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十二月 2006

2006年12月31日星期日

2006年もあと4時間足らず

 今日は大晦日。当地では格闘技にチャンネルを合わせるという選択肢はないので、紅白歌合戦を見る。時差が1時間あるので夕方6時20分に始まるのだが、普通の1日だった仕事を終えて買い物をしてから部屋へ戻ったら、もうBoAが歌い終わるところだった。
Img_3156 Img_3157  クリスマスまでのカウントダウンをしていたツリーが、Happy New Yearまでのカウントダウンをしている。
 この年末の土日、30日と31日は突然平日扱いになったのだが、29日・30日と休みの会社も多いようだ。道はすいているし、電話しても出ないところも少なくない。中国企業でも、国の通達にかかわらずこの土日に休んでいるところが少なからずあるようだ。
 上海にいて日本の歌番組はあまり見ないので、出てくる歌手もだんだん知らない歌手が多くなってくる。事前に出場歌手をチェックしたが、平原綾香と絢香は別人なのか?DJ OZMAは去年までは氣志團だったのか?それは言ってはいけないのか?いわゆる「常連」の歌手のほうがなじみがあったりする。歌手だと堀内孝雄、審査員だと瀬戸内寂聴の姿に年月の流れを感じた。
 中国にいると年末は「この1年を振り返る」という雰囲気ではなく、代わりの機会があるかといったらそういうわけではないので、1年を振り返り次の年への志を立てる、という区切りがなくだらだらと時が過ぎていく感じがする。中国の会社は12月決算が殆どなので、仕事で年度の区切り、来年の目標を立てる、というのはあるが。

 今BONNIE PINKが歌っています。今年はそば焼酎だけではなく、年越し蕎麦も茹でることにします。

 来年が良い年でありますように。

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2006年12月30日星期六

台湾・屏東地震の余波

 先に台湾・屏東地震に関して書いたが、この地震により東アジアの通信インフラに多大な影響が出ているとされている。毎日インタラクティブによる記事はこちら

台湾地震:国際電話、ネットに障害 海底ケーブル4本損傷  

台湾南部で26日夜に発生した地震で台湾から南に延びる海底ケーブルが損傷し、東南アジア各地や日本で国際電話やインターネット通信がつながらなくなったり、通信速度が極端に低下する障害が発生した。
 台湾の大手通信会社「中華電信」によると、海底の国際通話用ケーブル2本と通信用ケーブル2本が損傷した。27日現在、台湾から日本へは本来のサービス能力の11%、米国へは40%、中国へは10%、東南アジアは2~15%しか提供できていない。復旧には2~3週間かかる見通しという。  この影響で日本では法人向けのデータ通信でNTTコミュニケーションズ約200回線、KDDI約290回線、ソフトバンク約40回線が利用できなくなっている。
 日本の携帯電話を海外でそのまま使うサービスも、NTTドコモは台湾とシンガポールで利用できず、ソフトバンクモバイルも中国など14カ国で利用できなくなった。KDDI(au)では海外用レンタル携帯電話が使えなくなった。
 一部のインターネット専業証券でもトラブルが起きた。ロイター社から情報提供を受けている楽天証券、SBIイー・トレード証券では27日午前10時45分ごろから株価情報などの更新が停止。松井証券は、中国株の取引画面が表示されなかったり、表示に時間が掛かるなどの障害が発生した。
 英銀最大手HSBCグループの香港上海銀行東京支店は同日、香港・日本間の送出金や、ネットバンキングサービスなどができなくなっていると発表した。  フィリピンの地元メディアによると、同国大手通信会社4社の国際通話は同日、ほとんどつながらない状態が続き、ネットの通信速度も極端に低下した。インドネシアでも同様の影響が出た。【鈴木玲子、工藤昭久】

 今回の地震で海底ケーブルが損傷し、国際電話やインターネットに大規模な支障が生じている、という記事である。文中に出てくる「中華電信」は台湾の通信会社。大陸のそれは「中国電信」である。
 その中でも、中国が今回の海底ケーブル損傷で大きな影響を受けており、大陸の通信インフラが台湾に依存していることが図らずも明るみに出たとする記事がある。やはり毎日インタラクティブによる記事

台湾地震:中国に「余震」 ケーブル損傷、海外通信に大被害  

【台北・庄司哲也】台湾で26日夜に発生した地震による海底ケーブルの損傷は、中国にも大きな影響を与え、一時は中国の97%のインターネットユーザーが海外サイトに接続できないなどの問題が発生した。地震は中国の国際通信網が、台湾南部を通る海底ケーブルに依存している状況を明らかにした。中国のユーザーからは「台湾人は、ついに中国に対処する最も良い方法を発見した」という皮肉交じりの声も上がっているという。
 台湾の大手通信会社「中華電信」によると、今回の地震で、台湾近海にある4本の海底ケーブルが損傷し、上海や中国南部に通じるケーブルも影響を受けた。この結果、中国では27日早朝から台湾、米国、欧州などへの通信回線が影響を受け、被害は北京、上海、重慶など広範囲に及んだ。今回の台湾の地震は、中国の思わぬ「弱点」を浮かび上がらせた格好となった。
 28日付の台湾紙「聯合報」は「中国のインターネットの安全は台湾が握っている」などと伝えた。

 上海での実感として、確かにここ数日自宅でのインターネット接続の調子が悪く、ページの途中までしかダウンロードできないかったり「接続がタイムアウトしました」と表示が出て全くページが表示されない、という状況が続いている。上海でインターネットへの接続状況が悪いのにも慣れっこなので「ずっと調子が悪いようだったら中国電信に電話してみよう」ぐらいの気持ちでいたのだが、今回の地震の影響とは・・・
 もともと接続環境がADSLとは名ばかりの遅さなので、ウェブサイト側に障害があるのか通信回線に問題があるのか「お上の手」なのかわからず、「あぁ、また遅くなったか」くらいにしか感じなくなってしまっている。こうして慣らされていくのは怖いことではある。
 
 ありきたりな表現だが、インターネットのおかげで世の中ずいぶん便利になった。とりわけ日本を離れて住む者にとっては日本との繋がりを保つ、ということが随分と簡単になった。メールを使うことで国際電話よりも安価に、手紙より早くメッセージをやり取りすることができるし、通販サイトで日本の本やCDを取り寄せることができるようになった。また、新聞社のウェブサイトで日本に関するニュースを日本にいるのと同様・同時に知ることができる。生活の中でインターネットに依存している部分、インターネットのおかげで便利になっている部分というのはかなり大きいと思う。
 以前であればこうした国際通信回線の遮断というのはビジネスの世界に与える影響がクローズアップされただろうし今回も1番目の記事ではその点を主に取り上げているが、今は我々の生活にも影響を及ぼすようになっている。

 勿論、地震そのもので被害を被った人たちのダメージが一番深刻であり、一日も早い回復が図られるべきである。

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台湾・屏東で地震

 26日夜に台湾南部の屏東で大地震があったのは、報じられている通りである。
 当地で読んだ台湾の新聞には、倒壊した家具店の様子が大きく報じられていた。家具店が倒壊し、そこを営んでいた一家が生き埋めになり何人かは助け出されたが2人が死亡。そのうち1人はこの家の双子の子どもの母親で、子どもの1人をかばうような格好で見つかり、子どもは助かったが母親は病院で死亡が確認されたのだと書かれている。日本で2年前にあった出来事を思い出させる話である。
 被災された方々に謹んでお見舞いの意を表したい。

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2006年12月24日星期日

2006年クリスマスinその他もろもろ

Img_3153 虹橋賓館にて。ロータリーに飾られているサンタの家の前で子どもがポーズをとり、母親と思しき女性が携帯電話のカメラで子どもの写真を撮っている。
 今の中国の子どもは、サンタクロースの話を聞きながら育つのだろうか。上海の子どもにも、内陸の子どもにも夢のある話ができる社会になるといいのだが。

Img_3113  私が住んでいるマンションにも、例年通りクリスマスツリーが飾られている。





Img_3116  ツリーの足元にある植木、赤いのは花ではなく葉っぱである。



Img_3118  ツリーに飾りつけられているサンタの顔。ここに限らず、「中国化」されたサンタの顔を拝することが多い気がするのは、気のせいだろうか。

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2006年クリスマスin南京路

淮海路に続き、南京西路のクリスマス装飾の様子もアップ。

Img_3121  南京西路x陝西路にある5つ星ホテル、JCマンダリンにて。ちなみにJCとは、中国語名の「锦沧文华大酒店(錦滄文華大酒店)」のピンインあるJinCangwenhuaの頭文字から。


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 やはり南京西路x陝西路に面した、中信泰富広場にて。

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 地下のイベント会場では、お絵かき大会らしきことをやっていた。



Img_3134  小さな店では大規模な飾り付けはできないが、こうしてサンタの絵をガラス扉に貼っているところはとても多い。


Img_3135  冬の様子をかわいらしく描いた絵を壁にあしらっている店もあった。



Img_3142Img_3143 南京西路を東へ向かい、来福士広場に。2年前の2004~2005シーズンはこんな感じだったりこんな感じだったりしたのだが、今回はショッピングモール全体で大規模にイベントを展開するようだ。



Img_3145  で、そのタイトルが「来福士 玩偶の圣诞」。なぜに「の」を使う?台湾では「の」を使うのが結構多かったが、大陸の有名どころでは「鮮の毎日」くらいかと思ったが・・・


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 来福士広場の中の本屋にて。



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 日が暮れたので南京西路を地下鉄で西に戻り、久光百貨にて。日付では昨日の話なので「距圣诞节还有2天」(クリスマスまであと2日)の表示が見える。

 上海の街中にはこのように至るところにクリスマスの装飾があふれているが、その大多数はクリスマスが終わった後も新暦の元旦前後まで飾られ、余韻を楽しませることだろう。

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2006年12月23日星期六

2006年クリスマスin淮海路

 日付変わってクリスマスイブ。12月になると上海のあちこちにクリスマスの装飾が出現する。
 淮海路付近で見つけた、クリスマスの装飾をぼちぼちと公開。

Img_3105  淮海路x陝西路のデパート、巴黎春天の入り口にて。



Img_3106  その並びにある、ソニーギャラリーの入り口にて。写真には写ってはいないが、トナカイと思しき着ぐるみを着た人が店の前で踊っていた。


Img_3107 Img_3108  店舗のみならず、オフィスビルの入り口もこの時期はクリスマス仕様になる。淮海路のとあるオフィスビルにて。わかる人にはわかる、か。


Img_3111  以前紹介した()()、桂林米粉の店にて。
 この店はそうではなかったが、この時期になるとローカルの餃子屋や食堂でも店員がサンタ帽をかぶっている店があり、ちょっと場違いな感じがすることもある。

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和諧社会

Img_2762 上海の街を歩いていると、至るところで「和谐社会」だとか「构建和谐社会」という文言が入ったスローガンを目にする。
 この「和谐社会」(和諧社会) という言葉、「調和の取れた社会」と訳されることが多い。NHK-BSで中国のテレビニュースの同時通訳でよくこの言葉が出てくるが、そのほかの日本のテレビニュースでは触れられているのだろうか。
 現代の中国はトウ小平の「先に豊かになれるものから豊かになれ」とする先富論を体現した状況になっている。文化大革命期までの平均主義から離れ、豊かになれるものは先に豊かになり、その後中国全体が豊かになれば良い、という考え方である。この結果、上海や長江デルタ地帯・広東省など沿海部は急速な経済発展を遂げ、市民の生活も豊かになっているのはご存知の通りであるし、他方、西部や内陸部、とりわけ主要都市から離れた農村部にはいまだに立ち遅れている地域が多く、「先に豊かになったもの」からの恩恵が行き渡っていない状況にあるといえる。上海市内を取ってみても、経済発展を象徴する高層ビル群の建築は内陸部からの出稼ぎが多数を占める「民工」が支えているわけだし、ある意味で上海は「社会格差」の上に現在の地位を築いたといえる。
 こうした状況が社会不安、ひいては共産党への不信に繋がりかねないとして胡錦濤政権は社会の格差是正、内陸部の水準の引き上げに取り組み、以て社会不安や共産党不信を押さえないといけない。また、急速に発展を遂げた地域の経済が余計な歪みを生むようなことがないようにもしないといけないし、バブルが弾けるようなことも避けて経済過熱の状況を軟着陸させる必要もある。
 これら諸々への取り組み、とりわけ社会の格差是正を目指すスローガンとしてこの「和諧社会」という言葉が使われている。「构建和谐社会」は「調和の取れた社会を作ろう」ということである。

 少し前の話だが、今年10月に開かれた中国共産党第16期中央委員会第6回全体会議(6中全会)でも「和諧社会の建設」を前面に出されている。NIKKEI NET記事より。

(10/12)中国共産党、格差の是正全面に――6中全会閉幕  

【北京=桃井裕理】中国共産党の第16期中央委員会第6回全体会議(6中全会)は11日、胡錦濤国家主席が提唱する「和諧社会(調和のとれた社会)の建設」に関する文書を採択して閉幕した。格差拡大の傾向を2020年までに是正する目標を掲げ、バランスを重視する「胡錦濤色」を前面に打ち出した。
 採択した文書の全文は発表されていないが、基本的な内容は新華社を通じて発表した6中全会に関するコミュニケに盛り込んだ。コミュニケは和諧社会建設に向けた2020年までの目標と任務として第一に「民主と法制の改善」を掲げた。
 社会の調和の「基本条件」として「公正と正義」を強調。当面の対策の一つとしても「法律、司法メカニズムの改善」を打ち出した。違法な土地収用や環境アセスメントを無視した工場建設、幹部の腐敗まん延などに対する国民の反発が高まっているのを踏まえ、法治の確立を重視する姿勢を示した。
 経済政策の面では、地域間の格差の是正や合理的な所得配分制度づくりを目指すとした。雇用の確保や社会保障システムの整備にも力を入れる。胡主席はチベット自治区や貴州省など発展の遅れた地方で長らく勤務した指導者で、社会的な弱者への配慮を鮮明にして独自色をアピールした。

 この「和諧社会」という言葉、本当に頻繁に街の中で目に入ってくるし、テレビのニュースでも毎日のように耳にする。何でもかんでも「和諧社会」で通ってしまい、最近の決まり文句のようである。

Img_3093  写真は地下鉄の駅にて。「参与禁毒斗争, 构建和谐社会」(麻薬禁止運動〔麻薬禁止闘争?〕に参加し、調和の取れた社会を築こう)というスローガン。いや、格差があっても麻薬はイカンと思うのだが・・・「格差のある社会が麻薬取引の温床になっている」ということを言いたいのだろうが、何でもかんでも「和諧社会」をつけ過ぎではないのか?

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2006年12月20日星期三

またか!突然の正月休み変更

 今回の年末年始は12月30日が土曜、31日が日曜、そして1月1日が祝日と、別に休日をいじらなくてもこれで3連休になるので、この通り休みになるのが自然なはずである。しかし、前回の正月休みも12月になってから突然正月休みの日程が変わると政府から発表されたので今回もあるかもと思っていたら、やはり今回も直前になって正月休みのスケジュールをいじる旨政府から発表があった。Yahoo!newsに配信されたNNAの記事はこちら

【中国】正月休暇は1~3日に、07年の連休期間決定
12月18日18時23分配信 NNA

国務院(中央政府)弁公庁は18日、2007年の大型連休のスケジュールを正式に発表した。元日から始まる正月休暇は、今月30(土)、31(日)の両日を平日扱いとし、1月2(火)、3(水)の両日を振替休日とすることが確定。来年の正月休暇は1~3日となる。中国の大型連休は前後する土、日の公休日を平日扱いにして、祝日に付け加えている。中国に進出している日系企業にとっては生産現場の稼働予定や事務職員の労務管理にも影響するため、十分な注意が必要だ。
発表された連休スケジュールの詳細は次の通り。

【正月休暇】1月1~3日を連休とする(3日間)。1日を法定休暇(祝日)扱いとし、12月30、31日の土、日曜(公休)を出勤日とし、2~3日を振替休日とする。
【春節(旧正月)休暇】2月18~24日を連休とする(7日間)。18~20日を法定休暇扱いとし、17、18、25日の土、日曜を出勤日とし、21~23日を振替休日とする。
【労働節(メーデー)休暇】5月1~7日を連休とする(7日間)。1~3日を法定休暇扱いとし、4月28、29日の土、日曜を出勤日とし、4、7日を振替休日とする。
【国慶節休暇】10月1~7日を連休とする(7日間)。1~3日を法定休暇扱いとし、9月29、30日の土、日曜を出勤日とし、4~5日を振替休日とする。

 以前も書いたが、中国の連休というのは純粋に土日を含めた7連休が与えられるのではなく、前後の土日を1回平日扱いにしてその分をくっつけて連休にする、というものである。春節休暇の記述がおかしい(2月18日は出勤日ではないはず。「17、25日の土、日曜を出勤日とし」だと辻褄が合う)が、2007年の連休スケジュールが決まった、という記事である。
 (新暦の)正月休みまで2週間を切ったところで突然「12月30日と31日は平日扱いです」「1月1日~3日が連休です」といわれても遅すぎる。これでは毎年新暦正月前後に予定が入れられない。エキストラで1日休みになるだけとはいえ、折角の休みだから出かけたり楽しみたいと思う人は多いだろう。前回も1月1日~3日を休みにするために直前の土曜日(31日)を平日扱いにしたのだが、毎年1月1日~3日を休みにするつもりならそうすればいいだけの話しだし、都度変えるにしてももっと早く発表するべきだと思う。 
 春節は旧暦のカレンダーから予想できるし、メーデー・国慶節はそれぞれ5月1日・10月1日と決まっているからここから休みだろうと予測がつくが、日本だと年の初めで何かと区切りのはずの年末年始の休みがぎりぎりまで決まらない、というのも日本人的にはなじまないものである。あと、同じ3連休ならわざわざその前を7連投にしなくても、とも思う。

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2006年12月19日星期二

「欧洲」

Img_3104 写真は、とあるビルに入っている航空会社の航空券売場にて。ヨーロッパ向けの航空運賃の宣伝(安い!まさか片道ではあるまい)であるが、ヨーロッパを「欧洲」と表記している。日本語だと「欧州」なのだが。
 『中日大辞典』(大修館書店)や『中日辞典』(小学館)には間違いなく「欧洲」と記されている。日本語と中国語で微妙に表記が違う例である。似たような例としては、日本語だと「珈琲」、中国語だと偏がくちへんに変わり「咖啡」になる、というのが挙げられる。
 最近ブルガリア生まれの大関が「琴欧州」から「琴欧洲」に改名したが、中国語由来ではあるまい。日本語の「おうしゅう」を「欧洲」と書き間違えて「だって『琴欧洲』じゃない?」という人が出てくるかもしれない。かつて「蔵玉錦」と書いて「ざおうにしき」と読ませる力士がいて、「違和感を受けた人達からの問い合わせが殺到したと伝わる」らしいが(リンク先は『大相撲 記録の玉手箱』より)。

(追記)「州」も「洲」も中国語の発音は「zhouの1声」なのだが、『中日大辞典』には
「州」-「①古代の行政区画名。(略)②現代自治行政区画の名。(略)③都市名に用いられる。(略)」
「洲」-「①大陸の区画の名称。(略)②江河の中洲。(略)」
とある。「大陸の区画の名称」が日本語だと「州」、中国語だと「洲」になる、ということか。

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2006年12月16日星期六

ある日、硬座車に乗って

 ご存知の方も多いと思うが、中国の鉄道の座席・寝台の等級分けは軟臥(1等寝台)・硬臥(2等寝台)・軟座(1等座席)・硬座(2等座席)となっている。10年以上前は列車や飛行機の運賃には外国人料金の設定があり、飛行機の運賃は非常に高かったので、多くのバックパッカーたちが国内旅行をするときは列車を使うのが主流であったと思う。
 私も学生時代に中国旅行をしたことがあるのだが、移動は殆ど列車だった。当時は切符を買うのも一苦労で、数日先まで切符は売り切れと言われつつ外国人窓口に行ったらあったりという状況であった。夜行列車の旅ならば硬臥の切符を手に入れたいところなのだがこれはなかなか手に入らず、移動できれば等級は問わず何でもいい、という場面に出くわすこともあった。
 今だと外国人料金もなく、また飛行機の国内線にも割引航空券が出回るようになり飛行機も利用しやすくなり、軟臥と大差なかったり軟臥より安かったりすることも多い。日本同様に寝台列車に乗って時間をかけて旅行するのは「贅沢」になっていくのだろうか。もっとも、まだ中国の列車旅行には「贅沢」の雰囲気は感じられないが・・・
 列車の切符にしても、上海から江蘇省・浙江省であれば、窓口で「次の南京行き」といった感じで切符を買うことができる。また、かつては始発駅以外で座席指定を確保するのは困難と言われていたが、今ではオンラインが発達しており途中からの切符も容易に入手でき、上海から江蘇省・浙江省であれば往復の切符も入手することができる。もっとも、座席がなかったら立席を覚悟しなければならず、ある程度の距離ならやはり予め切符を買ったほうがよいだろう。以前も書いたと思うが、上海では電話で列車の切符が購入できるし、デリバリーもしてくれるのでそれを使うのが良いだろう。

 少し前のことであるが急遽蘇州・無錫に行く機会があり、往復とも硬座に座った。その時の写真をぼちぼちと公開。
Img_2936  今回乗ったのは「上海発長春行き」という長距離列車。しかも「特快」=特急ではなく「普快」=急行列車くらいのものなので、上海を出てあちこち停まりながら中国東北部・長春を目指す。もっとも、私は所要約1時間、2駅目の蘇州で降りるのだが。

Img_2938  客車の番号の表記であるが、硬座車は「YZ」から始まる番号である。この「YZ」、硬座Ying zuoの各文字の拼音の最初の1文字に由来している、中国語の資格試験である「HSK」が「汉语水平考试=
Hanyu Shuiping Kaoshi」の各文字の頭文字の略であるのと一緒で、こういう略記の仕方は多い。ちなみに軟座車(软座=Ruanzuo)はRZ、軟臥車(软卧=Ruanwo)はRW、硬臥車(硬卧=Yingwo)はYWで始まる番号がつけられている。2階建だと双層(双层=Shuangceng)の頭文字Sがそれぞれの冒頭につけられる。
 しかし、「硬座車」のアルファベット表記は拼音そのままで「Yingzuoche」。折角アルファベット表記するのなら「2nd class sheet」くらいにして外国人にもわかるようにしたら良いと思うのだが。
Img_2937  食堂車の窓をのぞくとコックの人形があった。ちなみに食堂車の客車番号は餐車(餐车=Canche)の頭文字CAから始まる。


Img_2940  車内の様子。立っている人もおり結構混んでいるし、相変わらず麻袋に入った大きい荷物を持って乗り込んでくる人も多い。
 車内は禁煙なのだが、入り口近くで煙草が吸えるようになっておりその煙が車内にも流れこんできた。昔は車内でも喫煙OKだったような気がするのだが、時代の流れだろうか。車内の空気が汚れないのは良いことではある。

Img_2967  帰りは無錫から、2階建て特快列車に乗った。写真は待合室の様子。軟座・軟臥専用待合室と違い、鉄製の椅子が並んでいる待合室に溢れんばかりの人が列車を待っている。


Img_2968 弁当も売っている。昔は発泡スチロールの容器の中にぶっ掛けご飯のようなものが入っていた。容器からすると、ご飯の上におかずがのっているというスタイルは変わらないのだろう。今の売り値は5元。

Img_2969  上海付近の鉄道駅売店は「新上铁」というブランドに統一され、ロゴや店のカラーも統一されたようだ。もっとも、売っているものは以前と同じだが。


Img_2970  無錫駅のホームで、降りる人と乗る人が交錯する。



Img_2975 帰りの車内の様子。意外にも空席が目立ち、隣にも人が来なかったので座席を広々と使うことができた。
 無錫からノンストップで上海へ。江蘇省・上海のみを走る短距離列車だったということもあり車内は清潔。昔の硬座車に比べると随分違う。もっとも、遠くから来る列車の硬座車に乗ると今でもかなり厳しいものがあるのだが。1時間半ほどで上海に帰着。

 学生時代には硬座に揺られて北京から桂林まで2泊3日過ごしたことがあり、勤め始めてからもフフホトから北京まで1泊を硬座で(私は座席を確保したが結構混んでいた)旅したこともある。当時に比べると硬座も幾分良くなったかとも思うが、それでも今となってはやはり短距離利用がせいぜいであり、これで夜行をこなせといわれると結構きついものがある。が、大上海圏を移動する分には(好みもあるだろうが)、硬座でも充分いけると思う。

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2006年12月10日星期日

続・銀聯カード

 以前中国のキャッシュカード『銀聯カード』について記事を書いたところ、「銀聯カードのマークは『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字のクレジットカード会社』のマークに似ている」とご指摘をいただいた

Img_3098  そのときコメントした通り、「『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字の会社』と提携した銀聯カード」がある(写真にしてしまったら伏せ字の必要はないか)。使っている色も並びの違いこそあれ一緒だし、いいのだろうか。もっとも、見たらすぐ「どちらが銀聯カードでどちらが『某大手旅行会社と勘違いされることもあるアルファベット3文字の会社』(くどい?)を表しているか」はすぐわかるが。

 中国銀聯のウェブサイトには銀聯カードのマークの由来は紹介されていないようだが、由来を聞いてみたいものである。

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2006年12月5日星期二

哈根達斯

Img_3092  世界的なアイスクリームブランドである哈根達斯=ハーゲンダッツの宣伝。上海・中山公園駅近くのショッピングモールにて。
 アイスクリームで日本料理を模しているのだが、宣伝には「哈根達斯秋の賞冰淇淋鉄板焼」という記載がある。日本語?あるいは「の」だけ使ってみた?キャッチフレーズも気になるが、写真の中でアイスクリームで模している日本料理は鉄板焼ではなく、懐石料理の雰囲気であるが。

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2006年12月2日星期六

武夷路のレリーフ

 2週間ぶりくらいに満天の青空を見ることができた、今日の上海市内。
 以前新華路の壁面にレリーフがたくさんあることを紹介したが、延安西路と中山公園を結ぶ武夷路でも、壁面にレリーフを見ることができる。

Img_3054 延安西路との交差点付近にて。この辺りでは以前工事中に文革期のスローガンが壁の下から見えていたのだが、またレリーフで覆われてしまったようだ。


Img_3041 Img_3044

 手前の歩道が工事中なので些か殺風景ではあるが、西欧の街並みを表現したレリーフが並ぶ。


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 傘をさした男性の足元にいる犬まで細かく表現しているし、手前の電灯までもがわざわざ作られている。





Img_3079

 左側の女性が、本当に扉の中に入っていきそうである。



Img_3081

 レリーフと建物の組み合わせは、例えばこのような感じである。



Img_3068

 少し歩いて、比利時=ベルギー領事館付近の壁面。



Img_3058Img_3059

 こちらは定西路との交差点付近にて。



Img_3060  その拡大写真。上の写真で全体を見るとやはり西欧の街並みを模したもののようであるが、壁の一部分が高くなっているのがまた違う雰囲気を醸し出しており、中東のモスクのようにも見える。

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