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十二月 2007

2007年12月31日星期一

日中国交回復35周年だった2007年・そして台湾総統選挙がある2008年

 2007年もあと数時間で終わり、もうすぐ新しい年がやってくる。
 今年2007年は「日中国交回復35周年」とかで、「日中文化・スポーツ交流年」と題したイベントがあちこちであったようだ。そのスタートのイベントは、私は上海にいながらテレビで見た

 5年前、つまり2002年は日中国交回復30周年だったのだが、その頃「30周年だから無理に仲良くする必要はないし、31年目だから仲違いする必要もない」と仰ったのは私の師匠に当たる方である。
 日中関係に関する見方や中国観・日本観は人それぞれであるが、日本は今の場所から逃げるわけにはいかないのだから、前述の言葉の通り何周年などの節目にはあまりとらわれずに(来年、2008年は日中平和友好条約締結30周年である)、中国の姿を追っていくことにしたい。

 あと、節目といえば来年は台湾の総統選挙の年である。前回は接戦、しかも直前に陳水扁を狙ったとされる銃撃事件があった。今回は直接選挙4回目でそれ自体は目新しくなくなったが、台湾の人達がどういう選択をするのか、この選挙がどういう意味を持ち得るのか注目したい。

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2007年12月22日星期六

2008年・中国の祝日-7連休は2回

 少し話題に出遅れた感があるが、2008年の中国の祝日カレンダーがこのほど発表された。今まで7連休(追加で3日休み+土日+前後の土日をシフト)だった労働節は休み1日になり、新たに清明節・端午節・中秋節がそれぞれ1日の休みになるようだ(法改正の原文はこちら)エキストラの祝日は、今までより1日増えて11日になるとのこと。
 それに基づく来年の休日だが、中国情報局による記事はこちら。要約すると以下の通り。

新年(1月1日) 2007年12月30日(日)~2008年1月1日(火)が連休(12月29日(土)は平日扱い)
春節(2月6日~8日) 2月6日(水)~12日(火)が連休(2月2日(土)と3日(日)は平日扱い)
清明節(4月4日) 4月4日(金)~6日(日)が連休
労働節(5月1日) 5月1日(木)~3日(土)が連休(5月4日(日)は平日扱い)
端午節(6月8日) 6月7日(土)~9日(月)が連休(今年は端午節が日曜日なので翌日が振替休日)
中秋節(9月14日) 9月13日(土)~15日(月)が連休(今年は中秋節が日曜日なので翌日が振替休日)
国慶節(10月1日~3日) 9月29日(土)~10月5日(日)が連休(9月27日(土)と28日(日)は平日扱い)

 今まではシンプルに年3回の休みプラス新年を楽しみに待てばよかったが、これからは把握しておかなければならない休みがバラバラになってくる。労働節と端午節の間に1ヶ月あくところが、メーデー(公休日ではないが)と子どもの日を続けて迎える日本ではちょっと馴染まないか。
 あと、大型連休の前後の土日が平日扱いになるのは相変わらず。春節の前が9連投だ。更に日本では今年の出勤日があと4日という人も多いだろうが、中国ではまだ6日ある、ということになる。
 日本では18日にこの知らせが流れて来たが、当事者である人達の手許にも年末年始も含めた休みのスケジュールが相変わらずShort Noticeで知らされたのだろうか?

 今までは、中国で働いているとおおっぴらに連休が取れるので(携帯電話で追い回されることもあるが)旅行好きな向きには良かったのだが、これからは長期連休が1つ減るのである。
 トータルでの祝日は1日増えたし、今まで中秋節は家族と共に過ごすために早帰りしたり清明節前後は墓参りでごった返していたところが祝日になったのだが、これから例えば清明節祝日の混雑があるのかなど中国人の生活にどう影響を及ぼすのか関心があるし、長期連休が減る分企業の労務管理も考えていかなければならないだろう。

 ちなみに2006年の祝日の決まり方はこんな感じで、2007年はこんな感じであった。

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2007年12月9日星期日

日本亜細亜航空

 現在、日本と台湾を結ぶ日系のフライトは、日本航空系が日本アジア航空、全日空系がエアーニッポンと、それぞれ別会社により運航されている。
 少し前の話になるが、この別会社運航方式を改めてそれぞれ本体による運航に切り替える方向で話が進んでいることが報じられた。NIKKEI NET記事

(10/27)日航と全日空、台湾路線を本体で運航へ――子会社方式を転換  

【台北=山田周平】日本航空と全日本空輸はともに子会社で運航してきた台湾路線を本体での運航に切り替える方針を決めた。日台間では断交2年後の 1974年にいったん航空路線が途切れ、75年の再開の際、中国への配慮から子会社で運航する方式を採用していた。中台間で航空チャーター便が常態化するなど、日中台の航空業界を取り巻く環境が変わったのを反映させる。
 日航は日本アジア航空、全日空はエアーニッポンに成田―台北便などの台湾路線を運航させている。日本と台湾の実務交流の窓口団体が現在、航空協定の修正を交渉中で、親会社による運航に切り替えることが盛り込まれるもよう。両社は交渉結果を受け、2008年前半にも切り替える。

 これを受けて、日本アジア航空は日本航空インターナショナル(日航の事業会社)に統合されると報じられている。
 ちなみに上の記事では「日本航空と全日本空輸はともに子会社で運航してきた」と書いてあるが、日航の他のフライトを担っている「日本航空インターナショナル」も、持株会社である「日本航空」の子会社なので、「別会社による」というのが本来は相応しいだろう。

 全日空系のエアーニッポンは手広く国際線や国内線を運航しており、台湾線は会社の事業のごく1部に過ぎない。しかし、日本アジア航空は台湾線専業ともいえる会社なので、本体での運航が可能になったらその存在意義が問われてしまう。
 もともとこの日本アジア航空は、日本が大陸の中華人民共和国と国交を結びその結果台湾の中華民国と断交することになった際にできた会社である。断交の後に日本航空による台湾への乗り入れが不可になり、更に日本航空本体が大陸とのフライトを飛ばす際に台湾へのフライトを持つことが望ましくないとされたため、台湾向けフライトを担うために作った別会社が日本アジア航空である。
 以来、一時期台湾線以外も持ったこともあったが、日本アジア航空はほぼ日本-台湾線の専業会社として今日まで歩んできた。もっとも最近では日本アジア航空のフライトでも日本航空の機体を使っていることがあり、「別会社」というのは見た目は形骸化している感がある。
 日航や全日空は国内外のあちこちにフライトを飛ばしているため、時には北海道線の宣伝をし、またある時には沖縄線の宣伝をし、更にある時にはヨーロッパ線の宣伝をしたりしている。しかし、日本アジア航空は台湾線のみを飛ばしているため、一年中台湾線の宣伝をし、そして台湾への観光キャンペーンをしている。志村けんと金城武が長きに渡りコマーシャルに出ていたのはおなじみだろう(今はオセロか)。機内誌も日航本体とは別で、独自に『アジアエコー』というタイトルで出している。

 政治的経緯から設立された日本アジア航空だが、年中台湾の観光キャンペーンをし、台湾への興味を喚起し関心を引き寄せ続けた功績は大きいと思う。日本アジア航空のコマーシャルを見ることができるのもあと少しかと思うとちょっと寂しい。

Img_3809 「EG~」という便名を見ることができるのも、あと少しである。



*当時の日中・日台航空交渉の経緯は、陳桂蘭 『国連脱退後の台湾 「実務外交」の形成と展開』 富士ゼロックス小林節太郎記念基金 1997 に詳しい。

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2007年12月3日星期一

『水煮三国志』

 『水煮三国志』(成君憶著、呉常春・泉京鹿訳) という本を読んだ。
 現代中国で、劉備・関羽・張飛・孔明・曹操・孫権といった『三国志』の登場人物がビジネスでしのぎを削り、その中で人材管理・組織論・マーケティング・経営戦略といった経営学を説くという小説である。「三顧の礼」や劉備と曹操が英雄を論じる場面など『三国志』の名場面も、現代に置き換えられてこの小説の中に登場する。
 ビジネス小説としては、権限委譲や効率経営を実施する組織作り、さらにはインセンティブの与え方など、人材管理や組織論の部分が『三国志』に良く馴染んで頭に入ってきた。これらを取り上げるあたり、中国の企業や経営者にとっても組織作りや人材管理が今日の成否を握る鍵であり、注目されるべきポイントである、ということであろうか。

 が、『三国志』のストーリーを知っていれば、この本は『三国志』のパロディーとして面白く読むことができるのではないかと思う。あらすじはリンク先に書いてあるが、現代中国で劉備が苦学して大学を卒業し、義兄弟の契りをした関羽・張飛や軍師として迎えた孔明とともにカラーテレビ産業を渡り歩き、曹操・孫権といったライバル(商売敵)とやりあっていく、というのが基本ストーリーである。その中に『三国志』の登場人物やエピソードが現代に置き換えられて登場し、そのあたりが読んでいて面白い。
 「劉備の大学の恩師が盧植先生」だったり「関羽が曹操に別れを告げ、曹操から贈られた赤兎馬ならぬ赤いBMWに乗って劉備の許に馳せ参じる」などはもとのエピソードに青字の部分が加えられて現代に現れており微笑ましいが、「ミスキャンパスだった貂蝉がマルチ商法会社の社長である董卓の愛人になり、それを横恋慕した呂布が董卓を刺し殺してしまう」というのは…確かに『三国志』の筋書きではそうだったけれど現代中国でマルチ商法の社長にさせられてしまった董卓の立場はいったい…

 タイトルにある「水煮」は、水と油の中に唐辛子や山椒をたっぷり入れて具材を煮るという調理法である。かつて拙ブログでも「水煮魚」という料理を紹介したことがあるがこの水煮魚、かつての蜀の国=四川省が本場の四川料理(川菜)である。
 本の表紙にはローマ字で「Mizuni-Sangokushi」とも書いてあるが、「みずに」ではこの唐辛子と山椒の味がなかなか伝わってこない。
Img_2379_1 やはりここは「シュイチュー三国志(shui3zhu3三国志)」と読むと、この水煮魚の味が伝わり、本書のタイトルがわかるような気がする。(もっとも、『水煮三国志』では四川=蜀の話は後半に少し出てくるだけであるが)

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