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十一月 2009

2009年11月26日星期四

GPSと中国の地図

P1010756 海外旅行に出る時は、日本で使っている携帯電話に加えて海外で使用できる(旅行先で売られている通話やデータ通信が出来るSIMカードを買い、そのSIMカードを挿して使える)携帯電話を持って行くことにしている。現在使っているのはNOKIAのE51という携帯電話なのだが、この携帯電話はいろいろなアプリケーションをインストールして使うことが出来る。その中の1つ、世界中の地図を表示できるGoogle Mapsを使い、携帯電話とGPS(写真右下)を連動させると現在位置を地図上で表示させることが出来る。


Screenshot00341  9月に旅行した煙台でGPSを作動させたときのスクリーンショット(携帯電話の画面)。朝陽街を歩き、北馬路との交差点を曲がって張裕酒文化博物館へ行こうとしているところである。
 道路も結構詳細に表示され、目印となる建物もそこそこに表示されるので、道に詳しくない街を歩くのにも結構使える。
 携帯電話そのものは第3世代(3G)に対応しているも中国移動のプリペイドSIMカードは第2世代のGSM/GPRSなのだが、地図の表示がストレスを感じるほど遅いということはなく、「どっちに曲がったらよいか」など道を確かめるには十分である。
 通信費については出国時にSIMカードを差し替えたら通信履歴が消えてしまったので正確なところはわからないが、青島~煙台とたまにこうしてGoogle Mapsを使って残高の減り方が滞在中約15元だったので、そうべらぼうに高いものでもないと思う(これは中国移動のSIMカードの話で、これを日本の携帯電話会社のローミングでやると通信費がとても高いので注意)。

P1010754  中国で観光地図を買うと、かつては通りやその名前はきちんと書いてあるが縦横がデフォルメされていて東西南北が不正確なものがよく見受けられた。写真はこの前青島で買った地図でこれは割と正確そうだが、'90年代初めに北京で買った地図は縦横が明らかに不自然になっていて、街歩きには使えるが明らかにデフォルメされた地図であった。おそらく国防上の理由からそうなっているのだろう、と当時同学たちと話したものである。
 そしてやはり学生時代、当時発行された『現代用語の基礎知識』にだったか『知恵蔵』か『イミダス』にだったか忘れたが世界の主要都市の地図が付録についていたことがあり、その中に北京の地図が掲載されていた。デフォルメされた地図を見慣れていただけに、当時「これが正確な地図だったら画期的だな」とやはり同学と話をした記憶がある。
 今やPCや携帯電話で世界中の地図が表示されるようになり、上記のように中国の地図も携帯電話で表示ができるようになった。当時のデフォルメされた派手な色使いの地図を片手に歩いていた頃とは、技術面でもそうであるが正確な地図が見られるという情報が丸見えになっているという面との双方で隔世の趣がある。
Screenshot00621  中国ではないが、こちらはソウル・明洞にてGPSを作動させた際のスクリーンショット。表示がハングルなので、韓国語を解さない私にとっては字を追うのに時間がかかり、これだけでは携帯電話やGPSの機能とは別の意味で「ストレスなく道を探す」のは難しい。それでも、ガイドブックや観光公社で貰った地図と見比べて、「今どこにいるか」を把握するには役に立つ。
(注:使ったSIMカードはプリペイドで国際ローミング可能な香港のものです)









Screenshot00551  やはり韓国にて、都羅山駅からDMZツアーに参加したときのもの。さすがにここでは今でも「国防上の理由」があるからか道路は表示されない。青丸とその説明である黄土色の囲み「40公尺以内的您的位置」との中間にある、梯子のような線路表示の先端である「도라산리」と書かれたあたりが都羅山駅(表示はおそらく「都羅山里」だろうから駅名を書いたものではなさそうだが)。
 ちなみに、ソウルの韓国観光公社で貰ったツアー案内にあった、ソウルから北朝鮮の開城(ケソン)を訪れるツアーには持ち物制限があり、ズームレンズなどに加えてGPSも持ち込み不可と書かれていた。街が丸見えになるのを避けたい、というところが未だにあるのだろう。

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2009年11月24日星期二

ソウル・仁寺洞で餃子

P1010710 前回に続いてソウルの食べ物の話。仁寺洞ではメインストリートと交差する細い道がいくつかありそこに食堂が並んでいる。暗くなったので何を食べようかと思いながら歩いていると、店頭で餃子を作って並べている店を見つけた。その餃子であるが、普通に見る餃子に比べてとても大きい。





P1010707  店の中にも餃子が並んでいる。作っている人の姿と比べて大きさが伝わるだろうか。








P1010698  その餃子スープを注文。冷麺を出すときに使う器に餃子が3つ入っていっぱいである。
 韓国で食事をすると「~チゲ」など辛い料理を食することが多いので、こうしたあっさりした料理を食べるのも良いものである。小皿で出てくるキムチやナムル、そしてチャプチェ(春雨の炒め)もおいしかった。これで5,000ウォンなのでお値打ちである。



P1010703  餃子の後ろに写っているのはコーヒースプーンではなく、普通のスプーンである。さすがに1口で食べることはできず、3つに分けて食べるのがちょうど良い感じであった。
 この店「사동면옥」(漢字では「寺同麺屋」)、インターネットで調べるとそこそこ情報があり、KONESTによるこの店の紹介はこちらソウル観光公社のウェブサイトにもこの店の紹介があった。この餃子を使った「餃子鍋」を食べている人も多かったし、チヂミなど他の料理もあるようである。

 「餃子スープ」、メニューには「만두국」と書いてあった。口に出すと「マンドゥトン」となるのだが、「만두」-「マンドゥ」が「饅頭」、「국」-「トン」が「湯」なので、これも日本語と中国語がわかればあぁなるほど、と思える一例であろう(モノは日本の「まんじゅう」や中国の「馒头」とはかなり違うが)。

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2009年11月23日星期一

ソウル・仁寺洞でたい焼き

 今回のソウル滞在は短かったのだが、その中で食べ物の話題を1つ。
Imgp9060  ソウルの中心部にある繁華街、仁寺洞。








Imgp9064 Imgp9075  仁寺洞キルと呼ばれるメインストリートには陶磁器、書道用品など伝統工芸品を売る店が並ぶ。その一方で若い人向けのアクセサリーや小物を店頭に並べて売ってもいたり土産物屋もあったりする。さらには昔のものばかりでなく現代美術にまつわるギャラリーもあったり自分の作品を売っている人もいたりと、ソウルの伝統的な部分と現代的な部分が混じりつつ芸術を感じさせる店並びと言える。
 仁寺洞キルから枝分かれする細い路地には食堂が並び、歩いた後の食事にも困らない。

Imgp9044  その仁寺洞キルで、ポテトフライとともにたい焼きを並べて売っている屋台を見つけた。ソウルでたい焼きを見かけるとは思わなかった。






Imgp9089  仁寺洞のたい焼きは1つ500ウォン。日本でよく見るそれより少し小さく、皮の表面がパリッとしているのが印象に残った。
 写真では屋台で焼きたてのたい焼きがいくつか並んでいるがその後次々と売れていき、なかなか人気のようである。指さしで買ったのでどう呼ばれているかわからなかったのだが…

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2009年11月22日星期日

境港から韓国へ・フェリー「EASTERN DREAM」

 今回の旅では、境港から「EASTERN DREAM」(イースタンドリーム)号というフェリーに乗って韓国・東海(トンへ)港へと向かった。
Imgp8850  この境港と東海を結ぶ航路は今年(2009年)の6月に運航が始まり、7月から定期運航が始まったばかりである。境港と東海、そしてロシアのウラジオストックを結ぶ環日本海航路として売り出している。
 写真は対岸の美保関側から見た、停泊中のEASTERN DREAM号。
 運航会社であるDBSクルーズフェリーは今のところ日本語のウェブサイトを持っておらず(韓国語のウェブサイトはこちら)、運航スケジュールなど日本語の情報は鳥取県のウェブサイトにある特集ページが頼りである。

Imgp8932  フェリーの運航日には境港駅からターミナルへ無料バスが走るので、それに乗って境港国際旅客ターミナルへ。
 平屋建ての建物の中に椅子が並んでいて待合室になっている。
 待合室の脇にある切符売り場で切符を買った。このフェリーは前述の通りDBSクルーズフェリーという韓国の会社によって運航されているのだが、窓口の人も韓国の方のようであった。

Imgp8940  国際航路では国際条約の関係で岸壁を歩いて乗船することができないことが多いのだが、境港ではターミナルが岸壁の前にあるということで出国審査後に岸壁を歩いてタラップへと向かう。





P1010659  前日の夜がサンライズ出雲のノビノビ座席だったので、2日続けて固い床で寝るのは厳しく今回はスタンダードAと呼ばれるベットを利用。8人用の部屋に私も含めて3人の乗客であった。






P1010669  吹き抜けになっている、レリーフやシャンデリアもあるエントランス。








P1010660  船内ではインターネットも利用可能。航海中も利用可能とのことで衛星回線を使っていたらコストが高そうだが、どのような仕組みになっているのだろうか。







P1010661  船内の売店には、ファミリーマートの名が冠せられている。但し韓国のフランチャイズのようである。
 船内の係員に、先程境港の窓口で見かけた方を2名見かけた。船内業務と境港に着いたときの地上業務を兼任しているようで、境港に常駐の人を何人も置いておけないということなのだろう。
 このほか船内にはバイキング形式のレストランがある。私が乗った日は団体客専用になっていたがその代わりに船首にあるバーで同様の食事を食べることができる。
 韓国の会社が運航する船ということで船内ではウォンが主要通貨で、このファミリーマートも使うことができるのはウォンのみである。夕食・朝食の支払いは日本円も可能で、私が乗ったときは夕食が800円、朝食が600円であった。

P1010668  この「EASTERN DREAM」号、元は鹿児島と沖縄を結ぶフェリーであったのを現在の所有者であるDBSクルーズフェリーが買い取ったのだとか。かつては日本のマリックスラインが所有する「クイーンコーラル」という船だったとかで、短い時間外洋を走るという点では共通している。
 船内の表示は殆どハングルになっているが、甲板から船室に入るときの表示にかつての名残を見ることができた。



Imgp8960  釜山と博多や下関を結ぶフェリーのような乗船締切後や下船前の待機時間はなく、19時に出港してから一路東海を目指す。冬の日本海は波が高く、翌朝入った風呂では浴槽のお湯が波打っていて入浴するのが難しいほどであった。
 それでも定刻の午前9時に東海港に到着。東海港でもやはり岸壁を歩いて入国施設へ向かう。
 東海港からはソウルへ行くべく下船後すぐタクシーに乗ってバスターミナルへ向かったので、東海の街は歩いていない。タクシーから見た車窓は黄土色の地面が目立ち、海岸線に鉄条網が掛けられているのを見たり軍事施設と思しき施設の名前を道路案内や壁面に見たりと、緊張感を感じる車窓であった。
 日本の鳥取・島根付近も、韓国の東部海岸沿いもそれぞれ高速列車は走っていないなど交通インフラが他の地域ほどではないのが共通している。その両者を結ぶこのフェリーが物流や観光の大動脈になるのは今のままでは厳しく、他の地域の貨物をこの航路に取り込むべく港から先のサービスの提供も含めてもう1歩踏み込まないと厳しい航路と言える。旅客にしても境港のターミナルで見た人数からすると厳しい状況が窺える。
 それでも両地域の人にとっては互いを結ぶ貴重な航路でありこれを使って街の発展に結び付けたいだろうから、このフェリーもお互いを結ぶ架け橋として継続して運航してほしいものである。

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2009年11月21日星期六

境港散策

 前回の続き。境線の終点、境港駅付近を散策。
Imgp8786  境「港」と言うだけあって、駅前を流れる境水道には漁船やタグボートなど船がたくさん泊まっている。写真奥には海上保安庁の巡視船も泊まっている。
 境港は鳥取県に属しているが、境水道を隔てた対岸は島根県の美保関である。




Imgp8791  境港駅に程近い岸壁に泊まっていた、海上保安庁の巡視船「おき」。







Imgp8897  こちらは水産庁の漁業取締船、「白嶺丸」。
 緑の山を背景に白い船、というのも珍しい眺めである。







Imgp8812  境港駅周辺は「水木しげるワールド」。境港出身の漫画家・水木しげるにちなんで「ゲゲゲの鬼太郎」の登場人物や全国各地の妖怪の像や絵が、眼前から離れることはない。





Imgp8796  駅前の観光案内版を妖怪が囲んでいるのは言うに及ばず、







Imgp8797 Imgp8818  タクシーの屋根上の行灯や街灯までもが「目玉おやじ」になっている。






Imgp8792  駅近くにある会社の窓は妖怪つづらに模されている。








Imgp8873 Imgp8876  境港駅から水木しげる記念館までの1キロ弱の道路は「水木しげるロード」と名づけられており、沿道には鬼太郎グッズや妖怪グッズを売る店が並び、また妖怪の小さな像が歩道にズラリと並んでいる。

Imgp8879  土産屋が本業ではない電気製品店にも、妖怪グッズが並ぶ。







Imgp8888  通りにある床屋、ハサミを持った鬼太郎や一反木綿に追いかけられているようで、夜はあまり通りたくなくなるかもしれない…






Imgp8884  鬼太郎の像。鬼太郎やねずみ男など有名なキャラクターの像は人気があり皆並んで写真に収まろうとするので、銅像の写真を撮るのが難しい。
 奥に見える下駄、ただの下駄と見るか妖怪の1つと見ることができるか…後者はある世代以上の人に多そうである。



Imgp8885  それぞれの像には、妖怪の名前が点字でも記されている。目の見えない方は名前を手がかりに銅像を触ってその姿やその様を思い起こすことになる。






Imgp8810  通りに並ぶのは妖怪ばかりではない。水木しげる先生御自らも、妖怪に囲まれながら執筆している姿を見せている。






Imgp8922  こちらはキャラクター化された姿ではなくご本人の胸像、水木しげるの業績を記した顕彰碑。







Imgp8868  水木しげる記念館。彼が描いた妖怪よりも、彼が歩んだ人生に唸らされる。自由奔放・天真爛漫ともいえる幼年期・少年期、そして太平洋戦争で負傷しながらも九死に一生を得たという経験、そしてその後苦労しつつもマイペースで歩んだ先に漫画家としての成功、となるのだが、幼い頃に「のんのんばあ」こと家に来ていたお手伝いさんから妖怪の話を聞いた少年時代、そして戦地での現地住民との交流が彼の心の糧として今日の彼の礎になっているのだということがわかる。

Imgp8798  その水木しげるの40歳前後、漫画で名を成す前の頃の話が来春からのNHK朝の連続テレビ小説になるのだとか。この『ゲゲゲの女房』、主演の松下奈緒扮する夫人の目からこの頃の水木しげるを見たものだそうで、どんなドラマになるなのだろうか。

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2009年11月20日星期五

境線

 サンライズ出雲を米子で降り、境港へ行くべく境線に乗り換える。
Imgp8742  米子駅の0番ホームで待っていたのは、「目玉おやじ列車」。境港出身の漫画家・水木しげるにちなみ、境線には『ゲゲゲの鬼太郎』のペインティングが施されたディーゼルカーが走っている。





Imgp8745 Imgp8748  駅には、鬼太郎の銅像などが並んでいる。






Imgp8757  境線のそれぞれの駅には、『ゲゲゲの鬼太郎』にでてくるものなど妖怪の名がニックネームとして付けられている。米子駅は「ねずみ男駅」。





Imgp8760  このニックネーム付けは無人駅にいたるまで徹底されている。駅の案内板が、妖怪の紹介になっている。






Imgp8755 Imgp8770  ディーゼルカーの車内も、目玉おやじや鬼太郎の絵で覆われている。
 駅と駅との間が詰まっていることもあり、列車はゆっくりとすすんでいく。途中車窓に見えた葱畑で、スキーのストックを改造した農具が置いてあるのを見かけたのは大山に程近い境線ならではと言えようか。
Imgp8783 Imgp8800  1時間ほどで、終点・「鬼太郎駅」=境港に到着。






Imgp8802  こちらは後続で来た「鬼太郎列車」。鬼太郎と仲間たち?が車体に描かれている。

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2009年11月19日星期四

サンライズ出雲

Imgp8706 Imgp8712  サンライズ瀬戸には何度か乗ったことがあるが、サンライズ出雲に乗るのは初めてである。夜行列車で一路西を目指す。




Imgp8718 Imgp8714  B寝台は満席、特急料金だけで乗ることができるノビノビ座席も窓口の係員の方曰く「最後の一枚」とのことであった。カーペット敷きのスペースは先に乗った釜山~博多間のフェリー「ニューかめりあ」同様に頭の位置に仕切りがあり、落ち着いて過ごすことができる。座席と違って横になることができるのはやはり楽である。
 枕はないので、U字型のエアークッションを持ち込んでの乗車。旅先から更新できればまた後程。

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2009年11月15日星期日

韓国で見た漢字

 1970年代までは固有名詞などを漢字で表していた韓国の新聞も今では殆どハングルによる表記になっているなど、韓国では「母国語を表す文字としての」漢字を見る機会は少なくなっている。9月に韓国を旅行した際に街で見かけた漢字はその少なくなった韓国語の漢字表記のほかに、韓国を訪れる中国人・台湾人や日本人の便宜を図るためのものもあり、漢字を解する者としては助けになった。

Imgp8253Imgp8321 鉄道施設や列車では駅名を漢字で表示している。駅は台湾でも中国でも「站」と書くので、これは韓国に残った漢字表記と言えるだろう。写真左は仁川駅にて、右は都羅山へ行く際に乗ったディーゼルカーにて。

P1010473  やはり駅で見た「賣票所」「乘車場」の表記、ハングルの表記をそのまま韓国語化したものではなさそうだが中国や台湾でのそれとも違い微妙である。







Imgp8255  もっとも仁川駅で見た「歡迎光臨」、さすがにこれは中国からやってくる人を当て込んだ表記であろう。







P1010467  仁川港から乗ったバスの車窓にて。銀行の建物に「환전」と書かれており、その下に「換銭」と書かれている。「환전」、口に出すと「ホワンチョン」であり、中国語の読み「Huan4qian2」に通じるものがある。ここでは漢字表記もあるが、これも中国語を解してハングルが読めると意味が類推できる一例であろう。



P1010496  こちらはソウルの韓国観光公社にて。「観光案内」が日本人向け、「旅游咨询」が中国語話者向けか。








P1010497  ソウルの中心部では、道案内に中国語の表記が付されているところもある。「ソウルファイナンスセンター」が「首尔金融中心」と記されている。
 奥に見える緑色の自動車向け道路案内は、ハングルとアルファベットのみの表示である。

 漢字表記が少なくなっているとは言われているが、もともとの韓国語を漢字表記したものに加えて日本語話者や中国語話者向けの漢字表記がそこそこにあり、日本語を解する者としては街を歩く際の助けになるといえる。

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2009年11月1日星期日

2009年・環黄海旅行記(番外編)門司港レトロ観光列車

 今回の旅行では、釜山から船で帰国した後は北九州空港発のフライトで東京に戻ることにしていた。入国審査が何時からなのか、どのくらいかかるのかわからないので午後1時前のフライトを予約していたのだがスムーズに入国審査が終わり、8時前には博多のターミナルを後にした。時間が余ったのでどこか行こうかと考えたが、新しい場所はあまり思いつかなかったので約3年振りに門司港へ行ってみることにした。
Imgp8603 Imgp8604  門司港駅の構内。九州での鉄道の起点であることを示す0哩(マイル)標と、蒸気機関車の動輪や安全の鐘が置かれている。




Imgp8595 Imgp8597  門司港駅。この日は駅前で青空市か何かだったようで、雑貨などを広場に並べて売る人とそれを買いに来る人で賑わっていた。




Imgp8588  滞在時間も限られているのでもう1度九州鉄道記念館に行こうかと思って駅を出たら、青色の小さな機関車と客車が廃線跡に停まっていて、それに乗ろうと人が集まっているのが見えた。廃線跡(列車が走るようになったので今やそうは呼べないが)を観光列車が走るようである。時間を聞いたら片道10分、25分で往復できるとのことだったので私も乗ってみることにした。


P1010622  この青色のトロッコ列車「門司港レトロ観光線」(ネーミングライツで「やまぎんレトロライン」とも言うらしい)は、かつての貨物線の廃線跡にやはり廃止された南阿蘇鉄道で使われていた機関車に客車をくっつけて走らせている。北九州市が持つ線路に平成筑豊鉄道が持つ車輌を走らせるというれっきとした鉄道で、春から秋にかけての季節運行ながら本屋で売っている時刻表にも運行ダイヤが掲載されている。今年は11月29日までの土・日・祝日に運行され、来年(2010年)は3月13日から運行再開だそうで、夏休みなど観光客の多い時期は毎日運行になるようだ。あと、駅での案内など係員にボランティアの方がおられるとかで、ボランティアが運行に関わるのは珍しいのではなかろうか。
 乗車中のアナウンスでは「もっとも短い、もっとも遅い列車です」と言っていた。「もっとも短い」が車輌のことなのか路線のことなのかわからないが、門司港駅前にある九州鉄道記念館から出光美術館・ノーフォーク広場の2駅を経由して関門橋の下をトンネルでくぐって終点の関門海峡めかり駅までの4駅2.1キロメートルを10分かけてこの列車は走る。
 終点近くのトンネルを通るときに、関門海峡に住んでいる魚が客車の天井に映し出されて歓声が上がっていた。
P1010626  終点近くでは、かつて関門トンネルを走った電気機関車(EF30型)が保存されているのが車窓から見えた。








Imgp8574  帰りは起点の1つ手前、出光美術館で下りて歩くことに。近くの広場にあるステージでは踊りやパフォーマンスの出し物があるようで、本番直前の最終チェックというところだろうか。





Imgp8581  門司港の街を走る観光列車。機関車が前後についていて、どちらの方向へも難なく走っていくことができる。こうした列車に乗ると皆嬉しくなるのか、乗客が沿道を歩く観光客にしばしば手を振っていた。





Imgp8569  今回訪れた中国や韓国に続き、ここ門司港でも事前には思いもつかなかったものに出会うことができた。勿論予めガイドブックを読んだりインターネットで調べればわかることなのだろうが、予め調べて知ったことやガイドブックに書いてあることをたどるだけでなく、そこから道を踏み出してみたりあるいはそこに何があるのか楽しみにしながら旅をするのも良いのではないかと思う。

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