大きな玉ねぎの下で
初夏の陽気を思わせる祝日の午後、日本武道館へ行ってきた。


今回は飯田橋駅から目白通りを南に下って九段下にある日本武道館を目指したのだが、目白通りの歩道にはかつて何があったかを示す石碑が建っていた。歩いていて見つけた順番に左から東京農業大学開校の地、徽章業発祥の地、北辰社牧場跡、東京女子医科大学発祥の地。明治時代この地に牧場があったとは驚きである。
靖国通りとの交差点には、第2次大戦中・戦後から昭和30年頃までの暮らしぶりを伝える昭和館が建っている。今日は「昭和の日」だったからか、入場料が無料になっていた。館内には寄贈を受けた、当時の様子を伝える家具や身の回りの品、ポスターや手紙が展示されている。
昭和館の下に、「蕃書調所跡」の碑を見つけることができた。江戸時代末期の1854年に海外事情を調査するために設立された蕃書調所、某「町内会」関係者にとってはかつての学舎のルーツともいえる。
この日、日本武道館では柔道の全日本選手権が行われていた。日本武道館に近づくといかにもという感じの体格をした、学生服やブレザー姿の学生と思しき人達がたくさん歩いていたし、観戦に向かう学生以外の人達の中にも腕が太い人や体格のいい人が目に付いた(勿論皆がそうだというわけではないが)。
爆風スランプの1989年のヒット曲に『大きな玉ねぎの下で』(作詞:サンプラザ中野)という歌がある。この「大きな玉ねぎ」、武道館の建物の全景を「玉ねぎ」に例えたのかとずっと思っていたが、「玉ねぎ」は武道館の屋根に乗っている飾り、擬宝珠(きぼし)を意味するらしいですね。
この歌はペンフレンドと「大きな玉ねぎの下で」会おうと彼女を武道館でのコンサートに誘ったけれども結局会うことができなかった男性の気持ちを歌った歌である。もっとも、私には武道館にはそんな思い出はなく、柔道の試合(しかも全日本選手権のような大きな試合ではなく、いろいろな大会の東京都予選)の思い出ばかりである・・・何しろ、ここは「武道館」である。
その「大きな玉ねぎの下で」柔道日本一を決める戦いが行われ、100キロ超級の五輪代表が決まった。当たり前だが、重量級でも皆技や動きが素早いですね。決勝戦で残り2秒で寝技を返した鈴木選手、負けはしたが決して諦めない精神を感じた。











Recent Comments