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三月 2010

2010年3月25日星期四

新台北 別館@浜松町

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 浜松町駅の北側、汐留ビルディングに入っている「新台北」。店の中に入ると、台湾の食堂の香りが漂ってくる店である。







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 昼食に、炒米粉と肉燥飯をいただく。とりわけ肉燥飯は台湾のそれにとても近い味である。
 魯肉飯と肉燥飯、小さいお碗にそぼろ肉が載って出てくるところは一緒であり、味も似たものがある。前者がラードを含んだ部位の肉を使っているのに対して後者はラードの少ない部位の肉を使うとされている。言われてみると確かに魯肉飯は食べたときに口の中で解ける脂も含めての味だという気がする。
 この店の肉燥飯は汁が少なく、そぼろ肉を煮た味付けで勝負という感じだろうか。昼だと麺類だけで800円あまり、それに肉燥飯をつけたり定食のご飯を肉燥飯にすると1,000円を超えるのでちょっと奮発して、というところだろうか。あるいはこのあたりだとそれが相場なのか…

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 日を改めて夜にこの新台北を再訪した時に、シメで食した肉燥飯。
 この店では蚵仔煎をはじめ担仔麺など台湾小吃を堪能することができ、値段も昼はちょっと高いかと思ったが夜はリーズナブルな値段で(勿論台湾の夜市よりは高いが…)食することができた。それぞれの量はあまり多くないので、いろいろな台湾小吃を楽しむことができ、台湾の小さな食堂で食べているような感じである。蚵仔煎は上にかかっているソースが多くまた牡蠣が真ん中に固まっていたが、東京で蚵仔煎を食べられるのが幸せである。

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2010年3月22日星期一

インターネットの敵・2010

 「国境なき記者団」なるNGOがインターネットへの統制を強めている国をリストアップして「インターネットの敵」として公表していると、3年余り前に拙ブログに書いたことがある。その「インターネットの敵」、最新版が出たとのことである。ITmedia NEWS記事

国境なき記者団が「ネットの敵」発表 中国など12カ国

国家によるネット検閲が増える一方で、Twitterのような新しいツールが規制下で利用されるようになっており、「Web 2.0がControl(統制)2.0と衝突している」という。

 国境なき記者団(RSF)は3月12日、インターネットの言論の自由を脅かす「インターネットの敵」リストの最新版を発表した。

 今年ネットの敵として挙げられたのは、ミャンマー、中国、キューバ、エジプト、イラン、北朝鮮、サウジアラビア、シリア、チュニジア、トルクメニスタン、ウズベキスタン、ベトナムの12カ国。いずれもネットコンテンツの検閲や、政府に批判的な発言をしたWebユーザーを投獄するなど、Webにおける言論統制を行っているという。特に中国は最近、ネット検閲をめぐってGoogleと対立していることが話題になった。

 RSFによると、2009年には約60カ国が何らかの形でWeb検閲を行った。2008年と比べると2倍に増えたという。Webユーザーが標的にされるケースも増えており、オンラインで自由に意見を述べたことで投獄されたブロガーやネットユーザーは過去最高の120人近くに上った。中でも中国が最も多く、72人を拘留したという。

 その一方でTwitter のような新しいコミュニケーションツールが規制下での情報発信に利用されるようになっており、「Web 2.0がControl(統制)2.0と衝突している」と同団体は述べている。

 またRSFは、懸念が持たれるネット政策を取っている国を「監視対象」として挙げている。今年はオーストラリア、バーレーン、ベラルーシ、エリトリア、マレーシア、ロシア、韓国、スリランカ、タイ、トルコ、UAEが挙がった。オーストラリアはインターネットフィルタリングシステムを導入予定であること、韓国はネット実名制で「匿名性を損なっている」ことが懸念されている。ロシアとトルコは今年新たに監視対象に加わった。ロシアではブロガーの逮捕や過激派サイトの遮断が行われており、「インターネットが政治統制の道具にされる恐れがある」という。トルコでは民族問題などを理由にYouTubeなど多数のサイトへのアクセスが遮断されている。
(以下略)

 3年余り前と比べると、ベラルーシが「敵」から外れて「監視対象」になっているが、その他の国の顔触れは変わらず、ずっと「敵」として君臨?し続けている。当局のインターネットに対する見方が大きく変わるわけでもなく、また市民を統制しようとする度合いも大きくは変わらないということである。
 中国のインターネット統制、先のGoogleとの一件はかなり報道されたが、特定のウェブサイトのみならず幅広く接続できないことがあることや検索ワードに制限がかけられていることは、東シナ海の油田の問題や食品の安全の問題ほどには話題にならず散発的に報道されたり雑誌記事になったりするのみである。事は中国政府・中国共産党と対立関係にあるダライ・ラマ関係や民主化を唱える勢力の主張を抑えているばかりではなく、日本のウェブサイトもインターネット統制の対象になっているのである(その大多数は「とばっちり」でアクセス制限をかけられていると言えるが…)。私の周囲でもあまり話題にはならないのだが、中国のホテルでインターネットに接続しても遅いなと感じるくらいで済んでいるのか、ウェブサイトに繋がらないことがあってもそれがたまたまだったり技術的なトラブルだと思っているのか…

 サウジアラビアもやはりかつて述べたとおり相変わらず「敵」であるようだし、イランに至ってはGmailを遮断して「国営のメールサービス」を準備しているのだとか。時事通信の配信による記事。サンプルチェックで見せしめ的にやるのか…市民に情報ツールの取捨選択の自由まで与えないとはさすが「敵」である。

グーグルの電子メール禁止か=イラン

 【ニューヨーク時事】米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(電子版)が10日報じたところによると、イラン当局は同日までに、インターネット検索大手グーグルによる同国内での電子メールサービス「Gメール」を禁止すると発表した。イランの国民向けには国営の電子メールサービスが間もなく展開されるという。
 イラン政府当局者は、この禁止措置は国内のインターネット技術の開発を強化し、政府と国民との間の信頼を構築するのが狙いだと説明した。
 一方、グーグルの広報担当者は「イランのユーザーから、Gメールにアクセスできないとの知らせを受けた。アクセス量が急激に落ち込んだことを確認した」と表明した。

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2010年3月16日星期二

「日台 新たな懸け橋」-日本経済新聞より-

 昨日(3月15日)と今日(16日)の日本経済新聞夕刊の1面に、「日台 新たな懸け橋」と題した囲み記事が載っていた。昨日の記事は日本の大衆文化が台湾の若い世代に根を下ろしているとして、台北・西門町で日本のファッション雑誌を買う若者を紹介しつつ、他方かつて日本好きを現す言葉として使われた「哈日族」という言葉は「オタク」を連想するようになったとかで使う機会は以前より減ったが日本の大衆文化は当たり前になったと述べている。今日の記事は日本に目を移し、台湾の原住民(記事では「先住民族」)が作る工芸品に魅せられてその作り方を台湾で学び今は自分で作って店頭で売る人や、大学在学中の一人旅で台湾茶への関心が深まりそれが昂じて台湾茶のインターネットショップを開いた人、さらには台湾に「はまって」住み着きつつも「台湾の良さを伝えるために日本で暮らす割合をもっと増やしたい」と言う作家を紹介していた。昨日の記事が「上」だったので「中」と「下」があるのかと思いきや今日の記事が「下」で2回限りになってしまったが…
 いざ台湾に行くと、西門町のみならず台湾にあるあちこちの書店で日本のファッション雑誌を見ることができるし、テレビをつけると日本の番組を放映しているチャンネルがある。さらに台湾の新聞では日本の芸能人の動向が詳しく伝えられている。台北では日本語の看板をあちこちに見ることができるし、記事が言うように台湾で「日本」を感じることはとりわけ都市部では多いだろう。
 そのことを感じるにつれ「台湾の人が日本を見るように、我々は台湾を見ているだろうか」といつも考えてしまう。今日の記事で紹介した工芸品販売や台湾茶のネットショップの紹介は、他方で台湾で感じる「日本」に比べると日本で感じる「台湾」は小さいことを想起させる。こうした店を普段の生活で見ることは少ない。
 今日の記事の見出しには「異境の魅力伝える日々」と書かれていた。確かに自分の身の回りに見えるものとは違うものに魅力を感じることもありそれが台湾に惹かれる要因なのだろうが、「異境」という言い方で良いだろうか、と考えてしまう。

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2010年3月14日星期日

サッカー観戦・ザスパ草津 V.S. 愛媛FC

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 昨日、Jリーグ・ザスパ草津と愛媛FCの試合を観にいってきた。
 アウェイの愛媛FCには今季から福田健二選手が加入。彼がスペインのヌマンシアに所属していたときに試合を観たことがあるのだが、その後スペイン・ギリシャのチームを経て今年から愛媛でのプレーとなった。前所属先からの移籍を巡って登録に必要な証明書が発行されないトラブルに巻き込まれて開幕戦には出場できず、この日も出場できないと言われていたが、この試合の直前になって登録が認められ、晴れて試合に出ることができた。対するザスパ草津には彼が「良き理解者であり、良き相談役であり、最高の友人」と言い、やはり海外のクラブを渡り歩いた時期がある廣山望選手が所属している。福田選手の日本復帰初戦でこの2人が顔を合わせるというのも、何かの縁なのだろうか。

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 赤城山などの山並を背後に見るスタジアム。ゴール裏ではなくバックスタンドがサポーターが声を上げて応援するエリアになっている。バックスタンドの4分の3以上がザスパサポーターで占められており、メインスタンドも含めるとザスパ一色である。対する愛媛FCサポーターには狭いエリアだけが与えられ、その中で少ないサポーターが声の限りに応援していた。
 試合は前半に福田選手がPKを決め、その1点を愛媛が守り切って勝利。ヌマンシアの試合を観たときも福田選手のゴールを見ることができたので、2回連続である。PKの時にボールを置く福田選手のすぐ後ろに廣山選手が立ち、見守るような位置に構えていたのが印象に残った。
 ゴールキックのためにゴールキーパーがピッチに置いたボールが動いて場所が定まらないくらいの強風の中だったが、ザスパにとってはホームの風をうまく引き寄せられなかったか。

J's GOAL【J2:第2節 草津 vs 愛媛】プレビュー:愛媛・福田、欠場、一転、出場へ!海外を流浪した廣山望と福田健二がJ2のピッチで邂逅!草津と愛媛が初勝利をかけて戦う!

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2010年3月12日星期五

台北駅のバスターミナル

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 今回台湾を訪れた際には台北駅前のホテルに泊まっていたので、帰りは台北駅の西側にあるバスターミナルからバスに乗って空港へと向かった。
 台北駅のバスターミナルは以前からこの場所に東站と西站が並んで建っているのだが、桃園空港行きのバスが出る東站は新しい建物に建て替わっていた。以前に比べると天井が高く、広々とした感じである。
 このバスターミナルからは、桃園国際空港行きだと国光客運のほか大有巴士のバスに乗ることができる。今回は90元という値段にひかれて大有巴士のバスに乗った。今までは台北からバスに乗ると国光客運以外のバスは台北駅前ではなく台北の主要なホテルを回った後で空港に向かう感じだったが、今は国光だけでなく大有巴士にもここから乗り降りができるようになっている(このほか、空港行きではないが三重客運のバスもここから出ている)。
 運賃競争とは別に、国光客運の空港行きのバスは「直達」を謳っている。空港直行、ということである。以前は国光のバスは台北駅前のバスターミナルを出ると一旦三重のバスターミナルに向かってから空港を目指していたのだが、直行に変わったのだろうか。
 対する今回乗った大有巴士のバスは、台北ではホテルや民権西路駅などに停まった後に空港を目指すのだが、桃園のインターチェンジからは一般道を走って客を乗せたり降ろしたりしながら空港を目指していた。それでも台北のバスターミナルから1時間で空港に着いたので、そう遅いとは思わなかった。
 台北駅から出発した直後、駅の北側に「台北轉運站」と書かれたビルを見つけた。今までのバスターミナルのほかに新しいバスターミナルが出来て、いくつかのバス会社はこちらを拠点にしているようである。東急ハンズのロゴが見えたりとデパートや飲食店もあるようで、新しいバスの拠点としてのみならずショッピングや娯楽でも来てもらうのを目指しているようである。

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2010年3月9日星期二

続々・2010年元宵節・平渓天燈節~元宵節当日の平渓~

 再び先月訪れた平渓天燈節の話をぼちぼちと。前述の通り元宵節当日の夜は十分の特設会場付近が天燈節のメインであった。昼間菁桐に行ったあと1駅戻った平渓でも途中下車したので、そのときの様子をアップ。

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 平渓駅。ホームから階段を下りて街に向かう。
 ホームの菁桐側から出て、坂道を下りて街を目指すこともできる。いずれにせよ坂の多い街の高台に建っている駅である。






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 菁桐ほどではなかったが、やはりここ平渓でも昼間から天燈=ランタンが上がっているのが見受けられた。数が少ないのは駅前の平渓老街は道が入り組んでいて天燈上げがやりにくい場所だというのもあるだろう。それでも、街から少しはなれたところからぼちぼちと上がっている様子が見えた。



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 平渓老街も観光客があふれている。静かに街歩きを…という雰囲気ではなく大賑わいである。
 通りに並ぶ店にも名が知られているものがあるのか、ある店の前の坂道に長い行列ができているのが見受けられた。

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 戒厳令期のものだろうか、ここでも「社区作りに参加しよう」「年長者を敬おう」「薬物はダメ」といったスローガンを表した古めかしいデザインの絵が壁に描かれていた。






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 街のマンホールは、天燈と列車のデザインである。








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 平渓の街を流れる川の上にかかる橋の上を、特別塗装の列車が通り過ぎていく。先日観た『台北に舞う雪』でも街の後ろに見える橋の上を列車が通り抜けていくシーンがあったが、ここだったかあるいはこの右側にある道路を跨ぐ橋だったか…
 列車があまり通らないこともありこの日は橋の上を観光客がたくさん渡っていたが、いくら列車が少ないとは言え安全面からするといかがなものか…ただでさえ遅れていたのにさらに遅れを拡大することにもなりかねない。
 さすがに元宵節当日の平渓線はどこも人があふれていた。2007年にやはり十分・平渓谷・菁桐を訪れたが、祭りの時期を外してもう一度訪れて静かな中を散策したいものである。とは言いながらも夜空に舞う天燈、あるいは昼間から思いを込めて天燈を上げている人たちの姿も、もう一度見たいと思う。

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2010年3月8日星期一

最終講義

 大学のときに授業や卒業論文でご指導戴いた先生が退官されるので、最終講義に出席すべく先週の金曜日に勤めを午後休みにして大学へ(といってもキャンパスは私の学生時代とは違うところなのだが…)と向かった。
 先生は中国現代文学がご専門だが、この日の最終講義は反右派闘争や文化大革命期に作家や詩人など文学家が受けた困難に関するものだった。この日取り上げた作家の一人とは先生が文革後懇意にされていたこともあり、彼らが直面する困難や作家生活を厳しく制限された後に訪れる晩年の平穏な日々、もしくは晩年の活動に触れる度に先生は言葉を選んで話しておられるように見えた。研究対象への想い、そして研究対象でもある「人」への想いというものが感じられる最終講義だった。
 私自身は大学を卒業しその後「あきんど」として中国と向き合う時期もあり、さらには別のところで現代の台湾に関心が移るようになった。この日の講義で学生時代に接した作家の名前や『文芸講話』といった中国現代史のキーワードを耳にし、高校生の頃「改革開放」や「六・四」があり大きく変わっていくであろう中国のことを知ろうとこの学校の門を叩き、そして学んだ日々を思い起こし「原点」に帰った気がした1日であった。

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2010年3月4日星期四

続・2010年元宵節・平渓天燈節~元宵節当日の菁桐~

 

前述の通り平渓天燈節=ランタンフェスティバルに行ってきた。「平渓天燈節」の名の通り平渓エリアで毎年開かれるのだが、今年の元宵節当日のメイン会場は平渓線で行くと平渓駅より手前、十分駅近くの特設会場だった。昼間に沿線の菁桐と平渓にも行ってきたので、そのときの写真もアップ。

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 この日の平渓線のディーゼルカーは天燈節の特別塗装。白い車体に天燈節にちなんだイラストがペインティングされている。






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 平渓線の終点・菁桐の駅前の様子。2007年に訪れたときには人寂しい終着駅という感じだったが、この日の駅前は写真のように人が多い。年に一度の大賑わいであろうか。


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 菁桐の駅にも、天燈=ランタンを模した飾りがぶら下がっていて、天燈節の雰囲気を醸し出している。








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 ここ菁桐は、先月観た映画『台北に舞う雪』の舞台でもある。映画の中で願いを込めた竹筒が街の柵などにぶら下がっていたり主人公であるモーがメイの喉が快復するよう願って書いた竹筒がメイの前に降りてくる場面があったりするが、実際にも菁桐駅前に置いてあるトロッコや線路沿いの柵にはここを訪れた人が願いを込めた竹筒がぶら下がっている。

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 駅の西側の車道が川を渡るところからの風景。赤い橋が見える。『台北に舞う雪』でも赤い橋の上でモーとメイが会話を交わす場面がある。ここなのかどうか…。






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 駅を通り過ぎ、川沿いへ向かう坂道を下る。確かに緑に囲まれた赤い橋である。が、願いを込めた竹筒がロープ沿いにこの橋にいるメイに渡されることはなさそうだ。橋があるのみで、橋に立っている人にさらにその上から物を渡せるようなロープはない。





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 橋の上では、若い友人連れだろうかランタンを上げていた。
 昼間でありまたメイン会場の十分から離れた場所であるが、元宵節に先立つ2月20日にここ菁桐にある菁桐小学校でやはり天燈=ランタン上げのイベントがあったとのことである。この時期は平渓付近が天燈上げの場所として各地が賑わいを見せ、また人々が天燈を上げにやってくるのだろう。
 この橋は日本統治期末期の1940年代に最初に架けられ、それを改修したりして維持しているのだとか。

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 駅から橋に向かう途中にある広場。崖の上に架けられた鉄橋の上が広場になっていて、中埔鉄橋(中埔鐵橋)の名とともに「情人橋」の別名が広場の案内にあり、確かにこの広場から川を見ているカップルが数組いた。
 家族連れが飛ばしたシャボン玉が、広場に舞っている。

 隣の平渓の様子は、また後程。

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2010年3月2日星期二

2010年元宵節・平渓天燈節

 やはり台湾で元宵節の日に開かれる天燈節=ランタンフェスティバルを一度は見てみようとの想いは強く、元宵節が日曜日に当たる今年はいいチャンスだと思ったこともあり土・日に1日休暇を加えて台湾へ行ってきた。目指すは平渓付近で開かれる平渓天燈節である。

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 今年の元宵節は新暦の2月28日である。前述の通りこの日は日曜日、さらには2・28事件に因んだ和平記念日として祝日でもある。
 元宵節当日のイベントは平渓線の十分駅近くの特設会場で開かれる。午後1時過ぎに瑞芳駅を出るはずだった列車は20分くらい遅れ、日本のラッシュアワー並みに乗客を詰め込んで十分駅へと向かう。十分駅では乗客が降りるのに相当時間がかかっていて、それが列車の遅れの原因であろう。
 台北駅から乗継駅へ向かう列車もそれなりの混み方であったが、列車の中が十分に向かう人達の会話で賑やかだったのが印象に残る。日本だと祭りの会場へ向かう列車でももっと静かだと思うが・・・
 十分駅で降りたところ、線路沿いの十分老街は写真の通り線路にまで人があふれる混みようである。天燈節の日に十分の街を通る列車を見ようと早めに来て降りたのだが、これでは風情がない、というか風情を楽しむというよりは日本の大きな神社で初詣をするようにこの街に来て賑やかにやるのが平渓の天燈節なのだろう。

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 天燈(ランタン)は通りに並ぶ店で売られている。1個NT$100くらいである。願いによって色が違うようで、訪れた人は様々な色の天燈に自分の願いを書いて飛ばしていく。願い事は健康を願ったり長い友情を願うものから、儲かって広いマンションが買えますようにというものまで様々である。

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 熱気球のように中に火を灯し、その熱で天燈は上空へと上がっていく。
 線路上もランタンを飛ばす絶好の場所になる。日本では鉄道写真を撮ろうとした人が列車を停めたことがあった。ここでは列車が来る度に駅員や警官が警告して人を移動させていたが、くれぐれも安全には気をつけて欲しいものである。


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 この日は、台北の木柵駅から十分まで臨時のバスがひっきりなしに走り、この地を訪れる人たちを運んでいた。正面に「平渓天燈」の文字が見える。






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 十分駅前にかかる静安吊橋の横に、天燈が上がっているのが見える。昼間のうちから天燈を上げる人も少なくない。






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 平渓や菁桐を訪れた後、再び十分に戻り特設会場を目指す。
 特設会場ではスケジュールに従ってイベントが行われ天燈が上げられる。会場の中では当日の午後に会場で予め申し込んだ人だけが天燈を上げることができ、街の店で買った天燈を持ち込むことはできない。
 が、十分駅から会場へ向かう道すがら、あるいは会場付近の広場や線路沿いのあちこちで、天燈が夜空に舞い上がり夜空を彩っていく。イベントで一斉に天燈が上がるのもきれいだが、十分の街で人々がそれぞれに思いを込めた天燈が夜空にゆらゆらと上がっていくのを見ると、彼らの願いが叶うようにと思わずにはいられない。

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 会場のゲートの周りの夜空を、天燈が舞っている。








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 こちらはイベント会場で一斉に上げられた天燈。この日は馬英九総統もこのイベントで天燈上げに参加したようであるし、日本の中央大学の学長も加わったようである。何回かに分けて大規模な天燈上げが行われたが、天燈の火が熱を帯びて夜空に舞い上がるための力を持つにはいくばくかの時間がかかるのでその間に歌手が歌を披露したりゲストがトークを行ったりしていた。
 一斉に天燈が舞い上がるのは、いざ目の前でそれを見ると壮観である。




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 イベント会場から再び十分駅を目指す。駅と会場を結ぶ通りには、年に1回の大型イベントに来る客を目当てにした屋台が並んでいる。






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 人で賑わう通りを外れ十分の細い通りに入ると、寺院の前でランタンを上げる人がいた。合格祈願の天燈のようで、努力が結実するといいね、と思える一コマである。















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 再び十分駅前に戻ったが、駅前は相変わらずでランタンを上げる人やそれを見る人で賑わっていた。
 静かに夜空を眺めながらランタンを見るという雰囲気ではなかったが、願い事をするということも含めて日本の初詣と同じものだと思えば、うるさいくらいの人々の会話も満員の列車に乗ってこの地を目指すのもわかる気がする。新婚カップルが結婚写真用と思しくスーツ&ドレス姿で天燈上げをしているのも見たし、この地を訪ねた人たちがささやかな願いを込めて天燈を上げるのを見ると微笑ましくもありまた願いが叶ってほしいと思えるのである。
 元宵節では台湾各地でやはりイベントが開かれている。ホテルに戻ってテレビのニュースを見たが、他の各地の元宵節は爆竹や花火がやかましいイベントのように見えた(嘉義のイベントでは花火が低空飛行して30人あまりが火傷を負ったのだとか)。それらと比べるとこの平渓天燈節は、静かとは言い難いが天燈上げを重んじており天燈に1年の願いを込める良い機会だと感じた。
 帰りの列車も駅の混雑がひどくなかなか乗れなかったこともありやや疲れた感があったが、疲れてでも行ってよかったと思える平渓天燈節であった。

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