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五月 2011

2011年5月29日星期日

Android携帯「IDEOS」で中国語のインターネットラジオ

 今では、日本にいながらでもインターネットラジオで中国語のラジオを聴いたり、中国語の歌を聴いたりすることができる。過去にPCのウェブサイト経由で聴く方法NOKIAの携帯電話で聴く方法を拙ブログで書いたことがあるが、1月に手に入れて使っているAndroid端末「IDEOS」を使っても聴くことができる。

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 インストールしたアプリケーションは「TuneInRadio」。Androidマーケットで無料で入手することができる。














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 TuneInRadioを開けたところ。















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 「Chinese Pop」で検索すると、台湾や中国のラジオ局を中心に、多くのラジオ局が検索結果に現れる。












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 台湾・高雄のラジオ局「KISS RADIO」。中国語の歌をBGM感覚で聴くことができる。














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 上から2番目の写真に見えるように、地域別・言語別にもラジオ局を探すことができる。言語別の検索で、数多い言語の中から「中国語」で検索。










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 やはり中国語の歌が聴けそうなインターネットラジオが現れる。
 それに加えて、中国各地を拠点にするラジオ局も現れる。










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 上海に住んでいた頃にタクシーの中などでよく耳にした、「Love Radio 103.7」も聴くことができる。
 お気に入りのラジオ局は「マイプリセット」に保存しておくと、すぐに呼び出すことができる。

 IDEOSを使うに際しては日本通信のSIMカードを使っている。通信速度が制限されるため、スムーズに聴くことがでいないこともある。WiFiルーター経由で接続すると途切れることなくスムーズに聴くことができる。
 もともと自らがWiFiルーターになることもできるIDEOSを、他のWiFiルーター経由で使うのも何であるが…

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2011年5月16日星期一

映画『海洋天堂』

 半年くらい前のことだが、飛行機の中で映画『海洋天堂』を観た。
 ジェット・リー=李連杰扮する父親が自らの死期を悟り、限りある時間で自閉症の息子が自分がいなくても生活していけるようにいろいろと教えつつ、残された時間を息子と過ごす…というストーリーである。

Continue reading "映画『海洋天堂』"

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2011年5月6日星期五

羽田空港にて

 今回の青森行きに際しては、往路は羽田から飛行機で青森へ向かい、空港から直接五所川原へと向かった。

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 日本航空の尾翼のマークが昔ながらの鶴丸のマークに戻るといわれていたが、早速鶴丸の尾翼の飛行機を見つけた。
 機体には、「がんばろう日本」の文字が見える。






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 こちらはONE WORLD塗装の飛行機。コックピットの窓にはやはり「がんばろう日本」の文字が見える。








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 以前から緑の尾翼のJAL機を遠巻きにみることがあったので何だろうと気になっていたが、初めて間近で見た。去年2010年が国際生物多様性年であったことに因み、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)をアピールする「COP10エコジェット」とのことである。




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 こちらは手荷物チェック前に羽田空港の6階に上り、展望スペースから見た日本航空の飛行機。やはりコックピットの窓に「がんばろう日本」の文字が見える。
 現在の「JAL」のロゴと尾翼の赤いマークは、次第に見られなくなるのだろか。

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 この羽田空港国内線ターミナルの6階では、「羽田空港大田区小学校大絵画展」と題して地元・大田区の小学生による、今回の地震で被害にあった方々への励ましを込めたメッセージが飛行機の絵に託されて並んでいる。純粋な気持ちのこもった絵を見せてもらった。絵画展は5月8日までとのことで、羽田空港を利用する方々に見ていただきたいものである。

 

羽田経済新聞のウェブサイト記事から。

GWに羽田空港で震災復興支援イベント-地元小学生の応援メッセージ展示など

羽田空港でゴールデンウイーク期間中の4月29日~5月8日、地元大田区の小学生が東日本大震災の被災者へ向けて描いた応援メッセージが展示される。
「第18回大田区小学校大絵画展」として開催する空港内イベント。国内線第1旅客ターミナル6階・スカイギャラリーで、大田区内の小学生が「元気=笑顔」をテーマに描いた作品を空港利用者に向けて披露する。展示作品は絵画展終了後、東北地方の被災地で復興支援活動を行う空港ターミナルビルに展示する予定だという。

 帰りは東北新幹線を利用。「つなげよう、日本」を実現させた方々に感謝。

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金木・旧津島家新座敷-太宰治疎開の家-

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 引き続き津軽鉄道沿線の話を。芦野公園から1駅戻った金木というところは、太宰治が生まれ育ちそして作家となってからも疎開先として過ごしたところである。
 左写真は金木ではなく、芦野公園にある太宰治の像。






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 金木駅を出ると、Y字型に道が分かれる。左へ行くと「太宰治通り」、右へ行くと「走れメロス通り」。走れメロス通りへと足を運ぶ。
 通りには、その名の通り『走れメロス』の文章が記されたレリーフが置かれている。通りを歩きながら、ダイジェストではあるが『走れメロス』を読み返したり、初めての人には『走れメロス』に触れたりすることができる。



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 程なく、「太宰治疎開の家 旧津島家新座敷」と看板が掲げられた建物が見える。外見は普通の比較的新しい建物で、ギフトショップの隣に入口がある。







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 中へ入ると、太宰が疎開した当時の間取りで部屋が残されている。写真の右側にも、洋間など部屋が並んでいる。
 現在の所有者の方が旧津島家新座敷にまつわる話をしてくださった。太宰は長年生家から疎外されてきたが、疎開前の昭和17年に病床の母を見舞うために金木に戻り、写真手前の部屋で母親と再開したそうである。そのときの様子や兄・親戚との距離感ややりとりが彼の作品『故郷』に収められており、その節々を交えながら案内していただいた。
 奥の部屋はその後疎開のため再び金木に戻り、執筆活動をした部屋だとか。
 長年やり取りのなかった兄との再会を期にその兄から小説のヒントを得るなど金木に滞在していた頃は精神的には落ち着いた時期だったこと、しかしながらその後愛人との生活の中で死に至ることなども、説明していただいた。
 この旧津島家新座敷、もともとはここにはなく、ここから90メートル程離れた、現在太宰治記念館「斜陽館」になっている彼の生家に隣接して建てられていた。彼の生家津島家は大地主で、この新座敷は彼の兄・津島文治氏が結婚するに際して建てられたものとかで、前述の母の見舞いや疎開も生家に隣接していた所での話である。第2次大戦後津島家が屋敷を手放す際にこの新座敷を現在地まで移設して同家の住まいとしたとのことで、数十日かけて移動させたことが屋敷の中の案内にあった。その後この新座敷も津島家の手を離れて何人かの手に渡りその間に周囲に新しい建物ができて今のような姿になったとのこと。呉服店の倉庫としてこの新座敷を使っていたがその呉服店を閉じるに際して新座敷が一般公開されたのは4年前、2007年のことである。

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 走れメロス通りから一本入った路地から、新座敷の外観。こちらは確かに往時の面影を残している。
 案内戴いた方が仰るには、太宰は『人間失格』が代表作とされているがそれがゆえに敬遠される向きがある、彼の短編には面白いものが多いので今一度太宰を読み直してみよう、とのこと。なるほど、一度手に取ってみようか、という気になった。



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 こちらが太宰治の生家「斜陽館」。一時期旅館としても使われていたのだとか。
 新座敷に長居をしたので、折角金木のガイドブックを新座敷で戴いたりここに来る前に列車の中で奥津軽トレインアテンダントの方から地図を戴いたりしたのだがあまり金木を見て回ることができなかった。もう一度、ゆっくりと歩いてみたいものである。
 金木で過ごした時間は僅かだったが、新座敷で拝聴した話がとてもよかった。



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 こちらは帰途新青森駅の食堂、太宰らうめんと津軽のめしや「めぇ」にて。太宰の生家ではひき割り納豆に醤油の代わりに筋子で味付けしたのだとかで、それが「太宰丼」として供されていたので一杯。太宰は柔らかい食べ物を好み、そのせいか30歳の頃には入れ歯になってしまったのだとか。

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2011年5月5日星期四

続・津軽鉄道と芦野公園の桜

 前回の続き。今回は津軽鉄道のことをぼちぼちと紹介。

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 五所川原駅のホームの待合室。五所川原で夏に開かれるお祭り、立佞武多にちなんだ凧が飾られている。
 駅舎には、津軽鉄道沿線を舞台にした漫画『ちゃぺ!』の主人公の絵が飾られていたり、芦野公園で撮影されたJR東日本「大人の休日」のポスターが貼られていたりした。





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 ホームの横に貨車を停め、運賃表や時刻表を貼っている。太宰治の『津軽』の一節、芦野公園までの切符を買おうとしたくだりも見える。







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 冬に活躍するラッセル車が、五所川原駅で車体を休めている。







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 ディーゼルカー「走れメロス号」に乗って、芦野公園を目指す。








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 桜祭りの時期ということで、車内には桜の造花が飾られている。
 この日の車内は、太宰治ゆかりの地である金木や桜の名所である芦野公園までは座席に座れない人もいるほどであった。右写真の法被を着た男性が土産物の車内販売をしていて、お菓子などが飛ぶように売れていた。

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 車内には、沿線の観光案内を行うガイド「奥津軽トレインアテンダント」が乗っていて、津軽弁による沿線の紹介で車内を盛り上げていた。アナウンスの他にも乗客の行き先を聞いてそこの地図を渡したり、乗客の問い合わせに答えたりと大活躍であった。





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 冬には車内でストーブを焚く「ストーブ列車」も臨時運行していた。芦野公園駅を出て、桜の下を津軽中里駅へと向かっていく。
 他にも秋には「鈴虫列車」として、車内で鈴虫の音を楽しむイベント列車としても運行されるとのことである。

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 芦野公園駅に停まり、五所川原方面への乗客を乗せるディーゼルカー。






 芦野公園を出て桜の下を通っていく「走れメロス号」。

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 折角なので、終点の津軽中里へも足を延ばす。駅には「ここにふるさとがある 本州最北の民鉄」と。








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 駅では当地の民芸品が展示されている。
 2人の人形が掛け合いで話を盛り上げる、当地の伝統人形芝居「金多豆蔵」(きんた・まめじょ)を使った沿線の名所や名産品の案内が、駅の中にあるテレビで流れていた。

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 津軽中里駅で出発を待つ「走れメロス号」。









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 金木に寄り、五所川原に戻る際にストーブ列車に乗ることができた。








 

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 客車の中の様子。冬にはこのストーブに火が入れられる。






 こちらは、金木を出発して芦野公園を目指すストーブ列車。

 桜祭りの時期ということもあり大勢の観光客が津軽鉄道で芦野公園や金木を訪れ、賑わいを見せていたこの日の津軽鉄道であった。

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津軽鉄道と芦野公園の桜

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 都内のJRの駅に貼ってある「大人の休日倶楽部」のポスター、吉永小百合がローカル線の駅のホームに立ち、背後には桜の木が並んだ下を線路が通っている。このポスターが撮られたのが青森にある、津軽鉄道の芦野公園駅だというのを知り、ここへ行ってみようとこの連休に芦野公園を目指すべく青森へと向かった。

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 まずは五所川原へ行き、津軽鉄道に乗り換えて芦野公園駅へ。この日は変わりやすい天気で、五所川原では大雨の上に雹が降る大荒れの天気だったが、芦野公園に向かう頃には何とか持ち直し、時には青空も覗いていた。
 駅の上に、満開の桜を見ることができる。





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 「大人の休日倶楽部」のポスターの写真はこのアングルからか。ポスターでは吉永小百合が1人でホームに佇んでいたが、この日は桜祭りということで多くの人が踏切を横切る。
 ポスターは「1年後の観光案内」を目指して前の年に撮影されたのだろうか。




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 桜をバックに、芦野公園駅に停まるディーゼルカー。沿線で生まれ育った太宰治にちなんで「走れメロス号」の名前が付いている。ここまで桜のトンネルに囲まれたレールを通ってこの駅までやって来て、さらに桜の木の間を抜けてその先を目指す。





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 桜祭りということで、天気は今ひとつながらもかなりの人出である。








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 反対側の踏切から撮った、芦野公園駅の様子。









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 津軽鉄道では冬の間「ストーブ列車」を運行しているのだが、ゴールデンウィーク中ということでストーブ列車も臨時営業で桜の木の下を通っていく。







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 芦野公園駅の旧駅舎。今は喫茶店になっている。
 太宰治の小説『津軽』に描かれた頃は、この駅舎が使われていたのだとか。







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 桜の花は、満開の花の下に葉桜も見えるが、同じ枝につぼみもまだ見えるという感じであった。数日に渡って楽しめたのだろうか。







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 線路沿いばかりでなく、芦野公園へも足を運ぶ。公園に架かる「桜松橋」。








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 公園の池には「夢の浮橋」という浮橋が浮かんでいる。そこから「桜松橋」を振り返る。








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 園内の池では、ボートを楽しむ人もいる。









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 桜松橋を渡ったところにて、ここでも、細い枝に咲いた桜の花に生命力を感じた。







 芦野公園駅に入ってくるディーゼルカー「走れメロス号」。津軽鉄道のことはまた次に。

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2011年5月4日星期三

AFCチャンピオンズリーグ 鹿島アントラーズ v.s.上海申花

 ここ数年仕事の都合でぎりぎりまでゴールデンウィークに休めるかどうか決まらないのだが、この3連休は休みとなったので国立競技場にサッカーの試合を観に行った。カードはAFCチャンピオンズリーグ(ACL)、鹿島アントラーズと上海申花の試合である。
 上海にいた頃に上海申花とJリーグのチームの試合はなかったかと記録を調べてみたが、私がいた3年間の間に上海申花は2回ACLに出場しておりそのうち2007年3月には浦和レッズと試合をしている。当時そんなことを聞いてはいたが、平日の試合だかで観ることはなかったと記憶している。中国のサッカーリーグの試合も観に行く機会はなかった。
 当時上海には上海聯城というチームがあったが、その後上海申花と合併している。さらに上海永大というチームもあったが、こちらは西安に移ったとかであまり記憶には残っていない。

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 ACLの試合ということで、電光掲示板の表示は英語である。場内アナウンスも、入場者数を知らせ観客に感謝を示すアナウンスに日本語があった以外は選手交代のお知らせなど全て英語であった。
 本来であれば鹿島で行われる筈であったこの試合、鹿島スタジアムが使用不可ということで国立競技場での開催となった。サポーターの中にも鹿島から来た人たちも多いことだろう。私自身は東京で開催されたおかげでこの試合を気軽に観に行くことができたので、何とも複雑である。スタジアムの外では茨城県復興に向けての募金呼びかけを行っていた。

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 こちらはアウェイ側。サッカー1試合のためにわざわざ日本に来るのは難しいのか、ゴール裏の端に少ない人数が集まって試合を見守る。東京付近に在住の中国人の中には上海に縁のある人も少なからずいるだろうが、関心が薄いのか。
 「VIVA SHENHUA」「藍魔無敵」の文字が見える。



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 ピッチの広告もACL仕様、エミレーツ航空やトヨタ、ヤンマーなど英語で企業名が並ぶ。
 試合は前半は鹿島ペース、上海申花の選手はファールでしか相手を止められない場面が多い。その中で32分に鹿島が小笠原のフリーキックから興梠のゴールで1点を先制。
 後半は雨がやや強くなったせいか鹿島の連携がうまくいかない場面が多く上海申花ペースの時間が長く、上海申花にあわやの場面が何度かあったがゴールキーパー曽ヶ端の好セーブで得点を許さない。後半34分に再び興梠のゴールで鹿島に追加点が生まれ、そのまま2-0で鹿島が勝利。

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