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2008年2月12日星期二

「満足できる人生」

 前回『情熱大陸』で取り上げられた福田健二選手のことについて書いたが、彼と小学校・中学校・高校とずっとチームメイトで、やはり彼と同様に世界各地のリーグでプレーしてきたサッカー選手がいる。現在東京ヴェルディに所属する廣山望選手がその人である。ここ3年余りはJリーグでプレーしているが、その前はパラグアイ-ブラジル-ポルトガル-フランスと海外にプレーの場を求めていた。
 彼が約3年前、日本に戻って暫くしてから応じたインタビューが、Jリーグ選手協会のウェブサイトに載っている(1)(2)(3)。その中で彼が海外移籍の動機を述べたくだりが気になった。

 中田英寿の成功以来、日本の多くのサッカー選手が海外でのプレーを希望する。「職業として成功し、多額の年俸を得る」廣山にもそういった選手たちと同様に、サッカーで成功したいという夢があった。ただ彼には「島国的な日本から飛び出して日々を暮らしてみたい」という、生活としてのシンプルな希望もあったという。

「もちろん、サッカーで成功したいという気持ちはありました。サッカー選手ですからね。だけど、それと同じくらい日本という鎖国的なところから飛び出して、世界で生活してみたいという欲求が僕にはあったんです。世界で起こっている出来事に――例えばイスラエルとパレスチナの問題とか――非常に興味があったんです。でも、日本にいるとそういう問題がニュースで流れていても、テレビの中だけの話のように感じてしまう。そんな非現実的な感覚がありますよね。どんな大きなニュースでも他人事みたいに思えてしまう。これはまずいなと思った」

 ずっと前に、彼が海外移籍をした頃にどこかの新聞でもやはり同じことが書かれていたのを目にした記憶がある。別にどこかのチームのコアなサポーターでもなく、Jリーグの試合をスタジアムで見たことがない私でも、この言葉がとても気になった。私はある時期中東研究をしている師匠に師事していた時期があり、だから目に留まったのかもしれない。
 日本にいても意識すれば彼が言う「イスラエルやパレスチナの問題」に代表される「世の中の出来事」を「他人事」ではなく我が事として捉えることは可能だと思う。しかし、前回も書いたがプロサッカーの世界はシビアであり、結果が出ないと戦力外通告が待っている。そうした中では、サッカーにより力を注ぎ生き残っていくという選択をとる人も多かろう。しかし、世界で起こっている出来事を他人事として捕らえている自分に危機感を抱いたことを海外移籍の動機として挙げたことが、とても驚きを持って目に入ってきた。

 彼が海外リーグを渡り歩いていた頃に密着した本『此処ではない、何処かへ―広山望の挑戦』にはこういうくだりがある。

「有能な日本人選手は世界中に散らばっていく。(中略)そうした意味で、広山は特別な存在ではない。
 ただ、広山が少し違うのは、国外のクラブに移って良質なサッカーをすることに加えて、自分が満足できる人生を送ることにこだわったことだ。日本代表や年俸よりもそれを優先し、迂回することさえも厭わなかった。そこに同時代の一人の人間の姿を僕は見るようになっていた。」(p.241-242)

 実際にはチャンスがあれば日本代表に選ばれたほうがいいだろうし、年俸は高いほうがいいだろう。大事なのはそれに加えてそうした条件を取捨選択し惑わされることなく「自分が満足できる人生を送ること」であり、そしてこれはなかなか難しいことだと思う。

 私も「イスラエルとパレスチナ」に示されているような社会とのつながりなり世の中や街への視点なりをなくすことなく、満足できる人生を生きられるように日々励みたいものだ。

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