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2011年1月13日星期四

台湾・三峡老街

 花博をメインにした今回の台湾旅行だが、足を延ばして台北近郊の街、三峡に行ってきた。
 台北市内からはMRT土城線に乗って終点の永寧駅で下車、そこからバスに乗って「三峡老街」で下車し、民生街の商店街を歩くか川沿いに清水路を歩いていくと三峡老街に着く。将来はMRTがこのあたりまで延びてくるようだ。

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 三峡老街の入り口にある警察署。








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 入り口から、三峡老街を臨む。
 この三峡一帯は、3つの川がこのあたりで合流することからかつて「三角湧」と名前が付いたとかで、19世紀には茶・樟脳・染料の生産や交易で栄えたそうである。日本の当地に際してはこの地で反乱が起こりその鎮圧のため廃れたが、その後街は整備されて「三峡」と名を変えて染物の産地・交易地として再度栄えたそうである。
 当時の様子を再現すべく2000年代になってから修復され、現在の三峡老街になっている。

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 レンガ造りの建物が、土産物屋や食堂などとして並んでいる。







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 レンガ造りで洋風であるが、2階から上が突き出ていてその下が歩道になっているのは他の台湾の古い街並みにもよく見られるし現代の台湾各地の商店街とも共通している。
 窓の下には、各戸のかつての経営者の名前だろうか、人名が彫られている。当時はそれぞれの店主が工夫を凝らして建物の装飾を競っていたそうである。
 写真の建物は、現在では左に洋品店、右が豆花を食べさせる店になっている。

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 軒下の歩道。








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 マンホールは、かつての当地の名産品を表したものになっている。写真は「三峡米粉」のパッケージを模したマンホール。






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 三峡老街の周りにも、往時の面影を残す建物を見ることができる。






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 三峡老街のすぐ脇にかかっている、長福橋。








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 長福橋から清水街を歩くと、三峡拱橋を見ることができる。日本統治期の1933年に、ダムができて川の水位が下がった際に交通至便にすべく作られた橋であり、日本人の設計によるアール・デコ様式の橋で当時の建築費は「44,933円20銭」と紹介されている。




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 台湾の行政区画であるが、台北市を囲むように「台湾県」があり、この三峡は「台北県三峡鎮」であった。2010年12月に「台北県」が「新北市」に衣替えして台北市同様の「直轄市」になり、この「三峡鎮」も「新北市三峡区」になった。
 三峡老街バス停から三峡老街へ向かう民生路は、衣料品店が多く見られる商店街になっている。

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