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十一月 2007

2007年11月25日星期日

「過去は変えられないけれど、未来は変えられる」

 少し前の話になるが、先々週の土曜日朝の『NHKニュースおはよう日本』で、教育テレビの『中国語会話』に出演中の前田知恵さんの特集が組まれ、彼女のインタビューも放映されていた。
 高校生の頃中国映画を見て深い興味を抱き卒業後単身中国へ渡り、北京電影学院演劇科に外国人初の本科生として入学・卒業し、中国の映画などで活躍したことが紹介されていた。今回彼女が主演した映画『北京の恋-四郎探母-』が日本で公開されており、その関連もあっての特集であろう。

 この『北京の恋』、日本から京劇を学びに北京に来た女性と受け入れ先の元花形女形との交流、さらにその息子とのラブストーリー、日中戦争時の両者の祖先の因縁-女性の祖父は元花形女形の父を処刑していた(映画中では「冤家」と表現されていた)し、戦場でも厳しい経験をしていた-を京劇の演目『四郎探母』に絡めて描いた作品である。NHKニュースの中でのあらすじ紹介で日中戦争中の両者の関係に触れていたのが気になったのだが、1時間半くらいだからまぁいいかと思い今週の平日に見に行ってみた。
 気になったのはクライマックスの京劇シーンでも戦場の場面がカットインされており、そこまでやるかという感じで水を差された感じがした。劇中のエピソードとして日本軍の様子を織り込むのはさておき、折角「ステレオタイプでない(元日本兵)を描いた」とされるのなら最後の場面ではその映像なしで「恨みを乗り越える」ことを描けなかっただろうか、と感じた。

 話をインタビューに戻すと、彼女がインタビューの中で発した言葉が耳に留まった。

「過去は変えられないけれど、未来は変えられる」

 2004~2005年頃の日中関係厳しい頃に中国で女優生活を送ったことに関するコメントなのだが、この言葉は日中関係だけでなく、生きていく上で全てのことに通じると思う。
 早起きして、いい言葉を聞いた。

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2007年11月21日星期三

メンデルの葡萄@東京・小石川

Img_3899  丸ノ内線の茗荷谷駅から歩いて15分ほどのところに、小石川植物園という植物園がある。正式名称は「東京大学大学院理学系研究科付属植物園」といいその名の通り東京大学の研究施設なのだが、一般にも開放されており入園料を払えば誰でも入園できる。
 東京の都心で、このような広い緑地で紅葉を眺めることができる、というのが良い。

Img_3880  もっとも、冬が近づいているということもあり、落葉舞う園内はちょっと寂しい。それでも散歩を楽しむ人が少なからずいたし、ガイドブックに載っているのが外国人の姿も多く、英語や台湾語や韓国語が聞こえた。


Img_3890 そんな寒い中で咲いていた、コダチダリアの花。




Img_3891  小石川植物園は江戸時代の小石川御薬園が前身であり、8代将軍徳川吉宗の頃には「小石川養生所」として庶民の診療所となった。写真は当時の井戸。
 小石川養生所といえば山本周五郎の小説『赤ひげ診療譚』やそれをもとにした黒澤明の映画『赤ひげ』の舞台なのであるが、私としては「養生所」と聞くと『大岡越前』で養生所の医師・榊原伊織を演じていた竹脇無我の顔が浮かぶのである。

Img_3892  さらに、大正時代になると関東大震災で罹災した人の避難所になったとのことで、園内の石碑がその歴史を伝えている。



Img_3900  園内の日本庭園の向こうには、1876年(明治9年)できの旧東京医学校の建物が見える。もともとは本郷にある現・東大キャンパスにあった建物を解体し、1970年(昭和45年)に移築したものである。


Img_3881  この小石川植物園には、「メンデルの葡萄」と呼ばれるブドウの木がある。メンデルが遺伝子研究用にチェコ・ブルノの教会で栽培していたブドウの木の分株を、大正時代に当地を訪問した研究者が持ち帰ってここに植えたのだそうである。このブルノの教会、今はメンデル記念館となっており私もこの夏休みに行ってきたのであるが、遠くブルノでメンデルが行った遺伝子研究のゆかりの木がこの植物園にあるのである。

Img_3887  さらに、園内には「ニュートンのリンゴ」というのもある。ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見したとされるが、そのリンゴの木を接ぎ木によって分けてもらったものだそうだ。


 冬間近の今頃は冒頭写真の紅葉以外は寂しさを感じる園内だったが、またいい季節に再訪してみたいものである。

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2007年11月18日星期日

また買ってしまった!!

 以前台湾で鉄道模型を買ったということを書いたが、今回もまた買ってしまった。さらに、帰りの機内ではハローキティジェットの模型も買ってしまった。

Img_3814  まずは鉄道模型から。今回は前回買った店とは別の店で購入。民生東路5段と三民路のロータリーからさらに民生東路を西に行くとビルの下に商店が並んでいるところがあり、そこを入ると写真の「東方模型專賣店」がある。


Img_3868 Img_3870  今回買ったのはこちら。かつて台湾の支線などで活躍した柴油車=ディーゼルカー。昔実物を平渓線で見たことがあるのだが、実物の写真はどこかに行ってしまって見当たらない。

Img_3877  他方、こちらは機内で購入したハローキティジェットの模型。エンジン部分にもイラストが書いてあるんですね。

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2007年11月16日星期五

台北・2007年11月

 先週末、2泊3日の駆け足で台北に行ってきた。
 特に観光名所を巡ったわけではないので取り立ててどうということはないのだが、気がついたことを少々。

1.「台湾加入聯合国」

 まず、街の至る所で「台湾の国連加盟」を訴えるスローガンを見かけたことである。台北駅の上でも、政府系の建物でも、列車の中でもこうしたスローガンを見ることができる。
 国連創立時、中華民国政府が中国を代表するとされ、国共戦争で国民党政権が台湾に逃れてからも国連の「中国」議席はこの政府、つまり台湾側が握り続け、拒否権を持つ常任理事国の地位を守り続けてきた。アメリカを始めとする西側諸国の多くが大陸の共産党政権ではなく台湾の国民党政権を「中国を代表する政府」と後押ししていたことからこのような図式になっていたのである。
 ところが1971年に国連総会の決議で、「中国」の議席が大陸側にあると決議された際に台湾の「中華民国」政府は国連を脱退した。つまり「中華民国」政権は国連から追放されたわけではなく国連を脱退したわけなのである。
 時は流れ、「(台湾にいる)「中華民国」政府が全中国を代表する」という建前を政府自身も主張しないようになり、自分たちの支配地域が台湾などに限られるということを認めるようになってから、改めて国連に加盟する路を模索するようになり、ここ最近公にかつ声高に主張されるようになったものである。

Img_3825  総統府にも、「台湾加入聯合国」のスローガンが掲げられている。「聯合国」は国連のこと。



Img_3828  総統府前にある大きな看板。ヤンキーズに似たユニフォームを着た人がいたり(台湾出身の王建民がヤンキーズに所属している)、柔道衣か空手衣を着た人が描かれていると思えば、宇宙人のような人?が描かれていたりもする。シンボルマークは野球のボールを握るところから来ているようだ。

2.地下鉄のトークン

 台北の新交通システム(捷運)に乗ろうとして乗車券を買うと、今までは運賃情報が記録されたカードが発券されていたのだが、今回自動販売機にお金を入れると、プラスチック製と思われるコインが出てきた。

Img_3817 Img_3820  ヨーロッパの旧共産圏で市電やバスに乗るときに、こうしたコイン=「トークン」を購入することがあるが、プラスチックのトークンは初めて見た。これではどこから乗ったのか、どこまで乗ることができるのかわからないではないかと思ったが、このトークンには運賃情報が記録されており、改札でSuicaやイコカ同様にタッチさせると情報を読み取ってくれて改札を通ることができる、という具合である。手の爪と比べて小ささがわかるだろうか。

3.ハローキティジェット

 今回は全日空の子会社、エアーニッポンの航空券だったのだが、復路はエバー航空運航のコードシェア便であった。で、乗った飛行機は機体にハローキティのキャラクターが描いてある「ハローキティジェット」であった。

Img_3833  空港での搭乗口。サンリオショップかと見間違う眺めである。




Img_3834  これがその「ハローキティジェット」。
 機体表面の塗装ばかりでなく、機内での背もたれカバー、スクリーンの待ち受け画面、機内食のかまぼこ、トイレットペーパーや紙コップに至るまでキティちゃんだらけであった。
 搭乗券にも、キティちゃんが描かれていた。ここまで徹底するのもあっぱれである。
 キティちゃん、台湾での人気の秘訣は何なのだろう。

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2007年11月5日星期一

『人形劇 三国志』

 昨日の深夜、『NHKアーカイブス』で『人形劇 三国志』の第1回「桃園の誓い」が放映されていた。
 この『人形劇 三国志』、1982年から1年以上に渡って放送された番組である。当時小学生だった私は土曜日の夕方放送されるこの番組を毎週楽しみにしていたものだ。今でも『三国志』の登場人物の名前が出るとこの人形たちの顔や劇中の声がまず思い浮かぶし、実際の彼らもこんな顔や声だったのでは、と思ってしまう。この人形の声であるが、チョイ役を含めたすべての登場人物を10人で演じており、劉備は谷隼人、張飛はせんだみつお、曹操は岡本信人、孔明は森本レオが演じている。これに加えて紳介・竜介である。
 改めて第1回を見たが、「桃園の誓い」だから劉備・関羽・張飛が出てくるのは当たり前として、曹操も話の途中で「都の警備長官」として登場して劉備と対面する場面もあり、初回からオールスターキャスト登場、というところである。これら三国志でおなじみの人物と人形劇オリジナルのキャラクターがこのドラマを盛り上げていったのである。
 狂言回しや解説として幕間に登場する紳介・竜介は人気絶頂の頃だろうか。そっくりさん人形の紳々・竜々も懐かしい。
 このまま続けて放送するわけではなく、『NHKアーカイブス』での紹介は当面この1話だけのようである。

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2007年11月4日星期日

横浜

Img_3799 所用があり、横浜へ行ってきた。横浜市は上海市と友好都市であり、横浜港は上海港と友好港である。日本が開国した頃から第2次大戦前までに建てられた建物が横浜の街に影響を残しているのは、上海が同時代の建物を残しているのと同じである。

 写真は初代・日本丸、背景には大観覧車。日本丸は1930年に竣工、船員を目指す若者の練習船として、途中第2次大戦に伴うそれ以外の用途、緊急物資の輸送や帰還輸送などにも従事したこともあったが長きに渡り多くの若者を乗せ練習航海に従事してきた。1984年に引退し、桜木町にある日本丸メモリアルパークに係留されている。今は2代目・日本丸が練習航海の任に当たっている。
 また機会を設けて、同時代の横浜や上海に思いを馳せまた今の上海と比較しつつ横浜の街並みを歩いてみたいものである。

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