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2008年1月13日星期日

台湾立法院選挙・2008

 上海であったとかいうデモのこととどちらを書こうか考えたが、やはり昨日の台湾立法院議員選挙の話題を。
 日本のニュースでも結構取り上げられているが、結果は国民党の圧勝であった。
 前回までは大選挙区制で行われていたのだが、今回から小選挙区比例代表並立制(山地原住民・平地原住民選挙区は大選挙区制)に変更になった。大選挙区制の頃は同じ選挙区に同じ政党から複数の候補者が立候補しているため、政党ごとに「身分証明書の下1桁が1番と3番の人はAさんに、2番と5番の人はBさんに…投票しよう」とやっていたのを見たことがある。大選挙区が長く続いたあとで小選挙区比例代表並立制(投票所で小選挙区と比例代表の2枚投票用紙を渡される)に移行するのは慣れないのか、Yahoo!奇摩の「2008立委選舉」ウェブサイトで、「看漫畫學選舉」というコーナーを設けて漫画で小選挙区比例代表選挙区を説明していた。
 また、今回から議席数が225から113に半減しており、任期も3年から4年に延びるなどいろいろと変わる下での選挙であった。

 選挙結果は前述の通り、国民党81議席に対して民進党は27議席となり、野党である国民党の圧勝であった。小選挙区と原住民区の合計で国民党61に対して民進党13と明暗を分け、民進党にとっては小選挙区の怖さを思い知る結果となった。
 報道では議席数のみ報じるケースが多く惨敗がより際立つが(というか、議席数を多く得ることが選挙に勝つことであるが)、比例区の得票数では国民党501万票に対して民進党361万票(比例区の獲得議席数は国民党20に対して民進党14)。比例区の得票数も開いてしまい、2000年の総統選挙よりも今回の比例区での得票率は低い。その頃に戻ってしまったと思い、捲土重来を期すしかない、というところである。
 前もここで書いたと思うが、民進党政権下で陳水扁は台湾ナショナリズムを必要以上に経済や商業に持ち込んだのがその後の不人気につながったといえよう。勿論台湾には対中政策で譲れない部分があり、かといって最初から徳俵まで下がってはいけないからある程度戦うべき点を留保しなければならないのだが、その「マチ」が大きすぎた、と思う。
 台湾ナショナリズムを内的存在から表に出し、国民党政権を終わらせた点が民進党のここまでの効用であろうが、政権を担ってから経済政策でも台湾ナショナリズムを過度に経済政策に持ち込み、結果市民の不評を買ったのが今回の選挙結果につながったのだろう。

 国民党側にしても過度な中国への接近は、とりわけ政治面ではしにくかろうから、私の師匠が仰った「近づく経済、遠ざかる政治」のうち「近づく経済」がここ何年かうまくいかなかったとされる点を改めていくのに当面はとどまるだろう。台湾にとって「譲れない部分」を譲ってしまっては支持を失い、今回当選した立法院議員も一枚岩ではなくなるだろう。

 さて、2ヶ月後には総統選挙である。民進党には厳しい選挙となろうが、民進党の候補者である謝長廷は陳水扁ほどの過度なナショナリズムを強調せず、現政権よりも対話路線を志向すると聞く。当選したとしても立法院が2/3を占めて総統罷免案提出権を持っており前途多難であろうが、台湾ナショナリズムと経済政策のバランスで立法院選挙でついてしまった差を縮めることができるだろうか。民進党としては、総統選挙に勝ちさらにどこかで行政院院長の不信任案が出たときに立法院の解散で対抗するしか道はない。
 一方の国民党、「イケメン」かつ前台北市長の馬英九候補が公認候補となることが決まっており、この勢いに乗って有利であろう。個人的な感想では台北市長時に比べて「イケメン」度は薄れたと思うが、対中関係と台湾ナショナリズムとのバランスが鍵か。市民の経済回復への期待は国民党にありそうだ。

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