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十月 2007

2007年10月16日星期二

のりものだいすき@ブルノ&プラハ

前回に引き続き、8月の中欧旅行で目にした乗り物の写真をアップ。今回はチェコの写真をアップ。

Img_3052  まずはブルノにて。駅前の旧市街の坂道を、路面電車が登っていく。




Img_3048 Img_3081 Img_3078 市内を走る路面電車の多くが、カラフルな広告を身に纏っている。基本的に2両編成で、1両が他の1両を引っ張る、という形のようだ。



Img_3099  旧市街の中心、自由広場を悠然と走る路面電車。




Img_3050 Img_3110  このタイプの列車、ちょっとわかりにくいが3両連接になっていて真ん中の車輌の出入り口が低い位置にありバリアフリー対応になっている。


Img_3098  こちらはヨーロッパ各地でお目にかかりそうなデザインの路面電車。やはり一部の入り口がバリアフリー対応になっている。



Img_3077  2両連接のバス。メンデル記念館付近にて。




Img_3083 Img_3087 Img_3112  このブルノでもトロリーバスが走っており、1両のものや2両連接のもの、また新旧何種類か走っているようだ。


Img_3648  続いてプラハの様子。プラハでも2両連接のバスが走っていた。




Img_3540 Img_3541 Img_3636  中世の雰囲気を残しているプラハの街を路面電車が走るさまは、本当に絵になる光景である。


Img_3642  この電車、ブルノの路面電車に格好が似ているがこちらは連接型ではなく、普通に1両ずつのタイプである。



Img_3641  プラハにも、バリアフリー対応の新鋭車輌がある。




Img_3629 Img_3626 Img_3632  一転こちらは古めかしい路面電車。カレル橋の少し北側のユダヤ人地区付近やプラハ城の北でこの列車を見かけたのだが、エイビーロードのウェブサイト上の紹介によると市内の観光地を回る観光路線に用いられているとのことである。カレル橋の東側付近やユダヤ人地区、プラハ城付近の停留所から乗ることができる。

Img_3622  一方こちらは旧市街広場付近にて、馬車での市内観光。馬は目隠しをされているわけではなく、よそ見をせず正面だけを見るように横の視界を遮る覆いを付けさせられている。


Img_3598 Img_3600  やはり旧市街広場近くにて。クラシックカーでの市内観光も可能である。見ている間に1台成約したようで、観光客を乗せてどこかへと走っていった。

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2007年10月14日星期日

のりものだいすき@ブダペスト

 タイトルの通り、この前の旅行で目にした乗り物を紹介。今回訪問した街ではいろいろな乗り物が街を縦横無尽に走っており中欧ならではの雰囲気を醸し出していたが、まずはブダペストから。

Img_2435  幌でつながった、2両連接のバス。
 私も含め、1980~90年代の中国でこうしたバスにお目にかかった人も多いだろう。現在上海では見られないが、他の都市で見ることができる。
 ブダペストではこのバスが結構なスピードを出して走っていた。結構乗客が多いのもかつての中国を彷彿とさせる。

Img_2457  こちらは観光用のバス。カメラを向けたら、わざわざ止まってくれた。




Img_2605 Img_2636  トロリーバスも走っている。左はやはり2連接のトロリーバス、右は普通のトロリーバス。
 トロリーバスが見られるのも、(旧)社会主義圏の特色か。

Img_2437 Img_2713  ブダペストのあちこちに古いトラム=路面電車が走っている。ブダペストのトラムは、黄色と白の塗り分けである。



Img_2527  国会議事堂をバックに走る路面電車。




Img_2633  こちらはちょっと新しい郊外列車か。地下鉄1号線の東側の終点、Mexikoi ut駅から地上に出たところで。



Img_2898 Img_2902  昔ながらの路面電車ばかりでなく、新鋭の路面列車も走っている。このタイプの列車はヨーロッパ各地で見られ、古い路面電車に比べて輸送量を増やすとともにドアを低い位置に設けてバリアフリー対応になっており、路面電車の便利さを増している。

Img_2822 Img_2854  ブダ側で地下鉄2号線とトラム数路線が交わる、Moszkva ter(モスクワ広場?)駅。鉄道ファンには嬉しい光景か。



Img_2837 Img_2842  このMoszkva ter駅からトラム56番か18番に乗って数駅行くと、線路脇に登山列車の駅を見ることができる。ヤーノシュ山へ登るこの登山列車、1両目には自転車で乗り込むこともできる。

Img_2495 Img_2496  路面電車以外の乗り物を再び紹介。くさり橋のたもとから王宮を目指すケーブルカー。月曜日は運休。






Img_2503  こちらは国をまたいでドナウ川を走る客船。船尾にスイス国旗がたなびき、所属港としてバーゼルの名が船尾に書かれている。バーゼルはライン川に面しており、ライン川沿岸を所属港にした船をドナウ川で見る、というのが不思議な気がする。

Img_2799  割と古いと思われる、ボルボの自動車。




Img_2640 Img_2639  ところで、上述したMexikoi ut駅付近に広がる市民公園Valosligetの中に、蒸気機関車が置いてあり屋根の上には飛行機が置いてある建物がある。これは交通博物館で、昔ハンガリーを走っていた客車や馬車や自動車やオートバイが展示されていたり、昔の駅の様子を再現した展示をしたりしている。変わったところでは宇宙船の模型もあったり、鉄道模型のコーナーではトロッコまで走らせたり(人の動きまで忠実に再現していた)していた。

Img_2925 Img_2976  路面電車は街のあちこちを走っており、ブダペストの人達の日常の足になっており、保存されているという訳ではなく市内で重要な役割を担っているようだ。ものめずらしく感じたのでいろいろと写真を撮ったのだが、ブダペストの人たちにとっては当たり前の光景なのだろう。

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2007年10月7日星期日

Coca-Cola BlaK

Img_3349   チェコで売っていた、「Coca-Cola BlaK」。要はコーヒー味のコーラなのだが、コーヒーの味もしっかりと楽しめて、リフレッシュには良い感じの味わいだった。値段も他の炭酸飲料が500CCで20Kc(チェコ・コルナ)程度なのに対して250ccで40Kc前後と高めだが、滞在中気に入って何回か飲んだ。

 「コーヒー味のコーラ」といえば、上海にも「咖啡可乐」というペットボトル飲料があった。ラジオで「可乐的刺激,咖啡的滋味」(コーラの刺激とコーヒーの味わい)と宣伝していたが、こちらはCoca-Cola BlaKよりも甘かった記憶がある。それに、600ccを飲むのはちょっときつい。この味は600ccもがぶ飲みするのではなく、Coca-Cola Blakのように少しだけ味わうのがいいようである。

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2007年10月2日星期二

献血の話~3年間献血禁止~

 上海から東京に引っ越してしばらくして、久しぶりに献血に行ってみた。海外旅行や海外滞在から帰って1ヶ月は献血はご遠慮願っているとのことだったので、帰国後1ヶ月経ってからとある献血ルームに足を運んだ。
 問診票に7月まで上海にいたことを書いてお医者さんの問診を受ける際にその旨を告げたところ、その先生は地図や書類を取り出していろいろ調べた後、私に対してこう仰った。

 「上海はマラリア感染地域ですので、上海に長期間住んでいた人は帰国後3年間は献血できません。」

 ある時期にイギリスはじめヨーロッパに滞在していた人が献血できないなどということは聞いていたが、上海帰りもマラリア感染の虞ありとのことで献血禁止だそうだ。今まで周囲でマラリアにかかったなどという話は聞いたこともなかった(一時鶏インフルエンザや豚連鎖球菌などは報じられていたが)し、一時帰国の際にも問診票を出せと言われたことはなかったので、突然マラリアの名前を出されて意外だった。何でも、血中に卵がいる虞があるので3年間はご遠慮願うのだとか。
 そういえばPuffyが歌っていた『アジアの純真』(井上陽水作詞)に、「火山 マゼラン シャンハイ マラリア 夜になって 熱が出て」という一節があったので、その影響か?ちなみに私の師匠は「イラン アフガン 聞かせて バラライカ」でテキストの一章を書き始めている。
 この歌のおかげで医者が「上海 マラリア」を口にしやすくなったのだろうか?

 後で調べたところ、厚生労働省検疫所のウェブサイト中国における感染症の情報を記したページがあった。ウェブサイトにある地図で中国沿岸部の広い地域がマラリア感染のリスクがある旨色塗りされており、上海の名前こそないが隣の江蘇省は「まれに見られる」とされている。もっとも、都市部では危険性はない、と書いてあるのだが。
 結局この日は新しい献血カードに過去の記録を写しておしまい。今献血カードは2つ折りの紙ではなくてプラスチックのカードになっていて、暗証番号もあるんですね。

 今日の共同通信配信記事によると、献血者が500万人割れで「このまま減少が続けば危機的状況になる」のだとか。私はあと2年9ヶ月ダメなので、健康な方はぜひ協力を。

献血者、500万人割れ  29年ぶり、若者の減少深刻  

2006年の国内の延べ献血者数が29年ぶりに500万人を割り込み、約498万8000人となったことが2日、厚生労働省と日赤のまとめで分かった。若年層の減少が目立ち、96年には全体の45%(約272万人)を占めていた10-20代の献血者が、06年は31%(約157万人)にまで激減している。
 厚労省は「少子化が一因とみられるが、それだけが理由とは考えにくい」として、来年度の概算要求に若年層の献血推進策を議論する専門家の検討会設置を盛り込むなど、献血離れに歯止めをかける本格的な対策に乗り出した。
 厚労省によると、献血者数は、1985年の約870万人をピークにその後は減少傾向。06年の献血者は05年よりも約33万3000人も減少し、過去10年間で最大の落ち込みとなった。500万人を下回ったのは77年以来。今のところ必要量は確保できているが「このまま減少が続けば危機的状況になる」(厚労省血液対策課)という。

 中国と献血にまつわる話は、またそのうち。

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