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2009年6月4日星期四

あれから20年

 今日、2009年6月4日は中国で起こった「あの事件」から20周年の日である。
 この年はベルリンの壁崩壊やルーマニア革命など、東欧では大きな政治的変革があった。それら変革に至るまでの道程、多くの市民が広場に集まったり壁を壊したりという「多くの市民が集結し」「多くの市民が関わった」象徴的な場面がテレビの映像で映し出され、東欧における変革を印象付けた。ところが、中国ではやはり多くの市民が広場に集まり政治的変革を目指したが、東欧と異なりそれらは成就せず、民主化運動とその鎮圧しか記録に・記憶に残らなかった。
 あの事件から20年を迎え、当時の学生運動の指導者に関する動向が伝えられている。SANKEI-MSN記事から。

民主化リーダー、ウアルカイシ氏の入境拒否 中国の封じ込め巧妙化 

 【北京=野口東秀】1989年の天安門事件で、「反革命宣伝扇動罪」の疑いで指名手配され台北で亡命生活を送っていた民主化運動リーダーの一人、ウアルカイシ氏(41)が3日、出頭するため空路到着した中国特別行政区マカオで入境を拒否された。当局は、同氏の出頭は「民主化運動の宣伝」が目的とみて、追い返したい考えだ。当局は北京で大量の治安要員を配置、民主活動家を外出させない体制を敷いており、活動を封じ込める手法は巧妙化している。
 関係者によると、同氏は天安門事件から20年となる4日に合わせて、「公開裁判で中国の事件への責任を追及する」ためにマカオ入りした。中国当局が逮捕に踏み切れば、国際的に知られる同氏への対応に注目が集まるのは必至。国内外で民主化勢力や遺族、知識人が勢いづくことが予想される。このため、当局側は台北に戻るよう求めたが、同氏は拒否。空港内に留め置き、4日に改めて送還を試みるもようだ。
(後略)

 引用で事件の名前が出てしまいましたね…
 事件後台湾に移住した当時の学生指導者の1人が、思うところあり大陸へ行こうとしたところマカオで足止めされ、当局側は強制送還しようとしているとのことである。別の報道では「マカオで拘束」と報じられ20年越しの逮捕かと思ったが、実際は上記のように中国にとっての「厄介払い」という状況のようである。
 運動が失敗に終わった後、指導者たちの多くは国外に亡命していたが、そうした学生運動家の1人による、鎮圧に抗議し民主化を訴える寄稿が翌年台湾の国外向け短波ラジオ「自由中国の声」の機関紙に載っていたのを読んだことがある(それを英語の授業でのスピーチのネタにしたことがありましたが…覚えてますか>同学)。当時の台湾はさすがに「大陸反抗」という雰囲気ではなかったが、国営のラジオ放送でこうした学生運動指導者の主張を大々的に伝えるところに当時の対中観が現れていたといえよう。

 

毎日.jpでも事件から20年にまつわる特集記事が掲載されている(()()())。前述中記事中の学生運動指導者はその後台湾に渡りIT企業を営んでいるのだとか。他の運動家たちも中国を離れ亡命生活が長くなり、中国を客観的に観る立ち位置になってしまったためか中国や中国社会との「繋がり」を保つのが難しくなったのか、中国との距離が開いてしまったように読める。そしてこの事件は彼らにとっても「回顧される」事件になってしまったのだろうか。

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