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六月 2012

2012年6月30日星期六

上海往事-魯迅公園と多倫路 (2007年6月)

 先週のNHK-BS『世界ふれあい街歩き』で紹介された四川北路界隈、私も帰国直前の2007年6月に少しばかりであるが散策している。番組の映像と被る部分は前の記事でアップしたが、改めて魯迅公園や多倫路を中心にぼちぼちとアップ。

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 まずは魯迅公園。上海市民の憩いの場である。
 透明なボールの中に子供が入って、池の中で遊んでいる。








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 この魯迅公園、結婚写真の撮影スポットでもあるのだろうか、喧騒を離れたところでは何組かのカップルが結婚写真の撮影をしていた。








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 もっとも、公園は賑やかなところばかりである。
 目についたのが公園に機材やマイクを持ち込んでカラオケに興じたり歌を披露したりする人々。右写真の赤シャツの男性はかなりの熱唱であった。
 左写真は、さしずめ「屋外簡易カラオケ」というところか。

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 「魯迅公園」と言うくらいなので、園内には魯迅記念館もある。魯迅の生涯をたどることができ、出口付近には魯迅の作品が収められている本が壁の両側に張り付けられている場所があった。




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 魯迅公園を出たところ、山陰路の老房子。










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 これも確か山陰路だったと思うが、通りの壁に四川北路界隈の歴史建造物を紹介した絵がずらりと並んでいる一角があった。
 建物の紹介とともに地番も書かれているので、これを見て足を運ぶこともできよう。


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 このあたりも、様々な規模の老公寓があった。今はどうなのだろうか。









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 このあたりは旧日本租界ということもあり、文化人が住んでいたりかつての「革命拠点」であったりなどで史跡として指定されている住居もあった。








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 『世界ふれあい~』でも少し映っていた、長春路の長屋住宅。ところどころに小商店があるのが、人の訪れを絶やさないアクセントになっているのだろうか。








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 多倫路文化街の入り口。










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 この多倫路、通りのあちこちに写真のような銅像がある。この地に縁のある作家などの時にはユーモラスな姿をも見ることができ、当時ここに住んでいた人たちのことを今に伝えてくれる。







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 こうしたしゃれたつくりの建物は、1920年頃に立てられたものが多かっただろうか。








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 鴻徳堂。やはり1920年代、1928年にできたという教会。










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 文化街とは言うが、生活感があふれる古い長屋式の住居もここにあった。永安里という名前なのだとか。









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 番組でもアンティークショップが紹介されていたが、骨董品や古書を売る店が並ぶ。
 他にも、古い紙幣や貨幣を売る店もあり、店頭に兌換券や「一分札」が置かれているのを見て自分が見たことがあるものも少しずつ歴史上のものになっていっているのを感じた。





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 こちらは、「毛沢東像章蔵館」なる一角。










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 中には、毛沢東バッジや毛沢東の像がズラリと並ぶ。
 毛沢東バッチは、時代別・頒布場所など由来別に整理されて展示されていた。





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 再び老房子が通りに並ぶ。左写真の建物は中華民国の軍人、白崇禧がかつて住んだことがあるとか。今読んでいる本に彼の名前がちらりと登場するが、こうして振り返った写真の中に彼に縁のある建物を見つけると、活字の中にある歴史やエピソードがより身近に感じられる。

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 再び四川北路へと通じる門を出て、多倫路文化街は終わる。










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 ここに縁のある文化人らの紹介。残念ながら自転車やバイクがその前に遠慮なく停められている。









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 出口付近にある建物は、中華民国の政治家・実業家である孔祥熙がかつてここに住んでいたことに因み「孔公館」と名付けられている。








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 この界隈を紹介した絵にもあったこの老公寓、「拉摩斯公寓」(Ramous Apartment)という名前である。遠目に見ると風格がある一方で、一階には飲食チェーン店などが並び人々が足を運んでいた。







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 夕方ともなると多倫路にも露店が並び、人々の興味を引く。夕方の露店に惹かれるのは世の共通だろうか。

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2012年6月19日星期二

『世界ふれあい街歩き 上海 四川北路界わい』

 NHK-BSの『世界ふれあい街歩き』、先週に続いて上海の街歩きだった。今回は四川北路界隈ということで、蘇州河の北側の街歩きだった。
 私が上海にいた頃は日本人エリアといえば古北地区であり、日本食の店や日本食材店、さらには日本人向けの価格設定の美容室などがあった。日本人学校もかつては古北にしかなかったので、子ども連れだとこのあたりが便利なのだろう。
 他方、戦前の日本租界が蘇州河の北側、今回の街歩きのエリアであり、番組の中でも当時のお寺だという建物が紹介されていた。今となっては日本から家族連れで行って住むには難しいエリアだろうが、早くから上海に進出していた日本企業がこのあたりのビルにオフィスを構えていた。

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 この四川北路エリアであるが、当時は地下鉄だと魯迅公園や虹口足球場の近くに行くことができるのみで、バスを使ったりそこそこ歩くと四川北路界隈に行くことができた。私がこの付近を歩いて写真に収めたのは帰国直前の2007年6月、ちょうど5年前のことである。
 写真は番組でも紹介されいていた魯迅公園。週末は人が多いが上海の人が気軽に楽しむ、そして楽しんでいるのを見ることができる公園である。

 




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 番組で見たように自慢のノドを披露している人も多かった。
 私が行ったときには父親と子どもだろうか、お絵かきに興じる微笑ましい光景にも出会った。




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 番組では通りに露店を構える人たちも映っていた。細道から車道に抜けるところは私も通ったことがあるのを覚えている。
 写真はちょっと場所は違うが、魯迅公園へ向かう山陰路にて。やはり個人が営む小さな店で、小吃を食することができる。





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 上海の人が租界の紹介をするときに映っていた老公寓は、写真の場所だろうか。
 番組のラストシーンでは、「イギリス人が建て日本人が住み、その後上海の人が住んだ老公寓」を当時住んでいた日本人が66年ぶりに訪ね、その部屋に今住んでいる上海の人が「できるだけのことをしたい」と言って歓待した人の部屋が紹介されていた。こうしたエピソード、そして上海の人の声を聴くことができるのも番組ならではと言えよう。
 こうした老公寓や老房子が、現役であることを見ることができたのがこの四川北路界隈、魯迅公園付近であった。その後どうなったのかと思ったが、番組を見ると今でも少なからず当時と変わらないようだ。

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 多倫路文化名人街。古い建物を残したり往時の雰囲気にあわせた通りに、アンティークショップやレストランが並ぶ。
 他方、物干し竿が見えるように人々の生活も感じる場所でもある、名人街はまた別途紹介したい。


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 番組で紹介されていたのは、写真中央のアンティークショップだろうか。









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 このほか、番組に出てきた風景をぼちぼちと紹介。番組の冒頭で渡った鉄橋は、右写真の場所にある。やはり2007年6月の撮影。
 番組ではこの写真より右側、ロシア大使館側に寄って朝の陽ざしを浴びながら歩いていた。今はこの鉄橋も姿はそのままに架け替えられていると聞く。
 この鉄橋を渡ると、浦江飯店がある。



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 やはり番組冒頭に出てきた、鉄橋を渡って蘇州河沿いに歩いたところにある、上海郵政博物館。「博物館」とは名が付くが郵便局も併設されており、国際返信切手券が必要なときはここに買いに行っており現役の「中央郵便局」という趣である。タクシーに乗って「上海郵政局」と告げるとたいていのタクシーはここに連れて行ってくれる。
 4年前のNHKドラマ『上海タイフーン』で、上海にやって来たヒロインが家賃の高さを聞いても虚勢を張った場面や、ヒロインが新しい店を開くことを男朋友に電話で知らせたときにはこの上海郵政博物館付近でロケがあったようだ。

 5年前であるが四川北路や魯迅公園付近を歩いた時のことは、また改めてアップしたい。
 2週続けて上海のことに触れた『世界ふれあい街歩き』を見て、かつて住みそして働いた上海の街のことが改めて目に浮かぶ。思い出に浸るのみなのはどうかと思うが、この頃のことを糧にして、そして時折思い起こしつつ今の日々を送りたい。

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2012年6月12日星期二

『世界ふれあい街歩き 上海 南京路界わい』を観て上海を懐かしむ

 今日のNHK-BS『世界ふれあい街歩き』、上海の南京路界隈とりわけ南京東路の歩行者天国(南京路歩行街)とその南北を中心にした街歩きだった。
 高層ビルのすぐ下や繁華街のすぐ脇に、歴史を感じるのみならず今も使われており生活感あふれる古い家、里弄が建ち並んでいるのが見られるところが上海の街を歩く魅力の1つであったが、それを思い出させてくれる番組だった。高所からの映像や普段は入ることのできない時計塔の中からの映像、さらには街の人々の話などは番組ならではと言えよう。

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 上海に住んでいた頃に南京東路に足を運んだことは何度かあるのだが、どういうわけか写真を撮ったことがなかった。その付近の通りも通ったことがあるのだが、やはり南京路の北側以外はあまり写真がない。かつて四川路から福州路へと散策したときの写真くらいだろうか。
 写真の南京東路の夜景も上海に住んでいた頃の写真ではなく、2009年に撮った写真である。建物の姿や見える広告や商標は、番組でも変わっていなかったと思う。

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 番組内でかつての競馬場クラブハウスと紹介されていた上海美術館。やはり住んでいた頃ではなく、後日2009年の写真。







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 これは私が住んでいた頃の写真。番組で紹介されていた時計塔が奥に見える。2005年の写真。








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 番組では、南京東路の奥にマリオットホテル(万豪酒店)が映っていた。中層部か下層部より太くなっているデザインが印象的である。
 隣の仙楽斯広場にも高層部に出っ張りがあり、高いところに支えのないフロアを作るのがはやりだったのだろうか。写真は2007年。





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 外灘から黄埔江を隔てた対岸の夜景を臨むところで番組は終わる。写真は2006年に私が歩いた際のもの。
 他にも広東路にある白い壁とバルコニーが印象的な建物など、番組の映像の中にかつて住んでいた頃の記憶に残っているものがあるのだが、写真を撮らなかったのか整理が悪いのか写真を見つけることができなかった。
 今までブログには書かなかったが、帰国した後も3回だろうか、上海の街を歩きに行ったことがあった。それも帰国直後せいぜい2年足らずの間の話であり、その後上海から足は遠ざかっている。
 番組の中でも長年住んでいた家が取り壊される予定だという人がいるなど、万博が終わった後も上海の街は変わり続けるのだろう。思い出を懐かしみつつ、変わるのであれば上海の人達がより住みやすいように、暮らしやすいように変わっていくことを願いたい。

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