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三月 2012

2012年3月21日星期三

上野駅・パンダの壁画と石川啄木と

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 ここ1年くらい、上野駅から新幹線や電車に乗ることが多くなった。
 上野駅で新幹線の改札口を通ると、パンダが描かれた大きな陶板壁画が目の前に現れる。1985年に東北・上越新幹線が上野まで開通した際に寄贈されたもので、中国・天津大学の王学仲教授の筆により上野の四季を景徳鎮の上に山水画として描いたものである。
 パンダの隣には、不忍池の鯉が描かれている。
 新幹線に乗る前、新幹線から降りたときに、パンダが見送られたりパンダに出迎えられたりしたような気になる。

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 こちらは、常磐線や東北線に乗るホームの手前にある、石川啄木歌碑。「ふるさとの 訛なつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」、列車がここから出発する、あるいは終着駅の行き止まりの手前にふさわしい短歌なのは昔も今も変わらない。

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2012年3月20日星期二

マンガッタンライナー@仙石線

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 前回の続き。本塩釜からの帰り、やって来たのは仮面ライダーが前面にあしらわれた電車だった。








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 側面も仮面ライダーやロボコンなど、石ノ森章太郎の漫画・アニメのキャラクターである。
 この電車「マンガッタンライナー」、石ノ森章太郎が宮城県登米郡出身であり、また石巻に「石ノ森章太郎萬画館」があることにちなんで車体を石ノ森章太郎作品のキャラクターで彩った電車を、仙台と石巻を結ぶ仙石線に走らせているものである。マンガのキャラクターをあしらった列車を見るのは、3年前に境港線で『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターに塗られたディーゼルカーを見て以来だ。
 もっとも、昨年の震災の影響で仙石線は途中区間が運行休止(代行バスによる運行)になっており、この電車が萬画館ゆかりの石巻に行くことはできない。私が訪れた1日前から運行休止だった区間の一部で運転を再開したが、石巻への線路は今も途切れたままだ。萬画館も、津波の影響で休館中と聞く。萬画館の再オープンと、そこにこのマンガッタントレインで行くことができるようになる日が早く来ることを願いたい。

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 運転席はサイボーグ009のキャラクター。









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 私などは「石森章太郎」のペンネームで彼の作品は知っているのだが、手塚治虫の作品に比べると彼の作品はあまり読んだり見たりしたことがない。『サイボーグ009」は私が生まれる前のマンガであるし、『仮面ライダー』も私が生まれるかどうかという時期から始まった作品である。もっとも、それらが息長く語られたおかげでそれらの存在、ひいては石ノ森章太郎の存在は私も含め広く知られている。



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 仙台駅のコインロッカーも、「『サイボーグ009』仕様」であった。

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2012年3月19日星期一

2012年3月・続・塩釜あちらこちら

 前回の続き。本塩釜駅から、鹽竈神社への参道とは逆の方向に出て港を目指した時の様子をぼちぼちとアップ。

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 貞山埠頭を目指す途中で巡視船を見かけた橋は、かつて鉄道が通っていて、列車の通行にあわせて橋が上下する可動橋がつい20年ほど前まであったのだとか。この先にある工場向けの貨物や資材を運ぶ貨物列車が通っていたのだろうか。




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 こちらは、対岸から船を見た帰りにボート停泊所の沖に見えた、籬島(曲木島、まがきしま)。岩肌と木が盆栽のようであり、島の中に見える神社も含めて趣があるのだが、文化財保護ということで島に入ることはできない。




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 貞山埠頭から本塩釜駅に戻るとき、行きは国道を歩いて行ったのだが帰りは松島への遊覧船が出る岸壁を通って戻ったところ、「しおがま・みなと復興市場」という幟に出会った。







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 塩釜の別の場所で商売を営んでいたが被災してしまった店が、駅に程近い仮設の店舗で営業を再開している。写真のような海産物を扱う店だけでなく、洋服店やマッサージ店もあった。
 「わかめを買ってくれるのが一番うれしい」とある店の方が仰っていたが、食べきれないのでここではふりかけと缶詰を購入。

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 こちらは埠頭に向かう前に昼食を食べた、駅前の食堂にて。店頭には震災当日の写真が貼ってあり、その日に来た津波の高さが記してあった。
 街を歩いていると、海に近いところでも建物が根こそぎ流されるというところは見られないように思えたが、やはり人の背丈ほどの津波が町を襲い被害をもたらしたようだ。場所によってはそれよりももっと高い津波に襲われたところもあるだろう。
 埠頭の周辺には、流されてグシャグシャになった自動車が積み上げられ、今も解体されずに残っているのを見ることがあった。
 ちょっと通りがかっただけだと落ち着きを取り戻したように見える街でも、そこに住む人々にとってはまだまだ安穏な日々を取り戻すには至っていない、ということだ。まだまだ長きに渡り関心を注ぎ続ける必要があることを感じる。

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 本塩釜駅にて、大漁旗に似せて復興やこれからの願いを託したメッセージが、構内に張られている。

 本当は一泊してほかにあちこち見るとかお手伝いをするとかできればよかったのだが、どういう訳かこの土曜日は仙台でもここ塩釜付近でも全くホテルの予約が取れず、土曜日は雨ということもあり結局日曜日に日帰りの旅になってしまった。ここ塩釜からも松島へ行くことができるとか、浦戸諸島なる島々も沖合にあるのだとかで、またこの辺りを観て歩きたいものだ。

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2012年3月・塩釜あちらこちら

 前回の続き。1日だけであるが塩釜の街を歩いたので、時系列にはとらわれずに写真をぼちぼちとアップ。

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 本塩釜駅前にて。漁業の町ということで、郵便ポストの上にも魚の姿が。








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 駅には今年の干支、辰年の絵馬があった。絵馬の下側には盛り塩が描かれている。








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 ここから鹽竈神社(塩釜神社)を目指して、本町通りという通りを歩く。
 由緒ありげな建物は、銘酒「浦霞」の蔵元。奥に見える門は室町時代建立の法蓮寺の一部を移築したものだとか。
 ここ塩釜には、「男山」の蔵元も
鹽竈神社の近くにある。





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 「浦霞」のすぐ先にある、御釜神社。









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 車道に合流してしばらく歩くと、鹽竈神社の鳥居とその奥の急な石段が見えてくる。
 私が訪れたときは、地元の高校生?が50段ほどの階段ダッシュを繰り返していた。



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 階段を上り切った、と思った先にはまた階段が。









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 ようやく境内へ。









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 参拝を終えて階段を下っていく。急勾配なのがわかるだろうか。








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 ここ塩釜は、松尾芭蕉が「奥の細道」の紀行の途中で立ち寄ったところでもある。芭蕉が投宿した、
鹽竈神社参道にある寺の跡には、芭蕉止宿の碑が立っている。







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 「奥の細道」の一節を記したレリーフの奥には、酒蔵が見える。ここは先述の「浦霞」蔵元の裏手、車道側である。








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 左写真の由緒ありそうな建物は「丹六園」、食器や和菓子を売っている店である。右写真に見える「太田與八郎商店」とともに古の街並みをしのぶことができる。
 神社や古い建物の写真ばかりになってしまったが、写真が多くなったので続きは後程。

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2012年3月18日星期日

神戸大学練習船・深江丸@塩釜港

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 神戸大学の練習船である深江丸が宮城の塩釜港に向けた航海をすると聞き、普段見ることがない大学の練習船を見ることができるいい機会だと思い、塩釜に見に行くことにした。
 この深江丸、神戸商船大学の練習船だったが神戸大学との統合により神戸大学海事科学部付属の練習船になっている。航海訓練所の練習船に比べると小型であり、短期の実習や洋上での研究に使われているようだ。 
貞山埠頭なるところに停泊しているとのことでまずはそこに向かったのだが、埠頭の入り口の扉は閉ざされていた。前日に小中学生向けの体験航海をするとのことで、その時であれば入れたのだろうか。前日は雨だったが、体験航海はできたのだろうか。
 他の岸壁への入り口は開いており回り込んで近づくこともできそうだったが、「関係者以外立入禁止」の掲示がいくつか立っていたので、間近に深江丸を見るのは断念して魚市場などのある対岸側から見たのが、この写真である。

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 隣に停泊していた海上保安庁の巡視船「ざおう」と比べると、大きさがわかるだろうか。
 深江丸は例年のこの時期は海が荒れるのを避けて瀬戸内海や九州での研究航海をしているそうだが、昨年神戸大学と東北大学が災害科学分野で提携することになったため、今年は塩釜への航海を行ったとのことである。
 今回の航海では、前述した小中学生向けの体験航海や、災害時に練習船がどのような支援を提供できるか探るための研究も行われるとのことである。また、ボランティア志願者も神戸からこの船に乗って宮城に向かい、停泊中にボランティア活動に当たるとのことである。
 先の震災を機に大学でその分野の研究のために練習船が活用されているのは素晴らしいことだと思う。深江丸や乗組員・教員の方々の活動が実を結ぶことを願いたい。

神戸大学 深江丸情報サイト春季研究航海 研究・事業テーマ概要(PDFファイル)
神戸大学 深江丸情報サイト(リニューアル版)
神戸新聞「神大練習船『深江丸』 仙台塩釜港へ出港」

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 深江丸は遠巻きにしか見ることができなかったので、塩釜で見たその他の船をぼちぼちとアップ。

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 貞山埠頭に向かう途中で見た、やはり海上保安庁の巡視船「まつしま」。







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 「まつしま」と並んで停泊していた巡視船「くりこま」は、対岸から見ることができた。








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 宮城県の漁業取締船、「うみたか」と「うみわし」。本来は石巻を拠点としているが震災の影響で塩釜に停泊していることが記されている。





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 こちらは水産庁の漁業取締船、「北斗」と「たつまい」。「北斗」には船籍港がいわきであることが船体に書かれている。やはり震災の影響でここ塩釜に来たのだろうか。







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 「うみたか」「うみわし」が泊まっていた付近。地震がもたらしたパワーの程が窺える。








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 ここ塩釜には漁船が多く泊まっている。写真の青く大きな漁船は、船の上にボートを何隻か積んでいる。遠洋漁業に出て、出た先で船上の小型ボートを下ろして漁を展開するのだろうか。



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 他方、我々が「漁船」と聞いて思い浮かべるのは、このような船だろうか。








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 奥に見えるのは、やはり水産庁の漁業取締船「東光丸」。先の2隻より大きい。「FISHERIES INSPECTION」の文字が見えるが、より遠洋に出て取締に当たるのだろう。







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 こちらは一転、電車の窓から見つけた、龍の装飾を施した小さな船。イベントなどで使われるのだろうか。

 船以外のこと、塩釜の街の様子はまた後程。

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2012年3月11日星期日

あれから1年・水戸でサッカーを観て思う

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 ふと思い立ち、サッカーJリーグ・J2の第2節、水戸ホーリーホックとカターレ富山の試合を観に行った。
 去年の今日震災が起こり、Jリーグも一時中断。この水戸やベガルタ仙台・鹿島アントラーズといったチームは大きな打撃を受けた。あれから1年、昨日のJ1開幕戦では奇しくもベガルタv.s.アントラーズの試合が組まれ全国ネットて中継されていたが、両チームの監督や選手がこの2チームがこのタイミングで戦うことの意義を述べていた。その翌日、「あれから1年」のその日に水戸ホーリーホックが試合をする。
 この日戦う両チームのエンブレム。電光掲示板の下にある「絆3.11忘れない」はアウェーの富山サポーターによるもの。

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 こちらはホームの水戸サポーターによる横断幕。









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 バックスタンドに水戸サポーターが入り、試合開始を待つ。
 去年は途中までメインスタンドが震災被害のため使えなかったとのことだが、今は完全復旧である。




 この週末のリーグ戦の全試合で試合前に黙祷が行われ、ここ水戸でも黙祷のあと試合開始。試合は前半風上の水戸が攻める時間が長く、前半途中に鈴木隆行のシュートがこぼれたところを小澤司が詰めてゴール、先制点を挙げる。
 後半は水戸が風下に立ち守りに回る時間が前半より増えた感があるが、それでも両チームにゴールなく時間は過ぎていく。

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 「あの時」から1年の同じ時間が試合中に訪れる。その一瞬のみが災害なのではなくそこから一連の震災、そしてそれに続く困難が起こったのであるが、この時間には多くの人が各地で黙祷をささげていたことであろう。






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 しかし、スタジアムではプレーが止まることはない。水戸の選手が相手陣内に入ってプレーするのを、はるか後方からゴールキーバー・本間幸司が見守っている。
 1年前のこの日がどんな日だったかよく知っている両チームの選手はプレーを止めずボールを追い、東京から来た私などよりはるかに震災の影響を蒙り、今も時折地震がある中で震災のことを強く意識しているであろう水戸の人達、茨城の人達がいつもの試合のように声援を送り続ける。

 試合終了間際に富山の連続攻撃があったもののそれを凌いだ水戸が、前半の1点を守り切りそのまま勝利。水戸はこれで2連勝である。
 試合後の監督インタビューでも、水戸の柱谷監督はこの日にある試合を戦う意義について語っていた。
 一時は引退を決意したものの、出身地茨城のためにと現役続行を決め去年水戸に加入した鈴木隆行は90分フル出場だった。

 「あの日から1年」「あの時から1年」に特別な思いを持つ人は、震災に直面した人を中心に多いだろう。「普通の1日」としてやり過ごすことができない人も多いだろうし、そもそも「毎日が『普通の1日』ではない」と思い「日常を取り戻したい」と思う人も多いだろう。
 節目の日や復興を冠したイベントは「あの日」を思い起こし今も日常を取り戻すことができない方々のことに思いを至らすきっかけになろうが、そうした節目だけではなく常に思いを至らすようにありたいものだと思う。

J's GOALゲームサマリー J2 第2節 水戸v.s.富山
     →【J2:第2節 水戸 vs 富山】柱谷哲二監督(水戸)記者会見コメント
     →【J2:第2節 水戸 vs 富山】安間貴義監督(富山)記者会見コメント
     →【J2:第2節 水戸 vs 富山】試合終了後の各選手コメント

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2012年3月10日星期六

侍ジャパンv.s.台湾代表@東京巨蛋

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 東京ドームを外から見ることはよくあるのだが、中に入ったのはいつ以来だろうか。東日本大震災復興支援ベースボールマッチと銘打たれた、プロ野球の日本代表対台湾代表の試合を見に行った。
 公式戦ではないのだが、3万5千人の大入りである。





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 試合開始前のあいさつ。去年の震災に際して台湾の方々から頂いた善意を観客はよくわかっていて、台湾の方々や台湾球界への謝意を表すところでスタンドから拍手が沸き起こった。






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 漢字ばかりが並ぶスコアボードは、ちょっと不思議な感じである。審判は韓国の4人。
 3塁側の席に座っての観戦だったが、ゲートを入るところから台湾国語(中国語)や台湾語の会話がそこかしこで聞こえてきたし、3塁側には少なからず台湾に縁のある人たちが座っていたようだ。それでも台湾代表の攻撃時の声援は小さく、静かな中で試合が進みこれまた不思議な感じであった。
 試合は1回表に台湾の2番打者、潘武雄が楽天の田中将大からソロホームランを打ちそれこそ場内を静まり返らせたが、その後台湾打線は日本が繰り出す投手陣の前に沈黙。他方日本代表は小刻みに得点を重ね、中盤で大差がついてしまった。それでも7回には沢村から林泓育がソロホームランを放ち一矢報いてそれを機に今まで遠慮していたような台湾の応援の声が少しずつまとまった声になっていったが、結果は2-9で台湾代表は敗北。
 場内アナウンスは2か国語で行われ、回のあいだには台湾プロ野球の紹介もあった。今は「統一セブンイレブン」なんですね…
 親善試合とはいえ7点差は内心残念だろうが、試合終了後に台湾代表が揃って3塁側に挨拶、さらに2塁付近から四方に挨拶すると健闘を讃える拍手がわき上がっていた。

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