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十月 2011

2011年10月30日星期日

都電の花電車@西ヶ原四丁目

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 今年は都営交通100周年ということで、都電荒川線で33年ぶりに花電車が走った。花電車というと昔の写真でしか見たことがなく、実物を目にする機会はそうないだろうと思い見に行くことにした。
 西ヶ原四丁目駅付近では電車の到着時間が近づくにつれて人が集まりだし、通りがかった際に何があるのかと聞きこの花電車のことを知って足を止めて待つ人もいたりした。夜だったせいか大塚や王子といったJRとの乗換駅ではなかったためか、人でごった返すということはなく集まった人たちで静かに花電車を待つという雰囲気だった。

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 100周年ということで、バースデーケーキのデザインである。沿線で待っていた人からは「きれい!」と声が上がっていた。








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 運転手の「都営交通はおかげさまで今年100周年を迎えました。これからもよろしくお願いいたします」という挨拶の後、花電車は駅を離れていった。








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 暗くて見え難いが、レトロ調の路面電車の前部にも「一〇〇」と書かれたプレートが貼ってある。
 レトロ調の電車だが私が都電をよく利用した頃はこの電車はなく、2007年から走り始めた新しい電車である。この電車に当たって喜びながら乗った子どもを、おじいちゃん・おばあちゃんだろうか見送っている。





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 同学各位にお馴染みなのは、この電車だろう。

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2011年10月23日星期日

宮城県山元町

 またしばらく前の話なのだが、宮城県山元町へ災害ボランティアに伺った。
 被災地の多くでは緊急を要する活動は収束に向かっている感があり、山元町も一時期はニーズが少なくなっていたように見えて参加人数を絞っているように見えた。しかし従来立ち入り禁止であった場所が禁止解除になり、それに伴ってニーズが高まったようである。山元町災害ボランティアセンターのウェブサイトを見ると、「猫の手も借りたいニャン♪」「犬の手も借りたいワン!」とのことなので伺った次第である。
 冬前には作業を終わらせたいとのことなので、時間のある方は是非。

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 代行バスの山下駅前、山元町役場のすぐ近くが集合場所である。
 この日は被災した住宅の床剥がしの活動であった。
 現場に向かう途中で、線路や貨車が流されて機関車だけが取り残されている様を目にした。津波でも動かなかった機関車が、却って震災の激しさを強調する。

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 この日は、「がんばろう!!宮城」のお手伝いである。










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 ここ山元町でも、写真を保存して持ち主や縁のある人をさがしていた。








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 木々が色づいて見えるのは、夕方だからという訳ばかりではない。木の葉の色づきを見て「寒くなる前に作業を終えたい」と思うのがよくわかる。







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 この山元町、以前何度か伺った福島県新地町の北隣である。新地町に宿を取り、バスで山元町へと向かった。
 以前見たときにはまだ稲穂が青かった新地町の田んぼでは、既に稲が刈り取られていた。無事に出荷できていればいいのだが・・・






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 駒ヶ嶺駅。ホームにも足を踏み入れたが、ここだけを見ると今にも列車がやって来そうだ。この後ろは線路が流されているし、この先へ行くと「線路はあるのだが列車が走ることができない」ところがある。



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 駅の待合室には、東北各地の風景写真が飾ってあった。「ガンバレ」と書かれた付箋も見える。被災した地域のかつての姿を思い出し、そして取り戻したいということであろう。




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 新地町で活動した時は一旦集合場所に戻って昼食だったのだが、山元町では現場で昼食を取る。予めコンビニエンスストアで「なみえ焼そば」を買ってそれを昼食にした。ご当地グルメの浪江焼きそば、「太麺で味が濃い」のが特徴なのだろうか。
 この焼きそばの名前に冠されている浪江町は、全町が避難対象になっている。この焼きそばの収益の一部は被災地に寄付されるとのことである。
 東京でも一時期「売り上げの一部」「収益の一部」を被災地に寄付するといったメニューや商品をよく見たが、最近は減ってきたような気がする。生活の安定や進学・学習など、これからもお金が必要な場面は多いだろうから、真に必要な人が使えるように資金面でも今後も関心を注ぎ続ける必要があるように思われる。

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2011年10月15日星期六

『平山郁夫 文明の十字路を往く-最後の大シルクロード・シリーズ-』

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 また先月の話になるが、小淵沢にある「平山郁夫シルクロード美術館」へ行ってきた。今年の3月に上野で氏とシルクロードに関する展示を見たときにこの美術館のことを知り、行ってみたいと思っていた。
 行った時の特別展示は『平山郁夫 文明の十字路を往く-最後の大シルクロード・シリーズ-』と題され、氏が最晩年に描いたトルコにまつわる絵画が展示されていた。私自身がイスタンブールへ行った直後だったので、その時の風景や16年前にトルコを旅行したときのことを思い起こしながら特別展を観た。
 「最後の大シルクロードシリーズ」は、氏にとってトルコを描くのが「最後のシルクロード」になったとの意であり、院展に出展したカッパドキアを描いた作品のほかにもイスタンブールやエフェソスを描いた絵画、さらには未完となったトルコの人を描いた絵画が展示されていた。私が見た風景でも絵で見るとまた違った印象になり、旅先で見たはずなのに「まだ見ぬトルコ」を見た感じになる。
 他の美術館で所蔵されている破壊されたバーミヤン石仏の絵の写しや薬師寺にに奉納した「大唐西域壁画」に関する展示も見ることができ、氏のシルクロードに対する想いが詰まった美術館といえよう。

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 美術館の前の通りは、「平山郁夫通り」と名付けられている。









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 小淵沢から小海線に乗り換えて1駅、甲斐小泉駅が美術館の最寄駅である。
 小さな無人駅ながら、ステンドグラスが良いアクセントを放っている。





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 駅側から見た美術館。ラクダの置物が歓迎してくれる。

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2011年10月11日星期二

タイフェスティバル2011@靖国参道

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 この3連休の中日には、タイフェスティバルに行ってきた。例年は代々木公園で開かれるのだが、今年は震災直後の開催を避けて10月に開催、場所も靖国神社の参道へ移っての開催である。
 場所が移ったとはいえ、トゥクトゥクが来場客を歓迎してくれる。




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 靖国神社の鳥居の手前にテントが並び、タイの物産や料理を紹介している。








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 タイ王国大使館のテントでは、タイの洪水被害支援としてレモングラスジュースを売っていた。きつい味を想像したがそうでもなく、飲みやすく仕上がっていて喉を潤すことができた。





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 ゆうちょ銀行とイオン銀行は、海外送金の紹介。在日タイ人の方々もこの会場に多く訪れていた。








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 ステージでは、日本のジムに通う女性のムエタイチャンピオンによるパフォーマンスや民族舞踊を見ることができた。事前のスケジュールと違っていると思ったが、はるな愛がサプライズゲストとしてこの会場を訪れステージで歌ったりトークを展開したりで、そのためだと思う。タイ旅行が当たる抽選会にはAeLLなる4人組のアイドルグループが来ていてやはりステージで歌を披露したりプレゼンターになったりで、親衛隊(と呼ぶのか)ともども場を盛り上げていた。芸能人が来るあたり、回を重ねてイベントとして確立されているということだろうか。

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 プミポン国王にまつわる展示。靖国神社ということもあり、植樹や燈籠の間を縫っての展示である。








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 タイ料理を堪能するのも、タイフェスティバルの楽しみの1つである。








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 タイ物産店もテントに店を出している。
 一見ジュースのようなパックに入っている、タイのカレーの素。








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 タイ国政府観光局のイメージキャラクター、「ハッピーちゃん」。子どもや子供連れの家族に大人気のようだ。
 子どもにズボンを脱がされてしまい恥ずかしそうにして、観光局の人に服装を直してもらったりもしていた。
 「ハッピーちゃん」、日本独自のキャラクターなのだろうか。
 回数を重ねていることもあり、芸能人を呼ぶなどイベントとして確立されていて、それでいて日本の人に対してタイに興味を持たせたり日本にいるタイの方々にも集まってもらい楽しんでもらったりとという部分は失っていないタイフェスティバルだと思う。

 

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欢度国庆@秋葉原

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 6年の長きに渡って使ってきたノートパソコンがいよいよへたってきたので、最近のパソコンがどんなものか、どのくらいの値段なのかを見に秋葉原へ行った。
 中国資本傘下となったラオックス、見え難いが入り口には「欢度国庆」(歓度国慶)の文字が見える。中国では10月1日から7日まで国慶節の祝日で、その期間に日本に来る客向けの「欢度国庆」なのだろうが、ターゲットを中国人客に絞りすぎなのではなかろうかと思う。

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2011年10月9日星期日

写真を残す・写真に残す

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 3連休の初日、少しの時間だけであるが「あらいぐま作戦」と称した、先の津波で水や泥に浸かった写真をきれいな状態にする活動に参加した。
 震災から既に日が経っていることもあり既に色落ちしてしまった写真も多く、状態が良いと見える写真でも表面の汚れを落とそうとすると画像も消えそうなものが多くあった。それでも、人生の一大イベントの写真や特別な一日、あるいは日常の一コマと思える写真が、一枚でも多く本人や縁のある人の手に戻ることを願いたい。

 私がデジタルカメラを初めて手にしたのは2000年のこと、当時は320万画素のカメラでも高画素といわれいいお値段だった記憶がある。しばらくはデジタル一眼は高価であり、初めてデジタル一眼を買ったのは2006年だった。小学生の頃初めてポケットカメラを手にしてからそれまではフィルムで撮り、現像と紙焼きを経てようやく写真を見ることができ、すぐに画像を見ることができるデジタルカメラと違い「どんな写真が撮れているか」という楽しみもあった。私も含め多くの人にとって、「2000年より前の思い出は紙焼きの写真に残っている」といえるだろう。そして、写真をアルバムに貼って折を見て懐かしくアルバムをめくったものである。
 最近はカメラもデジタルカメラが殆どになり、撮った写真はパソコンのハードディスクやCD-ROMに保存することが多くなった。さらに、これからは「カメラといえばデジタルカメラ」「フィルムのカメラは知らない」という人が増えていくのだろう。今回の震災で「デジタルカメラで撮っていた最近の思い出」も再現できなくなったことも多いのかもしれないが、写真に残した思い出が多くの人の手に戻るように、繰り返しではあるが願いたいものである。

りす会+moi あらいぐま作戦

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2011年秋・イスタンブール(7)イルハン・マンスズ

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 先述のトルコ・シュペルリガ、ベシクタシュ」の試合を観に行った時のこと。前の席に座っていた人が着ていたユニフォームには、「ILHAN MANSIZ」の文字があった。
 イルハン・マンスズといえば、もう9年前のことにあるが2002年日韓ワールドカップのトルコ代表選手である。日本がトルコと戦ったことやこの大会で3得点を挙げたこともあり、日本でも人気が出て日本のテレビコマーシャルでもイルハンの名前が使われるほどであった。その後日本のヴィッセル神戸に移籍したものの結果を出せずに退団し、評価を下げてしまったのは残念である。
 後で調べてわかったのだが、そのイルハンが先のW杯時に所属していたのがこのベシクタシュであった。この人は昔このチームでプレーした選手の名前と背番号を背負って応援しているのだろう。イスタンブールを旅していて懐かしい名前を思い出したのと同時に、人の口に上る時間のなんと短いことか、ということにも思い至った。

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2011年秋・イスタンブール(6)トルコ・シュペルリガ ベシクタシュv.s.アンカラギュジュ

 滞在2日目の夜、UEFA=欧州サッカー連盟のウェブサイトでトルコのサッカーリーグ、シュペルリガの日程を調べたところ、この日にイスタンブールを拠点にするサッカーチーム、ベシクタシュが試合をするということなので観に行くことにした。

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 チケット売り場で当日券を買ったが、席種がトルコ語で書いてあり理解できないので一番安い31トルコリラの席のチケットを購入。
 席種ごとに入り口が分かれているので警備の人や他の観客に何度も入り口を確かめ、見つけた入り口で2度セキュリティチェックを受けてようやく入場。いちばん安い席は、アウェイ側に近いサイドのコーナーに当たる席であった。それでもここはホームのベシクタシュサポーターで埋まっていた。
 日本だとゴール裏が熱心なサポーターの席であるところが大多数だが、ここではバックスタンドの観客が応援のメインであり、大きな旗がバックスタンドの観客の手で飾られたり試合中の声援もバックスタンドがリードしたりであった。

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 スタジアムの殆どがホームの観客のための席であり、アウェイ席はこのように高い敷居で仕切られた上、警備の人がその手前に座っている。
 もっとも敷居の下からはアウェイ側の少ないサポーターの姿が見える。ベシクタシュの選手がゴールを決めた際にこの敷居に走っていってアウェイサポーターを挑発しようとする人がいて、警備の人に制止されていた。



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 この日の試合はベシクタシュが先制ゴール、その後ゴールキーパーのポジショニングが悪く前に出すぎたところをアンカラギュジュの選手にゴールを決められ同点に追いつかれたものの、後半ベシクタシュが2ゴールを決めて勝利を収めた。
 ゴール後に、喜ぶ観客。




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 試合が終わって帰路に就く。
 名前はわからないが、スタジアム近くのモスクと塔がライトアップをしている。







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 ベシクタシュのホームスタジアムでありイノニュ・スタジアムは新市街のボスポラス海峡沿いにある。チームのウェブサイトを見るとスタジアムへはタクシィム広場とカバタシュから近いと書いてあったので先述の路面電車を見てタクスィム広場からスタジアムに向かったのだが、道がわかりにくく何度も通りがかりの人に道を尋ねてお世話になった末にようやくたどり着いた。坂道の上り下りも多かった。
 帰りはカバタシュから。こちらは海峡沿いの平坦な道である。旧市街を走る路面電車の終点がここカバタシュなので、こちらの方がわかりやすい。
 試合後の観客のためにボスポラス海峡を走る船が運航されているのが、海峡近くにホームスタジアムを持つこのチームならではと言えよう。

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2011年10月8日星期六

2011年秋・イスタンブール(5)旧市街と新市街の路面電車

 前回の記事でカドゥキョイの路面電車を紹介したが、イスタンブールの旧市街と新市街を走る路面電車の様子もアップ。

 グランドバザールに程近い、チェンベルリタシュを走る旧市街の路面電車。

  アヤソフィアに近い、ギュルハーネを走る路面電車。新しい路面電車は空港の近くまで延びていることもあり、市民の足になっている。

 他方、こちらは新市街にて、テュネル駅からイスティクラール通りへ向けて走り出す、古いタイプの路面電車。

 夕方の人出で賑わうイスティクラール通りを、路面電車が走り抜けていく。

 終点のタクスィム広場では、広場を一周して折り返す。

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2011年10月7日星期五

2011年秋・イスタンブール(4)カドゥキョイの路面電車

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 イスタンブールを観光するときに乗ったり目にしたりする路面電車として、旧市街を走る(ヨーロッパ側の新市街にも乗り入れているが)新しい路面電車と新市街を走る古い路面電車はよく知られていると思う。旧市街の路面電車は旧市街の見所を走っているののみならず空港の近くまで延びており空港へのアクセスとしても使えるし、新市街の古めかしいトラムはそれ自体を観光の1つとして楽しむこともできる。
 これらの他に、イスタンブールのアジア側の街、カドゥキョイというところにも、古いタイプの路面電車が走っている。

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 カドゥキョイの街。旧市街のエミノニュから船で簡単に行くことができる。先述の乙女の塔も、この航路からよく見える。
 平日の昼間なのだが、人通りが多い。






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 カドゥキョイの船着場。右に見える球状のものは気球で、ロープにつながれたこの気球に乗ってイスタンブールの景色を360度のパノラマで楽しむことができるのだとか。







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 このカドゥキョイの街を、古いタイプの路面電車が走っている。賑やかな商店街などを巡り、街を環状に走る。








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 人通りの多い商店街、バハリエ通りにある停留所。標識があるのみでホームがあったり地面が高くなっているわけではなく、停留所と気づかずに通り過ぎてしまうかもしれない。






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 バハリエ通り。平日の昼間だが、とても賑わっている。









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 この日は、上写真の赤・クリーム色の塗りわけの電車とこの広告が塗られた電車の2両が活躍しているようだ。








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 上の広告が塗られた電車に乗った。
 ドアは、降りるときには手で開けなければならない。








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 車内の様子。









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 確かバハリエ通りの端のほうだったと思うが、車窓に色鮮やかな果物が並んだ果物屋が見えた。
 このあと細い道を通って海岸沿いに戻り、船着場付近の坂道を目指す。1周しても30分かからないくらいだと思う。





 カドゥキョイの路面電車の動画もぼちぼちとアップ。まずは赤とクリーム色の路面電車。

 こちらはバハリエ通りを走る路面電車。
 新市街の路面電車もそうだが新しい街に古い路面電車が走り、旧市街を新しい路面電車が走るのが面白い。旧市街は乗降客も多く長い距離を走っており長い電車が必要なのだろうが、新しい街に走る小さな路面電車は短い距離を乗り降りする乗客を乗せて走るので1両の小さな車両でよいのだろう。

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2011年10月6日星期四

2011年秋・イスタンブール(3)乙女の塔

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 黒海の展望を楽しんだ後で坂を下りてアナドル・カヴァウに戻り、そこからバスに乗ってボスポラス海峡を南下し、ユスキュダルへ向かった。途中、ボスポラス大橋が見えかつてユダヤ人コミュニティがあったというクズグンジュックで途中下車。

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 ユスキュダルから歩いて10分程、海峡の眺めが楽しめる屋外カフェの向こうに、小さな教会のような建物が浮かんでいるのが見える。
 「乙女の塔」と言われ、若くして死んだ王女の伝説があるのだとか。今はこの塔自身がレストランになり、この近くから小船に乗って塔へ行って食事を楽しむのだとか。




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 夕方の逆光、塔の色を伝えるのは難しい。









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 ユスキュダルから旧市街に戻る船の上から。乙女の塔の前を大型客船が通ってゆく。








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 翌日、ほぼ同じ場所を船で通った際に撮った乙女の塔。夕方ながら太陽を背にしていたので、塔の色がよくわかる。





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 望遠で1枚。背後にはボスポラス大橋も見える。

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2011年秋・イスタンブール(2)黒海の眺め

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 ボスポラス海峡クルーズの終点、アナドル・カヴェルから急な坂を30分弱登ると、ボスポラス海峡が黒海へと開いていくところを見ることができる。

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 丘の上にあるかつての砦。この砦を目指して、急坂を登っていく。







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 砦の右側へ向かうと見えるのが、ボスポラス海峡が黒海とつながるその場所である。
 汗をかきながら急坂を登った甲斐がある眺めである。








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 大きな貨物船。ボスポラス海峡を水先案内人に導かれて航行するようだが、海峡の出口で水先案内人を乗せたボートが引き返していく。
 ここから、貨物船は黒海へと入ってゆく。

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 このあたり、とりわけ海岸付近には「立ち入り禁止」の看板が立っているところが多い。今でも国防上・軍事上ボスポラス海峡が重要視されているのがわかる。






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 いかめしい軍事施設の表示とは逆に、土産物屋には操り人形がダンスをするように並んでいる。

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2011年10月5日星期三

2011年秋・イスタンブール(1)ボスポラス海峡

 『週末のシンデレラ 世界!弾丸トラベラー』という番組がある。普通は泊数を長くするであろう海外旅行をたいがいは現地1泊で、旅のテーマを絞って芸能人が旅をする番組である。
 この番組のように短期間での旅を紹介した本がある。短い期間で海外旅行を楽しむとなるとアジア各地への旅が主になるのだが、ヨーロッパやドバイへも3泊5日で行き、現地でまるまる使える2日間や到着日・出発日も含めた短い滞在時間を楽しめるような旅行を紹介した本である。
 また1ヶ月遅れでのアップになるが、私も先月5日間、しかもまたシンガポール航空利用の南回りフライトだったので現地泊は2泊、機内2泊でイスタンブールへ行ってきた。

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 イスタンブールは16年前に旅したことがあり、11年前にもキプロスに行ったときにワンタッチしている。初めての街で中2日となるとあれもこれもと駆け足になってしまうが、2度行ったところなのでまた行きたい所へ行くとか前に行かなかったところに行くとか行き先を絞ることができる。
 もっとも、安くはない旅費と現地2泊とはいえそれなりの時間を使うのだから、結局あちこち行きたくなるのだが…



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 経由便で行きも機中泊とはいえイスタンブールには早朝着なので、多少の疲れを我慢すれば直行便で行ったのと同様に2日目をフルに使うことができる。
 とは言え、機中泊の後で長い間歩くのはしんどく、まずはボスポラス海峡の遊覧船に乗ることにした。

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 対岸のヨーロッパ側には大型客船が泊まっている。









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 ヨットやクルーザーでボスポラス海峡を楽しむ人もいる。









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 出発してまず目に入るのは、ドルマバフチェ宮殿。イスタンブールの観光名所の1つだが、海峡から見ても立派なたたずまいで、海峡側が正門であるかのようでさえある。







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 さまざまな船がボスポラス海峡クルーズに入っていて、出発地のエミノニュ・ガラタ橋の近くには客引きがたくさんいる。
 写真の船は、青地の船体にトルコ国旗が映えている。






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 そして前方にはボスポラス大橋が見えてくる。









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 船と並行して、気持ちよさそうに鳥が大橋を目指している。








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 ボスポラス大橋をくぐる。









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 端をくぐったところにある、白い船体と昔風の2本の煙突が目立つ船。練習船か何かだろうか。








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 さらに前方には、第2ボスポラス大橋が見えてくる。









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 左岸側の橋の手前には、橋を見下ろすようにかつての要塞、ルメリヒサルが建つ。ボスポラス海峡が昔からトルコにとって重要だったことを示している。







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 右側からは、大きな貨物船がこの船の前を走り第2ボスポラス大橋を目指している。








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 第2ボスポラス大橋をくぐった後は森の間に新興住宅地が見える、緑が映える眺めが続く。
 終点の1つ手前、ルメリ・カヴァウにて。公園の小さな、とても小さな観覧車が微笑ましい。





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 今までボスポラス海峡を走ってきたが、終点を目指してボスポラス海峡を横切るように向きを変えて走る。視線の先には黒海への入り口が見える。







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 出発から1時間40分、終点のアナドル・カヴァウである。丘の上にやはり要塞が見える。








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 アナドル・カヴァウに到着。
 上写真の要塞に登ると黒海がよくみえるとかで、急坂を登って要塞に向かったのだが、それはまた後程。

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2011年10月4日星期二

2011年夏・スイス旅行(番外編)シンガポールのエスニックタウン

 前回書いたとおり、今回のスイス旅行ではシンガポール乗り継ぎのフライトを使った。往路はシンガポールに夕方着・深夜発だったので、少ない乗り継ぎ時間だったがシンガポールへ入国し、エスニックタウンをいくつか歩いてみた。

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 まず向かったのは、プラナカンー中国系とマレー系の融合と言われている-エリアであるカトン。空港からMRTで向かったのだが、着いたときには既に日が暮れかかっていた。


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 カトンにあるモスク。








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 学生向けの宿舎の下だったと思うが、フードコートを見つけた。ホーカーズと呼ばれるものだろうか。
 店頭におかずが並んでいて「これとこれ」という感じで指差しで頼めそうな店や、料理の写真があってこちらもそれを指差せば料理がでてきそうな、気軽に食べられそうな店が並ぶ。写真のように中国料理を並べる店、「NASI~」と名づいたマレー系の料理を出す店、麺を出す店など、顔ぶれもさまざまである

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 続いてリトル・インディア。MRTの駅名にもなっており、案内には日本語も見える。







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 通りにある、白壁の建物。1階の店が夜遅くまで開いている。
 駅近くでは、台湾の商店街とは違って1階部分が凹んで通路になっているわけではなく、道路にはみ出るように品物を並べている店もある。

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 が、奥に入ると1階部分が凹んでいるところもあり、建てた時代によるものなのか当時の家主の属性によるのもなのか、違う様相を呈した建物を見ることができる。







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 リトル・インディアながら、「陳東齢故居」なる中国系の故居。手前の広場の人たちが同じ方向を向いているのは、屋外に設置されたテレビを見ているためである。







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 この広場近くには、コインランドリーが。壁やドアがないのは日本では見かけない。
 アラブ・ストリートもこの近くなのだが、その雰囲気のところへ行かなかったのは残念であった。






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 夜の八百屋。結構繁盛していた。









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 最後にチャイナタウン。かつて中国人居住区として指定されたエリアに雑貨屋や食堂が並び、観光客や地元の人で賑わっていた。

 トランジットだったのでいずれもわずか滞在だったが、きちんと調べてから行ったり、昼間に訪れたりするとまた違った趣がありそれぞれの街のことがよくわかるのだろう。改めて行きたいものである。

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2011年10月2日星期日

2011年夏・スイス旅行(番外編)エアバスA380

 今回のスイス旅行では、シンガポール航空に乗ってスイスとの間を行き来した。途中乗継があるので4回乗ったフライトのうち、3回がエアバスA380であった。

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 2階にも座席が並ぶA380。
 やはり2階の座席があるボーイング747は、「飛ぶはずがない形」だそうだが、このA380もそれに近い形といえ、ルツェルンの交通博物館で見た「これは飛ぶ?飛ばない?」の展示に出てきそうである。





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 成田空港にて。1階・2階それぞれに乗り降り用の通路が付けられる。

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2011年10月1日星期六

2011年夏・スイス旅行(32)アルプスの少女

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 クール駅で見つけた、「ハイジ」の絵本。
 ユングフラウ鉄道の車内でもハイジのアニメが使われていたが、この絵が我々が抱く「ハイジ」のイメージだろう。







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 こちらはチューリヒ空港の免税店にて。ハイジとペーター、そしてクララのイメージ。微笑ましい「ハイジ」である。

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2011年夏・スイス旅行(31)スイスで見た列車

 今回のスイス旅行では登山鉄道やベルニナ・エクスプレス、路面電車などに乗ってきたが、それ以外に今回のスイス旅行で見た列車をアップ。

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 チューリヒで空港から乗ったのは、スイスの特急に当たるICN。







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 スイスでよく乗ったのは、写真のような2階建て客車。2階どうしを行き来できる。







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 イラストが描かれたものもあった。









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 インターラーケンにて、茶色の機関車とシンプルな塗装の客車。






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 いろいろな塗りわけの客車が、スイスでは走っている。







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 インターラーケンには、ドイツ国鉄(DB)の列車が入ってくる。ほかの国の列車が見られるのはヨーロッパならではである。






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 スイスらしい、スイスクロスと赤色の機関車。







Imgp0562 前に書いた記事から再掲。インターラーケンを出て川を渡る、上にも書いた茶色の機関車に引かれた牽かれた客車。






Imgp1282 こちらはブリエンツ駅にて、湖の隣の駅に停まる列車。

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