« 中台貨物直行便 | Main | 外灘の夜景 »

2006年7月22日星期六

BSドキュメンタリー「文化大革命40年目の証言」

 NHK-BSで今日こんな番組をやっていた。
 文化大革命期に黒龍江省でカメラマンだった人が、当時撮った写真に被写体として写っていた人を訪ね歩くという話である。この番組に登場するカメラマンの李振盛氏、文革期の写真のネガを家の床下に埋めて保存したとかで、番組では勿論宣伝されなかったがこれらの写真は『紅色新聞兵』なる写真集として陽の目を見ている。私も一時帰国時に東京駅の八重洲ブックセンターで見かけたことがあるが、批判大会での吊し上げの写真や、もっと生々しい写真が載っていたのを覚えている。
 また、李振盛氏自身もそのうち批判される側に回り、「幹部学校」で労働の日々を送ったそうだ。私は10年以上前に当時やはり下放された作家に関する作家論を卒業論文にしたのだが、「幹部学校」など懐かしい(かつて勉強したことに対してホントはこんなことを言ってはいかんのだが)言葉が頭の中に戻ってきた。
 この番組では、かつて寺を吊し上げたときに「貧困層出身だからという理由で紅衛兵が注目して寺社破壊の手引きにした」という僧侶(今は寝たきり生活)や、批判対象となった省幹部のことについてその次女(告発したのはその姉)に当時の状況を訪ねたりというもので、何かこう昔の傷口に塩を塗っているようであまりよい印象は持たなかった(李氏に対して、ではなく番組に対して)。李氏はさらに吊し上げた側(前述後者の幹部に「髪型が当時の最高権力者に似ている」との理由でバリカンを入れている)にも会おうとしたが、当時の事情を知る人から「本人たちは会わないだろう」と言われて断念している。李氏が摘発から写真のネガを守り、それを昨年世に問うた、ということでいいような気がする。それでいいとは言わないが当時は前述のように親を告発しないといけない(前述のケースは紅衛兵に脅されたとのこと)時代だったのだ。わずか30~40年前の話である。
 文化大革命、政治的権力闘争はさておき当時を生きた人たちすべてを巻き込んだ粛清運動である。今を栄華と誇る上海に暮らしているが、30~40年前はそんなだったのである。現代の上海でも、特定のウェブサイトに繋がらなかったりとか昨年4月の出来事とかで時々「これは違う」という姿を突然突きつけられる。過度に反応する必要はないが「アウェーの緊張感」は保っておいたほうがよさそうだ。
Img_2406 実は、先日上海在住の同学から「工事現場の壁から当時のスローガンが出てきている」とご教示をいただき、行ってきたのが左の写真である。「毛沢東思想」の文字が見える。今まで隠れていたのが工事で出てきたのか。謝謝同学。
 去年3月にも四川省で「文化大革命の亡霊」を見ている。我々も突然「文化大革命に出くわす」ことがあるのである。

|

« 中台貨物直行便 | Main | 外灘の夜景 »

Comments

The comments to this entry are closed.

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73410/11063268

Listed below are links to weblogs that reference BSドキュメンタリー「文化大革命40年目の証言」:

« 中台貨物直行便 | Main | 外灘の夜景 »