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2009年8月15日星期六

『あの戦争から遠く離れて』


 中国残留孤児を父に持つ筆者による、父親の激動の半生を中心としたノンフィクション『あの戦争から遠く離れて』を読んだ。
 日中戦争で両親と生き別れになり中国で「孫玉福」として育てられた父親の養母や友人などとの交流、「日本人」であることを意識するが故にまた反右派闘争期や文革期といった時代背景ゆえの苦悩や苦労が前半に描かれ、中国残留孤児の問題がクローズアップされる前に日本への帰国を果たした彼の娘として生まれた筆者が「知っておくべきことがたくさんあるのでは」と感じて長春に留学し、中国での父の親戚との出会いや学校の内外で「日本鬼子」呼ばわりされる経験を経て、父が生きた中国にいろいろと思いを巡らすさまが後半に書かれている。
 父がかつて一緒に暮らした親戚や親友を娘である筆者が訪ねると、帰国後かなり時間が経っているにもかかわらず皆一様に「玉福の娘」として迎えてくれ、父の昔のことを話してくれる。父親の人生と筆者の人生が、父親の足跡をたどり親戚や友人の話を聞くことを通じて1つにつながっていくようである。また、この本には「私につながる歴史をたどる旅」という副題がついているが、父の生き方をたどり話を聞くことで日中戦争や文化大革命、残留孤児の問題といった歴史上の事象(残留孤児の問題は今日的出来事であるが)を「私にまつわるできごと」として吸収している様子がうかがえる。

 筆者は文中で、「戦争を禁忌としてきた『戦後』は、ひたすら戦争を忘れようとする『戦後』でもあったのではないだろうか。そして戦後六十数年を経て、今や私たちは『忘れてしまった』ことすらも忘れつつある世界を眼の前にしているようだ。」と述べている。
 私が子どもの頃、原爆の日や8月15日には追悼を示す消防署のサイレンが鳴っていたが、今住んでいるところではそれを聞くことはない。かつてはこの時期になるとこうしたサイレンやテレビ番組で戦争や戦後すぐの時期を意識させられたが、最近はそうしたものが薄れてきているような気がする。
 先に触れた台湾での「日本語世代」同様、「あの戦争」を知っている、語ることのできる人も少なくなってきている。私が小学生の頃には「親や親戚から戦争の経験談を聞いてきなさい」という宿題が出て、多くの子どもが親から話を聞きだすことができたしそうでなくても授業でお互いが集めた話を聞くことで「あの戦争」を少しは「我がこと」として感じることができた。今ではそうした話を小学生が聞きだすのは昔より難しくなっているだろうし、これから「あの戦争」に対する距離感や感じ方は変わっていくのだろう。

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