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八月 2007

2007年8月24日星期五

月光族

 昨日(23日)・今日(24日)と、『NHKおはよう日本』で中国の特集と称して中国事情を取り上げていた。今日は日本企業が中国人の幹部候補ナショナルスタッフを確保する難しさを取り上げていたが、昨日は「月光族」=給料をその月のうちに惜しまずに使い切ってしまう若者が増えていることを取り上げていた。「光」が中国語では「~し尽くす」という意味があるので「月光族」=その月のうちに(給料を使い)尽くしてしまう、ということなのだが、曰く毎月の給料をその月のうちに美容院なり高級レストランでの食事なりで使い果たしてしまう若者が中国の消費を牽引しているのだとか、一人っ子政策で親が一人の子どもに集中してお金を使えるのだとか。ニュースではマンションの頭金を親に出してもらった若者を取り上げていたが、その親もスーパーマーケット経営だか何だかで財をなし今は悠々自適なのだとかで、本人に使い道がなく子女のためにお金を使うのが有意義だと言っていた。
 もっとも、他の省から北京・上海に出てきて職についている人は別の意味で「月光族」になってしまうことが多い。他省から北京・上海に来て働いている人はこうした「月光族」と同じ仕事をしつつも、今すぐ住むべき住居として実家をあてにできないためルームシェアをしたり少しでも安い部屋を探して住居費を節約しているが、それでも賃貸マーケットもそれなりで出費がかさみ、これがもとで若いうちは日々の暮らしで精一杯で給料を使い果たし、別種の「月光族」になってしまうだろう。

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2007年8月20日星期一

『山の郵便配達』と『NNNドキュメント'07』

 先週末新宿で、『中国映画の全貌2007』で上映されていた『山の郵便配達』を見てきた。この『中国映画の全貌』、私が最初に学生だった1990年代前半からずっとやっており、ミニシアターで一度に中国映画を何十本も上映するのであり、今回は74本一挙上映とのことである。当時は千石の三百人劇場でやっており、何度か見に行ったものである。当時は(台湾映画もそうだったが)日本では中国映画の殆どが大規模な興行とは無縁であり、単館上映が殆どであった。
 『山の郵便配達』、1980年代はじめの湖南省の山村を舞台に、山道を2泊3日かけて歩く郵便配達の仕事を父から受け継ぎ、その日が初仕事の青年の目から語られている。引退する父が青年の初仕事に同行すると言い、断れずに一緒に初仕事、父にとっては最後の山道行をするその日が舞台である。父がこのような仕事でずっと不在がちだったため距離を縮められずにいた青年が、初めての2人での山行で父の半生を理解し父を二人称ではなく「お父さん」と呼ぶことができるようになる(そのシーンも、途中で休憩していた父を促し「お父さん、もう行こう」-確か「爸, 该走吧」だったと思うが-と言う淡々とした場面である)、父子の心の交流を描いている。

 この映画の中のエビソードに、山深くに住み学校に通えない少年に「函授大学」(大学通信教育のようなもの)の手紙を届けに行き、受け取った少年が、次の村に向かう二人に対して山の上から手紙の内容を嬉しそうに叫んで教えるシーンがある。学校に通えなくても「通信教育があるさ」と言って笑う前向きな、報道記者にあこがれる少年である。
 その夜テレビで、『NNNドキュメント'07 シン先生と瀋さん 人生を変えた教室』を見た。中国四川省西部の小さな町で日本語を学び、北京のJICA事務所にアルバイトとはいえ就職が決まった青年と、この街に青年海外協力隊として派遣されて彼らに日本語を教えてきた日本語教師の話である。
 青年の故郷はこの街から歩いて4時間かかる、電気も通っていない山村である。『山の郵便配達』の舞台と重なる、「中国の発展とは無縁」という言葉が似合う場所である。青年の母は借金をして彼を街の学校に送り出し、彼は期待に応えて勉強をして北京行きを掴み取ったのである。
 彼は1年後に契約延長を獲得し、1年ぶりに故郷に帰る。彼の収入は農村生活の数十倍、北京で働く彼は村の希望の星である。借金は全て返済し、村に着いたときの宴席は全て彼持ちである。
 他方、彼には弟がいるが、1人分の学費しか工面できなかったとかで弟は農村での生活を続けている、というか続けざるを得ない。兄は「もう農村での生活には戻れない」と言う。ここでは、北京で働く青年とその故郷・家族を通して中国における地域格差を描く一方で、農村に残らざるを得なかった弟をその象徴としている。前述の『山の郵便配達』で函授大学で学ぶ少年に描かれていたポジティブさは、ここにはない。

 話はこうした地域格差と落伍していく中国内陸の農村というステレオタイプで終わるのかと思いきや、かつては往復4時間かけて隣村の学校まで行かないといけなかったこの村には彼の働きかけで学校ができ、その屋根瓦は青年が寄付したものなのだとか。
 教育が必ずしも人生を変えるとは思わないしそれがいい方向に向かうとも限らない。教育を得て視野が開けた少年少女が村の外の世界に憧れることもあろうが、それが本人にとって幸せな結果に結びつくとは限らない。彼のようなケースは稀で、内陸の農村部から収入を得ようとして北京や上海に流れてきた少なからぬ人達がそこで低賃金・低条件の労働に従事している。それも幸せな結果に結びつくとは限らない。
 しかしながら、「教育が人生を変える可能性がある」のは確かであるし、また「教育が社会を変える可能性がある」のも確かである。この青年もそのことをわかっているようで、自らの収入を仕送りなり村の学校への寄付という形で故郷に還元している。自分が住む街なり村なりをより良くしたい、自分の後に続く人達にいい教育なりいい生活を営んでもらいたい、という心意気は見習いたいものである。そして、自分がどうあるべきか常に考えている、ということも。

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2007年8月18日星期六

日本で台湾の運転免許証が使用可能に

 台湾の運転免許を持っていれば日本で自動車の運転が可能になり、逆に日本の運転免許を持っていれば台湾で自動車の運転が可能になるようだ。Yomiuri On Line記事

台湾と日本の運転免許証を相互承認、9月19日施行へ

 政府は15日、台湾の運転免許証を日本でも使えるようにする改正道路交通法などを9月19日に施行することを決めた。

 日本の免許証も、指定機関が発行する翻訳文を付ければ、同日から台湾で使える。レンタカーが利用しやすくなり、相互の観光交流の追い風になりそうだ。

 台湾は「国際運転免許証」を取得できる国際協定に加盟しておらず、日本で運転するには日本で技能検定を受ける必要があった。今後は、免許証の記載内容を 日本語にした翻訳文を所持すれば、台湾の免許証で日本国内を運転できる。同様の取り決めは、日本とフランスやドイツとの間でも結ばれている。

 2006年の台湾からの訪日者数は前年比2・7%増の130万9121人で、韓国の211万7325人に次いで多い。台湾では、特に北海道旅行の人気が高いといい、広い地域をレンタカーで周遊しやすくして欲しいと、北海道の観光団体などが制度の緩和を求めていた。

 ちょっと古いが、Sankei Webにも同様の記事がある。記事はこちら

台湾免許証でも車の運転OK 日台交流加速

 改正道路交通法により、台湾の運転免許証を持っていれば日本国内での自動車運転が可能になる。これに伴い、国際慣行上の相互主義から、日本の運転免許証も、近く台湾で使用できるようになる見通しだという。一昨年、台湾観光客に対してとった査証不要の措置に続くものであり、日台交流を加速しそうだ。

 これまで、観光などで短期滞在中の外国人が日本で車を運転するためには、(1)道路交通に関する条約(ジュネーブ条約)に基づく国際運転免許証(2)日本と同レベルの運転免許制度がある外国の運転免許証-のいずれかが必要だった。台湾は同条約に未加盟で、日本は台湾を国家と認めていないため、台湾側が法改正を要請していた。

 一方、改正法は外国運転免許証の規定を「外国の行政庁の免許」から「域外にある国もしくは地域の行政庁もしくは権限のある機関の免許」と変更し、台湾の運転免許証が国内で適用できるようにした。

 今回の法改正について、台湾側は「台湾と日本の関係緊密化の表れで、歓迎したい」(関係筋)としている。施行は9月以降の予定。

 中国もそうであるが、台湾でも国際運転免許証は使えないし、二国間協定でお互いの運転免許を認めるということはしていなかった。そのため日本人が中国や台湾で自動車を運転しようとする場合には新たに免許を取らなければならず、また逆に台湾や中国の人が日本で運転しようとするときも同様である。
 今回の法改正で日本側は台湾の運転免許証を認め、使ってもよいとすることにした。もっとも、例によって改正には「外国(=「国」に限る)の行政庁」を「域外にある国もしくは地域」に書き換えるといったロジックの駆使が伴っている。
 この法改正、長期滞在者よりはむしろ旅行者をターゲットにしているのだろうか。台湾人に人気の北海道旅行がこの改正によりレンタカーで楽しめると伝えられている。
 以前中国の運転免許を日本の運転免許を使って取得したことがあったが、こちらは短期滞在者が取得することはできず、取得には在留許可を持っていることが必要だった。台湾で日本人が運転免許を取得する場合も今までは長期滞在が前提となっていたが、今後はどうなるのであろうか。今回のケースで長期に渡り相手国で運転免許が使えるのかあるいは運転免許の取得が求められるのか、気になるところである。
 報道では台湾の運転免許が日本でも通用するようになることを伝える一方、日本の運転免許が台湾で通用するかどうかは「法の互恵精神」で可能になるとされており具体的なことは書かれていない。こちらも今後なにがしかの発表があるのだろう。

 日本は右側通行、台湾は左側通行であるし、いろいろと違うところもあろう。くれぐれも安全運転でいきたいし、お願いしたいものである。

(追記:9月15日)9月15日付日本経済新聞夕刊によると、日本の運転免許証が21日から台湾でも通用する旨が報じられている。台湾入境後1年以内の人が、日本の運転免許証と交流協会など公的機関が発行する中国語訳を持っていれば、台湾での自動車運転が可能だとのこと。

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2007年8月15日星期三

お盆休み

Dcf_0001  今日8月15日までが所謂「お盆休み」である。もっとも、特にメーカーなどこの時期に会社もろとも休業にしてしまうところも多い一方、普段通りに営業しているところも多く、日本中が休みになってしまうわけではない。街の商店でも同様であるが、それでもお盆休みを告げる張り紙が目立ち、他に比べてこの時期を休みにするところが多いことを窺わせる。
 このブログでも書いてきたし私もその恩恵を受けてきたが、中国では旧正月(春節)・労働節・国慶節と年に3回の長い休みがある。昔はこの時期は商店なども休みであったようだが私がいた頃はそうでもなくスーパーマーケットなどは開いており買い物に不自由することはなく、また観光地はそれこそこの時期がかきいれ時であり、サービス業を中心に休暇を楽しむ人相手に仕事をしているところは休んでいなかった。それでも、企業の大多数はこの時期を休暇にしており、日本のお盆休みよりも「国を挙げて休む」という色合いは強いだろう。
 なお、中国ではお盆だからどうということはなく普段通りの日々であった。あえて言えば、この時期には抗日戦争を称える番組が多くなるくらいか。

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2007年8月4日星期六

新宿

070728_150859  物心ついた時から日本を離れるまで、住んでいた場所はすべて「電車一本で新宿に行くことができる」ところだった。新宿の大書店や家電量販店には足繁く通ったし、新しい本屋がオープンしたりデパートの暖簾が変わったり南口がひらけていくのを見続けてきた。特に今ではいくつもある大きな本屋の中を、今日はこの店次はあの店と歩き回るのは飽きない。
 今回東京に住むに当たり新宿付近に住むことも考え、同学にこのあたりの家賃相場や住環境を教えてもらい実際に部屋を見てみたりもしたのだが、他の場所に気に入った物件を見つけたため結局また「電車一本で新宿に行くことができる」場所に住むことになった。私にとって新宿は、「わざわざ電車に乗っていくところ」なのかもしれない。

 写真は7月末の新宿にて、「新宿エイサー」。沖縄にゆかりのある人や東京に住みながら沖縄の芸能に魅せられた人が、炎天下の新宿大通りで稽古の成果を披露している。

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