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2012年7月17日星期二

『台湾海峡一九四九』

 台湾の悲劇、大惨事として語られることが多いのは「二・二八事件」であり、それが起こった年を以って台湾の定点とするならばそれは「一九四七」になる。が、この本-『台湾海峡一九四九』(龍應台著、天野健太郎訳 白水社 2012)-は、国民党政権が台湾に移り、それに伴って台湾と大陸の行き来が自由にはできなくなった年、「一九四九」をタイトルに据えている。
 その「一九四九」に向かう歴史のうねりー国共内戦やさらにそれ以前の抗日戦争-に翻弄された市井の人々、あるいは後に名を成した人やその親のエピソードを本書では少しずつ、しかし印象深く取り上げていく。疎開授業をしながら戦地を転々とし、人数を大きく減らしながら最後はベトナムの収容所に至った教師と学生、共倒れを避けるために「ここで袂を分かとう」と南北に分かれたきり会うことのなかった兄弟、生まれ育った土地で少年の頃さらわれたきり数十年家族と会うことがなかった元兵士…筆者やその家族も「一九四九」に翻弄された人達の一人なのだが、そうした背景を持った筆者の目で「一九四九」をあぶりだしていく。
 「一九四九」という大陸と台湾の分断の年を書名にしているので外省人にまつわる物語だけかと思うとそうではなく、「一九四九」に至る歴史のうねりにやはりいる、日本統治下の台湾で生まれ育った人たち、後に本省人や原住民と呼ばれる人たちの物語も目に入ってくる。日本軍に徴兵され、東南アジアの収容所で任務に当たり後に「戦犯」として扱われた台湾の人、まさに「二・二八事件」で処刑された人と彼に線香を手向けた子ども…
 かつて李登輝が述べた「台湾人に生まれた悲哀」、本省人のみならず今台湾に住む多くの人達の父母や祖父母に当てはまる言葉でないか、と思えてくる。エピソードの1つ1つは限られたページの中で紹介されていて一々には覚えていないのだが、それだけ「一九四九」に巻き込まれた人が多くいて、そしてそれぞれが時には悲哀を感じずにはいられない物語を持っているということだろう。
 この時代を経験した人から話を聞くのはだんだん難しくなってきている。3年前に観た映画『台湾人生』とは別の切り口で当時の記録を聞き取った大作と言えるだろう。

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