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六月 2009

2009年6月22日星期一

「上海焼きそば」

 去年の北京オリンピック、天津で1次ラウンドを戦ったサッカー日本代表の選手の1人が「天津には天津丼がない」と知らされて落胆したそうだが、やはり日本の中華料理屋でよく見かける「上海焼きそば」、何をもって「上海焼きそば」と名乗るのだろうか。

20090622090 20090622092  まずは職場の近くにある中華料理店での「上海焼きそば」。しょうゆ味であることを売りにしているが、醤油だけでなくオイスターソースで味付けをしているようだ。



20090606080  続いて自宅の近くの中華料理店での「上海焼きそば」。こちらは上のに比べると味も色も濃いような感じだが、やはり味付けはしょうゆとオイスターソースのようだ。ここの上海焼きそばには肉が入っておらず、野菜のみを具に使っていた。




20090616088  やはり自宅近くの、別の中華料理店で出てきた「上海焼きそば」。ここの上海焼きそばはしょうゆと塩の味が濃かった。具の野菜が種類豊富であり、豚肉も入っている。






20090607081 20090607083  出先で中華料理店に入り、オーダーした「上海炒麺」。この店でも「上海炒麺」のことを「ショウユ味ヤキソバ」と説明している。


 こうしてみると、具財や麺の種類はあまり問わず、醤油味をベースに店によってはオイスターソースで味付けをしたものを「上海焼きそば」と称しているようである。
 「上海」という文字を使うことで、普通に焼きそばを出すよりもより「中華料理らしさ」をアピールする、というのもあるだろう。

20090505134  上海の食堂に入っても菜单(メニュー)に「上海炒面」の文字を見つけることはできないだろう。上海の通りに並ぶ食堂に入り、「炒面」をオーダーするとだいたい写真のような麺が出てくる。日本のちぢれ麺ではなくうどんに近いような麺に、酱油(醤油)をベースに味付けして少しばかりの野菜を加えて炒めたものが皿に盛られて出てくる。醤油だけの味ではないだろうから、やはり蚝油(オイスターソース)など他の調味料で味付けしているのだろう。麺類を売りにする値段の安い食堂では汁物の麺は具財に応じて何種類かメニューにそろえておくが、他方炒面はそれ1種類のみを用意しておく、という店が多いのではという印象を上海在住時に持ったものである。

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2009年6月10日星期三

中国、パソコンに検閲ソフト義務付け

 今後中国で売られるパソコンには「有害サイトへの接続を遮断できる」ソフトをインストールすることが義務付けられると、昨日(6月9日)の日本経済新聞国際面に載っていた。

中国、検閲ソフト義務化 全パソコン 来月から
反体制情報など統制

中国政府は7月から、中国国内で販売するパソコン全製品について、有害サイトへの接続が遮断できるよう義務付ける。中国メーカーが開発した「検閲ソフト」が取り付けの対象となる。10月に建国60周年を控えた中国当局は社会安定に向けて情報統制をさらに強め、反体制的なネット上の書き込みなどの摘発を徹底させるとみられる。(中略)
検閲ソフトは、政府が有害情報に当たると判定したキーワードやホームページを自動的に検出できる中国当局のシステムと連動。わいせつ画像など特定ホームページへの接続を遮断する。(中略)
中国が来年5月に導入予定のIT(情報技術)セキュリティー製品の強制開示制度を含めたネット情報に対する一連の監督強化について、公安当局者は「ネット上に飛び交う党・政府に批判的な情報を完全に把握するのが目的だ」と指摘した。(後略)

 同趣旨の記事は、NIKKEI NETにも掲載されている(記事)。ここで言われている「有害サイト」は、日本で言われているような青少年に有害なサイトだけでなく政治的に、特に当局にとって不都合なウェブサイトも指しており、むしろ後者の意味合いが強い。
 中国で特定のウェブサイトが見られないというのはよく言われる話で、私も上海に住んでいたときに経験した。それは「有害」とされる特定のウェブサイトに対してプロバイダー側でアクセス制限をかけるというもので、中国の殆どのプロバイダーがこれを行っている(行わさせられている)ことから中国国内からは「有害な」ウェブサイトは見られないということである。今度はそれに加えて、パソコンにもこうしたフィルタリングソフトの導入を義務付ける、というものである。中国の国ぐるみでのアクセス制限をおおっぴらに認めたものだといえる。
 日本でも、PCや携帯電話で子どもや少年に見せたくないウェブサイトへのアクセス制限をかけるソフトがあるが、それを政治目的で、自分達にとって都合の悪いウェブサイトを遮断するためにアクセス制限を掛けるためにパソコン側にも細工をしよう、させようというものが今回の中国当局の目論みである。
 それにしても、「有害情報に当たると判定したキーワードやホームページを自動的に検出できる中国当局のシステムと連動」、どんなものなのだろうか。不都合な言葉や写真が並んでいるウェブサイトへの遮断をするものなのだろうが、ウイルスソフトのアップデートよろしく「更新情報」が送られてきたり、新しい「有害サイト」対策で「自動アップデート」がされたりするのだろうか。ソフトウェアだからアンインストールも出来るのか、あるいは「このソフトが入っていないとウェブサイトに接続できない」とか「OSへの組み込みが義務付けられる」のだろうか。輸入されるパソコンも対象になるとかで、量産品は網にかかってしまうのだろうが個人輸入までも厳しくなりはしないかと心配してしまう。
 そして、「有害サイトにアクセスした」PCが特定されてしまう、という恐ろしい状況も危惧してしまう。あるいはこのソフト経由でPCが動かないようにしてしまうとか…あったりすると空恐ろしい。

 私が中国にいた頃は、有害だと判断されたウェブサイトのみならずそれと同じサービスもろとも遮断されていた。だから、Seesaaのブログは全部中国からは見られないとかGeocitiesも全部ダメとか(現在は状況が違うでしょう)、巻き添えで見られないウェブサイトが99%以上を占めるのでは、という感じだった。今回の遮断ソフトも作りが粗っぽくておなじことになりはしないか、というのも心配である。
 かつて私は「中国のインターネット統制は遮断から『見せて批判・教化』に舵を切ったかも」と書いたことがあったが、どうやら違ったようである。

 同日の日本経済新聞は「中国はIT強制開示の撤回を」という社説を載せ、やはり問題になっている、中国でIT製品を販売する際にその基幹ソフトウェアの設計図を中国側に提供することを義務付けられようとしていることを批判している。中国当局が、「中国で売りたければキモの部分まで技術移転をしろ」「中国で売りたければ中国の情報統制に協力しろ」という考えを持っていることが見えてくる。
 アクセス制限も「上有政策下有対策->上に政策あれば、下に対策あり」で乗り切ることができればいいのだが…

(かつて書いた関連記事-今は状況が違う部分が多いでしょう。カテゴリーを作ったほうがいいのでしょうか)
 接続できないウェブサイトにつなげよう
 アクセスできないウェブサイト
 書き込み制限
 アクセスできないウェブサイト その後
 Wikipediaに接続できない
 Seesaaブログに接続できない
 インターネットの敵
 続・インターネットの敵
 北京・東莞からはアクセス可能?
 中国からココログへのアクセス制限?
 中国からココログへのアクセス制限?-その後-
 中国西南部-久々に中国のインターネット環境が気になった-  
 Yahoo!JAPANに接続できない?
 インターネット統制の転換?
 中国から見られない動画サイトと、見られない中国の動画サイト

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2009年6月4日星期四

あれから20年

 今日、2009年6月4日は中国で起こった「あの事件」から20周年の日である。
 この年はベルリンの壁崩壊やルーマニア革命など、東欧では大きな政治的変革があった。それら変革に至るまでの道程、多くの市民が広場に集まったり壁を壊したりという「多くの市民が集結し」「多くの市民が関わった」象徴的な場面がテレビの映像で映し出され、東欧における変革を印象付けた。ところが、中国ではやはり多くの市民が広場に集まり政治的変革を目指したが、東欧と異なりそれらは成就せず、民主化運動とその鎮圧しか記録に・記憶に残らなかった。
 あの事件から20年を迎え、当時の学生運動の指導者に関する動向が伝えられている。SANKEI-MSN記事から。

民主化リーダー、ウアルカイシ氏の入境拒否 中国の封じ込め巧妙化 

 【北京=野口東秀】1989年の天安門事件で、「反革命宣伝扇動罪」の疑いで指名手配され台北で亡命生活を送っていた民主化運動リーダーの一人、ウアルカイシ氏(41)が3日、出頭するため空路到着した中国特別行政区マカオで入境を拒否された。当局は、同氏の出頭は「民主化運動の宣伝」が目的とみて、追い返したい考えだ。当局は北京で大量の治安要員を配置、民主活動家を外出させない体制を敷いており、活動を封じ込める手法は巧妙化している。
 関係者によると、同氏は天安門事件から20年となる4日に合わせて、「公開裁判で中国の事件への責任を追及する」ためにマカオ入りした。中国当局が逮捕に踏み切れば、国際的に知られる同氏への対応に注目が集まるのは必至。国内外で民主化勢力や遺族、知識人が勢いづくことが予想される。このため、当局側は台北に戻るよう求めたが、同氏は拒否。空港内に留め置き、4日に改めて送還を試みるもようだ。
(後略)

 引用で事件の名前が出てしまいましたね…
 事件後台湾に移住した当時の学生指導者の1人が、思うところあり大陸へ行こうとしたところマカオで足止めされ、当局側は強制送還しようとしているとのことである。別の報道では「マカオで拘束」と報じられ20年越しの逮捕かと思ったが、実際は上記のように中国にとっての「厄介払い」という状況のようである。
 運動が失敗に終わった後、指導者たちの多くは国外に亡命していたが、そうした学生運動家の1人による、鎮圧に抗議し民主化を訴える寄稿が翌年台湾の国外向け短波ラジオ「自由中国の声」の機関紙に載っていたのを読んだことがある(それを英語の授業でのスピーチのネタにしたことがありましたが…覚えてますか>同学)。当時の台湾はさすがに「大陸反抗」という雰囲気ではなかったが、国営のラジオ放送でこうした学生運動指導者の主張を大々的に伝えるところに当時の対中観が現れていたといえよう。

 

毎日.jpでも事件から20年にまつわる特集記事が掲載されている(()()())。前述中記事中の学生運動指導者はその後台湾に渡りIT企業を営んでいるのだとか。他の運動家たちも中国を離れ亡命生活が長くなり、中国を客観的に観る立ち位置になってしまったためか中国や中国社会との「繋がり」を保つのが難しくなったのか、中国との距離が開いてしまったように読める。そしてこの事件は彼らにとっても「回顧される」事件になってしまったのだろうか。

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