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十一月 2010

2010年11月11日星期四

2010年8月・カナリア諸島旅行(23)「親方ラーメン」

 3ヶ月前のカナリア諸島旅行で書き忘れたことが1つ。

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 ラ・ラグーナのCalle Tabaresだったと思うが、ショーウィンドーに日本食を並べている店があった。中国製もしくは中国向けと思しき缶詰も混じっているが、カルピス・カップヌードル・ゴールデンカレーと日本でおなじみのブランドが並んでいるし、焼海苔・寿司酢や昆布だしなどが店頭に並んでいる。
 かつて日本の漁業基地であったカナリア諸島であるが、観光地であるラ・ラグーナで日本食、しかも食材を見つけるとは意外だった。

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 その中に、「親方ラーメン」と袋に書かれたインスタントラーメンを見つけた。「親方ラーメン」=OYAKATA NOODLES、日本では見かけないので「なんちゃって日本ブランド」かと思ったが…
 調べてみると、味の素のポーランド法人がこのブランドでインスタントラーメンを生産していて、OYAKATA NOODLESのウェブサイトもある。味噌味・カレー味・とんこつ味・しょうゆ味・塩味と一通り揃っているようだ。
 姉妹品?で「OYAKATA SOBA NOODLE」もあるようだ。
 私が通ったときにはシエスタだったのかこの店は閉まっており、旅先ということもあり買って帰って作ってみるということはできなかった。
 私が上海にいた頃は既に日本の食材は容易に入手できたし、日本食の店も数多くあった。この点はヨーロッパ各地でもまだまだ困難が伴うところもあるだろうし、日本食のありがたみもヨーロッパのほうが大きそうだ。今となっては日本人が少ないであろうカナリア諸島では尚更である。当地の人たちにも日本の食材に親しんでもらいたいところではあるが…

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2010年11月10日星期三

名古屋で見た列車など

 名古屋近辺に住んでいれば特段珍しくは感じないのだろうが、普段の生活圏を離れると乗物も目新しく見えるので、それをぼちぼちとアップ。

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 名古屋から金山へ向かう際に、特にどの列車に乗ると予め決めていたわけではなく駅に着いてすぐ発車する列車に乗ろうとしたのだが、列車に近づくと意外にもディーゼルカーのエンジンの臭いがしてきた。武豊線を走るディーゼルカーが名古屋まで乗り入れているのだが、例えば東京・新宿や池袋から数駅先を目指そうと乗ったらそれがディーゼルカーだったということはないので、名古屋からフラリとディーゼルカーに乗ることができたのが意外だった。車内もクロスシートで快適である。後で調べたらキハ75系というらしい。

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 他方、金山から名古屋に戻る際には、関東でもお馴染みの211系電車。とは言え、車内の座席の並びや色が関東のそれとは違うせいか、やはり乗ると物珍しかったり新鮮な感じになる。





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 降りたホームを跨いで停まっていた、特急「しらさぎ」と「しなの」。何れも初めて見るのだが、かつてはどちらも国鉄色の塗りわけだったのだが、と思ってしまう。逆にかつてはどこへ行っても似たような電車が走っていたともいえるが、今後は様々な種類を見ることができるのでそれだけでも楽しめそうである。

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 こちらは名古屋付近のJRの主力電車であろう、313系電車。3扉でクロスシートは名古屋の近郊列車では以前からそうなのだが、前面が昔に回帰した感じを受ける。






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 こちらは地下鉄・名古屋港駅の自動券売機。硬貨だけしか受け付けない、タッチパネルではない押しボタン式の券売機は東京でも数が減ってきて、見ることが少なくなった。名古屋港駅でも別の改札近くにある券売機は全てタッチパネル式だった。




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 この日見に行った日本丸では東京海洋大の入学案内をしていたのだが、名古屋駅では関西にある大学への入学を誘うポスターを多数見かけた。勿論、常設の看板は名古屋はじめ中京圏の大学の宣伝が多い。


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 名古屋といえばきしめん?名古屋駅のホームにあるきしめん屋はそれぞれが違う屋号を掲げている。独自のメニューで競っているようでもあるが、実際に贔屓のきしめんを求めてわざわざ隣のホームに行く人は多いのかどうか。






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 さらに帰りの新幹線では「みそかつ弁当」を。今年は名古屋城築城とそれに伴う清須から名古屋への移転から数えて400年に当たるとかで、弁当やお茶のパッケージにはキャラクターの絵が記されていた。

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2010年11月9日星期二

日本丸と南極観測船「ふじ」@名古屋港

 

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 前回名古屋港で鳥羽商船高専の練習船である鳥羽丸を訪れたことを書いたが、この日は航海訓練所の練習船・日本丸も名古屋港で一般公開をしていた。
 日本丸の船上は人が多く、なかなかの人気ぶりだった。随所に訓練生が立って案内をしたり説明をしたりしていたが、説明の中に専門用語が混じっていて聞き返されているのも微笑ましかった。

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 日本丸は帆船であり、帆走時には船首にある大きな舵で針路を定める。この写真を撮る直前には、地元のテレビ局だろうか日本丸を訪れて大きな舵に触れる子ども達を取材していた。
 鳥羽丸では商船高専への進学案内をしていたが、この日本丸では東京海洋大学の海洋工学部、かつての東京商船大学の流れをくむ商船系の学部への進学を勧めるパンフレットを配っていた。また、造船も含めて「船を仕事にする」ことへ誘うパンフレットも置いてあったし、やはり船員養成機関である海上技術短期大学校の入学案内もあった。

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 この日は名古屋港ポートビルの展望台や海洋博物館にも無料で入ることができた。展望台から撮った日本丸の全景。船を上から見ることはなかなか少ない。






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 展望台からは、名古屋港に保存されているかつての南極観測船「ふじ」も眼下に見ることができる。「ふじ」もこの日は無料で見学できた。






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 「ふじ」の船内、調理室の様子を再現したところ。手前の料理は本物ではなくサンプルで、奥で作業をしている白衣の調理師は人形なのだが、遠目に見ると本物の調理師が盛り付けをしているように見える。





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 船内には「もやし栽培機」があったようだ。野菜の調達が限られ、しかも極寒の地に向かう観測船で少しでも自ら野菜を、ということであろう。






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 医務室や理髪室も、人形を使って再現されている。理容室では器用な乗組員が無料で床屋を買って出ていたようである。
 かつての船内の再現のほかに、白瀬矗に始まる日本の南極観測の歴史や南極の自然について紹介しているコーナーもある。「将来の南極」と称して子どもが南極でオペンギンと遊んでいる絵が展示してあり、こちらも微笑ましく感じた。

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 この「ふじ」、その前の南極観測船「宗谷」の後を受け継いで南極観測の任に当たった船である。前任の「宗谷」は東京・船の科学館に保存されていて私も見に行ったことがあるが、その「宗谷」よりも大きく、実際の大きさの差以上に大きく感じた。後部にある、ヘリコプターを載せてなお余裕がある甲板のせいだろうか。

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2010年11月7日星期日

鳥羽商船高専練習船・鳥羽丸

 名古屋港で鳥羽商船高等専門学校の練習船・鳥羽丸の一般公開があるとのことで、日本丸や海王丸など航海訓練所の練習船はよく一般公開があるが学校の練習船を見ることはあまりないので、この機会に足を延ばして鳥羽丸を見に行ってきた。

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 この日は日本丸も名古屋港に寄港していたが、鳥羽丸はそこから橋を渡った水族館南側の岸壁に停泊していた。
 手前には芝生の緑地があり、シートを広げて持ってきたお弁当を食べている人達もいた。





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 前後から見た鳥羽丸。
 全長は40mとのことで、一昨年高松で見た青雲丸や横浜で見た大成丸がそれぞれ全長120m前後であるのに比べると随分と小さい。船内の展示で知ったのだが、この船は4年生までの実習で主に使われるとかで、伊勢湾や愛知・静岡沖を日帰りや短期の航海で航行するのに使われるとのことで、青雲丸や大成丸のように長期の航海を前提とした船とは同じ練習船でも仕様が異なるということである。

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 船首と船橋。








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 船橋内の様子。一昨年見た青雲丸のように実習用の操船装置が別にあるわけではなく、このフロアのみで実習を進めるようである。






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 すぐ後ろには無線設備と、機関室に指令を出す設備が置かれている。海図もここで広げる。
 この後向かった甲板下にある教室では、中学生向けの学校案内や「海を仕事にする」ことを誘う日本船主協会のパンフレットを配っていた。パンフレットを配布していた教授が仰るには、「私も他の大学と大学院を出てここの教員になったのでそれまでは高専のことをよく知らなかったが、こういう進路があることをもっと広く知って欲しい」との話であった。私が中学生の頃を振り返ってみると、工業高専を受験した同学もいたがだいたいは進路は高校の中から選ぶという感じだった。高専は数が少なく、寮に住むことになるかもしれず選択に際してこの点を考慮する必要があり敷居が高くなるのかもしれないが、高専の存在を踏まえて進路選択ができればいいのでは、と思う。もっとも、それが充分ではないから高専の側から練習船見学を通じて存在をアピールしたり、あるいは体験入学があったりするのだろうが…船外には鈴鹿工業高専の入学案内も置いてあった。
 私は将来中国語や中国事情を学ぶ機会があればと当時は思っていたので工業高専は進路の選択肢としては考えなかったが、社会人になってから富山商船高専に国際流通学科ができ(今の富山高専国際ビジネス学科)ここで中国語なり東アジア事情を学ぶことができるので、中学生の頃にこんな学校があったら進路の選択肢に入れていただろう。もっとも、遠隔地への進学は難しかっただろうが…
 鳥羽商船高専には商船学科のほか電子機械工学科と制御情報工学科もあり、教室では制御情報工学科の学生による研究成果の展示もあった。「AEDの位置情報の伝達について」だったか、一見難しそうに見えたが、要は駅などにある「あの」AED…電気ショックでの蘇生を試みる装置…が最寄りのどこにあるか携帯電話で知らせる仕組みに関する研究のようだ。「AED」が「あの」AEDであることに咄嗟に思いが至らず変な質問をしてしまったが、研究に一所懸命と思われるのが窺えて良い学生生活をしているのだろうと見えた。
 船外ではやはり学生による、訪問した人が船員の制服を着て写真を撮ることができるイベントをやっていた。このイベントや学生の研究成果の発表を見ると、大学の文化祭のようにも見える。学生とは言いながら高校生と同じ年頃の人も多く、微笑ましくもある。
 学生による手作りの部分と、それを支える教員の方々の姿が見え、航海訓練所や官公庁の船舶の一般公開とは違った雰囲気が感じられ、年甲斐もなく文化祭の展示を見てきたような気分になった。学校説明会と文化祭を少しずつ切り取ってきて学校紹介をするような一般公開であった。

鳥羽商船高等専門学校ウェブサイト
鳥羽丸のページ

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