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八月 2008

2008年8月31日星期日

温故知新-孫文先生-

 今般、「ここ」の「こういう制度」を利用して「学士(社会科学)」の学位を戴き、一昨日学位記が郵送されてきた。2年前の「学士(商学)」に続いてのことである。

 この制度で学士の学位を得る際には、大学などで単位を修得するだけでなくレポートを提出しなければならない。今回申請するに際し、孫文の政治思想を題材にしてレポートを書いた。
 今までは「今起こっている事象」に興味を持ち、それを題材に学習や研究を行ってきた。その知識を深めるために過去の事象について調べたり本を読んだりはしたが、ある程度時間の経った過去の事象について、研究なり学習の対象として興味が湧くことは少なかった。が、今回孫文を題材にレポートを書き、昔の事柄に学ぶことも多いということを改めて感じた。今回提出したレポートは孫文の政治思想と(中国のみならず)現代国家に見られる一党支配体制を比較したものであり「今ある事柄」についてレポートを書いたとも言えるが、そのために孫文にまつわる書籍を読んで学ぶことで、過去のことを学び、研究する面白さを感じた。もう少しそのことに早く気付けばよかったのかもしれない。
 私の師匠が「変化したものを知ると同時に変わらなかったものを知ることが重要」と仰っていたが、現代の事象を知る際に過去のことを知る必要性を示されたものだと言えようし、過去のことを知っていれば現代のことにも興味を持って接することができるだろう。

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2008年8月30日星期六

「撒尿牛丸」@北京・王府井

Imgp1527 北京の繁華街、王府井大街の入り口に程近いところにある路地を入ると、そこが「王府井小吃街」という夜市になっている。
 この王府井小吃街、北京飯店の裏にある。今の評判はわからないがかつて北京を代表するホテルだった北京飯店の裏に、夜市があるのである。
 小さい店が軒を連ね、ちょっとした食べ物を出したり土産物を売ったりしている。

Imgp1522  この王府井小吃街で、「香港 撒尿牛丸」という文字を見つけた。「撒尿」、日本人的には穏やかではない言葉だが食べ物の名前につけるべき文字なのだろうか。





Img_0112  注文して出てきたのはこれ。要はすり身の団子を日本のおでんと似た汁で煮たもので、美味しく戴いた。
 が、美味しく戴いたと言いつつ、「撒尿」の由来が気になる。文字で見ただけではちょっと引いてしまう名前である。

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2008年8月29日星期五

天安門広場

Imgp1479 前門大街を訪れたあとで、天安門広場に入った頃には日が暮れていた。おそらく期間限定であろう北京五輪のモニュメントが建っていた。





Imgp1485_2  暗くて観難いが、北京五輪のスローガン「同一個世界 同一個夢想」が見える。






Imgp1478 Imgp1477  南側を振り返ると北京五輪開催を記念するスローガンが、天安門のスローガンに向かい合うように掲げられている。五輪開催に至るほどに立派な社会を築きあげたというアピールなのだろうが、右側の「改革開放共譜和諧篇章」、ここ30年の中国の歩みを押し込んだ言葉に見えた。改革開放を旗印に急速な経済発展を遂げたが、格差拡大など新たな矛盾が噴き出してきたのでやっぱり「和諧社会」も盛り込んでおこう、というところか。「和諧社会」、スローガンにある「共譜」=人民も共に唱えているのか、あるいは人民にはリアリティが感じられない単なるお題目と捕らえられているのか。

Imgp1708  日が高いうちに改めて写真を撮ろうと、翌日観戦後に改めて天安門広場に行ってみたら、立入禁止になっていた。閉会式前日だからということなのだろうが、前日まで(セキュリティーチェックこそあれ)入ることができたのに突然立入禁止になったのは解せない。予め決められていたのか、あるいは何か不穏な情報が入ってきたから急遽立入禁止にしたのかはわからない。

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2008年8月28日星期四

「加油」の意味を問う

Img_0120  北京五輪・男子サッカー決勝会場にて。セキュリティーチェックを待つ人が着ているTシャツ、「加油中国」の文字の下に「Refueling China」の文字が見える。
 「Refueling」、ガソリンスタンド「加油站」で使う「加油」の訳であり、スポーツの会場で発する「加油」の意味はないと思うが…あるいは「ファイトー!一発!」よろしく何かを補充しろ、という意味が込められているのだろうか。
 ジーニアス英和辞典(電子辞書に入っているもの)やクラウン英和辞典で「Refuel」を引いてみたが、「頑張る」を意味するという記載はなかった。

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2008年8月27日星期三

北京・前門大街

Imgp1436 天安門広場の南端にある前門から南に伸びる前門大街が、清朝時代や中華民国期の街並みを復元した歩行者天国になっていた。調べてみると、長らくの改修を経て今月オープンしたばかりだという。




Imgp1443  両側に並ぶ建物は、清朝末期~中華民国期の街並みを再現すべく建て替えられている。






Imgp1445Imgp1449  まだオープンしたばかりだからか、中はドンガラの建物が多い。そんな中で営業している数少ない飲食店には、長蛇の列ができていた。そのほかには、化粧品店があったくらいか。
 上海郊外の古い町並みである周庄を訪れたとき、街並みの殆どが土産物屋になっていて興を削がれた記憶がある。この前門大街もそのようになってしまう気がする。
 上海の外灘や旧租界エリアだと、当時の建物が現役で使われていて街に溶け込んでいたと感じた。北京でもそのような場所、昔の建物や街並みが「活きている」場所が探せばあるのだろうが、ことこの前門大街に関しては「作り物」の感が否めない。
 1990年代に北京を何度か訪れたことがあるが、当時は値段がお手頃な、北京南駅付近にある僑園飯店やその隣にある留学生招待所(こんな名前だったと思う)に泊まっていた。これらのホテルを目指すべく北京駅から北京南駅行きのバスに乗ると、この前門大街を通ったものである。バスの車窓から見る前門大街は当初はローカルな街並みだったのが、次に訪れたときには日系の眼鏡屋が姿を表し、勤め始めてからこの通りを訪れたときには外資のファーストフード店が見えたりと中国の変化がこの通りから見えたものである。それから考えると、新しい前門大街からは生活感が感じられず、「今の中国」を感じることができない。かつての前門界隈とは違う、テーマパークだと思って割り切る必要があるだろう。
Imgp1455  前門大街には、有名な北京ダックの店「全聚徳」が店を出している。結構なお値段だろうが、やはり店の前に長い列ができている。





Imgp1433 前門大街の入り口には、路面電車が停まっていた。こちらもかつて走っていた路面電車を復元したもののようで、私が行ったときは停まっていたので展示用かと思ったが実際に前門大街を走るようである。




Imgp1427  前門の東側には、「北京鉄路博物館」という建物があった。建物の周りはまだビニールテープで入れないようになっており、まだオープンしていないのだと思う。
 同じ建物に「国人賓館」の看板が見える。北京の街を歩くには便利な立地だが、入り口を見たら2つ星のホテルであった。外国人が泊まるにはちょっと厳しいことが予想される。

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2008年8月26日星期二

足球決賽@鳥の巣

Imgp1615
Imgp1561  先述の通り、北京五輪男子サッカー決勝、アルゼンチンv.s.ナイジェリアを観戦してきた。そのときの様子をぼちぼちとアップ。






Img_0121

 入場するにはセキュリティーチェックを受けないといけない。地下鉄の駅や天安門広場のような主要な場所に入るにはどこでもセキュリティーチェックを受けなければならなかったので慣れていたのだが、鞄の中に入れていたカメラを指差して、「写真を撮る目的で持ち込むのであれば持ち込んでよろしい」と言われたのには驚いた。それ以外にカメラを持ち込む目的はないだろう。撮影禁止とか言われるのかと思ったところそうではなかったのだが、カメラ型の爆弾かバズーカ砲が世の中にあるのだろうか。
Imgp1589  植え込みの灯かりも「鳥の巣」仕様である。








Imgp1676_2  試合開始30分前に場内に入った。
 飲み物を買おうと思って売り場に並んだ。さほど行列も長くなかったのですぐ買えるだろうと思ったのだが、売り場の人たちの動きが悪いのか随分と時間がかかり、席に着いたのは試合開始間際だった。もっとも、時間がかかった要因の1つとして、前に並んでいた日本人が一旦注文を済ませた後で、「やっぱりコーラ追加」とか連れに「飲み物いくつ頼めばいい?」と聞くとかやっていたのが挙げられることも付記しておく。日本サッカーと同様に、「決定力」が大切であり、「決定力不足」はトラブルのもとである。
 会場に掲げられている国旗は、開会式の入場順=中国語表記の1文字目の画数順であった。

Imgp1650  キックオフ時には空席も目立ち、入場券を手にしても来ない人が多いのかと思ったが、前半のあいだに続々と入場してきて、9割くらいの入りであったといえよう。入場者は8万9千人余りとのアナウンスがあった。
 ナイジェリアの応援団が民族音楽と思しき音楽がずっと打ち鳴らす中、中立な立場の観客が多い会場では時には好プレーに沸いたり唸ったり、遅延行為にブーイングをしたりといった感じで時間が流れていった。

Imgp1640  ハーフタイム時に、北京五輪のキャラクターとチアガールが場内一周してパフォーマンスを披露していた。






Imgp1668  試合は後半にアルゼンチンが決めた1点を守りきり、金メダル獲得。アルゼンチンの選手はよほど嬉しかったのか、試合終了後は手をつなぎ輪になってのダンスだったし、しばらくベンチ前で歓喜のジャンプをしていた。さらに表彰式でも銅メダル授与の直前までジャンプを繰り返していた。
 ナイジェリアは前半は「そんなトラップあり?」というほどの躍動感のある動きを見せていたのだが、後半疲れからかそういった動きが少なくなったと思った。とは言え両チームとも良い守備を見せ、それを打ち破ろうと攻撃をするという試合運びで、ゴールキーパーによるファインセーブも含めて引き締まった良い試合であったといえよう。

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2008年8月25日星期一

台湾シネマ・コレクション~『川の流れに草は青々』~

 東京・六本木にある映画館「シネマート六本木」で、23日から『台湾シネマ・コレクション2008』と題して台湾映画の集中上映を行っている。9月末までの間に、8本の台湾映画がこの映画館で披露される。
 私が今まで観た台湾映画は『悲情城市』に始まり『戯夢人生』・『牯嶺街少年殺人事件』などであるが、観終った後で重い気分になる作品が多かった。今回の『台湾シネマ~』で披露される映画のあらすじをウェブサイトで見てみたが、観る前から何であるが観たあとでちょっと黙ってしまう作品がありそうだ。私と年齢差がある世代が描かれている作品が多いようであり、実際に観に行ったところでどんな感想を持つのかはわからない。
 大規模に上映されるアメリカ映画や日本映画と違い、明快なストーリーではない作品を観てきた気がする。
 この『台湾シネマ~』、偶々ある地下鉄の駅でポスターを見つけて初めて知った。私の情報収集能力が鈍いのかもしれないが、もっとこのイベントをアピールをしたほうがいいのではと思った。

 『台湾シネマ・コレクション』にあわせて、1980~90年代の台湾映画も「特集上映」と称して披露されている。
 今日の仕事帰りに、侯孝賢の初期の作品『川の流れに草は青々』を観てきた。台湾北部の内湾なる街を舞台に、臨時教師として小学校に赴任してきた青年と女性音楽教師を中心に、子ども達の学校生活やそれを見守る父母などとの交流を描いた作品であり、「安心して観ていられる」映画であった。1982年の作品であり、今となっては主人公やヒロインよりも今の私のほうが年上なのであろうが、実は作品中の子ども達と近しい世代であったりする。
 侯孝賢は後に2・28事件を題材にした話題作にして彼の出世作である『悲情城市』を撮るのだが、1982年当時はまだ台湾は戒厳令下にあり、社会性のある問題作や実験作は発表しにくい、というかできない状況であった。そんな中で小さな街の小学校に題材を得て先生や子ども達の生活を細やかにかつ活き活きと描き、さらに「プロパガンダ色」を感じない、鮮やかな作品であると言えよう。

 当の『台湾シネマ~』であるが、登場人物と年が離れてきたと言いつつも1本くらいは観に行きたいと思う。同じ映画館で同学お勧めのベトナム映画を上映しており、そちらに流れるかもしれないが…

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2008年8月24日星期日

北京五輪・最終日に想う

Imgp1577_2  北京五輪も今日が閉会式、テレビでは閉会式の様子を中継している。

 日本選手の活躍ということで言えば、女子球技の躍進が目立つ。ソフトボールの金メダル、そして女子サッカーのベスト4である。
 私が中学1年生の時の担任の先生はソフトボール部の顧問で、クラスにも入学後ソフトボール部を選んだ同級生がいた。出身中学の
ソフトボール部は女子部しかなかったが部員もそこそこいたし、少なからぬ中学にソフトボール部があったと思う。当時はソフトボールは五輪種目ではなかったが、みんな日々夢中になれるものは何かと思ってソフトボール部を選んだのだろう。
 ソフトボールが五輪種目になったのは1996年のアトランタオリンピックから、ソフトボールを選んだ同級生が20代も半ばの頃である。ソフトボールは次回2012年のロンドン五輪からは開催されなくなることから、今回の金メダルを「有終の美」と報道する向きもあった。しかし他方で、「ソフトボールは終わらない」と配信する記事を見つけた。五輪種目であろうがなかろうが、日本のあちこちでソフトボールを頑張る人たちがいるのだ。今回ソフトボールのメンバーに入った坂井選手は一度引退しながら、「私の夢は五輪に出ること」と話した中学生の話に刺激を受けて現役復帰をしたと聞く。さらに、ソフトボールには男子選手もいる。
 一時五輪種目ではなくなっても、「ソフトボールは続く」のである。
 女子サッカー、私の知人にはサッカーをたしなんだ女性はいないし私の生徒・学生時代には「女子サッカー部」というのを見たことがなかったのだが、今や私の母校(H送大学ではない、出身高校にも)にも女子サッカー部があると聞く。先駆者の努力の賜だろう。今回の五輪メンバーやバックアップメンバーは、先駆者と言える人たちや先駆者に薫陶を受けて北京の舞台に立った選手なのだろう。

*****

 北京へ行き、「鳥の巣」こと国家体育場で男子サッカー決勝を見てきました。その際に見た北京の様子は別途。
 今回の五輪、日本選手団ということで言えば前述の女子球技の活躍とともに、2連覇を果たした選手の活躍が目立った。他方、今大会がピークという選手は少なかったように思うが、次回五輪までに五輪のみならずスポーツ界で活躍しそうな新しい選手の活躍も目にできたと思う。
 あと、長らくその世界で第一人者として活躍してきて、ここでメダルを獲ってもらいたいと思う人がメダルを獲ることができたのが良かったと思う。レスリングの浜口選手とか、陸上の朝原選手とか。
 実力からして出場枠を得るのがやっとという種目でも、やはり4年に一度最高峰と目され注目される舞台に立った人たちはいい経験をしただろうし、羨ましくも思う。やはり五輪は4年に一度の「世界一のスポーツのイベント」だと思うし、我々も楽しむことができるスポーツイベントだと思う。

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2008年8月19日星期二

ひかりTV

 先日、私の部屋にひかりTVを導入した。ひかりTV、要はインターネット経由で見るテレビである。
 スカパー!に入ろうかと思ったのだが、部屋に勝手に穴を開けてアンテナをつけたり線を引くことはできない。スカパー!にはやはりインターネット経由で見ることができるスカパー!光というのがあるのだが、これは光回線を独り占めしていなければならず、マンションで回線を共有している私は入ることができない。そこで、似たサービスであるひかりTVに申し込んだ次第である。
 テレビの基本料金で見ることができるチャンネルが40チャンネルもある。こんなにたくさんの番組は見ることができないし、番組表を見ると同じ番組を繰り返し放送している場合もありコンテンツの少なさが否めない場合が少なからずあり、見ることがあるのかと思った。しかし実際に加入してみると、旅チャンネルを見て日本中や世界中を旅した気分になったり、『機動戦士ガンダム』や『キン肉マン』を見て懐かしい気分になったりと結構見てしまうものだ。今後ヨーロッパのサッカーを見たりできそうだし、なかなか楽しめそうである。

 ひかりTVが開通してすぐ、有料のオプションサービスである鳳凰衛視CCTV大富そしてTVB大富に申し込んだ。それぞれ中国語の番組のチャンネルであり、日本語の字幕はここまで見たことがない。コマーシャルも現地のそれである。部屋でも台湾・中国気分をというのもあるし、放送時間は少なそうだが台湾や香港の歌のプロモーションビデオを視るのに憧れていたのである。中国語のヒアリング能力向上のため、というのもある。
 五輪期間中ということもあり、CCTV大富では姚明とその彼女(結婚相手)のストーリーを特集したりと五輪関係の番組が多い。他のチャンネルも含め、それぞれぼちぼちと見ようと思う。

 もっとも、これらのチャンネルを見て中国や台湾と同じだと思うわけにはいかない。CCTV大富は中国のCCTV(中国中央电视台)の番組を放映しているが、当の中国ではCCTVだけで10チャンネル以上あり、さらに各地の放送局を衛星放送やケーブルテレビへの配信で見ることができる。台湾では、地上波ベースの放送局のほかにそれこそスカパー!やひかりTV同様に様々なジャンルの番組を見ることができ、台湾でホテルに泊まってテレビをつけると、100くらいのチャンネルがある。他方TVB大富は香港のテレビ局「TVB」のダイジェストであり、台湾で見ることができる番組のごく一部ということになる。
 そのあたりを勘違いしないようにしつつ、それぞれのチャンネルで放送される番組を見て楽しんだり中国語能力の向上に役立てたりしたいものである。

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2008年8月16日星期六

北京五輪・折り返しに想う

 北京五輪、開会式から8日が経った。閉会式までの残り日数もあと8日なので、日程も折り返しと言えるだろう。

 開会式で、中国の各民族の民族衣装を着て中国国旗を持って場内に入ってきた子どもたちの多くが漢族の子どもであったことが伝えられている。その画面を生中継で見たときに、少数民族だと一目でわかる顔立ちの子どもが少ないような気がしたのだがそのときは遠目からだったし厳密にやってはいないのかもしれないと思ったが、1週間経ってその中身が明らかになり問題視されている。
 この北京五輪の開会式は、中国の国家体制や最近の中国を巡る状況からすると国威発揚色が強くなるのではと言われていたし私もそう思った。更に中国の体制に批判的に考える人たちの中にはこのオリンピックを1936年のベルリン五輪(当時のドイツの政治体制は…)に擬える向きもあった。しかし、実際に蓋を開けてみると言われるほどには国威発揚色が少ない開会式だったと思う。その中で数少ない「中華人民共和国」のアピールである国旗入場と掲揚に、フェイクがあったということである。逆に言えばフェイクをしてでも「五星紅旗と中国の各民族を結びつける」、ひいては「五星紅旗の下での民族共存」をアピールしたい」ということになる。だとすれば、こだわりどころを間違えており、やはりそういうやり方は如何なものか、ということになる。
 ロイター記事では、「中国の56の民族グループから56人の子どもが中国国旗を取り囲み、56の民族を表す」とプレスに示されていたという。原文がわからないが、「『各民族の子ども』とは言っていないでしょ」と開き直る余地があるということだろうか。
 こだわりを持つのであれば各民族から1人ずつ子どもを集めてくることは可能だっただろうが、国内各民族の存在とその「五星紅旗下での共存」をお手軽にアピールしたかった、ということか。もっとも、我々が思うほどには開会式にメッセージ性を込めようとはおもっておらず、単なる手抜きなのかもしれないが…
 選手入場の直前に、フィールドで各民族の民族音楽の演奏や民族舞踊が展開されていたが、あれはどうだったのだろうか。

「中国の56の民族グループから56人の子どもが中国国旗を取り囲み、56の民族を表す」五輪=開会式でまた問題、民族衣装の子供も「やらせ」
2008年 08月 15日 17:19 JST

 [北京 15日 ロイター] 北京五輪組織委員会(BOCOG)は15日、8日の開会式で中国各地のさまざまな民族衣装を着た子どもたちが行ったパフォーマンスについて、実際には民族衣装と子どもの出身地に関係がなかったことを認めた。
 同開会式ではこれまで、花火などの映像の一部が事前に制作された合成だったほか、歌の場面に登場した少女が本当の歌い手でなく「口パク」だったことも明らかになっている。
 BOCOGの王偉副会長は「中国の演者が異なる民族の異なる衣装を着るのはよくあること。特別なことではない」とコメント。「彼らは人々が友好的で共に幸せであることを象徴するために違う衣装を着るだろう」と釈明した。
 民族衣装を着ていた子どもたちは、子役の少年少女などが所属する銀河少年電視芸術団の団員と伝えられている。しかし、開会式に関するメディア向け資料では「中国の56の民族グループから56人の子どもが中国国旗を取り囲み、56の民族を表す」と説明されていた。

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2008年8月11日星期一

一茶一坐

20080810 上海をはじめ中国各地で見た「一茶一坐」の文字を、東京・渋谷で見つけた。
 「一茶一坐」(一茶一座)、中国の喫茶店チェーンなのだが、渋谷にも店を構えている。中国の「一茶一坐」は上海にもよくあった「定食や食べ物も出す喫茶店」のチェーン店のイメージがあるのだが、日本の「一茶一坐」は「茶芸」「お茶をたしなむ」というイメージをより前面に出しているようである。
 中国の飲食チェーンの日本進出では「小肥羊」が本国同様に火鍋の店を展開しているが、それ以外の飲食チェーン店も日本進出を目論んでということだろう。
 上海に住んでいた頃、日本の飲食チェーン店の中国進出というニュースをよく耳にした。ラーメン屋、居酒屋、カレー屋…成功した例もあり、あるいは客足が今ひとつだったり合弁相手との確執か何かで店を閉めてしまったり現地資本化して日本とは別の店になったりしたケースもよく聞いたことがある。日本の外食市場で、こうした中国系飲食店グループがどう食い込んでいくのだろうか。
 この「一茶一坐」、日本のウェブサイトで運営会社情報を見ると日本の別会社が中国側と契約を結んで展開しているようである。日本ではまず一等地に店を出したと言えるが、今後の展開や如何に。

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2008年8月9日星期六

北京五輪・開会式

 北京五輪、開会式の日になった。サッカーなどもう始まっている種目もあるが、開会式を見るとやはりオリンピックが始まったという気分になる。
 紙の発明など中国による「歴史的偉業」にちなんだパフォーマンスが進んでいったが、いちばん最初の打楽器のパフォーマンスが「朋遠方より来たるあり 亦楽しからずや」という孔子の言葉をテーマにしているとかで、まず来客に敬意を表してからお国自慢、順番を間違えていない。
 始まって短い時間で五星紅旗が入場してきて、国歌とともに国旗掲揚になったのを見たときには「やはり国威発揚色が強い開会式になるのか」と思ったが、その後のお国自慢のパフォーマンスはそうでもなく、ショーとして楽しめるものだったと思う。活字の発明や紙の発明を織り込んだパフォーマンスは見応えがあったと思う。
 フィールド内にびっしりと人が集まってのパフォーマンス、この開会式の演出を担当した張芸謀が撮影した映画『黄色い大地』だったと思うが大勢の人が太鼓を叩きながら迫り来る場面を思い出した。

 選手入場、今回は中国語の表記で1文字目の画数順に入場であり、いつも最初に入場するギリシャの次は几内亚=ギニアだった。次にどの国が入場するのか予想がつかない。
 香港は「中国香港」の名前で入場。澳门=マカオは?と思ったが、マカオオリンピック委員会はIOC非公認とかで、オリンピックには独自の名前では参加できないのだそうである。「中華台北」の名前で入場してきた台湾選手団にも盛大な拍手が送られていた。
 毎回のことながら、普段はあまり名前を聞くことがない国の代表に目が行く。テレビでの放送で彼らを見ることは少ないのだが頑張って欲しいと思うとともに、これらの国や地域のことを知りたくなってくる。
 ニカラグアのアレクシス・アルゲリョ、フィリピンのマニー・パッキャオと、何故にプロボクサー・元プロボクサーが旗手なのだろう。いずれも世界王者経験者であり「国の英雄」ということなのだろうが、ちょっと違和感があった。

 聖火リレーの最終走者(というか点火者)は李寧。数日前に拙ブログで触れたばかりなのでちょっと驚いた。かつてのオリンピックのヒーローとしての名前はやはり健在ということか。

 中国は「和諧社会」を唱えるもなかなかうまくいっていないなど国を治めるに難しい局面にあり、さらに四川大地震の後ということもあり、この開会式は国威発揚が前面に出るのではないかと思ったが、そうした色は少なく「普通の」開会式だったと思う。「スポーツの祭典の開会式」であるというところは、はずしていなかったと感じた。

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2008年8月4日星期一

鉄板焼=Hibachi?

 上海の日本料理店に行くと、多くの店に「鉄板焼」のスペースがあった。テーブルの上に鉄板を敷いたカウンター式のスペースがあり、鉄板の向こうに立っている調理人が客の前で肉や魚介類や野菜を鉄板の上で焼いてくれるスタイルである。そしてこの鉄板焼を、鉄板焼専門店ばかりでなく、焼肉屋や普通の日本料理店にも鉄板焼のスペースを見かけるのがちょっと違うかなと思ったものである(日本には鉄板焼スペースがある居酒屋、というのはあまりないでしょう)。
 この鉄板焼、アメリカ滞在経験がある人から教えてもらったのだが、アメリカではロッキー青木が開いたチェーン店などがありかなり普及しており、しかも「Hibachi」の名前でおなじみなのだとか。「火鉢」、これは暖房用具であり、上に網を乗せて食べ物を焼く、つまり鉄板焼同様に下からの熱で食べ物を焼くのは「七輪」ではないかと思うのだが、何故に「Hibachi」の名前で鉄板焼が普及したのだろうか。
 鉄板焼、上海では「火鉢」や「Hibachi」ではなくちゃんと?「鉄板焼」の名がついていた。日本料理とは言いながら「外国に進出した日本料理店」の成功例に倣ったものなのだろう。

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2008年8月2日星期六

李寧

 いよいよ北京五輪まで1週間を切った。
 昨日の日本経済新聞に、ロスアンゼルス五輪体操金メダリスト・李寧が興したスポーツ用品メーカーのことが書いてあった。
 李寧、前述の通りロスアンゼルス五輪で3つの金メダルを獲得した、中国では有名人である。引退後、その知名度を活かし自分の名前をブランドにしたスポーツ用品店、李寧(LI-NING)を立ち上げた。私も学生時代、中国旅行中に李寧の店を北京で見つけ、物珍しさからスウェットを買ってしばらく着ていたことがあった。
 日経の記事では、売上高がここ4年で3.4倍に成長し、北京だけで50店、中国全土に5,600店舗があること、1日に3店舗出店するベースで増えていることが触れられていた。学生時代は北京の王府井だったと思うが店を出し始めたばかりの頃で、まだスポーツ用品の市場も小さかった頃であったがそれに比べると格段の違いである。
 私が上海にいた頃に何かで李寧に触れた記事を読んだことがあるのだが、それには李寧は外資のアディダスやナイキとの競争や差別化に失敗し苦戦していると書かれていたと記憶している。確かに当時デパートの中には外国系のスポーツ用品は置いてあったが「李寧牌」(李寧ブランド)のものはなく、量販店に行くとそれこそブランドのついていないものか無名のブランドのものばかりで李寧牌の商品はその店舗以外では見かけなかった。さらにその店もあまり人が入っているようには見えなかったが、北京五輪を機に流れが変わったのだろうか、あるいは取材に対して景気のいいことを広報担当者が言っているのだろうか。
Img_2142 写真は上海・四川北路にて、李寧ブランドの店。見かけるのはこのような小規模の店舗だったが、似たような店が前述の通り「1日3店舗のペースで」増えているのだろうか。
 日経の記事にも触れられていた、ナイキに似たロゴマークと、アディダスの「Impossible is nothing(没有不可能)」の向こうを張った?「Anything is possible(一切皆都可能)」のキャッチフレーズが店頭に見える。淮海中路にも店があるのを見たことがあるが、中国全土で5,600店舗とのことなので上海だけでももっとあちこちにあるのだろう。

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