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二月 2008

2008年2月29日星期五

ステレオタイプな考え方

 中国製冷凍餃子の中毒事件から1ヶ月が経った。
 まず事件そのものについては、当たり前だが再発防止のため原因究明が求められる。今のところ日本側・中国側がそれぞれ自国での混入可能性は低いと主張しているが、原因は科学的に解明されるべきであり、対策も構築されるべきである。

 と同時に気になるのは、この事件により本件に限らず「中国製の食品から薬物検出=中国に原因」とのステレオタイプが確立されてしまったことである。他の同様な中毒事件があったときに原因の有力候補として可能性を指摘するのであればまだ良いが、「薬物混入=中国(での発生)」と決め付けて他の可能性を一考だにしないのは考え方として拙いと思う。先日徳島県で中国製食品から薬品が検出され、後に店で防虫作業にこの薬品を使っておりこれが付着した可能性が強いとされているが、これもニュースとしては「中国製食品の問題」で括られてしまうし、報道を見た人は何も考えずに「また中国製か」という感想を持つだろう。

 中国製品の安全性に対する疑問が高まったのは、玩具に鉛など有害物質を含んでいた事件が多数報じられたことが寄与していると思う。これにしてもそうした有害物質を含むことは厳しく戒められるべきであるのは当然だが、やはり「粗悪品=中国」のステレオタイプで括られがちである。
 数日前にNHKのニュースで、こうした事件を期に食の安全への関心が高まっている例として、都内の地下鉄駅構内にある農産物産直売店の様子を取り上げていた。この直売店では千葉県産で身元や生産履歴がしっかりした、農薬や化学肥料の使用を抑えた野菜やそうした大豆を使った味噌などを売っていて、食品の安全性を意識する人の増加で注目が高まっているとのことである。私も時々この直販店の前を通る。
 このうち野菜は農薬使用量が少ないためか、葉っぱに虫食いが見られるものもある。また、味噌は保存料が使われていないため一般の味噌に比べてカビが早く生える。野菜の大きさが不揃いであることも含めて苦情を言う人がいるとの話であったが、寄せられた苦情の中に「本当は中国産じゃないの?」というコメントを見つけた。典型的な「粗悪品=中国」のステレオタイプである。
 勿論これら野菜や味噌は粗悪品ではなく、虫食いは低農薬の証であるし味噌のカビは保存方法を工夫する(表面にラップを貼る)ことで防ぐことができる。販売店でも生産者から話を聞いて、お客に対応できるようにしているとのことであった。
 中国製食品の事故を機に「食の安全」を心配したにもかかわらず、「粗悪品=中国」のステレオタイプにはまって本質を見抜くことができないというのは、皮肉な話である。

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2008年2月23日星期六

『北京三里屯第三小学校』

 後に放送大学の先生になられた著者による、文化大革命期における中国の学校教育を紹介した本。というよりは、2人の子どもを文革期に中国の小中学校に通わせた母親の目から見た、当時の中国の記録。
 著者の配偶者が北京に赴任することになったため、一家4人で1972年に北京に移住。当時は日本人学校などというものはなく、著者の長男と次男はその後約3年間、数少ない外国人児童・生徒として現地の小学校・中学校(中学校については、実際に通ったのは小学校に増設された中等部だった)に通ったのである。ちなみに北京日本人学校のウェブサイトによると北京に日本人補習校ができたのが1974年、日本人学校は1976年開校とのことである。上海日本人学校(音楽が流れるので注意)の前身である補習校は1975年開設だそうである。
 1972年にはもう紅衛兵の猛威やそれに伴う教育現場の混乱も収まり、むしろそれを機に知識青年の下放運動が進められていた頃であろう。当時の小学生も「労働者や農民に学ぶ」こととされ、国語の教科書にそれが強調されていたり、長男も含めた小学生が農村労働や工場労働(いずれも研修のようなもの)に参加したりしたことが述べられている。
 当時の各教科の教科書から、中国の学校教育が意図するところを読み解いているのも興味深かった。例えば、国語では1年生にして「翻」や「毫」といった漢字を学ぶ。これは、これらの文字がスローガンや現代中国での「あるべき人物像」を説くのに度々用いられるからであり(「翻」は「翻身」=圧迫から解放されて立ち上がる」に用いられ、「毫」は「毫无利己, 专门(専門)利人」=いさささも己れのためではなく、専ら人のために」に用いられることが述べられている)、学ぶ漢字の順番さえもが中国の体制に合致したものになっておりまた当局がその主張を浸透させるのに便利なようになっていることを示唆している。また算数では、応用問題が「現実に発生している問題」=体制化での日々の暮らしやトピックに即して出題されている(出題に貧農・富農の人口比や農村に体験学習に行った学生の数が出てきたりする)のが特徴的だと指摘していた。こうした教え方を通じて、共産党が考える問題意識について意識が行くようになるのだろう。
 前述の通り、この頃は紅衛兵運動による混乱も去り、小学校が5年制になるという影響こそあれ教育現場も平穏を取り戻していたようである。またこの頃は生徒が課外でも集まって学習する機会が多かったようだ。著者の2人の子どもも1から中国語を学び、体制の影響を感じる中ではあるが同学と仲良くして学校生活を送ったようである。それにしても周りが中国人の子どもばかりの中で、3年に渡って学校に通うのは本人にとっても両親にとっても、本に記された以上の困難がありそれを克服したり折り合いをつけたりしてのことだろうと思う。

 2006年現在、北京日本人学校の児童・生徒数は小中学校あわせて651人、上海日本人学校は急激な日本人の増加に伴い2つに分かれ、2007年現在で2,500人を超える。外国に暮らすことによる多少の困難はあろうが、日本の学校と変わらない学習環境で過ごすことができるだろう。
 他方中国の小学校、拙ブログで以前紹介した猛勉強を強いられたり自信満々の学級委員候補がいたりする現代中国都市の小学校は(どちらが良いか悪いかということではなく)当時と比べてかなり変わってしまった感がある。地域や豊かさの度合いによって大きな差があるとは思うが、こうした都市の学校では時代背景が変わり、子どもと親の考え方や目指すところが変わってきており、学校に影響を与えているのだろう。以前も書いたとおり、これらの学校で見られる教育熱は「行き過ぎ」の感が否めない。

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2008年2月12日星期二

「満足できる人生」

 前回『情熱大陸』で取り上げられた福田健二選手のことについて書いたが、彼と小学校・中学校・高校とずっとチームメイトで、やはり彼と同様に世界各地のリーグでプレーしてきたサッカー選手がいる。現在東京ヴェルディに所属する廣山望選手がその人である。ここ3年余りはJリーグでプレーしているが、その前はパラグアイ-ブラジル-ポルトガル-フランスと海外にプレーの場を求めていた。
 彼が約3年前、日本に戻って暫くしてから応じたインタビューが、Jリーグ選手協会のウェブサイトに載っている(1)(2)(3)。その中で彼が海外移籍の動機を述べたくだりが気になった。

 中田英寿の成功以来、日本の多くのサッカー選手が海外でのプレーを希望する。「職業として成功し、多額の年俸を得る」廣山にもそういった選手たちと同様に、サッカーで成功したいという夢があった。ただ彼には「島国的な日本から飛び出して日々を暮らしてみたい」という、生活としてのシンプルな希望もあったという。

「もちろん、サッカーで成功したいという気持ちはありました。サッカー選手ですからね。だけど、それと同じくらい日本という鎖国的なところから飛び出して、世界で生活してみたいという欲求が僕にはあったんです。世界で起こっている出来事に――例えばイスラエルとパレスチナの問題とか――非常に興味があったんです。でも、日本にいるとそういう問題がニュースで流れていても、テレビの中だけの話のように感じてしまう。そんな非現実的な感覚がありますよね。どんな大きなニュースでも他人事みたいに思えてしまう。これはまずいなと思った」

 ずっと前に、彼が海外移籍をした頃にどこかの新聞でもやはり同じことが書かれていたのを目にした記憶がある。別にどこかのチームのコアなサポーターでもなく、Jリーグの試合をスタジアムで見たことがない私でも、この言葉がとても気になった。私はある時期中東研究をしている師匠に師事していた時期があり、だから目に留まったのかもしれない。
 日本にいても意識すれば彼が言う「イスラエルやパレスチナの問題」に代表される「世の中の出来事」を「他人事」ではなく我が事として捉えることは可能だと思う。しかし、前回も書いたがプロサッカーの世界はシビアであり、結果が出ないと戦力外通告が待っている。そうした中では、サッカーにより力を注ぎ生き残っていくという選択をとる人も多かろう。しかし、世界で起こっている出来事を他人事として捕らえている自分に危機感を抱いたことを海外移籍の動機として挙げたことが、とても驚きを持って目に入ってきた。

 彼が海外リーグを渡り歩いていた頃に密着した本『此処ではない、何処かへ―広山望の挑戦』にはこういうくだりがある。

「有能な日本人選手は世界中に散らばっていく。(中略)そうした意味で、広山は特別な存在ではない。
 ただ、広山が少し違うのは、国外のクラブに移って良質なサッカーをすることに加えて、自分が満足できる人生を送ることにこだわったことだ。日本代表や年俸よりもそれを優先し、迂回することさえも厭わなかった。そこに同時代の一人の人間の姿を僕は見るようになっていた。」(p.241-242)

 実際にはチャンスがあれば日本代表に選ばれたほうがいいだろうし、年俸は高いほうがいいだろう。大事なのはそれに加えてそうした条件を取捨選択し惑わされることなく「自分が満足できる人生を送ること」であり、そしてこれはなかなか難しいことだと思う。

 私も「イスラエルとパレスチナ」に示されているような社会とのつながりなり世の中や街への視点なりをなくすことなく、満足できる人生を生きられるように日々励みたいものだ。

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2008年2月10日星期日

その街を好きになること

 日付では昨日になってしまうが、夜TBSの『情熱大陸』においてスペインのリーガ・エスパニョーラ2部でプレーするサッカー選手・福田健二選手を取り上げていた。
 去年スペインを旅行したときに彼が出た試合を見た。そのとき彼はヌマンシアに所属しており、年間10ゴールを決めその年に地元メディアが選ぶチーム最優秀選手に選ばれた。私が見た試合でもゴールを決めていた。よく報道される日本人選手の海外移籍に隠れてこそいるがいつも自らの実力で契約を勝ち取り、今シーズンはカナリア諸島のUDラス・パルマスに移籍したが、怪我もあり思うような結果が出せていないようだ。番組では結果を出せないことに対する周囲の厳しさと本人が感じているもどかしさを主に取り上げているようであった。
  番組でも少し触れられていた幼少期の生い立ち、そして彼に遺された「好きなサッカーで/世界に胸を張れる/選手になって下さい」という3行の言葉についてはNumberで取り上げられ(ここで見ることができる)、またそれにヌマンシア在籍時の生き方を主に家族とともにスペインを渡り歩く様子を書き加えた本が最近出ている。

 そんな福田選手が2年前(前々所属チーム・カステリョンを退団した頃)に応じたインタビューがある(1)(2)(3)。その中で「日本人選手が海外で活躍するために必要なこと」という問いに対して彼はこう答えている。

「そこの街を好きになることでしょうね。例えば、その街の1つの建物を見て、良い建物だなと思えばそう見えてくると思うんです。1つを悲観的に見てしまうと、そこからすべてを悲観するようなことにもなりかねない。その街の人や文化を含めて好きになることが必要なんだと思います」

 海外に限らずまたサッカーに限らず、我々はある街に身を置きつつ仕事なり学問なりと生活を営むわけである。リタイアした人だとより街を意識することが多いかもしれない。
 他方、仕事でうまくいかないこともあろう。今の福田選手もそうした感覚を持っているかもしれない。また転勤などの際に、その街に身を置くこと自体が本位ではない、と感じる人もいるだろう。
 良いことも悪いこともある、愉快なときもそうでないときもある日常において、周りの暗部に目を向けるのか良いところに目を向けるのかでは心の持ち方が明らかに違ってくる。うまくいかないときに酒を飲みながら愚痴るだけで終わるのか(前も書いたかもしれないが、前任地の日本飯屋ではそういう人を少なからず見かけた)あるいは気に入った風景を見つけて気分を新たに挑むのとではその後の結果も違ってくるだろうし、日々の心の持ち方も違ってくるだろう。

 前述の『情熱大陸』ではむしろサッカー一筋という取り上げられ方をしていた福田選手だが、そんな彼が活躍するために必要なこととして「その街を好きになること」としているのは含蓄に富んだことだと思う。「その街を好きになる」というのは、そこにずっと住み続ける場合だけのことではないのだ。

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2008年2月3日星期日

2月3日・東京は雪

 今日は久々に東京で本格的に降る雪を見た。隣県に住んでいた子どもの頃は雪が積もる日がもう少し多かったような気がするがこれも温暖化のせいか、と雪がちらつく度に思うのだが、今日は久々に1日降り続く雪を見ながら1日を過ごした。
Img_4082  先月最初の記事で記した神社も、今日は雪に包まれて寂しげである。




Img_4091  誰が作ったのか、車道の脇に雪だるまがあった。



 東京の雪は夜になって止んでいるが、中国も今年は中部・南部で記録的な大雪で、春節前の帰省に多大な影響を及ぼしているのだとか。上海でも平年に比べてかなりの雪がふったとか。私が上海で見た雪はこの時くらいだったと思うがやはり慣れない積雪に見舞われると何かと大変だし、こういうときに石炭がないとか送電線が切れたとかで電気が通らなかったり、交通機関が機能せず動くことができなかったりで厳しい目に遭遇するのはお偉いさんではなくて市井の人々である。
 温家宝首相がどこかの駅で列車待ちの人達にお詫びをしている様子がニュースで放映されていたが、人の流動化が進んだ中にあって多くの中国人が楽しみにしている春節の帰省が叶わなかった、となればフラストレーションにつながり、それが体制への不満につながらないように先手先手で振舞わないといけないのだろう。

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