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五月 2009

2009年5月26日星期二

続々・中国の携帯電話

 長らく第2世代のGSM方式が主流であった中国の携帯電話だが、今年に入ってより高速な通信が可能な第3世代(3G)の通信方式の免許が各キャリアに交付され、今年を「3G元年」と位置付けて主に都市部で売り込んでいくようである。
 その3Gの通信方式であるが、中国移動(China Mobile)が中国独自規格といえるTD-SCDMA、中国聯通(China Unicom)がW-CDMA、中国電信(China Telecom)がCDMA2000である。中国聯通のW-CDMAは日本のNTTドコモ・ソフトバンクと、CDMA2000はAUと同規格なので、周波数帯があえばローミングが可能である。今後暫くすると、中国で日本の携帯電話のスイッチを入れると中国聯通や中国電信の3Gにローミングされるのだろうか。もっとも、日本と同様にウェブサイトを見たりすると高額なローミング料の請求が来そうだが…

 気になるのは中国移動がTD-SCDMAを使っていることである。中国最大手の中国移動が中国独自規格であるTD-SCDMAを使っていることで、各メーカーに「中国で売りたければ中国独自規格のTD-SCDMAを携帯電話に組み込みなさい」と言っているように取れる。今までは各メーカーが他国で売っている携帯電話を中国で売ろうとするときには3Gの通信を組み込まないものに改めて中国市場に投入しないといけなかったが、今後は3GをTD-SCDMAに差し替えて投入しないといけないのだろうか。また、発展途上国への影響力を利用してこの規格を普及させて主導権を握ろう、という計画があるようにも取れる。

Img_0037  かつて上海にいた頃に日本に一時帰国すると、日本の携帯電話がとても大きく見えたことがあった(その時の記事はこちら)。中国にいた頃は略通話オンリーだったので機能がシンプルな携帯電話で事足りていて、余分な機能はついていない小さな携帯電話を使っていた。GSM方式で通信速度に期待できない頃にあっては大きな画面は不要で、携帯電話にカメラ機能や音楽機能やスマートフォンを期待するのでなければ小さな携帯電話で事足りたのだと思う。
 写真は私が中国で使っていた携帯電話(但し写真はフランスでローミング中)。MOTOROLAのMOTO C168という、電話とメールとFMラジオというシンプルなもので、写真だと大きさがわかりにくいが78グラムと軽量であった。
 が、3Gになるとより高速な通信が可能になり、料金を別にすれば細やかなウェブサイトを見ることができたり音楽ダウンロードがスムーズになるなど今までとは違った通信環境になる。日本だと携帯電話を「電話」として使っている人よりは電車の中などでウェブサイトを見たりと「電話以外の用途で携帯電話を使っている」人をよく見る。くどいようだが料金を別にすれば同じことが中国でも可能になる。
 前述したように日本の携帯電話が大きいのは大画面を備えてウェブサイトやメールの閲覧など「電話以外の用途」を充実させた結果である。中国でも日本と同様になると見込んで日本同様に大画面&大きな携帯電話を中国市場に投入していけるのか、都市部など一部だけにそうした利用者がいてもペイするのか、あるいはやはり電話とメール中心の利用者が引き続き大多数を占めるので今までとあまり変わらないのか、中国側がどう仕向けるかも含めて日本や各国のメーカーの関心毎であろう。

 日本の「ケータイ文化」、前述のような3Gを用いた電話以外の用途の売込みを日本側が図っているのだとか。フジサンケイビジネスアイ記事より(配信は共同通信)。

日中、携帯電話協力で合意 「3G元年」の中国に売り込み

 鳩山邦夫総務相は5日、北京で中国の李毅中工業情報相と会談し、中国で今年免許が交付された第3世代携帯電話(3G)のコンテンツ分野で協力を進める覚書に署名した。
 光ファイバー回線並みの高速通信ができ、日本で来春以降に実用化が見込まれる次世代携帯電話の研究開発でも協力する。
 NTTドコモの山田隆持社長をはじめ、携帯電話各社のトップらが会談に同席、官民合同で6億人を超える利用者を抱える中国に日本の進んだ「ケータイ文化」の売り込みを図った。
 日本ではドコモの「FOMA」など3Gのサービスが普及しているが、中国政府は年初に3Gの免許を国内通信3社に交付、「3G元年」と位置付ける。最大手の中国移動通信が中国独自の「TD-SCDMA」、中国聯通がドコモやソフトバンクモバイルなどと同じ「W-CDMA」、中国電信がKDDIと同一の「CDMA2000」を採用している。(共同)

 

NIKKEI NET記事では、上述のソフト面のみならずハード面でも中国における第3世代やその後のインフラ整備で日中が相互協力していくことが伝えられている。

次世代携帯、日中が協力 端末やインフラ整備、首相会談で合意へ

 麻生太郎首相と中国の温家宝首相は29日に北京で会談し、次世代携帯電話の開発に向けた技術協力の枠組みづくりで合意する。中国で主流となる通信規格が、日本と同じ第三世代携帯電話(3G)や、第3.9世代(3.9G)に移行するのを見据え、両政府が新たな端末開発やインフラ整備で連携する官民協力を主導。動画などコンテンツの共同研究も促す。技術協力をテコに約6億5000万件とされる世界最大の携帯電話市場への日本企業の進出を後押しする。
 麻生首相は29日から中国を訪問。両首相の会談では、戦略的互恵関係の強化の一環として、次世代携帯電話を柱とする情報通信技術分野の協力で合意する見通しだ。

 フジサンケイビジネスアイの記事ではNTTドコモの名前が出ているが、日本のキャリアのみならず日本のメーカーにしても、かつて中国市場で成功したとはいえなかったが今回の3G導入で巻き返しを図り、大画面など3G対応で売り込みたいというところもあるだろう。

 もう1つ、3Gの下では「接続制限」などはあるのだろうかが気になるところである。PCからの閲覧同様にウェブサイトの閲覧制限は3Gの下でコントロールされるのだろうか。されそうな気がするが。

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2009年5月25日星期一

内藤大助の防衛戦・上海開催は中止

 以前拙ブログで触れた、ボクシングのWBC世界フライ級王者・内藤大助が上海で防衛戦をするという話は、手配に不備があり中止になったそうである。日刊スポーツ記事

内藤中国戦中止、相手変えず26日都内で

 プロボクシングWBC世界フライ級王者内藤大助(34=宮田)が、26日に中国・上海で予定していた5度目の防衛戦が、開催3日前の23日に急きょ日本国内に変更された。中国の現地プロモーターが、開催に必要な書類手続きをしていなかったことが発覚。26日までに準備が整わないため、内藤が所属する宮田ジム側が国内開催への変更を決断した。試合は同じ26日に都内で開催する予定で、挑戦者も同じ熊朝忠(26=中国)で調整している。
 5度目の防衛戦を3日後に控えた内藤に、前代未聞のトラブルが降り掛かった。中国入り前日の23日、急きょ開催地が中国から日本に変更された。アウェーでの防衛戦へ万全の準備を整え、25日には現地で調印式と前日計量に臨む予定だった王者にとって、まさに寝耳に水のことだった。
 内藤が所属する宮田ジムの説明によると、宮田博行会長らスタッフは試合に先駆け、21日に中国・上海入りした。その時点で、現地プロモーターに依頼していた事務的処理が滞っていることが発覚した。翌22日に同会長らが北京の国家体育総局に掛け合い、興行実現に必要な複数の手続きを完了させたものの、肝心の会場、盧湾体育館の使用許可などが間に合わなかった。土、日を挟むこともあり、試合が行われる26日までに書類をそろえるのが不可能になった。使用許可に同様の手間がかかる中国の他会場での開催も断念、ジム側がこの日になって国内での開催を決断した。現地入りしている日本ボクシングコミッションの安河内剛事務局長も「プロモーターの問題」と話した。
(以下略)

 試合3日前に上海での興行中止、代替地を探すというドタバタである。
 中国側のプロモーターがなすべきであった手配が滞っていたとかで、「中国ビジネス本」に「中方に仕事を任せていたら仕事が先に進まず失敗した」「よくある悪い例」として書かれてしまいそうな顛末である(もっとも、報道によると内藤選手の所属ジムは「監督不行き届き」を認めているようである。誰の主催興行だとか契約関係など権利義務関係が不明ですが…)。本来なら試合直前にこのような事態に陥れば試合は中止もしくは延期なのだろうが、テレビ局の都合で日程は変えられないとかで日本で同日開催の線で調整しているとのことである。かつてはそのテレビ局に「亀田大毅の引き立て役」として扱われ、今度はそのテレビ局のために中止することができないとは皮肉なものである。もし中止だったら「1ラウンドKO決着だった」と思って昔の映像、TBS系だと具志堅用高とか渡嘉敷勝男とか鬼塚勝也とかの映像でお茶を濁せばいいのに。
 この報道の後、何とか会場は都内のディファ有明に決まり対戦カードも変えずに行われるようだが、試合直前、本来ならば予備検診が行われたりするタイミングでこのトラブルでは両選手のコンディションや気持ちの持ち方に大きな影響を与えているだろう。もともと1ヶ月前に急遽決まったタイトルマッチ、開催直前によもやのドタバタである。
 ただ予定期日通りの開催と決まったからには、難しいだろうが与えられた条件の中で、選手のみならず関係者が皆ベストを尽くして欲しいと期待するのみである。

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2009年5月24日星期日

続・中国の携帯電話

 前回の続き。中国の携帯電話キャリアは、中国移動通信(China Mobile)と中国聯合通信(China Unicom)の2社である。私が上海にいた頃は中国移動がGSM方式で、中国聯通はGSM方式に加えてそれよりやや高速で通信できるとされているCDMA方式のサービスも提供していたが、CDMAサービスは固定電話サービス会社である中国電信(China Telecom)に移管されている。その中国電信であるが、PHSサービス(小霊通という)を提供していたがそのうち廃止するようだ。
 利用シェアは中国移動が一番大きく、少し古いが2007年4月末時点で中国移動のシェアは67.5%になるのだとか(サーチナによる記事)。

Img_1410  前述の通り中国では回線契約と携帯電話の購入は別物であるため、SIMカードを手に入れて別途買った携帯電話に挿して使うことになる。そのSIMカードであるが、電話会社の営業所のみならず、街のコンビニエンスストアや新聞スタンド、小さな商店などあちこちで扱っており、街を歩いていると写真のような「各種電話カードあります」といった看板を掲げた店によく出くわすので入手に不自由はしないだろう。上海だと地下鉄の駅にもSIMカードを取り扱っている店がある。






Img_0444  こうしたところで手に入るのはプリペイド方式のSIMカードである。買うのに身分証明書の提示は求められず、気軽に購入することができる(もっとも、使い始めてすぐに「あなたの権利保全のため最寄りの窓口で利用者登録してください」というメールが来た)。確か50元の通話料が購入時に含まれていたと思う。
 面白いのは、電話番号によって値段が違うことである。「縁起がいい」と中国の人に思われる番号のSIMカードには高値がついている。「8」が多かったり覚えやすかったりすると高くなり「4」が発音的には縁起が悪いと見られるのか、日本人的には値段の差がどこに由来するのかよくわからないのだが…
 日本の携帯電話を中国に持ち込むとローミング可能なものもあるが、日本と同じ感覚で使っていると帰国後にとても高い電話代の請求が来る。出張者など中国に住んでいない人でも、使い方によっては中国のSIMカードを現地で買うのもいいだろう。
 プリペイドは気軽に購入できるがポストペイド(後払い)になるには敷居が高く、料金プランによるが一定期間の利用実績が良好であることが求められたり、場合によってはその都市の戸籍を持っているかその人に保証人になってもらう必要があったりした。

 料金プランは、例えば中国移動の場合だと下記のような感じである。
・神州行…基本料金が無料。追加8元/月の利用料で着信が無料になったり(中国の携帯電話は着信にも料金がかかる)、16元/月で通話料が安くなったりという各種プランがある。
・動感地帯…正直よくわかりませんが、定額の月額利用料を払うと一定量のメールが無料になるのだとか。そのほか音楽ダウンロードのサービスが受けられるとか。
・全球通…月額利用料の中に一定時間の通話料が含まれている。申請すれば国際ローミングも可能。高級会員という位置づけなのか、全球通利用者用のラウンジがある空港があった。

 動感地帯や全球通の各種料金プランには「~套餐」という名前がついている。「~定食」のような意味合いなのだが、無料通話や無料メール、通話料割引などの組み合わせを表した言い得て妙な表現といえよう。日本の携帯電話料金はそれぞれの料金プランごとに月額利用料・含まれる無料通話・それを超えた場合の通話料が異なりどれが自分に適した料金プランなのかわかりにくかったが、中国でも「全球通58套餐58元档」(月々の支払いが58元)がいいのか「58套餐158元档」(毎月158元)がいいのか迷うかもしれないし、廉価な神州行でも8元払って着信無料にするのがいいのか16元払って通話料を安くするのがいいのかなど、電話の掛け方・受け方次第でお得なプランが違ってくる。

Img_2560  他方、携帯電話端末は国内・海外各メーカーによる熾烈な販売競争が繰り広げられている。かつてはNOKIA・MOTOROLA・SONY ERICSSON・SAMSUNGといった外国メーカーが幅を利かせる一方、中国メーカーはこれに割って入ろうとするも今ひとつという感であった。最近はMOTOROLAが世界各地で振るわないようだが、それも含めて最近は様子が違うのだろうか。
 携帯電話の値段であるが、2年前で通話だけor通話とFMラジオだけという携帯電話だと1,000元以下、130万画素くらいのカメラがつくと1,000元~2,000元、それ以上のカメラや充実した音楽機能がついたり、Windows Mobile掲載のスマートフォンになるとそれ以上という感じであった。GSM方式という通信速度があまり期待できない通信方式の下にあるため、ソフト面の充実度よりはカメラや音楽機能といったハード面が値段を左右していた。かつては日本ではインセンティブで「ゼロ円携帯」「1円携帯」というものもあった一方、所得水準を考えると中国の携帯電話は中国の人たちにとって割高なはずなのだが、それでも中国の都市部では誰もが携帯電話を持っている。
 日本メーカーはこうした環境の違いや中国でのマーケティングがうまくいかなかったのか、私がいた頃にはさっぱりであった。最近またシャープが中国市場に参入しているようであるが、うまくいくだろうか。

 長らくGSM方式という第2世代の通信方式に拠っていた中国の携帯電話であるが、今年に入って日本同様の第3世代(3G)の通信方式も導入しだした。これについてはまた別途。

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2009年5月17日星期日

中国の携帯電話

 中国を離れて2年近く経つが、今更のように中国の携帯電話の話などを。
 中国の携帯電話の加入台数は2008年半ばには6億人を超えているのだとか。1990年代に旅行で中国を訪れたときにはオフィスは別にして固定電話もあまり普及しておらず、街角に電話を並べた電話屋で電話をしている人が多かった(上海にいた頃もこうした電話屋はあった。日本の煙草屋のようなものか)。それが固定電話の普及を飛ばして携帯電話の普及に至ってしまい、日本のように「固定電話が家庭に普及し、それから携帯電話の時代に」という順番を省略して一足飛びに携帯電話の時代になったと言える。
Img_3086  日本では携帯電話の購入と回線の契約はセットになっている。第2世代(NTT DocomoのmovaやソフトバンクのSoftbank 2GといったPDC方式など)では携帯電話に番号情報が組み込まれており、また今使われている第3世代になっても電話と回線契約はセットになっていて、例えばドコモと契約をしている人がソフトバンクの携帯電話のデザインが気に入り、ドコモと契約したままそれを使いたいと思ってもそれはできない。
 他方中国では今でも第2世代がスタンダードであるが、こちらはGSM方式と呼ばれる方式を使っており、この方式ではSIMカードと呼ばれる電話番号などの情報を記録したICカードを携帯電話に挿して使うようになっている。このため、回線の契約と携帯電話を買うのは別行動であり、また携帯電話がどこかの通信会社専用ということもなく、気に入った携帯電話を買って使うことになる(日本の第3世代もSIMカード方式だが、携帯電話機が他の通信会社のSIMカードを受け付けないようになっている)。世界ではこのGSM方式のほうが一般的であり、日本のほうが例外的とも言える。
 このように携帯電話と回線契約が分離しているため、中古の携帯電話=二手机のマーケットが存在する。雑居ビルの一角や小さな店で中古の携帯が売られている。
 また、「携帯電話と回線が分離している」ということはSIMカードを抜き取ってしまえば誰の携帯電話かわからなくなるわけで、このため携帯電話泥棒も横行する。私も携帯電話を置き忘れ、すぐ気付いて自分の番号に電話したがもうSIMカードを抜き取られた後なのか通話不能になっていたことがあった。携帯電話を置き忘れたり落としたりしたら最後、心無い人に拾われるとSIMカードを抜き取られ自分のものにされるか「二手机」として売り飛ばされてしまう。
 長くなったので、続きは別途。

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2009年5月12日星期二

あれから1年

20090512157 20090512155 この前麻布界隈にはあまり来ないと言いながら六本木ヒルズの展望台に来てみたのは、四川大地震(汶川大地震)にまつわる写真の展示をここでやっていると聞いたからである。1年前には事態が明らかになるに連れ増えていく犠牲者の数や、地震により生じた堰き止め湖の決壊のおそれなどが毎日報じられていたが、かく言う私も含めその後の関心は地震から1年経ったことが伝えられるまで薄くなっていってしまった。地震発生直後の報道写真とこの主催団体の活動を中心に発生からしばらく経った後の様子をあまり多くはない写真で伝えているが、地震から半年あまり経ってから被災地域を撮った写真を見ると復興の困難さ、ひいてはかつて人が住んでいた集落がそのまま打ち捨てられてしまうのではということさえ感じさせる。
 それでも、学校が建て直され新しい校舎が建っている様子が紹介されたり(建て直しが進まない学校も多いのだろうが)、再び学び始めている小学生などの写真を見ると将来への希望を感じさせてくれる。私自身は幸いにして災害で学びを妨げられたことはないのだが、罹災した子ども達が悲しみや困難を乗り越え、再び将来のことを考えられるようになりそれに向けて学べるようになっていると嬉しい。
 六本木ヒルズの展望台は些か浮世離れした感があるが、もっと日常の中でこうしたことを思い起こしたり考えることができる場所でも展示があるといいのに、と思った。六本木ヒルズを開発した森ビルは上海にも金茂大厦や上海環球金融中心を建てるなど中国との縁も深いので、六本木ヒルズでの展示はそうした縁もあるのかもしれない。

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2009年5月2日星期六

内藤大助、上海で防衛戦

 ボクシングのWBCフライ級王者・内藤大助が、5月26日に中国人の挑戦者を相手に上海で防衛戦を行うとか。スポーツ報知記事

内藤「暴れてやるぞ」…WBC世界フライ級

 プロボクシングWBC世界フライ級王者の内藤大助(34)=宮田=が5月26日に上海で、同級14位の熊朝忠(26)=中国=の挑戦を受けることが23日、所属ジムから発表された。
 記者会見した内藤は、5度目の防衛戦に向けて「敵地で思い切り暴れてやるぞ、という気持ち」と意気込みを語った。日本人世界王者が海外で防衛戦に臨むのは、1985年に韓国でWBC世界ジュニアバンタム級(現スーパーフライ級)王座を防衛した渡辺二郎以来となる。
 所属ジムの宮田博行会長によると、熊朝忠は小柄ながら、強打が持ち味の右ボクサーファイター。実際に試合を見た同会長は「威圧感があって脅威を感じる」と警戒した。

 この前後に成都でWBCの総会が開かれるとかで、中国でのタイトルマッチはこれにあわせた開催とのことである。
 内藤選手が所属する宮田ジムプレスリリースによると、このタイトルマッチに加えて女子の東洋タイトルマッチ2試合に日本人選手が出場するようである。場所は「源深体育中心」だとか。浦東にある体育館である。
 このプレスリリースでは上海での世界戦は初めてと触れている。もっとも戦前には上海でボクシングが行われていたと史料にはあるが、中国での世界戦自体少ないのだが北京で行われた「中国で久々のタイトルマッチ」を1993年に旅行中にテレビで観たしその後も何度か中国でのボクシング興行は報じられてはいるが、上海では初めてというのは意外である。
 開催1ヶ月前の決定、敵地しかも中国での試合、無名かつランキング下位の挑戦者、で番狂わせを心配してしまうが、しっかりと調整してそんな心配を吹き飛ばす試合を、そして内藤選手自身がキャッチフレーズとして使う「国民の期待」に相応しい試合を期待したい。

(追記:5月25日)残念ながらこの興行は現地の手配が整わず中止、防衛戦は東京で開催だとか。

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2009年5月1日星期五

労働節の日に『赤壁-決戦天下』を観る

 今日はメーデー。中国ではかつてこの日の前後が7連休という大型連休だったが、去年から労働節休暇は短くなり、今年は5月1日から3日までの3連休である。他方、日本では今年は(土曜日に休めれば)5月2日から6日まで5連休であり、メーデー自体は祝日ではないがこの時期に中国よりも長い連休である。また、メーデーは休業日という会社に勤めている人はもう1日休みが長くなるし、あるいは「4月30日と5月1日に休暇を取る」とか「5月7日・8日に休暇を取る」とかして大型連休を楽しんでいる人もいるのではないだろうか。もっとも、「生産縮小で連休に」という場合はあまり喜べないが…
 昔は5月3日の憲法記念日が日曜だと4日が振替休日になって3連休、土曜日とあわせて4連休だった記憶があるが、今は5月4日もいつのまにか「みどりの日」として祝日になり振替休日は「その日後においてその日に最も近い『国民の祝日』でない日」が当たるとかで今年は5月6日も休み。外にいてカレンダーを見ることが出来ないときにふと「5月6日は平日なのでは?」と考えてしまった。

 私の勤務先もメーデーは休業日。もっとも出社予定だったのだが急に出社に及ばずということになり、時間が空いたので『レッドクリフ Part Ⅱ』(音が出るので注意)を観に行った。
 今日は映画サービスデーとかで、1,000円で観ることができた。メーデーとは言え平日の昼間なので、結構な人の入りだったが満席ということはなかった。
 『レッドクリフ Part Ⅰ』がその前哨戦から赤壁の戦いに向かう途中で突然終わってしまい不完全燃焼の感があったが、『Part Ⅱ』では赤壁の戦いを舞台に梁朝偉が演じる周瑜と金城武が演じる孔明との智慧溢れるやり取り、そして張豊毅が演じる曹操がこれに絡んでくる展開、そしてその曹操が2人の策略に嵌っていく有様が楽しめたと思う。林志玲が演じる小喬、『Part Ⅰ』ではお飾りの感があったが『Part Ⅱ』では物語に溶け込んでいたし、今回は「勝敗を決する重要な役回り」でもあった。
 趙微扮する孫尚香が曹操軍にスパイとして乗り込み、それを知らずに男装の彼女-「デブ助」(胖猪?)と名乗っていた-に優しく接する兵士・叔財との交流、そして戦場での再開と別れがサイドストーリーと言えるが、別れのシーン-叔財が再開直後に矢を射たれて絶命する-がとても呆気なく感じた。戦国の世におけるほんの僅かの時間の再開、そして孫尚香が間者として騙していた彼の落命を目にする、というところに趣があるのだろうか。叔財を演じた俳優は、佟大為といって中国では有名なようですね。

 1つ突っ込みを入れるとすれば、曹操軍で兵士がサッカーのような競技に興じていた。サッカーより狭いグラウンドで複数の小さなゴールに球を入れる競技に興じていて、孫尚香と叔財の出会いのきっかけもこの場面なのであるが、これは「サッカー中国起源説」のアピールなのだろうか?字幕では「蹴鞠」と記され中国語でも「蹴鞠」と言っていたような気がするが、この球遊びも物語の鍵の一つになっていた。
*FIFAも中国の蹴鞠をサッカーの起源の1つとして認めていますが…

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