« 「満足できる人生」 | Main | ステレオタイプな考え方 »

2008年2月23日星期六

『北京三里屯第三小学校』

 後に放送大学の先生になられた著者による、文化大革命期における中国の学校教育を紹介した本。というよりは、2人の子どもを文革期に中国の小中学校に通わせた母親の目から見た、当時の中国の記録。
 著者の配偶者が北京に赴任することになったため、一家4人で1972年に北京に移住。当時は日本人学校などというものはなく、著者の長男と次男はその後約3年間、数少ない外国人児童・生徒として現地の小学校・中学校(中学校については、実際に通ったのは小学校に増設された中等部だった)に通ったのである。ちなみに北京日本人学校のウェブサイトによると北京に日本人補習校ができたのが1974年、日本人学校は1976年開校とのことである。上海日本人学校(音楽が流れるので注意)の前身である補習校は1975年開設だそうである。
 1972年にはもう紅衛兵の猛威やそれに伴う教育現場の混乱も収まり、むしろそれを機に知識青年の下放運動が進められていた頃であろう。当時の小学生も「労働者や農民に学ぶ」こととされ、国語の教科書にそれが強調されていたり、長男も含めた小学生が農村労働や工場労働(いずれも研修のようなもの)に参加したりしたことが述べられている。
 当時の各教科の教科書から、中国の学校教育が意図するところを読み解いているのも興味深かった。例えば、国語では1年生にして「翻」や「毫」といった漢字を学ぶ。これは、これらの文字がスローガンや現代中国での「あるべき人物像」を説くのに度々用いられるからであり(「翻」は「翻身」=圧迫から解放されて立ち上がる」に用いられ、「毫」は「毫无利己, 专门(専門)利人」=いさささも己れのためではなく、専ら人のために」に用いられることが述べられている)、学ぶ漢字の順番さえもが中国の体制に合致したものになっておりまた当局がその主張を浸透させるのに便利なようになっていることを示唆している。また算数では、応用問題が「現実に発生している問題」=体制化での日々の暮らしやトピックに即して出題されている(出題に貧農・富農の人口比や農村に体験学習に行った学生の数が出てきたりする)のが特徴的だと指摘していた。こうした教え方を通じて、共産党が考える問題意識について意識が行くようになるのだろう。
 前述の通り、この頃は紅衛兵運動による混乱も去り、小学校が5年制になるという影響こそあれ教育現場も平穏を取り戻していたようである。またこの頃は生徒が課外でも集まって学習する機会が多かったようだ。著者の2人の子どもも1から中国語を学び、体制の影響を感じる中ではあるが同学と仲良くして学校生活を送ったようである。それにしても周りが中国人の子どもばかりの中で、3年に渡って学校に通うのは本人にとっても両親にとっても、本に記された以上の困難がありそれを克服したり折り合いをつけたりしてのことだろうと思う。

 2006年現在、北京日本人学校の児童・生徒数は小中学校あわせて651人、上海日本人学校は急激な日本人の増加に伴い2つに分かれ、2007年現在で2,500人を超える。外国に暮らすことによる多少の困難はあろうが、日本の学校と変わらない学習環境で過ごすことができるだろう。
 他方中国の小学校、拙ブログで以前紹介した猛勉強を強いられたり自信満々の学級委員候補がいたりする現代中国都市の小学校は(どちらが良いか悪いかということではなく)当時と比べてかなり変わってしまった感がある。地域や豊かさの度合いによって大きな差があるとは思うが、こうした都市の学校では時代背景が変わり、子どもと親の考え方や目指すところが変わってきており、学校に影響を与えているのだろう。以前も書いたとおり、これらの学校で見られる教育熱は「行き過ぎ」の感が否めない。

|

« 「満足できる人生」 | Main | ステレオタイプな考え方 »

Comments

The comments to this entry are closed.

TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/73410/40237772

Listed below are links to weblogs that reference 『北京三里屯第三小学校』:

« 「満足できる人生」 | Main | ステレオタイプな考え方 »