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四月 2009

2009年4月30日星期四

2009年春・台湾(番外編)列車の写真

Imgp4313 先月の台湾旅行の写真の中から、「鉄分の濃い方に捧げる」写真を時系列を問わずいくつか。まずは宜蘭駅に入ってきた「太魯閣号」。振り子式を採用しており高速で走ることができ、所謂台湾新幹線=台湾高鐡が走っていない台湾東岸の主要都市間の足を便利にしてくれる。
 今年初めに放映された『世界の車窓から』では一ヶ月前から予約で一杯だということを言っていて本当かと思ったが、実際に窓口に行って台北行きの切符を買おうとしたら満席で断られた。他の自強号とは違い立席特急券(無座)は売ってくれないので、残念ながら乗ることは出来なかった。
Imgp4314  結局宜蘭から台北への足に使ったのは「区間快車」。日本語で言うと快速列車か。宜蘭から台北までの所要時間は、上述の「太魯閣号」による自強号が格段に短いが他の自強号・莒光號と区間快車ではそう差がなく、駅のベンチのような座席で我慢できるのであればこれで移動するのもいいだろう。
 以前は「区間車」というと下写真の電車がおなじみであったが、最近は「区間快車」にはこの写真のような新造車輌が使われているようだ。この新型車輌は一部が日本の日本車輌製で、あとは台湾との合弁企業で作られているのだとか。

Imgp4052  こちらは台湾で以前からよく見かける「区間車」(各駅停車)の電車。






Imgp4134  こちらは武塔駅にて、待ち時間の間に通過してきた太魯閣号を写真に撮ろうとしたのだが、咄嗟のことだったので車輌の後ろ側にピントが合ってしまった。他の自強号などに比べると格段に速い。




Imgp4047 Imgp4124  台湾では機関車に牽かれた貨物列車も頻繁に見ることができ、このあたりも少し前の日本の景色と重なるところがあるのだろう。



Imgp4099  武塔社区にて。自強号は小さな社区など関係ないかのようにすれ違っていくが、この社区の人たちはそれを毎日見て過ごす。






Imgp4338  台湾東岸とは違い、台湾西岸では台湾高鐡がすっかりお馴染みである。左営駅にて。

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2009年4月29日星期三

海南鶏飯食堂@麻布

P1000677 少し前の話になるが、麻布にある「海南鶏飯食堂」というところで海南鶏飯を食した。以前拙ブログで紹介した、水道橋の「海南鶏飯」とは別系統である。
 水道橋で食べたそれは鶏肉が柔らかくいかにも「よく蒸した鶏肉」という感じだったが、ここで食した蒸し鶏は口に入れると決して固いというわけではない適度な歯応えが返ってきて、また違った食感が楽しめる。
 皿の下に敷かれている紙には、蒸し鶏のレシピや食べ方が書いてある。

P1000679  普段麻布界隈を歩くことはないのだが、六本木ヒルズなどから抱くイメージとは異なり、大きな車道から一本裏に入ると綺麗に整えられた道の両側には古くからあるであろう店と新しい店が並んで軒を連ね、人工的な高層ビルとは異なった趣を見せてくれる。

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2009年4月19日星期日

2009年春・台湾(番外編)高雄・美麗島駅

Imgp4329 Imgp4320 Imgp4325  また先日の台湾旅行から。高雄の街にも去年から地下鉄(高雄捷運)が走るようになった。
 写真は高雄捷運の美麗島駅にて。「光之穹頂」という題のステンドグラスが天井を覆っていて、地下鉄の駅とは思えない美しさである。古くからある駅を文化財とすることはよくあるが、とかく没個性的になりがちな新しい駅にもこうして芸術を持ち込むことが出来る。
 このステンドグラスは「水仙大師」ことイタリア人であるMaestro Narcissus Quagliataによる作品で、誕生・成長・栄光・壊滅そして再生を表しているのだそうだ。

P1000619 P1000613  地下はめったに見ることの出来ない芸術作品であるが、地上に出るとすぐに食堂が並んでおり、高雄の人たちの日常に戻る。ちょうど昼食時だったので、汁のない肉絲乾麺をいただいた。

P1000620 P1000617_2  隣の店ではいろいろな具を皮に包んだ「三代春巻」なるものを売っていた。当地の名物として新聞などに取り上げられたことをアピールしていたが、確かに昼休みに昼食をという人たちに売れていた。これと鶏肉飯や肉燥飯をセットで頼んでいる人が多かった。
 台湾高鉄ができてから、台湾西部各地への足がとても便利になった。こうして帰り際に高雄へも寄ることができる。

(参考)高雄捷運高雄捷運公共藝術中心

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2009年4月15日星期三

2009年春・台湾(番外編)日本で大ブーム?

P1000614 台湾で売られているアクエリアス。当地ではそのまま「水瓶座」と訳されて商品名になっている。
 缶には「日本大好評」というキャッチフレーズがついている。






P1000615  裏を見ると、日本語で「日本で大ブーム」と書かれている。確かにアクエリアスは有名だが日本ではこの手のスポーツドリンクは数多く出ていて、その中で「日本で大ブーム」と言い切ってしまうあたり、またこういうベタな宣伝文句をつけるのには驚いてしまった。
 かつて大陸で、どう見ても日本製とは思えない時計の盤面に「日本制造」(日本製)と書いてあったのを思い出したが(文字盤に「日本製」と書いてある日本製の時計は無いですね)、そう書かないでもブランド力があるであろう(逆に書いてしまうのもどうか)製品にこういうキャッチフレーズが書いてあるのが意外であった。

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2009年4月14日星期二

2009年春・台湾(番外編)Free Wifiの宣伝-不思議な人?-

P1000626 先日の台湾旅行の帰りに、桃園国際空港にて。「I LOVE TAIWAN」のTシャツを着た人がベンチに腰掛けて「FREE WiFi」と書かれたノートパソコンを手にしているが、頭が柿なのかトマトなのか…
 勿論人形なのだが、当地の人たちにも結構受けているようで、次々と寄ってきて並んで写真を撮っていた。
 台湾で無線LAN網を拡張して台湾の大部分をカバーさせようとする計画があったと聞いたことがある。その一環なのかあるいは空港で無線LANが使えますという宣伝なのかは時間がなかったのでわからなかったが、この人形は何かの公式キャラクターなのだろうか、名前は付いているのだろうか。

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2009年4月12日星期日

かつての通学路を歩く(2)

Imgp4494 前回の続き。母校の跡地がどうなっているか大体見ることができたので、かつて歩いた、母校から駅へと向かう道へと足を進めた。






Imgp4517  確か学生の頃は「Tea Room Z」だったはずだが、名前が変わっている。ひさしも昔は茶色っぽい色だったと記憶している。「Tea Room Z」はある有名な俳優の実家だという噂だったが、実のところは今に至るまでも不明である。当時そんな話を聞き、好奇心半分で1回入ったきりである。



Imgp4518  駅へ向かうには、細い道を曲がっていかなければならない。途中で、豆腐売りのおじさんが休憩していた。






Imgp4520 Imgp4529  細い道を抜けて墓地に着いたとき、ここが桜の名所だということを思い出した。おそらく4回は見たのであろうが、すっかり忘れていた。時を経てこの日、快晴の空の下で、桜の木や花が今が盛りとばかりに咲き誇っている。



Imgp4540  桜吹雪が舞っている、いちばん綺麗な頃である。







P1000688 P1000689  両側から進入禁止、という不思議な細い道を抜け…

P1000691  この道を左に曲がり、国道へ抜けてアーケードを通り過ぎると最寄り駅に着く。







P1000692  学生の頃に駅前で焼肉を食べることはあまりなかったが、地下の中華料理屋では稽古の後にラーメンや定食でお腹を満たしたのを覚えている。駅へ向かうアーケードには学生時代にはなかった店の名前が少なからずあったが、その中華料理屋はかつての名前を残していた。





P1000697  駅のロータリーを囲む店も変わってしまったが、この饅頭屋には相変わらず行列ができていた。まぁこの写真を見るとここがどこか同学でなくてもわかる人にはわかってしまいそうですが…
 前述の通り私の母校は今はこの地にはなく、同じことを学ぼうと志して母校で学んでいる今の学生は別の道を通学路にしており、この道を通学路として通ることはない。母校の卒業生の集まりに「その地名」を冠する名前を付けても「どこですかそこは?」と言われることが多くなるのかもしれない。それでもかつて4年間歩いた道は、師匠や同学と過ごした原風景の1つである。今後も縁ある土地として、この通学路界隈はこれからも遠くにいても気になるのだと思う。

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かつての通学路を歩く(1)

 先日休みを取った際に、「かつての通学路を歩いてみよう」と思い立ち、かつての母校のある街へと行ってみた。(「かつての通学路」といっても、「H送大学の学習センターから最寄り駅へ向かい、そのまま居酒屋に吸い込まれる」という通学路ではありません

Imgp4509 Imgp4510  たまに使った「町内会の名前を冠した駅」からだと私の母校までは一本道である。道路沿いにはかつてと同じ食堂が、今でも軒を連ねている。


Imgp4513  この店も健在。授業や稽古のあとでよく行ったものである。






P1000682  店内の椅子やテーブルも、お冷やの氷も、学生の頃と変わらないような気がした。







Imgp4507  実は私の母校は9年前に別の場所に移転しており、もうこの地にはない。跡地はどうなっているかと思ったら再開発が進み、もはやかつての校舎は残っていない。まぁ学校自体は新しい土地でしっかりと活動しているわけであり、かつて母校があったこの地に建つ新しい建物なり施設がこの街に根付き、この街の人たちに親しみを持って迎えられることを期待したい。かつての我々がそうであったように。
 写真の道路を右に行くとかつての正門に、左の坂を下るとかつての学食や生協の裏に出る。左側の坂沿いにはアパートが多く、このあたりには同学が多く住んでいた。
Imgp4506  このあたりがかつての正門だろうか。今は賃貸マンションの建設中である。この賃貸マンションには「町内会の地名」が冠せられるようだ。





Imgp4503  向かいの女子高校も白い壁の綺麗な建物になったな…と思ったら、校門から男子生徒も出てきた。今は共学になっているようだ。
 学校の壁には卒業生が北京五輪に出たことを祝す垂れ幕が掛けられていた。「著名なレスラー」も、ここの学校出身だとか。


Imgp4494  ここから普段の通学路を目指して歩くのだが、ちょっと道をそれて近くの商店街の方面へ向かう坂を下ってみる。かつて体育館があった場所には、高齢者福祉施設と障害者福祉施設を兼ねた建物が建てられている。




Imgp4497  学校の裏手もかつてとは違い、歩道が広い綺麗な道路になっている。
 かつての校庭付近は公園になるようで、いまのところ工事現場には母校の跡地であることを示す名前が冠してある。まぁ、名前は変わるのかもしれませんが。
 写真が多くなりそうなので、肝心の「かつての通学路」については別にアップします。

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2009年4月9日星期四

夜桜を撮ってみた

Imgp4561 夜景を撮ってみようと思って先日三脚を買ったのだが、先々週訪れた六義園はライトアップ時は三脚禁止とのことで使うことはできなかった。もう桜の季節も終わりだが、それでも周りに比べてまだ花を残している近所の神社で、三脚デビュー(といってもフィルムカメラ時代には使ったこともあったが)を兼ねて夜桜を撮影してみた。カメラの腕はもともと拙いのだが、夜見た景色を思い出だけでなく映像として残せるようになった。
Imgp4544  東京での今年の桜は見納めであろうが、また来年も桜を見て、そしてその周りの景色やその土地の歴史の中に新しい発見をしたいものである。

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2009年4月8日星期三

旧古河庭園

Imgp4465_2 Imgp4450  勤めを半日休むことができたのでどこかへ足を運んでみようと考え、今年はまだ桜も見ることができるかと思い、都内の桜の名所でもある旧古河庭園へ行くことにした。





Imgp4451Imgp4457  旧古河庭園は、かつて陸奥宗光の屋敷だったのがその後古河財閥の当主の所有となり、その頃に洋館が建てられまた庭園が整備されたのだそうである。
 洋館の中を案内するツアーも時間を決めて開かれており、また今は喫茶店になっていて中でコーヒー・紅茶やスイーツを楽しむことができる。
 ちなみに、PASMOで入館料を支払うことができた。

Imgp4464 Imgp4467  園内の桜は満開との情報だった。いざ来てみるとそろそろ花びらが舞う頃になっていて、心なしか桜の花の枝にも隙間が目立つように見えた。もっとも、庭園のウェブサイトにあった桜の木の写真もそうした感じであり、枝にたわわに花を咲かせるというよりはもともとそういった樹なのかもしれない。
 園内の池には、散った桜の花びらがたくさん浮いていた。

Imgp4475  近くの小学校はそろそろ帰宅の時間だったようだ。今は入学式や始業式が終わってさあ新年度・新学期だ、という頃だと思うが、奥に写っている校庭の桜を毎年見ながら育っていくのだろう。
 通りの交差点や横断歩道にはボランティアと思しき方が立っていて、子ども達の安全確保に努めていた。時勢柄もあるのかもしれないが、街全体で子どもの成長を見守り楽しく過ごせるように心を尽くす、という心意気を感じた。

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2009年春・台湾(番外編)パンダ、パンダ@台湾

 また先日の台湾旅行の風景から。
 中国から台湾にパンダが寄贈され、今年の1月から台北動物園で公開されている。公開当初はブームだったのか、私が旅行した際にも商店のレジや棚にパンダのぬいぐるみを置いてあるところがいくつかあった。
Imgp4284  写真は宜蘭のとある交差点にて。路上でパンダのぬいぐるみや「三輪車に乗って走るパンダ」を並べて売っていた。パンダだけでなく「三輪車に乗って走る背番号40のクマ」も売っていた。背番号40は、台湾出身のメジャーリーガー・王建民がヤンキーズでつけている背番号である。



Imgp4285  パンダが乗った三輪車はよちよちと走っているのだが、「王建民のユニフォームを着たクマ」が乗った三輪車は調子が悪いのか、よく売り子につかまえられて調整させられていた。

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2009年4月5日星期日

清明節の桜

Imgp4422 今日は二十四節気の1つ、清明であった。中国だと昨日から清明節として3連休で、墓参りに行く人も多いのだろうが、日本では普通の土日ながらこの週末は花見で桜を愛でた人も多いのではなかろうか。今日は特にどこかへという訳ではなく、近所の桜を写真に収めてみた。
Imgp4414 ここではシートを敷いて酒を飲むという人はいなかったが、近くの公園にはそういう人がいたりあるいはベンチに腰掛けてちょっとしたものを食べながら桜を見ている人も多かったし、遊びに来ている子どもも春到来ということで楽しく遊んでいるように見えた。
 見頃が短い桜であるが、今年は東京近辺では4月初旬に満開の姿を見せ、入園・入学などこの4月に新しい生活の節目を迎えた人を前向きな気持ちにさせてくれるのではなかろうか。

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『NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー 第1回 アジアの一等国』

 『NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー 第1回 アジアの一等国』という番組を観た。この「JAPANデビュー」というのがどのようなシリーズなのかよくわからないが、今回は「日本が一等国として世界に認められるための過程」として日本の台湾統治を取り上げていた。
 当初台湾住民の抵抗に遭い困難にあった台湾統治が、後藤新平の時代に一定の安定を確立しそれゆえに先に植民地を持っていた欧州諸国に日本が認められてゆくことになったこと、当初の「一定の距離をとるやり方と同化との折衷」である現地法に基づく統治から次第に「同化」=皇民化政策へと舵を切っていった日本のやり方について触れ、それにまつわるエピソード…台湾議会設置請願運動に参加した蒋渭水や日本の統治を円滑にするために協力した台湾の人などを紹介しつつその子孫や日本統治期を知る人たちへのインタビューで当時の台湾統治を説明する番組であった。
 番組の最後に日本統治期を生きた人が街でマイクを向けられたときに「(日本統治期の)台湾の若者が日本の民とともにお国のために尽くしたことを知って欲しい」と日本語で言ったこと、またフランスの学者(フランスも世界各地に植民地を持っていた)が「もっと他の国のことを知り、自分たちがスタンダードではないことを知るべきだ」と言っていたのが印象に残っている。前者の年配の方の話は「日本の80(歳)代の人に知って欲しい」と話していたが、我々の世代や若い世代も台湾や周りのことを知るべきであろう。時を経て今日でも台湾では日本の現代大衆文化が広く伝わり、新聞では日本のことをよく取り上げているし日本の番組に特化したテレビチャンネルもある。台湾の人たちが日本を見るように、我々ももっと台湾なり周りのことにもっと関心を持っていたいものである。

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2009年4月4日星期六

2009年春・台湾(番外編)玄関の外で靴を脱げ?

200903221  今回の台湾旅行で「あれ?」「おっ」と感じたことをぼちぼちと。
 宜蘭設治紀念館にて、展示がされている日本式のお屋敷の中に入ろうとしたら写真の通りの掲示があった。「靴はガラス戸の外で脱いでください」とのことであるが、ここでいうガラス戸は入り口の扉のことであり要は建物に足を踏み入れる前に、玄関ではなく玄関に入る前に靴を脱いでくださいということであり、日本人的には日本様式の家に入るのに玄関の外で、扉を開ける前に靴を脱ぐのは不自然だと感じた。昔のものを保存しているのならさておき、復元なのだから日本様式の靴の脱ぎ方をしていただいても、させてもよさそうなものであるが…「一段低い玄関に下駄箱を置く」というのは残っていなかったようだ。
 台湾(のみならず中国でも)では玄関が一段低いというのはあまりなさそうで、ゆえに建物の外で靴を脱いでいただく、ということになるのだろうか。私は建物の外に靴を並べておいたが、他の台湾の方々は建物の外で靴を脱ぎ、靴を持って記念館に入っていたと思う。
 隣にある旧宜蘭農林学校校長官舎では「玄関で靴を脱ぐ」という日本人的には自然なスタイルだったと記憶していますが…中国だと、歴史的建造物に入る際には靴をビニールで覆って入ってもらう、ということが多いですね。

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2009年4月2日星期四

2009年春・台湾(7)宜蘭・中山公園と台湾戯劇館

Imgp4292 前回の続き。新月広場を後にして、再び舊城路を歩くと、中山公園という公園がある。台湾や中国のあちこちにありそうな名前だし、門構えからしても普通の公園である。





Imgp4293 Imgp4296  台湾の公園ではおなじみの孫文と蒋介石の像が、やはりこの公園にもある。





Imgp4301  この公園に、日本統治期を思い起こさせるものが並んでいる。写真は「獻馘碑」。原住民のタイヤル族は長らく漢族や他の民族と衝突を繰り返し為政者に帰順しなかったが、日本統治期に討伐や懐柔の結果政府に帰順することになり、それを記念して建てた石碑である。いわゆる首狩の習慣があったタイヤル族との戦いで首狩に遭った相手方の頭蓋骨とタイヤル族が供出した武器をこの碑の下に納め、以後戦いをやめまた首狩をやめる象徴としたそうである。
Imgp4303  こちらは第2次大戦中における日本軍の通信所の跡。







Imgp4297  公園の散歩は足裏を刺激し、健康に良いことをアピールしている。






Imgp4291  公園の隣にある小学校。小学生が書いたと思われる塀の絵がかわいらしい。






200903220661  中山公園を離れ、台湾戯劇館へ。台湾の伝統芸能である歌仔戯や傀儡劇(人形劇)に関する展示をしている。中の展示は写真に撮ることができるのだが、「個人で楽しむ範囲で」とのことで拙ブログへのアップはせず。
 傀儡戯の人形のカシラの作りが、その役柄によって良く特徴が出ているのが印象的だったし、三国志など中国の故事を描いた傀儡劇での主要人物の人形が美しかった。また、蒋介石時代の「反共傀儡劇」の人形もあり、これまた役柄が現れていて興味深かった。
 歌仔戯のほうは京劇のような派手な衣装とくまどりが特徴である。やはり役柄による衣装の違いなどが紹介されていたが、その使い分けになるほどと思うものがあった。例えば王と家臣、女性でも立場による衣装の違い、など。
Imgp4310  これで宜蘭を離れて台北へ戻り、少しうろうろして今回の台湾旅行は終わりである。図らずも日本統治期の名残をあちこちで見ることが多い旅行であったが、僅かに残るそうした旧跡を囲む今の街並み、台湾の人が今暮らしているこうした環境は何度見ても魅力を覚える。一度行った街でもまだ見ていないものもあるだろうから、また行きたくなるものである。

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