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三月 2011

2011年3月27日星期日

上野公園の大寒桜

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 1週間前の話だが、20日の朝に上野公園の前を通ったところ、公園の入口にある桜の木が早くも満開の花を咲かせていた。
 この桜は大寒桜(オオカンザクラ)といい、ソメイヨシノより早く咲くのだとか。まだ夜が冷え込む日が続いているので今年の桜の見頃は例年より遅いのだろうと思うが、ウェザーニュースのウェブサイトを見たところ都内各地の桜は3月末、29日頃から咲き始め、4月あたまに見頃を迎えるのだとか。
 今年は桜の開花を気にしているような状況ではない方々も多かろうし、テレビで季節の話題を見ることが少ないので朝晩の冷え込みとあわせて季節の移り変わりを感じ難い感がある。それでも、街を歩いていると春が近づいていることに気付かされる。やって来る日々を無為に過ごさないように意識しつつ、季節の移ろいとともに来たる日々に新しい気付きがあるようにしたいものである。

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2011年3月24日星期四

香港・屏山文物径と吉慶圍

 前回の続き。香港と言えば九龍や香港島のきらびやかな光景をよくテレビなどで目にする。ここ香港はイギリス領であった頃に発展し、返還を経て今に至っている。が、香港では勿論それ以前から人々が住んで生活を営んでおり、当時から続いている営みの名残を香港の新興住宅地となった新界で見ることができる。

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 港鉄(MTR)・軽鉄の天水囲駅の目の前に、住宅地には珍しい塔が建っている。聚星樓というこの塔は600年の歴史を持つそうであるが、これだけの歴史がある塔と背後にそびえる高層マンション、そして港鉄の駅とが好対照である。
 このあたりは「屏山文物径」と呼ばれる、歴史的建造物が残る散策路になっている。新界五大氏族の1つである鄧氏(鄧一族)が12世紀からこのあたりに住んでいたとのことで、彼らに縁のある建物がこのあたりに残っている。

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 案内に沿って歩き駐車場を抜けると、2つの祠がある。左が鄧氏宗祠、右が愈喬二公祠。








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 愈喬二公祠の屋根にある飾り。









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 愈喬二公祠の隣にはやはり古い建物が残っていたが、奥の建物は残念ながら荒れるに任せるままであった。








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 聚星樓で見た案内では近くに上璋圍なる住居群が近くにあるとのことだったが通り過ぎてしまったようなので、戻ることにした。写真は聚星樓と上璋圍を結ぶ道から少し外れたところにある楊侯古廟。






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 古跡とはいえ住居は現代のものに建て替えられているところが多いのだが、時折古い建物が残っているのを見ることができる。







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 古井戸。









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 上璋圍。鄧氏一族が寄り集まり、塀で囲って住んでいた場所である。
 内部は住民以外立入を遠慮願う旨書かれていたが、入り口から奥をのぞくとその先には祭祀を行う廟があるようであった。
 塀は古いまま残っているが、中の建物は現代のものに建て替えられているものが多い感じである。










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 覲廷書院なるこの建物は、隣にある清暑軒とともに学校として使われたとのことである。19世紀の建物とのことだが、昼休みで中を見ることができなかった。







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 清暑軒の角を左に折れると、公園の奥に洪聖宮なる寺院がある。清朝期に建てられたものだが、訪れたときには虫食いが深刻なため立入禁止とする旨貼り紙があった。



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 再び清暑軒に戻り今度は鄧氏宗祠から続く道を直進すると、「述卿書室」を指し示す案内が住居の間を指していた。
 この述卿書室、清朝末期に鄧氏の先祖を祀る建物がここにあったのだが1977年に取り壊されて門構えだけが残され、前後には新しい住居が建ったためそれにはさまれるようにして姿をとどめている。

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 軽鉄に一通り乗ったあとで、夕方になり元朗からMTR西鉄線で1駅の錦上路駅で降りてしばらく歩いたところに、吉慶圍というやはり塀で囲まれた住居群がある。ここも、塀の囲いこそ古いが中は新旧入り混じっているようである。






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 吉慶圍の入り口。









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 こちらは立入が禁じられておらず、HK$3の寄付で中に入ることができる。やはり入口から奥まったところに祭祀を行うであろう祠があったり古い建物が残る中に、新しい住居がびっしりと詰まっている。
 ここも鄧氏ゆかりの地であるとのことだが、今日住んでいる人の中には海外から香港に働きに来ているであろう人達を少なからず見かけたし、見かけた遊んでいる子ども達もそういった感じであった。
 イギリス領になる以前の香港の姿を、現代のベットタウンである新界で見ることができる。

(追記:2011年3月27日)香港の古物古蹟辦事處のウェブサイトで、香港の様々な古跡名所を知ることができる。イギリス統治期のものもありあるいはそれ以前のものもありとても興味深い。

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 日本の東北地方太平洋沖地震のことは香港でも大々的に報じられている。MTR西鉄線の車輌に設けられているテレビではこの地震のことを報じるニュースに時間を割き、あるいは画面の下に地震関係のニュースを字幕で流していた。地震から1週間以上経過したこともあり、原発関連のニュースを多くやっていた。

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 香港のスーパーマーケットチェーン、恵康(Welcome)で見かけた、地震の罹災者への支援を呼びかけるポスター。コンビニエンスストアでも支援を呼びかけていて、本当に感謝に尽きない。






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 他方、香港空港の入国検査前のエリアには、「日本から到着した人向けの健康デスク」とした案内があった。外国の人が今回の原発の影響を見る目は、かなり厳しいようだ。

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2011年3月23日星期三

香港軽鉄(香港輕鐵)

 こんな時なのですが、先の日曜日から火曜日にかけて香港へ行ってきました。
 実質香港を観てまわったのは21日月曜日の1日のみ、今回観たのは香港の新界西部を走るライトレールである香港軽鉄と、その沿線や近くにある古い家や建築物である。

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 まずは、香港軽鉄から。香港の鉄道といえば香港島を走るトラムが有名だが、香港北部、新界西部の元朗地区・屯門地区にも香港軽鉄の路線網が張り巡らされている。殆どの場所において専用の線路の上を走っていて、道路と並行して走っているところは多いが道路の上を走っているのはごく限られた場所のみである。
 九龍エリアからだと、MTR西鉄線に乗ると軽鉄と接続する元朗・天水圍・兆龍・屯門へ行くことができる。西鉄線の南昌~屯門間とこの軽鉄が1日乗り放題の切符があり、HK$21である。

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 軽鉄の路線図。複雑でありまた行き止まりや折り返しがあり、全部乗り潰すのには1日がかりである。








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 香港軽鉄の車輌には左写真のように銀色に窓部分が青く塗られているものと、白をベースにした塗装のものとがある。異なる国・工場で作られたものが混じっているようで、少しずつ仕様が違うようだがパッと見たところにはわからなかった。





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 列車は1輌もしくは2輌で運転される。次に来る電車が1輌編成か2輌編成かは、駅の電光掲示板に表示される。2輌編成の場合、左写真のように2輌とも電車の運転台付きの場合と、右写真のように2輌目は動力のない客車運転台のない車輛の場合とがある。(2011年11月6日訂正:運転台のない車輛にも動力がついていました。ご指摘ありがとうございます)

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 この香港軽鉄、運転台は片側にのみついており、ドアは進行方向左側にのみついており、常に左側から乗車・下車する仕組みになっている。各系統の終点ではループ状い折り返し用の線路が設けられていてそこをぐるっと回って逆方向に向かうか、あるいはもともと折り返しができるように路線が設定されている。


 751系統の終点である天逸駅で、電車が折り返す様子。

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 折り返しにループが必要だったり線路が分かれるところがあったりと、複雑に線路が敷かれているところもある。天栄駅は、さながら車庫のようである。







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 香港を南北に高速で走る西鉄線と交差する駅では、乗り換えに便利なように西鉄線の下に軽鉄の駅が設けられている。写真は天水圍駅。






 やはり西鉄線との乗換駅である兆龍駅にて。多くの軽鉄が行き交う。

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 天水圍の近くには、「銀座」という名前の駅がある。ローマ字表示も「Ginza」である。








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 西端の屯門碼頭駅は多くの系統の終点になっている。駅前に広がる海を臨むと、行き交う船の向こうに香港国際空港に着陸しようとする飛行機を見ることができる。







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 この香港軽鉄が走っているエリアの多くは新界の住宅地であり、高層マンションが林立している。ここに住んでいる人たちの中には軽鉄で西鉄線の最寄駅に向かい、そこから九龍なり香港島を目指す人達も少なからずいるのだろう。写真は友愛駅の手前にて。





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 他方、元朗近くでは香港名物?の道路に突き出た看板を見ることができる。香港島だと看板の下をトラムが通り過ぎていく風景はお馴染みだが、ここ元朗では看板の下を軽鉄の車輌がくぐるように通り抜けていく。

 元朗に程近い、大棠路駅を行き交う電車。

 昼間には買い物に行くであろう人達や年配の方、夕方には帰宅する高校生だろうか中学生だろうかで車内は賑わっていて、1輌だけの時にはかなりの混みようであった。香港島のトラムとは異なる香港郊外の人達の生活を見せつつも、看板が突き出た通りなどは香港のあちこちで見られる街並みなのだとも改めて思った次第である。

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2011年3月22日星期二

久しぶりの献血

 2007年に上海から帰国した後に献血に行ったところ「上海はマラリア感染地域なので3年間献血不可」と言われたことはかつて拙ブログに書いた。3年あまりが経ち献血不可の時期は終わったと思ったので、先週の土曜日に久々に献血をするべく献血ルームを訪れた。
 前回献血を断られるも作成してもらったプラスチックの献血カードを係員の方に渡し、やはり使わないまま登録した暗証番号を今回初めて入力。献血前の問診がタッチパネル式になっていた。
 問診を終えて渡された書類には「B地域滞在 2007年7月まで」という記載が見え、「マラリア感染地域の滞在記録」はきちんと記録されているようだ。よしんば3年以内に滞在歴を偽って献血をしようとしても、ここでスクリーニングができる訳である。後程日本赤十字社のウェブサイトにある「献血をご遠慮いただく場合」→「海外旅行者及び海外で生活した方」のページを見たところ、「マラリアは、原虫がハマダラカに媒介されてヒトの赤血球に寄生します。そのため、マラリア流行地を旅行したことのある方は原則として帰国後1年間、マラリア流行地に居住したことがある方は帰国後3年間、献血をご遠慮いただいています。」とあり、さらにマラリア流行地域の一覧(PDFファイル)によると上海市は「マラリアの感染が起こりうる流行地域」になっており、確かにこの基準だと上海を離れてから3年間は献血禁止である。もっとも上海にいたときにはマラリアの話は聞かなかったのだが、改めて厚生労働省検疫所中国に関するページを見ると、記載にこそ上海の名前はないが地図があって上海もマラリア感染のリスクが「中」になっている。
 医師との問診では献血が6年数ヶ月ぶりである事情が上海在住歴ゆえであることを説明し、献血自体は特段のことはなく終了。先の大地震ゆえに私も含め献血希望者が増えているとのことであるが、血液や血清の保存期限が短い一方で一度献血すると次の献血までに一定期間の感覚が必要になることから、一過性ではない「継続的な協力」が求められているとのことである。前回書いたときには献血者数が減っているとのことであったが、これを期に必要量を常に充足できるような体制になっていくと良いと思うし、私も健康が許す範囲で協力を続けたいと思う。

 ところで、帰国後3年経過してからも暫く献血に行かなかったのは高血圧気味ゆえであった。一時は投薬治療も必要かと言われる値だったがその後水泳などをして運動に心掛けて血圧も少しずつ下がっていたのだが、今回の検診前の測定ではまたやや高めの値だった。
 (私はこの範疇の外だが)高血圧に限らず、被災地で避難生活を送っておられる方や影響を大きく受けている方、さらに被災地から離れていても仕事や生活での影響が大きい方に対する健康状態への負荷は大きくなっているだろう。多大なストレスがかかる、普段使っている薬が手に入らない、等々。あるいは、生活上でのストレスが少しず積み重なることもあるかもしれない。直接の被災のみならず、その後の生活における健康への影響ができるだけ少なく済むようにあって欲しいものである。

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2011年3月20日星期日

「地震無情我有情 闘志不能丟」

 サッカーのAFCチャンピオンズリーグ、前年のアジア各国のリーグ戦で上位のチームが参加してアジアナンバーワンのクラブチームを決めるリーグ戦で、日本も含めアジア各国のチームが時には相手のホームタウンに乗り込んでリーグ戦を戦う。クラブチームによる国際試合である。
 今年は日本のチームと中国のチームがそれぞれ4チーム参加しており、4つのグループリーグで日本と中国のチームが対戦する。
 今週中国・山東省済南で行われた、セレッソ大阪と山東魯能の試合の写真。(J's GOALより)

AFCチャンピオンズリーグ2011 山東 vs C大阪

 山東魯能の応援席には、「地震无情我有情 斗志不能丢 亮剑敢出手 抗击灾害手拉手」と書かれた横断幕が掲げられていた。山東魯能サポーターから、激しくも暖かい言葉をもらった。
 まだ被災地では「闘志」を前面に出せる状況ではないと思うが、中国の、山東魯能から戴いたこの言葉も胸に留めておきたい。

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「相信希望Fight & Smile」

 一昨日のことになるが、台湾で「相信希望Fight & Smile募款晚會」という、東北地方太平洋沖地震に罹災した日本に対するチャリティーイベントが行われた。聯合報による記事を始めウェブサイト上の記事によると、このイベントには費玉清・江蕙・張惠妹・言承旭・孫燕姿・ジュディ・オングやF4などの芸能人が参加して歌などを披露し、また周杰倫や王力宏など海外にいる芸能人からもコメントがあったとのことである。日本からは『海角七号』に主演した田中千絵が参加し、また中田英寿がサイン入りのシューズやユニフォームをオークションに出したとのことである。
 番組中では募金の受付も行い、馬英九総統はじめ台湾の政治家も自ら募金案内の電話に出たとのことだ。そして集まった金額は、7億8千万台湾ドル、日本円でおよそ20億円にもなるとのことだ。
 台湾の方々には感謝の気持ちで一杯である。宮崎の口蹄疫の時にも良くしていただいたのを思い出す。

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2011年3月19日星期六

母校の卒業式は中止

 18歳から22歳まで学んだ母校と、勤め始めてから再び学ぼうと思い門を叩いた母校が、ともに今年度の卒業式・学位授与式を中止するとのことである。後者の母校では同日に祝賀パーティーも予定していたのだがそれも中止とのことである。
 私自身は幸いにして小学校のそれ以降全ての卒業式・学位授与式に出席できたのだが、今回卒業式が中止になることで師匠や同学と卒業や修了を喜び、また師匠へ感謝の意を示す席を設ける機会を失った方々は残念に思われていることだろう。
 勿論学んだ成果がこれで変わるわけでもないし、師匠や同学との交流が変わるわけでもない。偉そうで申し訳ないが、両校の卒業生・修了生の方々の今後の大いなる活躍を期待したい。(追記:3月28日:「18歳から22歳まで学んだ母校」は、3月29日に学位授与式を行うことになりました)

 大学の卒業式ではないが、やはり卒業式が中止になった立教新座高校の校長が、卒業生に寄せたメッセージが動向のウェブサイトで公開されている。

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ

 私が高校を卒業した頃からは既に20年以上の年月が経ってしまった。メッセージでは「地球人とは何か。地球上に共に生きるということは何か。」を問うているが、このことつまり「市民として生きる」ことは今日本で大いに問われていることだと思う。今後も頭の中に置き続け、何時の日もどこに住んでいても忘れないようにしたい。

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2011年3月18日星期五

東日本大震災に関する被災者向け情報<多言語版>:東京外国語大学のウェブサイト

 東京外国語大学のウェブサイトにて、「東日本大震災に関する被災者向け情報<多言語版>」というページが公開されている。今のところ、原子力発電所災害に関する基礎知識と仙台市からのアナウンスが多言語に翻訳されてウェブサイトにアップされている。
 ウェブサイトには「災害のあった地域に暮らす外国人の方々にこれらの情報が届くことを願っています。」と記載されているが、のみならず災害のあった地域に縁のある日本在住の外国の方、さらには世界中の人々の情報把握の一助になれば良いと思う。翻訳に当たっている方々には敬服の至りである。
 (追記:2011年3月27日) 掲載されているウェブサイトが移転しているため、リンクを変更しました。

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2011年3月16日星期三

radiko.jpで東京からFM COCOLOを聴く-先の地震の外国語情報として-

(追記:2011年4月から、またradikoは今いる地域のラジオ局のみを配信するようになっています)
 インターネットで日本のラジオ放送を聴くツールとして「radiko.jp」がある。公式ページはこちら。今のところ関東と関西のラジオ局の番組をインターネット経由で聴くことができる。
 このradiko.jp、通常は放送法の関係か何かでその地域のラジオ局の番組しか聴くことができず、例えば関東でインターネットに接続したり携帯電話経由で関西のラジオ局の番組を聞くことはできないし、そもそも関東・関西以外の地域からは聴取することができない。しかし、先の東北地方太平洋沖地震のこともあり、3月13日から当面の間全国からradiko.jp経由でラジオを聴くことができる。
 さて、大阪にはFM COCOLOというFMラジオ局がある。このFM COCOLOでは昼間に数分間外国語で東北地方太平洋沖地震関係のニュースを流しているとのことであり、またそのニュースのうち最新のものは同社ウェブサイトの特設ページで聴くことができる。今のところ英語・ハングル(韓国語・朝鮮語)・中国語で放送しているようである。私が先程中国語の放送を聴いた際には、福島原発関連のことに触れていた。僅か数分間のことだが、日本に住む外国人にとっては些かなりとも有用なのではなかろうか。そして、radiko.jp経由で関西圏以外でも今のところFM COCOLOを聴くことができる。
 普段は東京からradiko.jp経由で大阪のラジオ局を聴くことはできないのだが、臨時措置のおかげで東京のみならず全国各地で聴くことができる。ただ、radiko.jp経由の聴取はインターネット経由なので若干の遅れがあり、緊急地震速報などには役に立たないので注意が必要である。さらに、インターネット経由のストリーミング放送であり、後述のAndroid端末経由だとパケット定額かWI-FI経由でないと通信費が高額になるのでこちらも注意。

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 このradiko.jp、iPhoneやAndroid端末を使っても聴くことができる。左画面は先日入手したIDEOSの画面。Androidマーケットでradiko.jpのアプリを入手することができる。













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 位置情報を取得し、通常であればその地域のラジオ局のみが表示されるのだが、今は臨時措置で全てのラジオ局が表示される。画面では関東の文化放送・ニッポン放送と関西のラジオ大阪、そしてFM COCOLOが表示されている。







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 FM COCOLOをストリーミングで聴いているところ。日本通信のSIMカードは300kbpsの帯域制限がかかっているが、それでも途切れは最初の数回のみであとはスムーズに聴くことができる。
 深夜であり、通常の放送である。
 このFM COCOLOは先の阪神淡路大震災を期に日本に住む外国人向けの放送を意識して設立されたラジオ局であり、一時期に比べてだいぶ外国語放送は縮小してしまったようだが今でも20時台は日替わりでハングル・中国語・英語・スペイン語・ポルトガル語の番組をやっているなど外国語放送を聴くことができる。

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2011年3月13日星期日

東北地方太平洋沖地震

 被害に遭われた方に衷心よりお見舞い申し上げます。

 私は勤務中に大きな揺れに遭遇したが、当日徒歩で帰宅したが帰った部屋はテレビが動いていたくらいで本棚や家具が倒れているということもなく、幸いにも影響を受けなかった。その後テレビで見る被害の状況を見るにつけ、災害の前に無力であることを思い知らされる。
 明日から通常通りの勤務なので、見守ることしかできないし被害が甚大なところとの関わりは薄いがまずは状況を真摯に受け止めつつ、普段通りに暮らし、被害の大きい地域に迷惑がかかることがないように心掛けたい。

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2011年3月7日星期一

「タピオカミルクティー」と「珍珠奶茶」

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 都内のコンビニエンスストアで見つけた、「タピオカミルクティー」。台湾でタピオカ入りのミルクティーと言えば「珍珠奶茶」である。
 この「タピオカミルクティー」、太いストローが付いていてタピオカを吸うことができるのも「珍珠奶茶」と一緒である。が、ミルクティーが普通の紅茶飲料と一緒であり、台湾で飲める「珍珠奶茶」の濃くて甘い味とは異なっている。あと、タピオカの弾力も「珍珠奶茶」とは違うような気がする。
 「珍珠奶茶」の幻想を求めずに飲めばこの「タピオカミルクティー」も良いのだが、やはり「大杯子」を売りにした台湾のジューススタンドで飲む「珍珠奶茶」とは違うかな、と思う。

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「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」@東京国立博物館

 地下鉄の駅でこの美術展のポスターを見て気になっていたのだが、昨日が最終日だった東京国立博物館の特別展「仏教伝来の道 平山郁夫と文化財保護」に行ってきた。
 館内では、平山郁夫氏が生前精力的に足を運び思い入れがあるであろうインド・パキスタン、アフガニスタンのバーミヤン、中国のシルクロード、西安・洛陽・大同、そしてアンコールワットを描いた絵画、そしてそれらの地域の仏像や壁画などが展示されていた。これらのうち仏像や壁画などは過去に各国の探検隊により持ち帰られたり内戦などの混乱のさなかかの地の博物館から流出したりしたものを、将来その地に還すべく蒐集して保存しているものも公開しており、この特別展のテーマでもある「文化財の保護と継承」を訴えるものである。中には削り取られる前の様子が日本の大学の調査隊によって写真で記録されているにもかかわらずその後何者かの手により壁から剥がされ、流転の末たどり着いた、という壁画のかけらも展示されていた。本当は「ここにあってはいけない」とわかっていながらそれを観て往時の様子に思いを至らしたりするわけであり、何だか見てはいけないものを見た気持ちにもなるが、他方でそのおかげで我々も壁画などを見て知識を深めることができる訳でもあり何とも複雑である。本来あるべきところにありつつ、かの地の人達の好意で遺跡の一部なり写真なりを見る、というのが良いのだろう。
 氏による、タリバーンにより破壊されたバーミヤン大石仏を描いた絵画も展示されており、文化遺産を尊重することなく破壊する者への怒りが伝わってくる作品である。
 展示された絵画はメディアなどでよく目にする、氏の代表作品。我々が抱く「シルクロード」のイメージは、氏の絵画によるところも大きいのだろう。
 第2部として、薬師寺に奉納されている氏の作品「大唐西域壁画」が、特別に薬師寺から持ち出されて展示されていた。恥ずかしながら薬師寺にこうした絵画があるのを知らなかったが、こちらは氏が目にし、そして仏教伝来の道に思いを巡らせて描いたであろう絵を清清しい気持ちで見ることができた。
 絵画や展示物は「平山郁夫シルクロード美術館」で保存されているものが多かった。美術館は小淵沢にあるとのことで、近々行ってみたいと思った。あと、20代の頃に中国の西安や新疆ウイグル自治区を旅したことがあったが、もう一度行きたい、さらに氏が描いた絵画の舞台であると他の場所へも行きたい思えてきた。また「行きたい」と思う場所が増えてきた。

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 途中上海にいた中断期間はあるも東京には延べ10年以上住んでいるのだが、東京国立博物館には行ったことがなかった。
 写真は博物館の本館。1938年の開館だそうである。






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 早咲きの桜の向こうに見えるのは表慶館。明治時代末に当時の皇太子、後の大正天皇の成婚記念で建てられたとのこと。
 本当の春ももうすぐ、というところだろうか。





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 今回の特別展が開かれた平成館。その名の通り平成になってからの建築である。







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 東京国立博物館は、上野公園の北側に位置する。やはり上野公園にある国立科学博物館と、その前に展示されているD51型蒸気機関車。よく整備されている。

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2011年3月1日星期二

Android携帯「IDEOS」で台湾気分&スペイン気分

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 日本通信というところから発売されている「IDEOS」という携帯端末を購入した。OSにAndroid2.2を搭載しておりいろいろなアプリケーションを入れることができる端末で、最近言われている「スマートフォン」と言われる部類の端末である。
 現在私は携帯電話としてNokia N82を使っているが、これもNokiaが主導しているSymbianなるOSを入れていて、やはり様々なアプリケーションをダウンロードしてインストールすることができる。日本ではSymbianによるスマートフォンはあまり陽の目を見なかったが日本以外の世界各地ではNokiaのスマートフォンが売れていた時期もあり、日本で最近売れだしたスマートフォンの先駆と言えるだろう。これも使って2年ほどになるのだが、Softbankから最近出ているスマートフォンに買い換えるとこのN82にSIMカードを差し替えて使うことができなくなるとかで、N82はカメラが良いのでそのまま使うことにして以前書いたようにインターネットラジオなどを楽しみつつ、Android携帯を新たに購入することにした。日本通信はNTTドコモの回線を借りてネットワークを利用しており、写真のスクリーンには「NTT DOCOMO」の文字が見える。

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 このIDEOSをつかって、「日本にいながら台湾の携帯を使っている気分になる」、つまり日本にいながら携帯電話に繁体字中国語の表示をさせて使うことにする。「設定」から「言語を選択」をタップすると…












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 IDEOSで設定可能な言語が表示される、写真の通りポルトガル語はブラジルのそれとポルトガルのそれがあり、スロバキア語の表示も見える。「Suomi」はフィンランド語のこと。









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 末尾のほうに「中文(繁體)」の表示が現れるのでこれをタップすると…














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 先程まで「言語を選択」と表示されていた箇所が「選取語言」に変わり、「中文(中国香港)」、つまり繁体字中国語が選ばれていることが示されている。その下のメニューも繁体字に変わっているし、一つ戻った設定メニューも繁体字で表示されるようになった。メニューの表示も「語言與鍵盤設定」になっている。




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 トップ画面も繁体字での案内になり、















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 アプリのメニューも日本語から繁体字に変わる。一部あとからダウンロード・インストールしたものは表示が変わらないものもあるようだ。











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 天気の画面をタップすると、確かに日時・曜日やアラームの表示が中国語になっている(これでは繁体字かどうかわからないが)。












 

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Snap20110214_075521 ニュースの画面も繁体字。さらに、配信されているのは台湾のニュースサイトからの配信である。












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 アプリの中でも多言語対応なものはその言語に表示が変わる、ブラウザーであるOpera Miniを立ち上げると、日本語環境時の「インストール中」に代わって「正在載入」の文字が見え(うっかり触ったボリューム調整からも、操作が繁体字に代わっているのが見える)、ブラウザーが立ち上がる。
 なぜか大陸のウェブサイトである「sina新浪网」と「QQ.com」へのショートカットが追加されている。

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 同様に、スペイン語環境も試してみた。スペイン語はスペイン版とアメリカ版がある。アルゼンチンなどの南米ではなくアメリカのスペイン語が対象になっているのが意外である。
 タップすると、やはり設定画面がスペイン語のそれになる。スペイン語を殆ど解さないので、元に戻すことができるように操作を覚えておくか、写真だと「Idioma」と書いてあるところが言語設定だと覚えておくかしていないと、元に戻すことができない。

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 トップ画面と、アプリの画面。いずれもスペイン語に変更されている。
 私が今使っているNokia N82もそうだが、今まである携帯電話の多くは、日本語と英語で画面を切り替えるくらいしかできない。他方、ソフトバンクから出ているiPhoneでもやはり多言語環境を謳歌できるのだが、iPhoneにするとSIMカードがそれ専用なのでやはりその回線を既存の携帯電話を使うことができなくなる。
 さらに、今各キャリアから売られているAndroid携帯を家電量販店で弄ってみたが、言語設定に関しては日本語と英語に限られているものが殆どで、Samsungなど韓国メーカーが提供しているものにハングルが組み込まれていたり「中国語対応」と謳っているものに中国語が入っていたりという程度だった。例外だったのはXperia X10で、やはり多言語が組み込まれていて、Androidの素のままを活かしている感じであった。IDEOSと同形式のイーモバイルのPocket Wifi Sは、英語・日本語プラスインドネシア語・ハングル・中国語(繁体字・簡体字)だったと記憶している。
 あまり多言語対応の観点から携帯電話を見る人はいないのだろうが、日本にいながら世界各国の言葉で携帯電話を操作するというのも良い外国語の勉強になるのでは、と思う。さらに、母語が日本語ではない人の携帯電話への敷居が低くなるのでは、とも思う。
 今後インターネットラジオなどで、さらに台湾気分を、あるいは中国気分になるように楽しんでみたいと思う。

(追記:4月10日)IDEOSにおける繁体字と簡体字の入力方法について、別記事を書きました。

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