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七月 2007

2007年7月29日星期日

住民登録と期日前投票

 海外からの転居に限らず、引越しというのは何かと手間がかかるものである。家財道具を始め持ち物を動かすのもそうであるが、住民登録やそこに至るまでの、あるいはそれ以降の行政手続も面倒である。
 海外から日本に引っ越す場合、もといた市町村に戻るのでなければ住民登録に際して戸籍謄本・戸籍の附表の提出を求める自治体が殆どである。これに入国記録が確認できるパスポートを持参して、住民登録の申請を行うのである。だいたい役所というのは平日のオフィスアワーしか開いていないので時間を融通してこれらをこなす必要がある。自治体によっては休日開庁をしているところもあるようだが、休日に何ができるのか具体的に知ることができるのはそこに住み始めてからであろう。
 この住民登録、「住民基本台帳法」では転入後14日以内に届け出をしないといけないとされており、海外からの帰国の場合も特例はなく同様の手続きが求められている。しかしながら、現実的には出国前に持ち家がありかつそこにすぐ住めたり、勤務先に社宅があったりするのでなければ、帰国後14日以内に居住地を決めて住民登録をするのは難しいと思う。日本で住んでいたところを引き払って海外に住み、また日本に戻ってくるのであればなおさらである。私の場合、帰国->翌日に部屋探し->審査が通り次の週末に契約、ということで帰国後1週間で住む部屋を見つけることができたが、納得のいくまで部屋探しをしたいという向きには14日以内に居住地を決めることはできないだろう。その場合には仮住まいの場所で一旦住民登録をする必要があるが、正直平日にもう1回役所に行く必要があるというのはこれまた手間である。
 某参院選候補者のように3年間も登録せず放っておくのは問題だが(勤務先もどこに住民税を払ったらいいのか戸惑うだろう)、例えば1ヶ月以内なり90日以内なり、もう少し現実に即した余裕が欲しいものである。

 ということで必要に迫られて戸籍謄本と附表を取り寄せた。昔は手書きで書かれており、また亡くなった人のところにはバツがしてあったりと本当に「戸籍の 写し」という雰囲気の戸籍謄本だったのだが、私の本籍地ではある時に戸籍の改製をしたようで、ワープロ打ちの謄本なり附表の写しが送られてきた。
  この戸籍の附表には私が上海に住んでいたことも記されているが、それに加えて「在外選挙人名簿登録市町村名」として出国前に住んでいた場所が記されてい る。この場所も含めて改製以降に住んだ場所は全て「かつての住所」として横棒で消されつつ記されているのであるが、在外選挙人としてどこに登録している か、登録していたかも記されており、それが私の「記録」として残っているのは興味深い。

 さて今回の参議院選挙であるが、住民登録後数日しか経っていないため転居先での投票はできない。他方私は上記の通り在外選挙人登録をしていたのだが、この場合には出国直前に住んでいた自治体での選挙権がある。上海の領事館には転出届を出していたが転居先の選挙人名簿に登録されるまではそちらでの投票が可能なので、以前住んでいたところに期日前投票に行ってきた。電車に乗って投票に行くわけであり、何故か投票するにも「選挙には金がかかる」(といっても数百円のことであるが)状態である。期日前投票は在外選挙人登録をした人でもその自治体に住んでいる他の住民同様の場所でできるし、当日投票の場合にどこで投票できるかは選挙管理委員会に電話すれば教えてもらえる。
 投票も在外選挙人登録だから面倒だということはなく、宣誓書を書いている間に登録内容を確かめてもらい投票用紙を交付した旨を登録票の裏に記載してもらい、待たされることもなく投票することができた。以前の不在者投票と違いレジャーで不在の場合も期日前投票ができるということもあり、少なからぬ人が期日前投票をしていた。
 なお、今回の選挙から在外選挙でも日本同様に比例区・選挙区の両方に投票が可能になった。海外に住んでいると選挙区候補にはあまり関心が持てないかもしれないが、図らずも帰国後すぐのタイミングで選挙があったのでポスターが掲示板に貼られている、あるいは選挙公報に名前が載っている候補者の中から選挙区に投票できた。
 この在外選挙人登録証、国内の転居先の選挙人名簿に登録されたら返納しないといけない。いつ登録されるかは私には見えないのだが(予想はできる)、返送しておこう。
 ちなみに転居先では、最寄りの駅前に期日前投票の場所が設けられていた。選挙というのは自分の住んでいる国なり地域なりについて考える良い機会になるだろうから、こうした機会をより多く得るチャンスを自治体が提供しているのは良いことだと思う。

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2007年7月28日星期六

日本に戻って3週間

 日本へ向かうフライトで隣の席に同学が座っていたという偶然を経て成田に降り立ってから、3週間が経った。帰国の翌々日から日本での勤務が始まり、昔やったことを思い出しながら仕事をする毎日を過ごしている。職場では以前日本にいた頃からお世話になった人もいれば新しくお目にかかる人もおり、新しい環境を形成している。職場の外ではこれからぼちぼちと以前お世話になった人にまたお目にかかりたいものである。
 上海にいた頃に思いを馳せることがもっとあるかと思ったのだが、やはり仕事はどこにいてもやるものだということもあり、また日本に「戻ってきた」ということもあり、特にそうしたこともなくここまで過ごしている。ただ間違いなく上海での3年間は私にとって印象深いものであったし、今後の私にも気付かぬうちに影響をもたらすのだろう。今後しばらくは上海なり中国なりに無意識のうちに繋がりが持てるわけではないので、台湾も含めてこれらとどう付き合っていくか、考えないといけない。
 何となく流されるように日々を過ごすのではなく、自分がいかにあるべきか、どうありたいかを考えながら生きたいものである。

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2007年7月7日星期六

「上海からの雑文」

 何かと慌しく帰国前の日々を過ごし、また6月末で住んでいた部屋のADSL契約を打ち切ったこともあり、ブログを更新しないまま帰国日を迎えた。今日、2007年7月7日に上海を離れ、日本に帰国する。

 上海に来る前、日本でとある勉強会に参加させていただき、台湾事情について文章を書いていたことがあった。ある時その勉強会に遅れてこられた方が私のレジュメを貰おうとして「今月の雑文は?」と仰った。
 「雑文」、『中日辞典』で引くと「雑文.漫筆.エッセイ.」とある。意味はさておき、このブログはここまで中国なり上海なり台湾なりのことに特化して、見たこと聞いたこと考えたことをここまで書いてきた。
 他方この「雑文」、中国では「雑文」の名前で書かれた文章が反右派闘争期や文革期に批判の対象とされてきたことがあった。書いた本人はそのつもりはなくても、権力側が何かと因縁をつけてまたある時には過去の文章を掘り返してでも批判し、筆者を吊し上げる、という具合である。恥ずかしながらどんな「雑文」を学生時代に読んだのか覚えていないが、現代中国を学んでいるとこの「雑文」という言葉によく接する。
 上海でブログを書き始めるに際し、知識人のようには書けないがこの「雑文」という言葉をブログのタイトルの中に入れることにした。
 そして、実際にブログを書いていてよく接したのが中国当局によるウェブサイトへのアクセス禁止措置である。ブログでも特定のプロバイダーのブログがアクセス禁止になっていたりするし、ココログも一時アクセスできないことがあった。大袈裟に言うとこれこそが現代版「雑文に対する当局の批判」ということになるのだろうか。

 上海に住む前、上海には学生時代に1回旅行で来たことがあるだけだった。北京のほうがあちこち見どころがあるような気がしたし、その後も中国を旅行する際には常に北京経由にしていた。上海は今の中国の発展を象徴する都市でこそあるが、街自体にはあまり面白みがないのでは、と思っていた。
 しかし実際に住んでみると、ここまでブログが続いた通り心惹かれる場所や考えさせられる光景を街のあちこちに見ることができ、今回日本に帰国するに際しても「もう少しいたかった」と思わせるような街であった。もっともこれは街並みばかりではなく、出身や関係を問わず上海で出会った人たちのおかげ、ということも大きいのだと思う。
 「住めば都」ではないが、街の変化を目の当たりにしあるいは細い路地の奥まで目が行ったりというのは、やはりその街に腰を落ち着けて住んでこそできることなのでは、と思う。上海の全てを目にすることができたわけではないが、その中でも上海の街の気に入ったところを心に留めることができたと思う。いいことばかりではなく反日デモに出くわすなどということもあったが、それはそれで上海に身を置いてこそ現代中国の一大トピックの現場に遭遇したものだ、と思いたい。
 上海に来る前はどちらかというと台湾のほうに目が向いていたし台湾によく足を運んでいたのだが、折角上海に3年住んだのだからこれを縁に今後は中国・台湾の両方に注意を払って見ていくことにしたいし、機会があればまた上海にも来てみて、住んでいた頃のような感じ方は難しいだろうがまた歩き回って上海の空気に触れてみたいものである。

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