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十二月 2008

2008年12月25日星期四

「台南担仔麺」でランチ

P1000104  所用があり、休暇を取って新宿界隈をうろうろしたが、その際に先日紹介した職安通りの「台南担仔麺」で昼食をとろうと思い立ち、また行ってみた。






P1000096 おかず一皿とサラダ、それに加えて食べ放題のスープ・ご飯・炒麺・デザート。これで750円はお値打ちといえよう。
 「食べ放題」と聞くとついつい食べ過ぎてしまうのが悪い癖である。





P1000111  所用を済ませ、新宿西口を歩くと変わった形をした新しいビルが目に留まる。中央部が出っ張った曲線形である。
 このビル、モード学園コクーンタワーの地下にはブックファーストが入っている。「新宿西口最大級の書店」との触れ込みだが、行き慣れていない本屋ではどこにどんな本があるのか、ありそうなのかなかなかわからない。このあたりは昔からある書店のほうが本を探しやすい。
 並べてある本の多さに、本との出会いも「一期一会」なのではないかと思った。目に留まったときに手にして買うか買わないか決めないと、次いつ出会えるかわからない。

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2008年12月15日星期一

『中国・庶民の改革開放30年 第3回 失意からの出発~上海~』

 NHKで放映された『BS特集 中国・庶民の改革開放30年 第3回 失意からの出発~上海~』を見た。1978年に鄧小平体制下で「改革・開放」が唱えられてから今年で30年、各地の庶民にとっての「改革・開放」の一面を捉えたシリーズである。『中国・庶民の改革開放30年』シリーズは過去の番組で取材した人たちのその後を追う形で展開され、この第3回は1993年に『はるばると世界旅 上海・横丁物語』で上海の社区を取材したときに出会った人たちのその後の姿を追った番組である。取り上げられた社区は「呉淞路里弄」と言っていたから、上海北部の話であろう。
 番組では1993年に取材した3人の男性にハイライトを当てている。一人は当時結婚式を挙げたばかりで、その後勤めていた国営企業を辞めてはるさめ工場を開くもトラブルから閉じざるを得なくなり今はかつて住んでいた社区の近くで麺店を営んでいる。もう1人は当時はバス会社に勤めながら弟が経営する精肉店を手伝っていたが、その後自らも念願の自営の精肉店を営むも社区の取り壊しで閉店を余儀なくされ、今度は再開発で取り壊す場所での立ち退きを説得する会社に転じていた。さらにもう1人は早くから商品ブローカーをやって儲け、1993年当時は社区で飲食店を経営していたが、その後ギャンブルなどで身を持ち崩し今は近所の人の援助で暮らしている、といった具合であった。
 「改革・開放」の影響はまず華南で見られ、上海ではこの流れは少し遅れてやってきた。1993年当時は上海にも改革・開放の影響が行き渡り、チャンスを求める人が新たなことを始めようという頃だだったのだろう。この3人もそんな時代の中でチャンスを求め、今に至るという感じなのだろう。

Img_1537 Img_1539  登場した3人のうち2人は、社区の取り壊しが人生のターゲットになっている。精肉店を営んでいた彼は社区の取り壊しで精肉店を閉じざるを得なくなり、商品ブローカーから転じて飲食店を営んでいた彼は立ち退き時の補償金をギャンブルに注ぎ込んでしまい人生が変わってしまったといえる。
 番組とは関係ないが、写真は復興路で見た取り壊された住宅群。上海の街のあちこちでビルやマンション建設や再開発のために古い家が壊されるのを見た。この番組のように、再開発やそれに伴う立ち退き・取り壊しに巻き込まれてしまった人はそれで人生が変わってしまうのである。
 また取り壊しではなくても、かつて拙ブログで紹介した餃子屋のように上海の街の変化のために商売を続けられなくなることもある。

 この番組は「BS特集」なのだが、私の部屋では衛星放送を見ることはできない。実はひかりTVのサービスの1つである「NHKオンデマンド」というサービスを利用して視聴した。NHKで放送した番組、過去の番組のうちいくつかをインターネット経由で配信してくれるサービスである。
 ひかりTVに加入していなくても、ブロードバンド環境があればPCで見ることができる。ただ残念ながら、国外からの視聴は「提供先を日本国内に限ることを条件に番組の権利者からの許諾を得ている」とかで(よくある質問より)不可のようである。

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2008年12月13日星期六

2009年・中国の祝日

 拙ブログでも何回か触れたが、中国の祝日は旧暦や二十四節気が基準になるものがあるので毎年日付が変わる。来年(2009年)の祝日がこのほど決まったとのことで、人民網日本語版による記事はこちらだが、要約すると次の通り。

元旦:1月1日(木)~3日(土)。但し4日(日)は平日扱い。
春節:1月25日(日)~31日(土)。但し1月24日(土)と2月1日(日)は平日扱い。
清明節:4月4日(土)~6日(月)。
労働節:5月1日(金)~3日(日)
端午説:5月28日(木)~30日(土)。但し31日(日)は平日扱い。
国慶節・中秋節:10月1日(木)~8日(木)。但し9月27日(日)と10月10日(土)は平日扱い。

 連休にするために前後の土日を召し上げて平日扱いにするのだが、今回は連続した土日を召し上げるということがないので最長でも6連投である。2005年の春節前は9連投だったのでしんどかったが、今回はそうした極端な調整はない。
 それから、2009年は中秋節が10月3日となり国慶節の7連休と重なるため、国慶節連休が1日長くなって8連休となる。
 2009年は日本も敬老の日と秋分の日の並びのアヤで、土曜日休めれば5連休となるところがある。

 それにしても人民網日本語版の記事、「休祝日の間の旅行・交通運輸・生産経営などの手配を各地区と各部門が早めにできるようにすることを目的として」とのことだが、今回の祝日の発表は12月10日とのことで、「手配を早めにできるようにする」という役割は果たせていないと思うのだが…とりわけ元旦の3連休は残り1ヶ月切ったところでの発表であり、毎年のことながら中国在住の方々は年末の予定が公私ともにぎりぎりまで決まらずしんどいのでは、と思う。

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2008年12月12日星期五

台湾ビール

 台湾ビールが大陸に本格進出するとのこと。ロイター記事から。

台湾の人気ビール、来年から中国でも販売へ

2008年 12月 10日 17:21 JST
[台北 10日 ロイター] 台湾で人気のビール「台湾ビール」が、来年から中国で販売されることになった。製造元の台湾タバコ・酒類専売局が10日、明らかにした。
 長年にわたって緊張状態にあった中台関係だが、中国に友好的な馬英九総統が5月に就任して以来、特に経済面で関係改善が進んでいる。
 同局のビール部門によると、中国での販売は来年2月に開始する予定で、26億台湾ドル(約72億円)の売り上げを見込んでいるという。
 台湾ビールはこれまでも、香港を通じて中国でわずかながら流通していたが、同局では販売を機に中国人の味覚に合わせた商品研究も行うことにしている。

 「中国に友好的な馬英九総統が5月に就任して以来、特に経済面で関係改善」と台湾ビールとの関係はさておき、台湾の気候にあわせてか台湾ビールはアルコール度数が日本のビールと略同じながらのどごし重視の「軽い」味のビールだと思う。他方大陸のビールはもともとアルコール度数が低い(3度程度)やはり「のどこし重視」のものが店頭によく並んでいるし、やはり夏にかなりの暑さになるところではそのままいけるのでは、と思う。
 もっとも、宴席など用=客単価の高いところで飲まれるには「小瓶の青島ビール」などに対抗すべく「中国人の味覚に合わせた商品研究」が必要なのかもしれない。あとは「台湾ブランド」で大陸企業との差別化を図れるか、というところだと思う。

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2008年12月7日星期日

「女人四十」「我和你不一樣」

 数日前に台湾の新聞のウェブサイトを見ていたら、日本の流行語大賞のことが報じられていた。『中国時報』の記事

日流行語大獎揭曉 前首相福田康夫獲獎拒領

     日本今年度新詞及流行語大獎揭曉,女星天海祐希所主演的日劇「女人四十Arou-for」及搞笑藝人江戶春美的「Goo」得大獎。前首相福田康夫也得獎,但拒領。
     日本「2008 You can新語及流行語大獎」昨天在東京會館舉行頒獎典禮。天海祐希主演的日劇「女人四十」,以英文Around forty簡稱「Arou-for」一詞奪得最大獎。
     這個語詞是指40歲前後的女性。天海祐希的歲數也是40歲前後,她得獎致詞時說:「託40歲前後的女性的福,獲得大獎。希望今後大家能一起過著快樂、美好的日子。」
     搞笑女藝人江戶春美經常比著大拇指說出「Goo」也獲得最大獎。這詞取字英文的Good 。類似英文詞彙feeling,後面的g的發音,都被她唸出「goo」,頗有喜感。
     另外,在北京奧運女子壘球比賽獲金牌的日本代表隊投手上野由岐子因連續投413球,令日本國民感佩,所以「上野的413球」一詞,獲得評審特別獎。
     得獎的前十名當中,也包括日本前首相福田康夫九月舉行閃電辭職記者會時說出的「名言」。他當時在回答記者的問題時,有點惱羞成怒說出的「我和你不一樣!」。但福田拒絕領獎,還寫了一句「花深處無行跡」給主辦該大獎的事務局。
     其他獲獎的詞句包括「居酒屋計程車」、「蟹工船(熱)」、「突擊(guerrila)豪雨」「後期高齡者」、「有名無實的管理職」、「埋藏金」。

 流行語大賞、台湾のニュースにもなるのですね。
 「アラフォー」の語源?となったドラマ『Around 40』は「女人四十」と訳されているが、「アラフォー」や「グ~!」の語感を伝えるのは難しそうで、漢字を当てて表現するとはいかなかったようだ。何故流行語になったか台湾の人にわかってもらうのも難しそうである。それにしても「搞笑藝人江戶春美」、漢字で書かれると「お笑い芸人エド・はるみ」とは別人のように見える。
 福田首相退任のときの名言(迷言?)、「あなたとは違うんです」は「我和你不一樣!」。こちらはわかってもらえそうだ。受賞辞退がしっかりと記事の見出しになっていますね。
 その他の流行語の中で、「居酒屋計程車」「有名無實的管理職」は日本語の部分をうまく訳したものになっている。もっとも、どちらももととなった事件がわからなければ台湾の人にとっては何のことやらということになるだろう。こうした事件も結構伝わっているのだろうか。
 去年の流行語大賞「どげんかせんといかん」は、ネットで調べてみると「必須做點什麼」のようだ。

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2008年12月6日星期六

上海往事-長楽路を歩く(下)

 前回の続き(2007年5月撮影)。長楽路を、襄陽路との交差点から東に向かって歩く。

Img_1663  襄陽路との交差点付近は。リアカーや自転車で野菜や日用雑貨などを持ってきて売っている人がたくさんいて、青空市場の様相を呈していた。






Img_1662  リアカーに載せられた、たくさんの日用雑貨。1日でいくつくらい売れるのだろうか。







Img_1668 Img_1669  襄陽路との交差点を過ぎると、欧米人好みの店が多数姿を現す。左はオープンスペースを擁するスペイン料理店、右はギリシャ料理店。



Img_1671  ギリシャ料理店と入り口を共有する、広東料理店。








Img_1673 Img_1674  その先、陝西南路との交差点までは、この付近に産婦人科の医院があるせいかマタニティウェアの店が並んでいる。




Img_1675  「電磁波防止専売店」とあるが。








Img_1679 陝西南路との交差点を過ぎると、衣料品店や小さな食堂が並んでいる。ここには「ラーメンの美味しい焼鳥屋」があって日本人としては心をくすぐられたのだが、台湾菜を出す店もあったりしてここにはよく来たものだ。





Img_1681  そんな商店街の上には、上海の著名ホテルが並ぶ。手前が花園飯店、その奥に見える少し低い建物は錦江飯店、そのまた奥にある円柱のてっぺんを持つ現代的なビルは新錦江飯店。これらホテルについては別途触れたい。





Img_1685  茂名南路との交差点にある、蘭心大戯院。1930年できの建物。







Img_1707 Img_1709  茂名南路との交差点を過ぎてしばらくはちょっと高めのレストランなどが並ぶが、瑞金一路との交差点を過ぎると一気に雰囲気が変わり、小さな商店に囲まれた社区が並ぶ。
 左の写真には「長楽路65弄」を示す地番表示が見える。『甘苦上海』のタイトルに見えた「長楽路52弄」はこのあたりという設定だろうか。

Img_1710  「調髪3元」の看板。かなり安い。私も上海在住時は調髪5元の床屋に行っていたが、それよりも安い。







Img_1711 Img_1719  写真左の社区を過ぎ、南北高架橋を渡るとすぐに長楽路の起点に到着し、ここで長楽路は終わる。
 長楽路の起点は、郊外バスの停留所となっている。
 長楽路、旧フランス租界に共通して見られる老房子や古い社区が見られる。そうした光景が『甘苦上海』の作者である高樹のぶ子の心に感じるものがあったのだろうか。
 他方でそう長くはない距離で、白壁の家なり青空市場なり社区が並ぶなりといろいろな姿を見ることができる。並行して走る淮海路が「現代の商業都市・上海の中に孫文の上海なり民国期の上海なりを探す」であれば、長楽路は「現代の商業都市・上海に、かつての上海を残しつつ根を張って生きている人たちの景色」というところであろうか。

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2008年12月5日星期五

上海往事-長楽路を歩く(上)

 日本経済新聞で連載中の小説『甘苦上海』、第1章には上海・長楽路に因んだタイトルが付けられていた。その長楽路をかつて地番の大きいほうから小さいほうへ、西から東へ歩いたときの写真をぼちぼちとアップ。(2007年5月撮影)

Img_1618  華山路・鎮寧路と交わる四叉路から長楽路が始まる。








Img_1622  確か烏魯木斉路との交差点だったと思う。








Img_1626 Img_1625  烏魯木斉路との交差点を過ぎたあたりにて。白い壁の家の軒先に鮮やかな色の花、という光景は、ここだけ切り取るとスペイン・アンダルシアを彷彿とさせる。



Img_1627 Img_1630  さらに進み、常熟路との交差点。







Img_1640 1930年代に建てられた「劉氏住宅」という名前の老房子。








Img_1642 Img_1646  やはり1930年代に建てられた「杜美新村」という名前の老公寓。




Img_1652  富民路との交差点付近にあるおもちゃ屋のショーウインドー。おもちゃに混じって、何故か日本の甲冑が店頭を飾っている。






Img_1656  長楽路に面して建つ、上海郵電医院の裏側の広場を囲む病院の建物。老房子や老公寓は確かに風情があるのだが、こと病院となるとどんな用途で使われているのか気になる。最新の医療設備が使えるのかとか、患者が通ったり入院していたりするのであれば、もし建物の中が高い天井だったり暗い室内だったりしたら如何なものかとか考えてしまう。



Img_1655  その上海郵電医院を囲む広場の一角に、上海厚誠口控医院という名前の歯科医院がある。この歯科医院の建物は、清末~民国期に生きた潘宗周という人がここに住み、宋~元代の書物を保存していたのだと入り口に説明が書いてあった。
 今は日中合弁の歯科医院になっており、入り口には設立当時の厚木市長の筆による「健康は全ての人に」と書かれた揮毫が飾られている。

Img_1660  上海郵電医院の近く、襄陽路との交差点付近のマンション。1階には「にんにくや」という名前の日本料理店?があったが閉店し、タイ料理店になっていた。回転が早い上海の飲食店のこと、今はどうなっているだろうか。

 写真が多くなったので、続きは後程。


*『甘苦上海』のウェブサイトはこちら。また、小説内に登場した建物に触れた拙ブログの記事はこちら

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2008年12月2日星期二

台南担仔麺@新宿・職安通り

 東京・新宿の大久保駅~新大久保駅~東新宿駅にかけて、大久保通りや職安通りは東京のコリアンタウンとして知られている。この地にハングル文字が溢れるようになったのはさほど昔のことではなく、1980年代後半からと言われている。今となっては大久保通りには所謂コリアンタウンとしての姿のみでなく、中国系と思しき店も多々見られる。
 大久保通りの南に並行する職安通りは、道幅が広いこともあり大久保通りほど華やかではないが、やはりコリアンタウンの様相を呈している。
P1000067  職安通りの看板。僅かに見えるカタカナの文字で日本の風景であるということがわかる。







P1000070  写真は韓国外換銀行の出張所。こちらは「新宿」の文字が辛うじて日本であることを示している。ここだけ切り取ると韓国のどこかにある小さな支店に見えなくもない。






P1000079  職安通りから離れて小さな路地に入っても、このようにハングル文字を掲げた韓国料理店が並んでいる。







P1000078  そんなコリアンタウンともいえる職安通り界隈にあって、「台南担仔麺」と看板を掲げた台湾料理店がある。やはり職安通りを一本路地に入った、上の写真に見える店の向かいにある。





P1000073  台湾ビールとともに、もやしを湯に通して魯肉をのせただけの一皿。上に乗っている魯肉は、中国で見られる「単なる肉そぼろ」とは違い台湾で食べられる魯肉の味がした。






P1000076  こちらが担仔麺。やはり台湾のそれと同じ味わいだと思う。







 上海では、龍柏新村というエリアがやはりコリアンタウンとなっている(拙ブログでは過去2回触れている。こちらこちら)が、そこにも台湾料理店が僅かながら軒を連ねていた。「コリアンタウンに台湾料理店」というのは海を隔てて共通なのだろうか。もっとも、今回食した新宿のそれのほうがより台湾での味わいに近い味を出していたと言えるだろう。

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2008年12月1日星期一

新宿・花園神社酉の市

 前述の通り新宿で映画を見た後で東新宿方面に向かおうと歩いていたら、靖国通りに屋台が並んでおり多くの人が集まっているのが見えた。花園神社の酉の市、この日は三の酉であり週末の酉の市ということで賑わっていた。

P1000054  境内の賑わい。左側にハングルが書かれている、チヂミなどを出す屋台が見えるのは新宿ならではといえようか。
 金魚すくいやヨーヨー、焼きそばやお好み焼きといったお馴染みの屋台も健在。






P1000060  酉の市の名物は、商売繁盛祈願の熊手。大きいものはそれこそ万円単位の値が付いているが、熊手が売れた時に聞こえる三本締めがあちこちから聞こえる。熊手を持ち帰って来年への新たな思いなり決意なりということだろうか、今年もあと1ヶ月となり来年のことを考える時期になった。



P1000065  こちらは、升の上にかわいらしい飾り付けが施されている。

 外国で「お祭り」に接すると自らの中では新鮮さで印象に残るが、他方それは「旅先の出来事」なり「新たに知った出来事」でありなかなか体に染み込んでこない。翻ってこうした日本のお祭りは、例え住んでいない土地でのことであっても親しみを持って見ることができる。

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