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二月 2009

2009年2月28日星期六

『世界の車窓から』~台湾編~

 毎日深夜に放送される『世界の車窓から』、今は台湾一周の汽車旅を放映している。今日は映画『非情城市』のロケ地であり観光地として人気が高い九份の様子だった。
 私が九份に行ったのは1993年のこと、その時には人気スポットということで人の多さに閉口した記憶があるが、テレビ番組となるとさすがで街並みや名物の食べ物をピックアップして紹介してくれ、また行こうかという気にさせてくれる。
 台湾の鉄道の旅は車窓の風景や弁当など楽しみも多い。さらに利便性という店では台湾高鉄、所謂台湾新幹線の開通で台北と高雄が2時間足らずで結ばれるようになった。他方前半の1月には平渓線の様子も放映されたようで、内陸へ向かう支線もまた異なる姿を見せる。『世界の車窓から』で台湾一周鉄道の旅の様子を1月から放映していたらしいが、私がそのことを知ったのはつい先週のことで、しかも明日で台湾編は終わりとのことで、初めて見たのが今日になってしまったのが残念である。そのうちDVDになるといいな、と思う。

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2009年2月23日星期一

『世界ふれあい街歩き 厦門 コロンス島』

 昨日NHKで放送された『世界ふれあい街歩き 厦門 コロンス島』を録画しておいたので、今日改めて視聴した。
 私は厦門=アモイには行ったことはないので全く知らない街の街歩きを観る格好になるのだが、印象に残ったのは元・厦門博物館館長を勤められた方が厦門の歴史を簡単に紹介するくだりである。アヘン戦争の後に共同租界となった厦門・コロンス島には各国が領事館を構え、それゆえに教会や学校が多く建てられ、さらに繁栄振りを見た華僑が故郷に錦を飾らんとコロンス島に立派な屋敷を構えるのがステータスシンボルになったのだとか。そんな厦門も日中戦争・中華人民共和国建国やそれに続く文化大革命により往時の様子を失い、取り壊しを免れた立派な邸宅は農民や労働者に分け与えられたとのことである。
 これは上海の街並みにも当てはまるのではなかろうか。上海で当局に歴史的建築物として指定されている建物の中には今でも市民が住んでいるものが少なからずあり、これらは「記念館」としての扱いではなく現役の住居である。また、上海の小区=里弄も昔の姿を残しつつ、今でも上海の人たちが普通に生活を営んでいる。歴史的建築物で今でも生活を営んでいる人がいるのはアモイ同様に中華人民共和国成立後、とりわけ文化大革命の中でお金持ちではない普通の人に住宅として分配されてそれが入れ替わりもあり今に至るということがあるのかもしれないし、小区=里弄ではやはり人が入れ替わりつつ集団住宅での生活が今でも続いているのだろう。かつての租界ゆえの歴史が、それぞれの街並みに影響を及ぼしてきたのだろう。厦門の話を観て、上海の街並みを思い浮かべた。

 テレビに映る街並みを見ると、租界時代の影響を受けているところは上海に似ているがより南方にあるということで木々が上海のそれと違っており、この暖かさが「厦門らしい」のだろう。
 街並み以外では、車が禁止されているコロンス島で子どもが乗った小さな車をラジコンで操縦し、「環境にやさしい車だよ」とウィットに富んだ冗談を飛ばす若いお父さんが印象に残った。こうした車は自分で漕ぐことができるようにならないと乗ることができないが、他に車が走っていないコロンス島ではラジコンだと目を届かせつつ小さい子どもも乗せることができるのですね。
 厦門はここと台湾統治下の金門島を船で結ぶ「小三通」の起点でもあり、外国人に開放されればアモイから金門島に船に乗って渡ってみたいと思っていたが、そのアモイ自身にも見るところがありそうである。

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2009年2月11日星期三

池袋北口・西口界隈

 池袋駅北口付近には中国食材店や中国料理店が集まっており、またそうした場所に多くの中国人が集まっている。この界隈を「池袋チャイナタウン」と呼ぶ人もいる。筑波大学・山下清海教授のウェブサイトの中に、この界隈を紹介したページがありその中でこの名を冠している。
 先月のことであるが、そんな池袋北口界隈を、そして西口界隈を歩いてみた。
20090110051  池袋駅北口を出てすぐ、線路沿いに歩いて最初の交差点を折れると「陽光城」という名前の中国食材店がある。







20090110052  その向かいのビルには、「知音」という看板を掲げたやはり中国食材店がある。品揃えはいろいろあり、スーパーマーケットといった感じである。店の中では中国語がデフォルトで、日本語が通じないときもある。店内には食堂もある。





20090110056  先述の交差点を斜めに入ると、「富麗華」と書いてある看板が見える。1階・2階は楽楽屋という居酒屋や中国料理店なのだが、3階はカラオケボックスになっている。このカラオケボックス、中国語の歌をふんだんに収めたシステムが入っており、中国や台湾のカラオケボックス同様に中国語圏の歌を歌える。日本の普通のカラオケ(昨年4月に行ったときにはUGAだった)も入っているので日本語と中国語のカラオケを同時に楽しめ、中国語のわからない人でも楽しむことができよう。
 このカラオケボックスは3階にあるのだが、2階の料理店の厨房を通った先に3階に向かう階段がある。初めて入る時にはちょっと驚くというか入り難いかもしれない。店員は中国の人だが、精算したときのレシートは普通の(日本語の)明細だった。
20090110058  ここからクランク状に北に向かってあるくと、へいわ通りという名前の通りがある。







20090110059 20090110062  この通りに、中国料理店が数多く並んでいる。夜になると店内には中国語の会話が飛び交っているが、休日の昼間ということもシャッターを閉じている店が多かった。
 池袋に限らず、「中華料理」ではなく中国料理を掲げる店には、「東北菜」、中国東北部の料理を看板に掲げる店が多いような気がする。
 例えば水煮魚を売りにする、あるいは水煮魚は川魚ベースだから厳しいにしても唐辛子だけの平板な辛さではない、山椒などもきっちり交えた四川菜の廉価な店があってもいいのに。

20090110063  池袋には家電量販店もあるのだが、小さいビルの一角には小さなパソコンショップがあり、中国語の宣伝を掲げるとともに在日中国人向けの新聞を店頭に置いている。






20090110065  北口界隈から、池袋西口界隈へ。池袋駅から行くと駅前の大通りを直進し、五差路を右に曲がる。北口同様に中国料理店の看板が見えるが、このあたりには韓国食材店の看板もたまに見える。





20090110066  そんな路地に、「線條 手打餃子専門店」の看板を見かけた。看板の上には「本場台湾」の文字が見える。この界隈にある中国系の店とは違うようだ。
 いろいろな餃子の写真やその紹介・メニューが店頭を飾っている。




20090110067  店内は2人掛けのテーブルが3つという小さなものである。ここで店の人に勧められるままに「如意餃子」を頼んでみた。木の実が入った餃子など中の餡は6種それぞれ違い、皮にも野菜が練りこんであるものがあるとかで、違う味が楽しめる。餡の味が、台湾で食べる「何か」を思い起こさせた。
 店番をしていた方はこの店が何冊かの雑誌で紹介されたことをしきりに紹介してくれたが、確かに普段外で食べる餃子にはあまりない味で、美味しく戴いた。と共に、この店番の方の話から、池袋の「中国系」とは違い、オーナーが台湾出身で台湾の味をアレンジしようとした店であるということを聞かせてくれた。
 今回池袋を歩いていちばんの収穫は、この餃子店であった。

 この池袋北口・西口界隈で「池袋チャイナタウン」を大々的に掲げて売り出そうという提案が、この地を拠点にする中国の人を中心に出されている。@niftyに掲載された内外タイムスの記事はこちら。横浜や神戸の中華街とは違う、最近中国から来た人たちによるチャイナタウン、ということであろうか。ここだけでなくても中国語がよく耳に入る池袋であるが、中国を感じさせる店が密集しているというわけではなく、街の中に多数点在している、という感じである。
 私が学生だった頃(くどいようだがH送大学の、ではない)から既に池袋は中国の人が他所よりも多く行き来する街で、前述のようだったか定かではないが中国人が営む飲食店がちらほらとあったと記憶している。

 例えば、上海の古北エリアは日本人が多く住み日本人がよく出入りする街として知られ、また龍柏新村あたりは韓国料理店が並び韓国人が多く住んでいる。しかしながらこれらの街は日本人や韓国人だけで担われているのではなく、もとから住んでいた、あるいはこれらに職を求める中国人によって街が成り立っているのだと思う。「古北には日本人が多く、日本食材店がたくさんある」「龍柏には韓国人向けのマンションや店が多い」という話は聴くしそれはそれで現状なのだが、「古北日本街」「龍柏韓国街」という言われ方をされるとそれはどうか、と思われるだろうし言うのは如何かとも思う。
 「池袋チャイナタウン」構想はもとから住んだり商いを営んでいる人なしには成り立たないだろうし、それらを無視した構想は歓迎されないのではないだろうか。古北の日本人や龍柏の韓国人と逆の立場にあってどう街と関わっていくか、ということだと思う。

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2009年2月9日星期一

平渓・天燈節

 旧暦1月15日は元宵節、台湾や中国などではこの日あたりまでが旧正月の雰囲気が続く時期だと思う。
 実際に行ったわけではないのだが、台北郊外の平渓では毎年この時期に天燈節=ランタン・フェスティバルが行われる。今年の天燈節の様子を記した毎日.jp記事

台湾:ランタン夜空に舞う 元宵節を前に「天燈」祭り 

【台北県平渓郷(台湾北部)庄司哲也】1月26日の春節(旧正月)から15日目に当たる元宵節を前に、「天燈」と呼ばれるランタンを夜空に飛ばす祭りが7日夜、台北県平渓郷で始まり、一斉に放たれた天燈が幻想的な光景を作り上げた。
 天燈は薄い紙と竹で作られたランタンで、中にランプを入れて熱し気球の原理で飛ばす。表面に願いごとを書き込み、天に届くようにと放たれる。
 この日、最初に放たれた天燈には「愛 世界の子供たちに微笑を」という願いが書き込まれた。会場には馬英九総統も、日本の対台湾窓口機関である交流協会台北事務所の斎藤正樹代表とともに訪れ、「台日友好」と書き込んだ天燈を飛ばした。

 平渓にはかつて平渓線沿線散策で足を運んだことがある(そのときの記事はこちらこちら)。今はこの時期に台湾に行くのは難しいのだが、将来事情が変わったり新暦と旧暦のアヤでもう少し元宵節が遅くなるようであれば、是非一度平渓の夜空に天燈が舞う様を見に足を運んでみたいものである。
Img_0747  写真は2007年に平渓を訪れたときに撮影したものである。報道で見るような鮮やかな天燈とともに、こうした手作りの天燈も平渓の空を舞うのだろう。

 

4年前上海にいた頃には、元宵節には豫園に足を運び賑やかな街並みを歩きつつ子に時期に食べるとされる湯園を食べてこの日を過ごした。元宵節の過ごし方やその日のイベントも街により様々である。
 今となっては豫園も「わざわざ訪れる場所」であり、平渓もそうなのであるが、自分の住んでいるところの「祭り」に加わるのとは違う見方で接することにはなるが、地元でなくてもその土地の人が守り育んだものや工夫したもの、そしてもっと単純に言えばにその土地の人が楽しんでいるものを、見て心に感じるであろうものを見たいものである。

*2009台北縣平溪國際天燈節網頁

(追記)2010年2月28日・元宵節の平渓天燈節に行ってきました。そのときの様子はこちら

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2009年2月7日星期六

海南鶏飯@水道橋

20090207082 白山通りの神保町から水道橋を結ぶエリアでは、飲食店が軒を連ねている。どういうわけか、中華料理の店が多いような気がする。






20090207078  その中に、「海南鶏飯」という、シンガポール料理の店がある。2階に上がる階段の入り口に、マーライオンのミニチュアが鎮座している。
 リンク先には綺麗な店内の写真があるが、ランチもやっていて気楽に入れる雰囲気である。ウェブサイトにはかつて拙ブログでも触れたこともある「台南担仔麺」へのリンクがあるが、何か関連があるのだろうか。->新大久保の「台南担仔麺」とは違う、別の店のようですね。

20090207076  蒸した鶏をシンプルに戴く、「海南鶏飯」。
 この手の定食は上海でも広州菜の店や現地の新加坡菜の店などで食べることができたが、たまたま近くの店がそうだったのか正直あまり関心したことがなかった。他方ここの海南鶏飯の鶏は柔らかく蒸してあり、定食の炊き込みご飯とあわせて美味しく戴くことができた。
 店内にはシンガポールの観光案内が置いてあった。こういうものを食べたあとで観光案内を見ると、その地に行ってみたくなる。
 普段昼飯は勤め先近くの店など行く範囲が限られるのだが、たまに違うところで昼食を食べるのもいいものである。

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