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2011年2月20日星期日

2011年2月・続・改めて台北駅前界隈を歩く

 前回の続き。延平南路をさらに歩くと、台北市政府警察局の建物がある。この建物に面して、ここにかつて清朝の台湾巡撫衙門があったことを示す碑が建っている。
 日曜日の官庁前の広場では、年配の方が将棋に興じていた。

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 警察局の隣には、「中山堂」と書かれた、大きな威厳のある建物が建っている。
 もともとはここに清朝の台湾布政衙門が建っていたのを、日本統治期に総督府の庁舎として利用されていたそれを壊して1936年に台北公会堂がこの地に建てられたのがこの建物である。第2次大戦終了に伴う日本軍の降伏式もここで行われ、その後は台北市の所有となり、一時期は国民大会が開かれるなど政治の舞台として使われたが今では台北中山堂として演劇発表の舞台になっているようである。訪れたときは内部は工事中だった。

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 台北中山堂の斜め向かいには、「合作金庫」と金色の文字で書かれた、やはり古い建物が建っている。日本統治期に日本人経営の中小企業向けの金融機関として設立された「台北信用組合」の建物で、金融機関はその後接収された上にいくつかの経緯を経て合作金庫となった。現在は合作金庫が普通銀行になり合作金庫銀行となっており、その支店として使われている。



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 中山堂の正面にある永綏街という短い通りを抜け、博愛路に突き当たったところ。煉瓦ぶきの建物に派手なペインティングである。洋服店のようである。







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 このあたりの博愛路。









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 程近いところにある、沅陵街。靴屋や洋服店が並ぶ通りだが、手前には日本の食材を売っている店がある。






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 沅陵街のすぐ南にある通りが、衡陽路。日本統治期には「栄町」と呼ばれていたとかで、博愛路との交差点付近には古い建物が残る。





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 街を歩いていると付近の名所旧跡を記した地図をあちこちで見かけ、また旧跡への道筋を記した案内板も見ることが多かった。台北の街を自ら見直しその歴史を改めて認識しよう、という流れがあるのだろうか。
 続きは後程。

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