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二月 2007

2007年2月25日星期日

上海の旧正月-2007-

 オフィシャルには2月18日(土)からの1週間が春節休みであり、今日は日曜日であるが平日扱いになっており今日から日常が戻ってくることになっている。もっとも、やはり日曜日ということなのか、あるいは春節休みは故郷に帰っていてまだ戻らない人が多いからか、静かな幕開けである。
 今回の春節休みは西班牙に行っていたので上海の様子はあまり見ていないのだが、春節前後に感じた上海の春節をわずかではあるがアップ。
Img_0028  今年は「いのしし年」であるが、中国的には「猪」=「ぶた」であり、「ぶた年」になる。今年の干支を飾るキャラクターは豚である。


20070224101  西班牙旅行から帰ってきた時に、浦東空港のリニアモーターカー乗り場にて。


20070224105  普段は車のクラクションでやかましく自転車で溢れかえっている上海の道も、春節中は車も自転車も人も少なく静かである。普段は人通りの多い繁華街も、人が少なかった。それだけ普段は上海人以外の人が上海にはいるのか、上海人もどこかへ行っているのか。郊外になると少し事情は違うのかもしれない。故郷なりゆかりの地に帰っている人たちの中には、1週間以上休みを取ってゆっくりしている人も少なくない。
 今日で休みは終わりのはずなのだが、まだ上海の街は本調子というわけではないようで、静かな休み明けである。このあたりが他の連休、労働節や国慶節との違いか。

20070224096 (追記)浦東空港にて、台湾の中華航空の機体。台湾への里帰り客を当て込んで、ここ3年間中台直航のフライトが春節期間限定で飛んでいる。これも「春節のひとコマ」ではある。

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2007年2月16日星期五

西班牙へ

 今年の春節休みは、西班牙へ行くことにした。
 一昨年は上海付近をぶらぶら、昨年は麗江・大理だったのだが、これから今日の深夜便で西班牙へ向けて旅立つ。従って、今回は除夕(旧暦大晦日)・初五(旧暦1月5日)のけたたましい爆竹の音を聞くこともない。
 今回はエールフランスのチケットを予約した。昔の『アタック25』ではないが「エールフランスで素晴らしい空の旅を」…のはずが、往路はコードシェア便で中国東方航空のフライト。まぁ夜行便目当てだったので予めわかってはいたのだが。
 それでは、行ってきます。新年快楽!!

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2007年2月14日星期三

情人節2007

 今日は2月14日、情人節=バレンタインデーである。
 私のレンタル元(出向元とも言う)では虚礼廃止とかで義理チョコは配るなとのお達しが出ているが、ここ上海では情人節の花束贈呈が健在である。
 日本のバレンタインデーは女性が男性にチョコを贈る習慣があるが、ここ上海では男性が女性に花束なり何なりのプレゼントをするのが習慣のようである。白情人節=ホワイトデーも日本とは逆で女性が男性にお返しをするらしいが、どちらも最近のしきたりであろう。
 で、地下鉄の駅で花を配っている人がいたりするのだが(おそらく新聞社か雑誌社のサービス)、今日驚いたのは同僚の女性が花束ならぬ「くまのプーさん束」、つまり花ではなく「くまのプーさん」のような人形がたくさん顔をのぞかせているブーケ(になるのだろうか)を持ってニコニコしながら家路についていたことである。おそらく彼氏から「くまのプーさん束」を贈られたのだろうが、さすがに咄嗟のことだっので写真には撮れず残念。
 今日は平日なのだがどうやって男性が女性に花束を贈るかというと、日本のパチンコ屋の開店記念よろしく花をオーダーして勤め先に届けさせるということのようである。確かに「くまのプーさん束」、なかなかお茶目でかわいらしくはあったが…

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2007年2月10日星期六

北京・東莞からはアクセス可能?

 先程台湾の企業名改名の話題を書いたのだが、その際最後に台湾の新聞『中国時報』のウェブサイト『中時電子報』にアクセスできなかった、と書いた。
 ところが、北京と広東省東莞からは限定ではあるがこれら台湾の新聞のウェブサイトにアクセス可能だと報じられている。毎日インタラクティブより、記事はこちら

中国:台湾紙が読める 「天安門事件」も検索可能--一部地域ウェブで

 【台北・庄司哲也】台湾行政院(内閣)の対中政策を担当する大陸委員会は、中国の一部地域で台湾大手紙「聯合報」と「中国時報」のウェブサイトの閲覧が可能となったことを明らかにした。中国では「台湾独立」「天安門事件」などの言葉はインターネットで検索できないキーワードになっており、これらの言葉も含む台湾紙サイトの閲覧ができるようになったことは、大きな変化といえそうだ。
 大陸委員会によると、閲覧が可能になったのは北京や台湾ビジネスマンが多い広東省東莞(とうがん)市など限られた地域。上海市は対象地域となっておらず、閲覧できる新聞社サイトも2社だけ。台湾の大陸委員会は中国の今回の措置について「歓迎する。中国のネットユーザーのために早く全面開放し、真実の台湾を認識するようにすべきだ」と呼びかけている。
 中国では検索にも規制が掛かり、インターネット検索最大手の米グーグルの中国進出に際し、中国政府が都合の悪いサイトを表示しないことを受け入れさせていたことも明らかとなっている。

毎日新聞 2007年1月27日 東京朝刊

 北京と広東省東莞からは台湾の新聞『聯合報』と『中国時報』(=中時電子報)のウェブサイトにアクセスできると書かれている。そして、アクセスできる新聞サイトはこの2つに限られているとも報じられている。上海でお目にかかる台湾の新聞はこの2紙だけであるので、中国への配送が許されていることからウェブサイトにもアクセス可能にしたのだと思われる。
 上海から再度試してみたところ、『中時電子報』はプロキシなしではダメ、プロキシありだとやはり「接続がリセットされました」とエラーメッセージが出てその後しばらくインターネットへのアクセスが出来なくなってしまう。が、『聯合報』にはプロキシありで接続が可能だった。
 以前、中国からはアクセス禁止になっているWikipediaに繋がったことがあったのだがその数日後にまた繋がらなくなりぬか喜びに終わったことがある。今回の北京・東莞のケースもそうでなければいいのだが。今回は台湾の大陸委員会=お役所が反応してしまっているので、これでぬか喜びだったら困るだろう。これで「大きな変化」とというのは、ちょっと大げさなような気がするし、一喜一憂しないようにしなければいけないのではないだろうか。

 中国のインターネットのファイアウォール、省・市ごとに細かく設定されているとは、やはり手の込んだ作りのようである。
 我々日本人は今のところ日本の新聞のウェブサイトにアクセス可能だし、アクセス禁止のウェブサイトはむしろ例外と言える。しかしながら大陸にいる台湾人にとっては、新聞のウェブサイトへのアクセスは制限され政府系のウェブサイトへも制限されなど、我々より不便を感じることが多かろう。本当にこのようなアクセス制限はやめてもらいたいものである。いつも言うことだが、情報を得ている人はあの手この手で何とかしており、隠し通せるものでもないのだから。

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2007年2月9日星期五

「中国」改メ「台湾」

 喫茶店で今日(9日)付けの台湾の新聞『中国時報』を読んでいたら、台湾の有名企業で「中国」や「中華」が付いた名前の企業3社が相次いで董事会(取締役会)を開き、社名から「中国」や「中華」を外して「台湾」の文字が入った企業名に変えるとの記事が載っていた。
 記事の中で紹介されていたのは中国石油中国造船中華郵政。いずれも名前だけ見ると大陸の会社かと思ってしまうし、「中国造船」と聞くと日本の瀬戸内にありそうな名前でもある。それぞれ以下の通り改名するらしい。

中国石油→台湾中油
中国造船→台湾造船(と書いてあったと思う。Radio Taiwan Internationalのウェブサイト上の記事では「台湾国際造船」らしい)
中華郵政→台湾郵政

 中国石油の改名は既に同社のウェブサイトで発表されている。「台湾石油」ではなく「台湾中油」として従来の「中国石油」の略称を残したのは何かの意図か。英語名は「CPC Corporation,Taiwan」で、China Petroleum Corp.の略称を残している。ちなみに大陸にある企業で「ペトロチャイナ」と呼ばれている企業は「中国石油天然気股份有限公司」であり、こちらも「中国石油」でありややこしい。
 中国造船改メ台湾造船については、『中国時報』の記事にはこちらも英文名に「CSBC」=China Shipbuilding Corpの略を残すようなことが書いてあった。
 中華郵政は日本の郵便局のようなもので郵便事業も貯金事業もやっている。紙面では「台湾郵政」への改名を「1888年に清朝の台湾巡撫・劉銘伝が設置した『台湾郵政』への回帰」として取り上げていた。

 このように企業の名前から「中国」「中華」を外し「台湾」の名を冠するのは、台湾における「正名運動」の一環とされている。陳水扁がかつて2004年の立法院選挙時にこの正名運動を前面に掲げるなど台湾アイデンティティを強調して選挙に臨んだが、これが急激な「台湾化」であるとして警戒されて結局民進党は少数与党になってしまったことがあった。その後このような形で「正名運動」は実を結びつつある(台北の国際空港の名前も、蒋介石の号を冠した「中正国際空港」から「台湾桃園国際空港」に変更されている)一方、陳水扁はこれを主張した選挙に勝てず少数与党で苦しい立場で任期を過ごさねばならないというのは何ともはや、という感じである。
 この記事を書くきっかけとなった台湾の新聞も『中国時報』。そのうち名前が変わる日は来るのだろうか。

 ところで、この記事を書くために『中国時報』のウェブサイト『中時電子報』を見ようとしたが案の定アクセスできず、プロキシありではその後他のウェブサイトにも飛べなくなってしまった。まったく・・・

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2007年2月8日星期四

「一生幸せに生きていける」

 突然サッカーの話、しかも愛媛の話である。
 『ズーパー―友近聡朗の百年構想』(愛媛新聞社)という本を読んだ。この本の主人公である友近聡朗氏はFC愛媛でプレーし、昨年現役を引退した元サッカー選手である。
 彼は大学サッカーでプレーした後Jリーグ入り直前までいくが叶わず、ドイツに渡る。そこで4部リーグや7部リーグでプレーし、こうした下部リーグにも芝生のグラウンドを始めとした立派な設備が整えられており、しかも芝刈りやシャワーの水道代などクラブの運営に自治体の手厚い援助があることに驚く。そして、チームが街の人たちから愛され、街と不可分になっていることに深い感銘を受ける。
 サッカーを愛する人にとって素晴らしい環境であり彼もそのままドイツにいれば幸せに暮らせると考えるのだが、彼は帰国の道を選ぶ。この環境が愛媛にあってもいいではないか、と思って。そして、地元愛媛が彼が暮らしたドイツと同じように「このチームを応援していれば、一生幸せに生きていける」「愛媛にJリーグができれば、そこがディズニーランドになる」ことを目標に、「百年構想」でこれらを実現させることを思いつつ愛媛FCでプレーし、チームはJリーグ昇格を果たしたのである。

 この街がいい、この街に住みたい、と思って外国に居を定めるというのはよくある話であるし、気に入った街に住めるのであればそれはいいことである。「この街が好きだ」と言える街に住んでいることはある意味うらやましいとも言えるし、ましてや彼のように「この経験を持って帰ってみんなに伝えたい」という街に出会えることは幸せであるというべきであろう。
 他方、転勤やもろもろの事情で自ら居を選択することができず、外部からの命に沿ってある街に住むことを選んだ人も多いだろう。私もその1人である。そうこうしているうちにその街に住み着き、あるいはまた何かの事情で他の街に移り住むこともある。どこに住むかというのはある意味「縁」のようなものであるし、その中で気にいった街に出会えるかどうかというのも「縁」であろう。
 上海にいると「好きで来ているわけではない」「仕方なく来ている」と愚痴をこぼしながら酒を飲んでいる人がたまにいるが、それでは「そこにいるあなたは何なんだい?」ということになってしまい、暮らしていてストレスのスパイラルでちっとも楽しくないのでは、と思う。
 上海の街が「一生幸せに生きていける」と思えるかどうかはわからないし彼のような思いが上海で味わえるかもわからないが、いつも思っていることだが「楽しみを見つける」ことは心掛けたいと考えている。

 ところで前述の友近氏、来る参議院選挙に民主党からの出馬要請を受けて出るようである。彼が議員に相応しいかを選ぶのは、他ならぬ愛媛県民。
 結果は当落の何れかだが、どちらにせよ彼がドイツで感じた思いが愛媛の人達、ひいては多くの人達に伝わりそれが具現化することを願いたい。

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2007年2月5日星期一

浦東空港は大阪風?-エスカレーターの話-

 エスカレーターに乗ったときに急ぐ人がどちら側を歩くか、急がない人はどちら側に立つか、その習慣が東京と大阪では違うというのはよく話題になる。東京では歩く人はエスカレーターの右側を歩き、立つ人は左側に立つと言われる。大阪ではその逆、左側が歩く人用で右側が立つ人用と言われている。
20070121015 写真は上海・浦東国際空港の入国審査場を抜けて手荷物ピックアップに向かうところにあるエスカレーター。左側に「行走路 Walk」と書かれており、右側に「站立路 Stand」と書かれている。つまり、浦東空港ではエスカレーターの歩き方は大阪風なのである。
 もっとも、日本では「立つ人はこちら、歩く人はこちら」と書かれている場所は少なく、だいたいが習慣的にそうしているものである。しかしながらこの浦東空港の場合は空港関係者?が「立つ人は右、歩く人は左」と決めているのである。

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