてから、帰りはバスで嘉義まで戻った。出発してすぐ道路にも温帯林と亜熱帯林の境界線があるのを確認したが、早起きのせいか前日の高校生?のせいかあとはずっと寝ていた。気がついたら嘉義市内、帰りは2時間で戻ることができた。

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台湾滞在記(9)-ご来光は拝めず-

 5月6日、高校生?のおかげで睡眠不足ながら朝3時半に起き、4時10分発の列車を目指して阿里山臨時駅に向かった。宿から駅までは徒歩5分ほどであるが、既にやはりご来光目当ての人が多く駅で待っていた。
Img_2076 駅へ向かう途中にて、標高2,200メートルの高地にもコンビニ(しかも24時間営業)がある。



Img_2078 阿里山臨時駅からは、日の出の時間に合わせて早朝に3本程度(客が多ければ増便するようだ)ご来光見物地点である祝山まで列車が走っている。列車は20分ほどで祝山駅に到着した。ここは標高2,451メートル。駅前では朝食のお粥やおでん(黒輪、と台湾では書く)などを出す店が並んでいる。駅前すぐのところにも展望台があるが、さらに10分ほど登っていくとさらに高い展望台があり、ここで多くの人が日の出の時間を待っている。


Img_2079 暗い中、日の出を待つ観光客。土産物屋の店主らしき人がやってきて、ハンドマイクを使って阿里山の説明と商品の宣伝を笑いを取りながら話していた。この日の日の出の時間は5時30分。ご来光の結果は・・・

Img_2084Img_2086 残念ながら雲が濃く、日の出を拝むことはできなかった。しかしながら阿里山が雲に覆われつつ下の集落をはっきりと見ることができた。
 殆どの人が長袖を着ていたが、私はここへ来る予定はなかったので半袖しか持っていなかった。肌寒いが、我慢できないというほどではなかった。
 阿里山臨時駅に戻る列車もあるが、帰りは歩いて下まで戻ることにした。
Img_2093 途中までは、線路と並行した舗装道を進んでいく。脇を進む、阿里山臨時駅へ戻る列車。



Img_2099 やはり山道の脇を走る、この日の最終列車。最終列車といっても朝6時に祝山駅発である。






Img_2102 線路から別れ、さらに舗装道から離れた歩道。天気がよければ絶好の森林浴なのだが、あいにくの曇り空である。それでも、






Img_2105 高山植物を見ることができたり、







Img_2109 野鳥もいた。





Img_2113Img_2112 ゆっくり歩いて1時間程で沼平駅に戻る。早朝に祝山に登る列車は左写真の右側からやって来て、ここで折り返して左側をまた登っていく。右写真は駅前に保存されている蒸気機関車だが、打ち捨てられたような感じであまり整備されていないようであった。
 沼平駅からさらに15分ほど歩くと、阿里山臨時駅付近に戻ることができる。

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2006年5月19日星期五

台湾滞在記(8)-阿里山森林鉄道-

 11時半頃に嘉義駅に着き、森林鉄道の切符を買おうとして窓口で聞いたところ、「売り切れ」との返事であった。駅の待合室にはおばちゃんが何人かいて、「阿里山へ行くのかい?」と尋ねてくる。ダフ屋か、と思いきや必ずしもそうではなく、列車の切符と宿とを抱き合わせで売ろうとしているのである。今ひとつ釈然としないが、切符代がボラれていないのであればまぁいいか(宿代にアドオンされているのかもしれないが)と思い、切符代定価399元+宿代1,000元で購入。まともな宿であればいいのだが。
 前述の通り北回帰線を見に行った後に再び嘉義駅に戻り、出発時刻を待つ。「改札開始です」とのアナウンスとともにホームに向かった。
Img_2051 森林鉄道のホームには、嘉義駅が標高30mであることと森林鉄道の紹介が掲示されている。紹介曰く、標高30mの嘉義駅から2,216mの阿里山駅まで、最大傾斜6.26%(=62.6‰、1,000メートルで62.6メートル登る)、最小カーブ半径40メートル、ループ方式・スイッチバックを駆使して登っていく、とのこと。なおこの阿里山森林鉄道、他の台湾の鉄道や日本の鉄道と比して線路幅が狭く(762㎜)、これが急カーブを可能にしている。
Img_2053 登山列車が入線。




Img_2055 出発を待つ客車。阿里山への登りは、機関車が後ろから客車を押す格好になる。



Img_2056 機関車についていた、阿里山森林鉄道のマーク。




 13時半に嘉義を出発。10分ほど走ったところにある北門駅でも乗客を乗せ、阿里山に向かった。
Img_2059 車内の様子。9割方席が埋まっている。空席はおばちゃんが売りさばけなかった分か。
 北門から約30分、次の駅である竹崎駅までは比較的平坦な道程である。時折民家の軒先をかすめるようにして列車は進んでいく。
 竹崎駅を出発した直後から列車は登りに差し掛かる。勾配がきつくなり、カーブも自分が乗っている列車の先端と最後部ろが窓から見える程になっていく。時折トンネルも交えながら、ループへと入っていき、遊園地の列車のようにこまわりを利かせながら登っていく。
Img_2065 車窓の風景。森林鉄道とは言いながら樹木が亜熱帯のそれであり、南国の印象を与えるのが特徴的である。



Img_2069 ループ終盤にある独立山駅。ここで標高743メートル、嘉義から1時間20分ほどである。
 ループ区間を脱したあとも、列車はひたすら標高を稼いでいく。


Img_2072 嘉義から1時間40分、標高1,000メートルの交力坪駅で、下ってくる列車を待つ。森林鉄道は単線なので、ここですれ違うことになる。ここ交力坪も阿里山森林風景区の観光ポイントの1つで、ここで降りて山へ入っていく台湾人も少なからずいた。

Img_2073 交力坪駅に入ってきた下り列車。




Img_2074 左側が我々の乗っている登り列車。




 交力坪駅を出発したところでデジカメの電池が切れてしまったorz。下りの列車は続けて2本走っているようで、となりの水社寮駅でももう一度下り列車とすれ違った。
 再び山を登り、嘉義から2時間15分あまりで奮起湖駅に到着。停車時間が比較的長く、名物とされる弁当売りが来たり、ホームに降りて車庫に入っている蒸気機関車を見ることができたりする。小さいながらも街並みも風情があると言われており帰りに寄ろうかと思ったが、後で知ったが奮起湖へのバスは嘉義からしか出ておらず、阿里山からここに下っていくバスはないとのことであった。
 奮起湖を過ぎたあたりから空模様が「山の天気」になりだし、それまでは薄日がさしていたのだが雨が降ったりやんだりの空模様になった。列車で登っているとはいえ、「山登り」であることを実感させられる。
 乗降客のいない駅は通過し、列車の旅も終盤に。終盤はスイッチバックを多用して山を登っていく。このため、ごく一部の区間で列車の進行方向が入れ替わる。途中、車窓に亜熱帯林と温帯林の境界線の掲示があった。標高2,000メートル近くまで亜熱帯林というのも、台湾の山ならではである。
 出発から約3時間半、午後5時前に「阿里山臨時」駅に到着。本来使っている駅は工事中とのことで、嘉義からの客は殆どがここで下車し、入山料150元を払って改札を出て宿へ向かう。ちなみに列車の終点は隣の沼平駅である。
 私もここで下車し、途中の店で道を尋ねながら宿へ向かった。宿までは何とか天気がもったのだが、チェックインした途端に雨足が強くなってきた。明日はご来光を見に行くことにしているのだが、大丈夫か。
 今回泊まった「桜花大飯店」の部屋は、部屋は狭いながらもベットと浴室は広く、1,000元の部屋としてはAcceptableというところであろう。ただ、高校生と思しき団体が泊まっており、彼らの部屋と間違われて仲間を呼ぼうとする高校生?たちに何度もドアをノックされ、そのたびに私を見て「対不起」、だったのには閉口した。団体旅行で夜更かししたいのは私も昔はそうだった気がするのでわからなくもないが、誰がどの部屋にいるかぐらいは把握して、正しい?集団生活を送ってほしいものである。
 翌日は早起きしなければならなかったのだが、このおかげで睡眠時間が減ってしまった。

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2006年5月18日星期四

台風1号-珍珠-

 今日は、まさに台風1号が上海に来ている中での帰宅となった。
 香港や華南で甚大な被害をもたらした台風1号も、上陸してから時間が経ったせいか上海では風はさほど強くなく、むしろ雨台風といった様相である。その雨も土砂降りという程のことはなく、「時折強い雨」という程度である。
 過去「台風1号」というと南シナ海などはるか南西方で発生し、わが身に影響を及ぼさないまま毎年消えていっていたのだが、今年はわが身に降りかかることとなった。
 さほど多いとはいえない雨量でも道の脇には大きな水溜りができ、車が通行人の迷惑も考えずに水しぶきを立てて走っていく。

 ところでこの台風1号、「Chanchu」という名前がついている。当初「Chanchu」は何の意味だろう、と思っていたが、コンビニで売っていた新聞の見出しに「台風『珍珠』・・・」と付いていたのでようやく「真珠」のことか、とわかった。インターネットの報道ではこんな感じ(中国語)である。ピンインではZhenzhuなのでなぜにChanchuと思ったが、マカオでつけられた名前とのことで、おそらく広東語か。ちなみにウェード式ローマ字ではChenchuとなる。
 ウェザーニュース台風情報で、過去につけられた台風の名前とその由来、及び命名国を調べることができる。
 「珍珠」の文字でまず思い浮かべるのは「珍珠奶茶」-タピオカの入ったミルクティーだが、今回被害に遭った人たちにとってはそんな甘いものではない、というところだろう。

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2006年5月16日星期二

台湾滞在記(7)-北回帰線-

 今回の台湾旅行は台北と高雄以外は特に予定のない旅であった。なのでそれ以外はどこへ行こうか決めないまま台湾に来てしまったのだが、前日の饒河街夜市巡りの際に凡卓さんから阿里山の話を伺った。阿里山の名前や森林鉄道の話は見聞きすることが多いのだが、お話を伺うとなかなかよさそうなのでこれを機に行くことにした。ただ、個人的に台湾での自然景勝地観光は過去雨にたたられることが多いのが気になるところである。
 阿里山へは嘉義が起点となり、ここから森林鉄道もしくはバスで阿里山に向かうことになる。森林鉄道は嘉義を13時30分に出発するので、少し早めに嘉義に着いて切符を買っておきたいと思い早朝に台北を出発する列車で嘉義へ向かうことにした。7時40分発の莒光号に「観光列車」の但し書きが着いていたのでどんなものか乗ってみようと思ったが残念ながら売り切れとのことで、8時の自強号の切符を確保した。
 早起きしたせいか列車内ではほとんど寝て過ごし、3時間半かけて嘉義に到着した。
 森林鉄道の切符を確保し(後述)、2時間ほど時間が空いたのであまり時間のかからないところへ言ってみようと思った。この街には北回帰線が通っているとのことで、その標塔を見に行くことにした。
 なお、北回帰線とは夏至の日に太陽が地表を垂直に照らす位置を線で結んだ緯線であり、北緯23度27分がこれに該当する。この線より南・南回帰線より北が熱帯に該当すると言われている。
 台北とはうって変わって嘉義は快晴。体感温度もまさに熱帯の気候である。バス停やバスの時間を調べている時間もないので、駅前からタクシーに乗車。10分ほどで北回帰線に到着した。
Img_2039 着いてまず目に付くのが広場の中で一番大きい塔。これは5代目の標塔とのことである。






Img_2044 歴代の北回帰線標塔。手前に並んでいる小さな塔が歴代の標塔で、手前が一番古い初代の標塔、奥に行くに従って2代目・3代目・4代目となる。5代目まではすべて日本統治期に建てられたものである。


Img_2045 この5代目標塔が最新の標塔ではない。並んでいる標塔の奥に建っている建物、これが6代目標塔である。中には天文科学館や喫茶店がある。



Img_2046 初代~6代目までの標塔すべてを収めた、北回帰線天文広場の遠景。
 地図上の北回帰線はまさに地図に書いた線であるが、いざその線の上に立っているのだと思うと、また深い趣を感じる。

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2006年5月15日星期一

台湾滞在記(6)-饒河街観光夜市-

 台北滞在中には、やはり連休を利用して台湾旅行中であった凡卓さんと台北駅で待ち合わせ、饒河街観光夜市へ出掛けた。待ち合わせ場所や時間は携帯電話で打ち合わせたのだが、日本の携帯電話と中国の携帯電話を使って台湾で連絡を取り合うというのも、妙なものである。
Img_2018 饒河街観光夜市は台北駅から列車で1駅、松山駅の目の前である。




Img_2020 夜市の前にあった廟。




Img_2021 夜市の入り口。400mほどの短い通りの両脇に飲食店・衣料店・靴屋などが並び、その真ん中に屋台営業の店やテントで営業する店が並ぶ。脇道に入ったところにも、客を待っている屋台がある。この通りで何件か二人で小吃や鍋を食した。

Img_2023 夜市の屋台というと食べ物屋が思い出されるが、それ以外の店も多い。写真は金魚すくいの店。金魚、というより熱帯魚のような魚が多かった。


Img_2024 こちらは線香の店。香りが漂ってくる。




Img_2025
 線香の中には「三宅一生」という名前のものもあった。どこがイッセイミヤケなのだろうか、商標的には問題ないのだろうか、線香に対する商標登録はしてなさそうだが。

Img_2026 しばし饒河街観光夜市を歩いた後、台北駅付近に戻り林森北路へ。林森北路といえば台北ナイトライフでおなじみであり脇道にはスナックやクラブが軒を並べているが、旅行者の我々はなじみの店があるわけでもなく、担仔麺の店へ。値段は庶民的なものの、店の中は日本人客が多い。実は前日にも当地在住の日本人と林森北路の台湾料理屋に行ったのだが、店が脇道に密集しているせいか上海における古北エリア以上に日本人度が高い感じがした。台北で勤めている日本人の中には、異国で異言語に囲まれて聊か緊張して生活を送っているであろう中で林森北路をくつろぎの場としている人も多いのだろう。もっとも、あまり入り浸ると折角台湾をもっと知る機会を逃すのだろうが。
 凡卓さんは台湾旅行の終盤、私は逆にこれから南下するところであった。話は多岐にわたったが、互いの健康と再会を約して別れた。
 

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2006年5月14日星期日

今日の中国語「闘牙≒もやし?」

 大相撲夏場所が始まった。
 大相撲の闘牙、先場所十両で大負けして今場所は幕下に転落、再起を期すかと思われていたが初日直前に引退を表明した。隆の鶴との「もみあげそっくりさん対決」も先場所初日で見納めになってしまい、闘牙が隆の鶴に水をつける(あるいはその逆)ことも、もうない。闘牙の相撲自体も先場所千秋楽が最後になってしまった。当面は準年寄として後進の指導に当たるとのことだが、その後は相撲界に残るのだろうか。結構テレビ出演も多かったらしいが。

 ところで闘牙が大相撲の中国公演に参加した時、闘牙の四股名が紹介されたときに「闘牙」が「もやし」の意味に取られて場内大爆笑だったと、高砂部屋のウェブサイト「過去の高砂部屋 平成16年5月25日~平成16年6月20日」に紹介されている(管理人は現役最年長力士で有名な一ノ矢)。
 「闘牙」と「もやし」、中国語にすると発音が全く同じである。「闘牙」は簡体字にすると「斗牙」、他方「もやし」は「豆芽」、どちらも発音はdou4ya2である。闘牙の風貌・体型・四股名の文字と「もやし」とのギャップが面白い。さすがに中国語で闘牙のことを話題にすることもなかったから、今まで気づかなかった。
 さて大相撲中国公演、私が上海に来る直前、2004年6月のことである。しばらくは中国公演はなさそうだが、今年8月に台湾公演をやるらしい。見に行くのは難しいが、やはり何だかんだで台湾に行きたいな。

(追記:5月18日)闘牙に続き、隆の鶴も今日現役引退を発表した。闘牙同様春場所で大負けして幕下に落ちていたが、今場所も6連敗で体力の限界ということで現役引退となった。「もみあげそっくりさん」が相次いで土俵を去ったのも何かの因縁か。8日目の彼の取組を見たが、元気なく敗れて負け越しが決まっていた。
 中国語では「もみあげ」は「鬢角」bin4jiao3。「闘牙のもみあげ」は「斗牙(dou4ya2)的鬢角」、これを口にすると「豆芽的鬢角」=「もやしのもみあげ」と同じ発音になる。

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2006年5月13日星期六

台湾滞在記(5)-台北101-

Img_2008 牯嶺街とはうって変わって、現代の台北にそびえたつ台北101。やはり高いところには登らないと。
 台北中心部の西側にある高さ508メートルのこのビル、最上部の展望台まで登るエレベーターはわずか38秒で我々を連れて行ってくれる。エレベーター待ちの列では日本語の会話があちこちで耳に入ってきた。日本人好みの観光地か。
 が、こういうときの常で、ガスがかかっていて眺めはいまいちであった。
 低層部はショッピングモールになっているのだが、時間の都合でそちらには足を踏み入れなかった。

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台湾滞在記(4)-牯嶺街-

 台北の国家図書館を出て、特に行かなければならないところもなかったので近くの郵政博物館へ行こうと思い、中正紀念堂駅から南海路を西へ歩いていたら、「牯嶺街」と書かれた地名表記を見つけた。
Img_1997 「牯嶺街」と聞いて思い出されるのは、エドワード・ヤン監督の「牯嶺街少年殺人事件」である。1991年に東京国際映画祭で公開されたこの映画、私もその後劇場で見ているのだが、とても長い映画だった(全編約4時間)、という以外には強い印象が残っていない。ストーリーが難解でわかりにくかった、という印象があるのだが、台湾における省籍矛盾-本省人と外省人の関係-など台湾の事情が少しでもわかっていれば、感じ方は違ったのだろうか。それでもスクリーンに出てくる中学生の孤独感や「行き場のなさ」は今でも覚えている。
 写真の「牯嶺街1号」は、喫茶店である。
Img_1999 上述の「牯嶺街1号」の前から見た牯嶺街。写真画面からはみ出て右枠外が郵政博物館であるせいか、この通りには切手・古銭趣味の店が目立つ。他には古本屋を何件か見ることができる。


Img_1998Img_2000 歩いてすぐ、特徴的なたたずまいに「牯嶺街100周年」と書かれた建物を見つけた。中へ入って事務所にいた若い女性に尋ねてみると、この建物が100周年とのことである。ここは今は「牯嶺街小劇場」となっており映画や劇団の公演が行われるところだが、当初は日本統治期の拘留所、国民党統治期には警察署であったそうだ。その警察署が手狭となって出て行った後に小劇場になったそうである。


Img_2003 牯嶺街をさらに南へ歩いたところ。




Img_2004 牯嶺街に並ぶ商店。バイク屋・小吃店が2軒・そして古本屋。古本屋が今にもつぶれそうな建物なのが目立つ。



Img_2005 「牯嶺街」と書かれたバス停。







 牯嶺街の南側には更地が目立った。更地には映画の時代からの建物が建っていたのか、裏道からは取り壊し途中の建物が見えた。この通りの眺めも変わっていくことだろう。
 「事件の現場はどこですか」とは、聞かなかった。実際にあった事件の現場について尋ねるのもどうかと思った。冒頭で映画について「強い印象は残らなかった」と書いたが、それでも事件の場面、主演の少年と少女がこの通りで向かい合っていた場面は覚えている。映画に描かれた通りの今の姿に遭うことができた、ということでいいだろう。

 映画「牯嶺街少年殺人事件」、日本ではDVD化はされていないようである。かつてレンタルビデオ屋で見かけたことがあるのだが、あまり頻繁に貸し出されてはいなかっただろうから今でも店頭で見つけることができるかどうかは怪しい。台湾でDVDはないかな。

(牯嶺街を紹介したウェブサイト)
Yomiuri On-Line 映画「牯嶺街少年殺人事件」の舞台(台北)
旅々台北 アングラ劇場 牯嶺街小劇場

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2006年5月12日星期五

上海のタクシー料金値上げ

 上海のタクシー料金が、昨日5月11日から値上がりになった。上海ウォーカーから、元ネタはこちら

上海トピックス 上海タクシー運賃は原油代と連動する

5月11日から、初乗り料金が今までの10元から11元となり、加算料金も2元から2.1元に上がることになった。今後、原油代が上がれば上がるほど、乗客がその原油代の上昇料金を負担することになると言う。
推計によると、今回の運賃は6.7%上昇、乗客が平均に6.3キロ(2005年度走行距離平均)を乗ることで、1.4元を多く支払うことになる。
タクシードライバーにとっては、少なくでも4.33元/リットルの原油料の負担が減少することになるのだと言う。また、政府が負担している820元(1台1月付き)の原油上昇補助費も来月で取り消すことになる。

 この値上げ、全然知らなかったが、事前に知っていた方はおられますか?
 このタクシーの値上げであるが、全てのタクシーが昨日から一斉に値上げになるというのではなく、値上げ対応のメーターに順次付け替えていくのだそうである。しばらくは初乗り11元のタクシーと10元に据え置かれたタクシーとが共存するようで、10元だったらラッキー、11元だったらアンラッキー、ということになりそうだ。
 上海のタクシーは日本のSUICA(スイカ)ICOCA(イコカ)のような交通機関用ICカードが使える(そのうち紹介しようと思っていたのだが・・・)のだが、カードがない場合に近くまで乗って11元、というのはちょっと抵抗がありそうだ。今までは10元札1枚で済んでいたのが、これからはそうではなくなるわけだ。
 もっとも、日本でも缶ジュースは当初100円だったのが消費税導入でもう1枚(今ではそれ以上、でしたっけ)小銭が必要になり今では当たり前のようになったのだから、結局なじんでしまうのだろう。

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2006年5月11日星期四

台湾滞在記(3)-終わり悪ければすべて悪し?-

 5月7日に高雄から上海に戻ってきた。今回滞在した台北・阿里山などの話は後程。
 今回の台湾行きに際しては、上海で上海~台北の往復チケットを購入した。従って帰りは台北まで戻らなければならないため、現地で高雄→台北国際空港のチケットを購入した。台北は国際空港と国内空港が別々になっており、国内線の空港は市内にあるのだが国際線の空港は台北市の外、桃園にある。蒋介石の号を取って中正国際空港と呼ばれている。この国際線乗継用のチケットは国際線の切符を持っていないと購入できず、高雄でも国際線ターミナルからの出発となり出国手続も高雄で行う。
 このため、今回は高雄→台北→香港→上海と2回の乗継を覚悟しなければならなかった。予めスケジュールを決めておいて台北in高雄outとしておけばいいのだろうが、気まぐれなのでぎりぎりまでスケジュールを決めないのだ。
 11時発の高雄→台北のフライトに乗るつもりでカウンターに行ったところ、中華航空の係員が言うには「わざわざ台北に行くのも何でしょうから、12時45分の香港行きのフライトに空席があるか調べてみます」とのこと。機転の利いた対応に驚いたが、願ってもないことなのでお願いする。結果、空席があったので変更してもらった。高雄→台北の航空券代は返ってこず、一瞬高雄→台北のチケットを買う前に変更しろと言えばよかったかもとも思ったが、その場合高雄発の航空券が手許にないため高雄でカウンターにも並べない可能性が高いわけで、高雄→台北→香港のフライトを高雄→香港に変えてもらったと思えばいいか、機転の利いた対応をしてもらったしまぁいいかと思いあれこれは言わなかった。
 待ち時間が延びた分は空港内でインターネットにつないで時間をつぶし(後述)、香港行きのフライトに搭乗した。
 この高雄空港、空港の真ん中にカウンターが縦に並んでいて、その周りには両替所や「いかにも空港のレストラン」という感じの食堂があるのみで飾り気がなく、規模は小さいが浦東空港に雰囲気が似ている。
 飛び立つときに高雄港の全景がはっきりとわかった。実質1時間少しのフライトで再び香港着。乗継時間2時間は空港の中をうろうろとして過ごした。
Img_2192 往路でも見たイスラエルの航空機。




Img_2200 やはり往路でも見た金色の飛行機は、ガルフ航空の機体だった。




Img_2201Img_2202 出発フロアの上がフードコートになっていて、上海でもおなじみの「味千ラーメン」があった。値段は一杯約40香港ドル。上海より高いのは香港だからか、空港の中だからか。
 帰りの東方航空機は定刻通りに出発。通路を隔てて座っていた男性の態度が悪く、空中小姐にあれこれと絡んでいる。聊か不愉快には思ったのだが空中小姐もうまくかわしていたようなのでまぁいいか、と思いそのままやり過ごしていた。
 ところが、着陸が近づいたときに入国カードを書くために彼がキャスター付きの大きな旅行カバンを荷物入れから降ろしペンを取り出したのだが、旅行カバンを通路に置いたまま上にしまおうとしない。空中小姐が何度注意しても「俺が保証するから大丈夫だ」「しまうのは嫌だ」「俺に指図するのか」といったふうで取りあおうとしない。後ろに座っていた外国人(あとでドイツ人とわかった)も彼の態度を見て「I'm not glad」と空中小姐に告げていたが、かの男性は無視。
 この態度に私はキレてしまった。「お前が保証してもダメなんだよ!カバンをしまえ!"#$%&'()@*:+;/><_^!!!」(記号の部分は罵語)と叫び、周りの人が振り向くほどの大声で叫んでいた。かの男性は以外にも「そう罵るなよ・・・」とつぶやくだけで、その間に空中小姐がそのカバンをどこかに持っていってしまった。後ろのドイツ人も「good job!」という感じて微笑んでくれた。よかった。ちなみにこの男性、着陸後にどこかへ連れて行かれてしまい、我々が降りるまで戻ってこなかった。そのままどこかに連行されていたらいいのに。
 ということで、最後に気分が悪くなってしまった。折角高雄空港まではハッピーな気分だったのだが「終わり悪ければすべて悪し」ということで、気を取り直しにもう1回台湾へ行ってきますか?
(こういうことを書くと「中国人はもぅ・・・」という反応が出るかもしれないのだが、念のため中国人の名誉のために言うとこういう目に遭ったのは勿論初めてである)

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2006年5月7日星期日

台湾滞在記(2)-台北駅から中正紀念堂へ

 今回の台湾滞在では、台北・阿里山・高雄に立ち寄った。阿里山へは初めての訪問になるが台北と高雄へはそれぞれ何度か行っており、今回は観光地巡りはあまりしていない。
 というわけで目新しいものはないが、台北駅付近の建物を写真に収めた。

Img_1960 総統府。





Img_1964 国民党本部。この2つの建物はこちらでも過去に取り上げたことがあるのだが、このうち国民党本部の建物は報道によると売却され、国民党はオフィスビルに転居するらしい。MSN毎日インタラクティブより、元ネタはこちら

台湾:財政難の国民党、本部ビルを80億円で売却

 【台北・庄司哲也】台湾最大野党の国民党本部ビルが、台湾財閥の長栄グループ(エバーグリーングループ)関連の財団法人に売却されることになった。00年の野党転落後、財政難に陥った国民党は、合理化を進めており、党本部ビルの売却先を探していた。
 中央通信によると、購入するのは財団法人「張栄発基金会」。購入額は23億台湾ドル(約80億円)で同会などが入居する。
 国民党は49年から総統府と向かい合う現在の場所に党事務所や本部を置いた。地上12階、地下4階の現在の建物は97年に新築された。
 国民党は、政権時代は多数の党営事業を行い「世界一の金持ち政党」と呼ばれていたが、00年の総統選敗北を契機に財政難に見舞われていた。党本部は台北市内の別のビルに移転する。

毎日新聞 2006年4月2日 東京朝刊

 総統府と国民党本部が向かい合って建っているというのは「党治国家」の象徴でもあったのだが、その国民党本部がこの通りから消える(建物自体は残るのだろうが)というのは時代の区切り、時代の流れを感じる。

Img_1968 国立国家図書館。







Img_1969 中正紀念堂。国家図書館と向かい合っている。




Img_1991 中正紀念堂駅付近の交差点、愛国西路x中山南路にて。





Img_1973 凱達格蘭大道x公園路にて





Img_1974 地下鉄台大医院駅前にて。おそらく病院の施設か。

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2006年5月4日星期四

香港空港にて

香港空港では、本土の空港ではなかなかお目にかかれない飛行機を見かけた。
Img_1945 写真左側のStar Alliance塗装の機体は南アフリカ航空。





Img_1946 日本ではおなじみのキャセイパシフィックも上海にはやって来ない。





Img_1954尾翼にイスラエルの国旗をあしらった機体も見つけた。





この他、金色の塗装にアラビア文字の機も見つけたのだが、写真をとる前にいなくなってしまった。

Img_1952 今回香港から乗ったのは、中華航空。

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2006年5月2日星期二

台湾滞在記(1)-今年も台湾へー

 今日から労働節休暇終了まで台湾滞在である。といっても台北ではあまりあちこち歩き回る予定はなく、観光地の紹介は殆どできないと思う。
 東京から台北へは直行便で3時間足らずだが、上海から台湾へはどうしても乗り継ぎが必要なため、移動に1日かかってしまう。主なルートとして、香港経由やマカオ経由がある。意外なところでは済州島経由というのもあり、済州島観光と台湾観光を一緒に、というのも(時間と体力次第だが)可能である。この中では去年利用したマカオ経由が乗り継ぎ時間が短くて便利なのだが、いつも利用しているCtripでは検索してもこのルートが出てこず(後で知ったのだが別途ーだーすれば手配可能だったらしい)、今回は香港経由で台北へ向かうことにした。ちなみに、アモイと金門島を結ぶ「小三通」は、まだ一部の人しか利用できず、我々外国人はダメなようである。
Img_1930 上海発13時のフライトに乗るべく、11時半に浦東空港に到着した。カウンターには「Hongkong Express」の文字が見えるのだが、長蛇の列でチェックインはExpressというわけにはいかなかった。それでも20分程度の待ち時間で済み、出国審査も10分程しか待たなかったこともあり、意外とスムーズに出国手続完了。
 2時間半のフライトで香港着。前回香港を訪れたのは1997年5月、まさに返還直前に2泊3日で見に行ったとき以来である。当時の香港空港は九龍にあったので、ランタオ島にある新しい香港空港に降り立つのは始めてである。緑色の陸地が左側に見えるところを、まるで水面に着水するかのように飛行機は高度を下げていった。
Img_1936 香港空港は写真のようにウイングが伸びており、根元の部分が免税店を始めとしたショッピングモールになっている。



Img_1950Img_1947 ショッピングモールはやはり浦東空港に比べると洗練されている感じである。ブランド店や電器製品の店が並んでおり、浦東とは雰囲気がかなり違う。

Img_1940Img_1941 土産品店にて。なぜか日本人形が売られている。



Img_1937 香港から広州行きのフライトを見つけた。香港から広州は汽車でも2時間、わざわざランタオ島までまわり道をすることもなかろうからローカルでの需要より乗り継ぎ客目当てか。
 香港から台北までは2時間弱のフライト。結局浦東空港から台北国際空港まで6時間半かかった。台北では入国審査が長蛇の列で、両替やら何やらで市内行きのバスに乗るまで1時間かかってしまった。
 フライトは6時間半かかったし、その前後もあわせるとやはり1日がかりである。地図で見るとタイ上海と台北は近いのだが、わざわざ行き過ぎるように香港へ行き、乗り換えなければならないのである。

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