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十月 2012

2012年10月19日星期五

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(番外編)「東京のパナマ運河」扇橋閘門

 今回の旅ではパナマ運河を船で横断し、運河の横を鉄道で通り抜けた。
 規模は全く違うが、東京・江東区には「東京のパナマ運河」を名乗る扇橋閘門がある。

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 扇橋閘門は都営地下鉄新宿線の住吉駅が最寄駅である。スカイツリーを背に南へ向かって歩くので、帰りには通りの先にスカイツリーを見ることができる。







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 扇橋閘門は、小名木川の途中に設けられている。いわゆるゼロメートル地帯と呼ばれるこの付近では水位を低く保っておくべき個所があり、そのために生じる水位差をまたいで船が通航できるように水門が設けられている。
 住吉駅に近いほう、東側の水門は、橋と水道橋の向こう(写真からさらに右側)にあり、姿を見るのは難しい。




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 橋の向こうに見える水門を覗き見る。この時はこちら側の水門が閉じられていて、水位をコントロールしている。水門の手前と向こう側で水位が違っているのがわかる。







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 扇橋閘門の案内。水位を調節する方法がパナマ運河と同じであることが記されている。








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 閘門の両岸は東京都の施設で、普段は立ち入ることができない。北側にはマンションとの間に公園があり、その金網の間から上記の水門を見る。







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 西側の水門。訪れたときはこちら側が開いていた。
 この時だと、この水門をくぐった後で水門が閉まり、水位が下がった後で反対側の水門が開くのだろう。逆側から船が来た場合は、この水門を閉じた後にあらかじめ水位を下げてから船を待ち構えなければならない。

 水門の両側は夏休みに一般開放されるとかで、2012年の案内では「東京のパナマ運河」と冠して案内をしている。規模はパナマ運河に及ばないが、機会があれば閘門のすぐそばで水門を隔てて水位が異なるところを見てみたいものだ。

東京都江東治水事務所による扇橋閘門の紹介ページ

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2012年10月18日星期四

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(36)アンティグア・その他もろもろ

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 アンティグアを歩いていて気になったところを3つ紹介。まずは'CASA DE LOS GIGANTES'と銘打たれた建物。入口の上にある男女のレリーフが面白い。




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 入口で地元の人が話し込んでいる小商店。こちらは入口横のシンプルな線で表した絵がユニークである。







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 最後はアンティグアの丘に向かう途中にて。English Schoolのようだが、入り口の案内には'Danza''Arte''Futbol'と一緒に'Karate'の文字が。
 先にアンティグアには長期滞在可能と書いたが、アンティグアで新たに空手に興味を持つ、ということもあるのだろう。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(35)グアテマラのアイスクリーム売り

Imgp3709 グアテマラシティ・アンティグアやアティトラン湖は標高は高いのだが温暖で、昼間は暑いとさえ感じるくらいであった。
 こうした街や村で子どもたちに人気なのはアイスクリーム。写真のような箱を引いたアイスクリーム売りの人が公園や通りで子どもたちにアイスクリームを売っている。こともたちにだけではなく、大人にとってもつかの間の涼になる。

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2012年10月17日星期三

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(34)グアテマラとパナマのビール

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 グアテマラのビール、ガジョGallo。ニワトリの絵柄が目印である。
 500㏄缶が売られていたのもうれしい。もっとも、旅先で歩いて疲れたせいかアンティグアで買ったのだがそこでは飲まず350㏄缶はパナマまで、500㏄缶は日本まで持ちまわってしまった。




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 こちらはパナマで買ったビール、バルボアBalboaとアトラスAtlas。
 グアテマラのビールもパナマのビールも、度数は日本のそれと大差ないが、年中温暖で時期によっては暑くなる国で飲むビールだからか飲みやすさを重んじているような感じがした。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(33)グアテマラの治安を守る

 あちこち見て楽しいグアテマラ旅行だが、残念ながら治安の面では日本で歩くよりも気を付けないといけないようだ。ガイドブックでは泥棒や強盗への備えとして、人出の少ない場所へ行くのはなるべく避ける、逆に人通りの多いところでは持ち物に気を付ける、日中の明るい時間に行動する、などの対策をとるように記している。今回の旅でも日が落ちたところを歩いたり人通りの少ないところを歩いたりしたが、これらが組み合わさった場所では危ないこともあるのだろう。

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 グアテマラシティのカテドラルの前、日曜市にて。人が多い広場で万一に備えて多くの警官が警備に当たっている。








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 こちらはアンティグアの十字架の丘にて。こちらは逆に森の中を歩いて丘を目指すと人通りのないところを通るのでそこを安全に通れるように、そして広場でも人が少ない時間に万一のことが起きないようにと、警官が見張っている。
 グアテマラを安全に旅した陰には、こうした治安を担う人たちの日々の仕事がある。

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2012年10月16日星期二

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(32)アンティグアの語学学校で長期滞在

 「アンティグアは街並みが大理に似ている」と以前の記事で書いたが、街並みだけでなく大理に似ているなと思うところがある。
 1つは街のあちこちに旅行代理店があり、アンティグアを拠点にグアテマラ各地や近隣諸国を旅することができることだ。大理もやはり街中で旅の手配をすることができ、雲南省各地や中国南部への旅の拠点になっており、旅人は大理で次の目的地への切符を手配したりまた大理に戻るつもりで旅に出る準備ができたりした。アンティグアも各地への足の手配やツアーの手配をする旅行代理店がたくさんあり、バスやミニバンを乗り継いでグアテマラ各地や近隣諸国へ行くことができるようになっていた。遠くへ行くにも、グアテマラシティに近い地の利を活かして飛行機で行くツアーがあったりフライトの手配ができたりする。私自身も、今回の旅ではティカルへのツアーもアティトラン湖へ行くのもアンティグアに滞在しながらであった。

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 もう1つは、「長期滞在できそうだ」という点である。大理で旅人が長く滞在するのは時には「沈没」と呼ばれるが、アンティグアにはスペイン語の語学学校がたくさんありスペイン語を学びながらアンティグアに滞在することができる。

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 滞在者をサポートする店も充実している。長居をするには洗濯、ということで洗濯屋である。









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 こちらはスペイン語を習得してから使うことになるのだろうが、本屋である。古本も多いようで、アンティグアに来た人に読み継がれていくのだろうか。
 マクドナルドなど世界各地にあるチェーン店もあるし、アンティグア地元の食堂で食事をして過ごすのも良いだろう。落ち着いて住む環境は整っているといえる。

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2012年10月15日星期一

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(31)アルファベット順の出発案内@パナマ・トクメン空港

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 パナマ・トクメン空港の出発案内。時間順ではなく目的地のアルファベット順に案内が並ぶ。確かに、「自分が向かう目的地へのフライトは何時に出発し(あるいは何時に搭乗開始)、何番ゲートに行けばいいのだろうか」という見方で調べるのには役に立つ並び方である。
 今回の旅の乗継地である、ロスアンゼルス空港でも案内はアルファベット順だった。
 何時に何番ゲートから出発するかは搭乗券に書いてあるのでそれを見ればいいのは世界共通なのだが、今までにない見方に気付かされた空港の案内であった。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(30)地味なアンティグアのマクドナルド

 アンティグアの建物は様々な色で目に鮮やかなのだが、他方で商店や飲食店の看板は目立たないようになっていて、とりわけハンバーガー屋など世界的にネットワークを持つ店でも店頭の商標が目立たないようになっているのに気が付いた。

Dsc_0141 写真はアンティグアのマクドナルド。マクドナルドと言えば世界各地で赤色が目立つ店と黄色のロゴなのだが、ここアンティグアでは似た色調の煉瓦色でこそあるが日本など各地で見るマクドナルドとは異なった雰囲気である。店頭のロゴも目立つ黄色ではなく、世界共通のロゴが黄土色になっている。
 このほか、アンティグアにあるピザハットも赤帽子は目立たないようになっていた。マクドナルドもピザハットも景観に配慮しているのか、オリジナルのデザインは景観を損ねるとして禁じられているのか。
 もう1つ、このマクドナルドは「店内が暗い」ことが印象に残った。これはグアテマラ各地の商店、飲食店、薬局や家電店でも言えたことなのだが、昼間ということで不必要に明るくすることはしていないということだろう。逆に日本などのほうが、明るすぎるのではないかともいえる。
 夕方から夜になると、外からの陽ざしでは不十分なのかやはり灯りを燈して客を待つ店が多い。

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 こちらはアンティグアのシティバンク。建物は薄い青色だが、シティバンクのロゴは世界各地で見られる青色ではなく暗い色調だった。
 こと銀行という点では、両替のためアンティグアの他の銀行に立ち寄ったのだが、店内は普通に灯りがともっていた。防犯上のこともあり銀行の行内は明るいほうがいいだろう。

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2012年10月14日星期日

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(29)15 de septiembre 1821

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 9月15日は、グアテマラの独立記念日だそうだ。後で調べてみると、コスタリカ・ホンジュラス・エルサルバドル・ニカラグアもこの日を独立記念日にしている。1821年のこの日に、これら中米諸国はスペインから独立したのである。
 左写真はフローレスの教会の隣にある、学校と思しき建物にて。まさしく15 de septiembre 1821と飾り付けがしてある。
 右はアンティグアの市庁舎ではためく国旗。もっとも、これは1年中はためいているのかもしれない。

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 独立記念日が近かったせいだろうか、先に紹介したアンティグアのパレードなど、訪れた街のあちこちで後から考えるとそれと関係があると思われる風景を見かけた。
 写真はグアテマラシティにて、「Como Tú」と書かれたポスターをたくさん見ることができた。

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 やはり訪れた街で鼓笛隊の演奏を聴くことが多かったのも、各地で行われるパレードに向けての練習だろうか。
 写真はティカル遺跡からフローレスへ向かうバスの車窓から。屋外での練習は大変そうである。






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 サン・ペドロ・ラ・ラグーナで見た、学校でのダンスの練習も、それに向けたものなのだろうか。日本の運動会に向けた練習のように、午前中から校庭に集まっての練習である。

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2012年10月11日星期四

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(28)中米各地の飛行機

 旅先の空港で普段見ることのない航空会社の飛行機を目にしたり、そんな飛行機に乗って目的地に向かったりするのは楽しいものである。乗る時も今まで乗ったことがない、あるいは乗る機会が少ない飛行機は新鮮な感じがするし、見慣れない飛行機を見るとどこの航空会社なのか、どこへ飛んでいくのかに思いを馳せる。
 今まで見たことがなかった航空会社の飛行機もぼちぼちと紹介。

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 ティカル遺跡を見に行くべく、グアテマラシティからフローレスへ向かう際に乗ったのはタカ航空TACA International Airlines。グアテマラ・コスタリカそしてペルーの航空会社が連合でTACAと名乗っているのだとか。






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 エルサルバドルの首都、サンサルバドルを拠点にしているとかで、ここでの乗継などにより中米各国をカバーしている。写真はグアテマラシティ空港でみたタカ航空の飛行機。







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 こちらはフローレス空港で見た、やはりグアテマラシティとフローレスとの間にフライトを飛ばしているタフ航空(TAG)。TAGはTransportes Aéreos Guatemaltecosの略。グアテマラ-フローレス間の国内線とベリーズ・メキシコやホンジュラスへの近隣諸国への便を持つ。





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 グアテマラシティからパナマシティに向かうとき、そしてパナマシティからの帰途の第1便で乗ったのはコパ航空Copa Airlines。マイレージプログラムはユナイテッド航空と共通のマイレージプラスであり、また尾翼の塗装がそのユナイテッド航空と合併したかつてのコンチネンタル航空を彷彿とさせる。こちらはパナマの航空会社で、パナマシティのトクメン国際空港を拠点に、パナマへの便以外にも中米各地を結ぶフライトを飛ばしている。

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 普段見ない飛行機を見ることができるのが海外の空港、あるいは日本国内でも国際空港の魅力だと思うのだが、昨今は乗継の便や施設の共有化による効率向上を目指しているのかアライアンス毎にまとまって駐機できるようになっているケースがあり、その場合は見ることができる飛行機が限られてしまう。むしろ、新規航空会社が次々と参入している国内の空港のほうが彩のある光景になることもある。
 写真は成田空港にて。成田空港なのだが見えるのはユナイテッド航空の飛行機ばかりで、説明がなければアメリカの空港のようである。

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2012年10月10日星期三

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(27)アンティグアのトゥクトゥク

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 グアテマラのあちこちの街では、3輪バイクをベースにしたタクシーがあり、街中の移動手段になっている。
 その名もトゥクトゥクtuktuk。タイで呼ばれているのと同じ名前である。写真はアンティグアで見かけたトゥクトゥクだが、アティトラン湖畔の坂道の多い村でも住んでいる人や旅行者の足になっていた。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(26)続・グアテマラとパナマのバス

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 前回グアテマラとパナマのバスのことを書いたが、写真はグアテマラシティにて見かけたバス。
 赤い車体に「美」という文字と旭日旗を行先掲示板の代わりに配したデザイン、日本に知見がある人が配したのか偶々何かの折にこれらを見かけてバスのデザインに取り入れたのか。
 側面に「STOP」の板があるあたり、グアテマラに来てこの色になる前はアメリカのスクールバスであっただろうと思われる名残である。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(25)グアテマラとパナマのバス

 今回旅したグアテマラとパナマでは、街と街の間の移動手段として使われているのはもっぱらバスである。グアテマラでは鉄道は廃止されているようであるし、パナマで旅客が乗ることができる鉄道は平日1往復のパナマ運河鉄道だけである。

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 そのバスであるが、多く見かけるのは写真のようなボンネット型の前面を持ったバスである。アメリカでスクールバスとして使われたバスを中古で使っているものが多いとか。
 写真はグアテマラシティからアンティグアへ向かうときに乗ったバス。出発駅では乗客は私一人だったので大丈夫かと少し不安になったが、アンティグアへ向かう車道の交差点が一大バス停になっているようで、お目当ての行き先のバスを見つけたらバス停の前を徐行するバスに乗るというスタイルのようだ。最終的にはバスは満席になった。
 途中で菓子売りが乗ってきてお菓子を乗客に手渡し、欲しい人からだけお金を集めてそれ以外の人からはお菓子を回収するという売り方をしていた。

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 こちらはアメリカのスクールバスそのままの塗装のようだ。スペイン語圏のグアテマラなのだが、車体には英語で学校名が残っている。







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 もっとも、だいたいのバスはオリジナルの塗装に塗り替えられる。前面には拠点となる街の名前(行先にもなる)や、どことどこを結ぶバスであるかが記されている。
 塗り替えられていても、ドアと反対側の車体に「STOP」と書いた板が出るようになっているバスもあり、これもアメリカで使われていた頃の名残なのだろう。

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 他方こちらは、グアテマラシティ市内を走るバス。'METRO'という名前を冠していて、市内で2系統あるようで専用のバスレーンを走り専用のバス停に停まる。







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 バス停は写真のように駅のホームのようになっている。ホーム型のバス停にあわせて出入口が高くなっているが、郊外の小さなバス停では簡単なスロープや階段でこのバスに乗るようになっている。



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 所変わってこちらはパナマのバス。先述の通り、派手な塗装を施していて車体の後部には女性や男性の絵が描かれているものもある。
 現地では、その塗装や現地の治安、そして運転の荒さに因んで「赤い悪魔」Diablo Rojoと呼ばれているのだとか。
 コロンからポルトベーロに向かうときと、パナマシティへのバスに乗り換えるべく帰りのバスを利用した2回こうしたバスに乗ったのだが、言われるほど運転が荒いとは感じなかった。
 こうしたバスは治安の面からはあまり利用しないほうが良いとも言われているようだが(パナマシティでは日本の市内バスのような感覚のバスが走っているが、車内でスリに遭ったとの旨が在パナマ日本国大使館のウェブサイトに掲示してあった。そのPDF)、ではパナマ国内はどうやって移動するのかという話になる。このあたりの信頼を向上させるのがパナマの課題であろうか。

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 こちらは警察のバス。「赤い悪魔」とは対照的である。









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 パナマシティとコロンを結ぶバスも普通バスは上記のような感じであるが、急行バス、前面にExpreseかその意を表すスペイン語がかいてあったと思うが、これは写真のような2階建ての清潔なバスである。乗る人も多いようで、私が乗ったときは満席であった。

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2012年10月9日星期二

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(24)グアテマラのホテルは四合院?

Dsc_0305 アンティグアで泊まったホテル、Hotel Euro Maya。なぜグアテマラでEuroなのかはともかくとして…








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 このホテル、狭い入口を入ると、中庭を囲んで四方に客室・レストランや執務スペースを配した2階建である。
 「アンティグア版四合院」といった造りである。







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 ホテルはとても清潔で、毎夕帰るとベットの上にタオルで作ったアートが置いてあった。朝食も充実していて、朝早くツアーに出ることが多かったため2回しか食べることができなかったのが残念である。惜しむらくは、風呂が広いにも関わらず湯がぬるめであったことであろうか。
 Wi-Fiが使えたのは良かったが、電波が弱く中庭で夜空を見ながらノートPCをたたくのが安定した使い方であった。




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 こちらは街歩きの途中で見させてもらった、Hotel Casa Antiguaの中庭。ここも中庭を客室などで囲んだ造りである。
 外から中を見てとてもきれいだったので、中を見させてもらった。





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 Hotel Casa Antiguaの入り口の壁に描かれていた絵。









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 こちらも中庭のある建物。周りは小さな商店になっているようだ。








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 グアテマラシティで泊まった、Hotel Pan American。ここは中層の建物で屋根で覆われてこそいるが、中央の大きな空間を四方の客室で囲むという点では似ている。

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2012年10月8日星期一

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(23)アンティグアの下校風景

Imgp3651 アンティグアの街を歩いていて、昼頃になると生徒たちが学校から帰るのだろうか、下校風景と思しき光景を見ることがあった。制服を着た人たち、違う制服を着た人たち、制服がないのだろうか思い思いの私服で歩いている人たちなどがいた。
 小さな街なので日本的な感覚だと学校の数は少なそうなのだが、ここアンティグアでは学校の数はそれなりにあるのだろうか。あと、昼に下校風景と思しき風景を見たのだが、昼過ぎでも街で子どもや生徒を見かけることが多かった。アンティグアの学校では授業は午前だけなのか、家へ帰って食事をしてまた学校へ行くのか、どういう仕組みになっているのだろうか。

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 学校で図画工作の時間に作ったものだろうか、抱えて家路に就く生徒たち。








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 こちらの男子生徒は白い制服。軍隊の制服のような格好だが、その類の学校の生徒なのだろうか。

 夕方近くでも中央公園のベンチに腰掛けて話し込んでいる生徒もいたので、アンティグアの子どもや生徒の過ごし方は様々なのだろう。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(22)アンティグアのオートバイ

 先にアンティグアの街並みを「石畳の道が碁盤の目のように整然と通った小さな街に高くない建物が軒を連ねる、というのは中国・雲南省の大理に似ているような気がする」と表現したが、その小さな街の人達がシンプルなオートバイを使って走っていく、というのもアンティグアと大理が似ていると感じるところである。

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 日本のメーカーのバイクが並んでいる。もっとも、街では中国のメーカーのバイクもよく見る。







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 走りやすいとは言い難い石畳の道を、アンティグアの人達が小型バイクで走っていく。小さな街の中を移動し、そしてこのアンティグアを拠点に近くの街や村に行くためにこうした小型バイクが人々の足になっている、ということだろうか。
 私も日本でこうしたシンプルなオートバイに乗って街乗りを楽しみたい(もしくはタイカブで街乗りを)と思うのだが、今に至るまで実現できていない。

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 アンティグアではないが、サン・ペドロ・ラ・ラグーナで見かけたこのバイク、JIALINGと書いてあり中国のメーカーのものであるようだ。色使いがヤマハのセロー225に似ている気がする。
 石畳の道はこうしたバイクのほうが走りやすいのではと思うが、グアテマラの各地では上に書いたようなシンプルなオートバイが街を闊歩し、近くの街や村を目指して走っている。


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 アンティグアには、ホンダのマークが掲げられた販売店?修理工場?があった。

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2012年10月7日星期日

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(21)春巻=TACOS?

 ここまで今回のグアテマラ&パナマ旅行で訪れた各地のことをブログに書いてきたが、旅の節々で見たこと気づいたことをぼちぼちとアップ。

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 世界のどこにでもある中華料理店。日本での日常生活で馴染みがあり出てくるものとその味がだいたいわかるので、旅先でもつい入ってしまう。
 写真はグアテマラシティの中華料理店。春巻がTACOS-タコスと表現されている。具を皮で包んで揚げるというところは同じなのかもしれないが…店先ではTACOS CHINOと表されていた。
 炒飯はARROZ FRITO。「炒めたご飯」ということでまさにその意のようなのだが、以前訪れたポルトガルではポルトガル料理として「ARROZ~」は米を煮てリゾットにしたものだったので、名前が「ARROZ」で始まる料理がチャーハンなのは(スペイン語を解すれば違和感がないのだろうが)ちょっと意外である。スペイン語とポルトガル語で料理に冠する「ARROZ」のニュアンスが違うのだろうか。
 焼きそばは「CHAOMEIN」。これは「炒面」の音から来ているのだろう。もっともパナハッチェルの中華料理店の店先では「CHOMIN」と表されており、定まってはいないようだ。
 チャーシューは「CHA SIU」。麺や炒飯でチャーシュー入りのものはこれでわかる。
 味は想像できても量は想像できず、ここで「CHAOMEIN」を頼んだら取り分けるくらいの量で出てきた。

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 ところで、当地の中華料理店の店頭で見る文字は、写真のようにアルファベットの一画一画の片方が尖ってもう片方が平たくなっている書体のものが多かった。アメリカでもそうだったような気がするのだが、この文字の形が「中国」のイメージなのだろうか。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(20)パナマシティあれこれ

 今回の旅行、パナマはパナマ運河を見るのが主で、その他は先述のポルトベーロは別にしてパナマシティにずっといた。パナマシティで見てきたところをぼちぼちとアップ。

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・ミラフローレス閘門

 パナマ運河鉄道、パナマ運河クルーズに続いて陸からまたパナマ運河を見る。
 ビジターセンターを訪れ、ミラフローレス閘門を通る船を見たりパナマ運河に関する展示を見たりすることができる。
 展示は、パナマ運河の歴史やここを通る船にまつわるものだけでなく、パナマの自然に関するものもあり、水族館のようになっているフロアもあった。

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 訪れたときには、ケミカル船が太平洋側から大西洋側へと通っていくのを見ることができた。日によって、そして時間によって大きな船を見ることができるか、多くの船を見ることができるかが違うようだが、訪れたときに通峡を見ることができたのはこの船だけだった。




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 太平洋側からは水位を上げてパナマ運河を通っていくのだが、水門を隔てて水位が違うのがわかる。







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・パナマ・ビエホ

 スペインが16世紀初めに築いた都市の跡である。






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 遺跡が残っている付近は緑地公園になっている。








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・カスコ・ビエホ

 上のパナマ・ビエホが大火に遭ったとかで、パナマ・ビエホに代わる街として作られたのがカスコ・ビエホである。





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 カスコ・ビエホの中心に建つ、カテドラル。

















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 このカスコ・ビエホ、パナマの旧市街として世界遺産に登録されているのだが、他方で治安の良くない場所と言われている。見るからに雰囲気が良くなかったであろう場所もあった。
 こうした問題を払拭するためだろうか、カスコ・ビエホはあちこちで工事中であり、古い建物の中には入り口を塞がれたり内装や壁が撤去されたりしているものが多く、住んでいた人が立ち退いてそれこそ廃墟のようになっているところが多かった。上海生活の終盤、上海のあちこちで古い家が取り壊しを待ち「拆」の文字が扉に書かれていたのを思い出す。
 歴史のある街並みを上手く使えていなかったのだろうが、ここに住む人、ここを訪れる人それぞれにとってよい街になるように進んでほしいものだ。

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 美しい広場といわれ、近くにあるフランス大使館にその名を由来するフランス広場にも、入ることができなかった。







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 パナマ湾の向こうには、現代パナマの中心である新市街を見ることができる。
 視線の先に、ねじれたような姿を見せているビルがある。フロア毎に細かくねじれているため、遠目にはモザイクのように見える。
 まずはパナマ運河を見ようと決め、それ以外にどこに行こうかと考えてグアテマラを行き先に加えた今回の旅であった。パナマ運河は見てよかったと思ったが、後付けで行くことに決めたグアテマラの風景、アンティグアやパナハッチェルの風景やそこで垣間見えるそこに住む人達の暮らし、そしてパレードなど偶々出会ったものも強く印象に残った。パナマも含めて、この旅の前には知らなかった街や村に心が動いた今回の旅であった。

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2012年10月3日星期三

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(19)続・パナマ運河クルーズ

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 前回の続き。ペドロ・ミゲル閘門を通過した船は、ガツン湖lago Gatúnに向かって進んでいく。

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 もっとも、しばらくは川のような水路を進んでいく。途中、センテナリオ橋Puerte Centenarioをくぐる。







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 ペドロ・ミゲル閘門で先に行った貨物船に追いつき、追い越していく。






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 パナマ運河は人工の水路なのだが、できてから100年近く経って自然の一部のようになっている。人の営みがあった場所がいつの間にか熱帯林に囲まれてしまったティカル遺跡を思い起こさせる、
 このあたりから、前方から貨物船がやって来るのを見ることができる。



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 パナマ運河を通るには、それぞれの閘門の長さ・幅・水深に収まるサイズの船である必要がある。これを満たすサイズの船はパナマックス(Panamax)と呼ばれ、船を作る際にそのサイズを決めるベンチマークになっている。
 私が見たときには、パナマックスより小さな船が多かったようだ。
 パナマ運河ツアーにはpartial transitとfull transitがあり、前者はミラフローレスとペドロ・ミゲルの両閘門を通った後で船を下りてパナマシティに戻るツアー、後者はさらにガツン湖を通り大西洋(カリブ海)側のコロンを目指すツアーである。折角なのでfull transitを申し込んでおり、partial tourの人たちが降りた後も船に乗り続けてコロンを目指す。

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 前日乗ったパナマ運河鉄道、旅客は1日1往復のみだがタイミングよく貨物列車が通るところを湖から見ることができた。




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 広いガツン湖を通っていく。通る場所は決まっているようで、ブイに沿って進んでいく。







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 前方にガツン閘門Esclusa de Gatúnが見えてきた。








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 ここでは先に一緒だったクルーザーのみならず、貨物船と一緒にガツン閘門を通過する。





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 ここガツン閘門では、水位を下げていく。
 先を行くコンテナ船が、すでに水位を下げて水門の先にいる。






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 私が乗った船も水門に入る。








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 貨物船が来たところで、水門が閉じられる。
 ミラフローレス閘門など太平洋側の閘門と異なり、ここでは水が澄んでいる。




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 もう1レーンにも貨物船が入ってきていた。
 大きな貨物船の通峡をサポートするために、つながれた機関車が貨物船を引っ張ったりコントロールしたりする。この機関車、日本製のものもあるのだとか。





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 水位が下がり横が見えなくなり、後ろの貨物船も水位の変化とともに低くなっているのがわかる。







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 水門が開いたので前に進むと、コンテナ船はさらにその先に進んで低いところにいるようだ。





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 ここから水位を下げ、さらに前に進んでもう1回、都合3回水位を変える必要があるようだ。
 隣のレーンには、上の黒い貨物船の前を行っている別の貨物船が、やはり水位を下げながら前に進んでいる。





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 同じように水位を下げて前へ進み、







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 先に水位を下げた横のレーンの貨物船を見ながら、








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 もう1回水位を下げ、







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 ようやくカリブ海である。








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 カリブ海もつかの間、前方にコロンの港が見えてくるとパナマ運河クルーズももうすぐ終わりである。







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 コロンでも、前日見たバスターミナルの周辺とは違い、きれいな建物が並んでいるのが見える。





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 船着場が見え、パナマ運河クルーズは終わりである。








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 実際にパナマ運河を利用する貨物船や大型客船のように、パナマ運河を端から端まで通っていくツアーに大満足であった。朝7時集合で7時半に出発、17時にコロン着でここからバスに乗ってパナマシティのアマドールに戻るという1日がかりのツアーであるが、1日かけるだけのことはあると思う。
 パナマ運河の本来の利用者?である大型船の邪魔をしないようにということなのか、複数の会社のツアーを調べたがパナマ運河クルーズの日程はだいたいどこも週末に限られており、さらにfull transitは月に2日程度しか行われないようである。私は予めインターネットで申し込んだのだが、日本からはるばる行くのであれば予め日程を調べてそれにあわせてパナマの滞在を決めるくらいでも良いと思う。

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2012年・グアテマラ&パナマ旅行(18)パナマ運河クルーズ

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 パナマと言えばパナマ運河ということで、1日かけてパナマ運河を太平洋側から大西洋(カリブ海)へと見ることができるクルーズに参加した。

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 パナマシティはアマドールと呼ばれる、海に突き出た道路の先にあるリゾート地から船に乗る。







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 アマドールを出るとまずは海側へ向かって船は進んでいく。パナマ運河の通峡待ちの貨物船が沖にたくさん停泊しているのを見ることができる。
 パナマ運河は水門を通らねばならないので、その順番待ちである。





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 上の貨物船とは対照的な、ボートで楽しむ人達。
 この風景だけを見るとリゾートに見えるが、ここは貨物船が行き来する物流の大動脈である。





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 前方にアメリカ橋Puente de las Americasが見えてくる。








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 アメリカ橋の下で、太平洋へと向かうコンテナ船とすれ違う。







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 橋をくぐった先に、最初の水門であるミラフローレス閘門Esclusas de Mirafloresが見えてくる。







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 私が乗った船も、水門へと入っていく。







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 水位を上げ下げする前には、船の後ろにある水門を閉じなければならない。






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 我々の前には、アメリカ国旗を掲げたクルーザーがいる。何人かの仲間でここまで来たようだ。まさにパナマ運河を通って西海岸から東海岸に行くのだろうか。






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 別のクルーズ船とタグボートが来たところで、後ろの水門が閉じていく。
 小さい船ばかりなので、4隻が一度に隊列になって水門を通るようだ。



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 後ろの水門が閉じると、水面の色が変わり水位が上がっていくのがわかる。







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 水位が上がると、先程までは見えなかった水門の上が見えてくる。







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 水位が上がる前後の様子がわかるだろうか。







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 門が開くと、その先にもう1つ水門があるのでそこまで進んでいく。







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 そして再び後ろの水門が閉じられ、








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 水位が上がり、前の水門が開いて前へ進むことができる。







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 ミラフローレス閘門の横には閘門を見渡すことができるビルがあり、船が通る様子を陸から見ようという人たちで賑わっている。






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 ミラフローレス水門に別れを告げ、ミラフローレス湖lago Mirafloresへ漕ぎ出す。







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 ミラフローレス湖は小さく、すぐに次の閘門であるペドロ・ミゲル閘門Esclusas de Pedro Miguelが見えてくる。







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 2つある水路のもう1つには貨物船が入っており、まさに水門が閉まろうとするところだった。
 水門が2本あっても互いに行き交うわけではなく、時間によって通る向きが決まっているようだ。

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 我々も閘門へ。








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 この閘門で一緒になった別の船。パナマ運河当局の船のようだが、乗っている人は観光客のようだ。どんな運用になっているのだろうか。





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 隣のレーンの貨物船の煙突を上に見る。







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 ミラフローレス閘門でも一緒だったクルーザを始め何隻かが入ったところで、後ろの門が閉まる。





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 水位が上がり、横が見えるようになる。
 隣の貨物船は、先に閘門を出発していた。







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 二重になっている水門を通り、ガツン湖lago Gatúnへ。
 続きは後程。

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2012年10月2日星期二

2012年・グアテマラ&パナマ旅行(17)ポルトベーロ

 前回の続き。ゾナ・リブレZona Libreと呼ばれる免税マーケットがあるコロンだが、あまり長居をする場所ではなさそうなので列車を降りて早々とバスターミナルへ向かい、かつての主要港であるポルトベーロPortobeloへ行くことにした。

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 バスターミナルの向かい。きれいとは言えない2階建の雑居である。







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 パナマのバスは車体が派手に塗られていて、車両の後ろには女性や男性の絵が描かれている。この地ではこうしたバスは「赤い悪魔」といわれているのだとか。
 コロンのバスターミナルもあまりきれいとは言えないものの、バスが止まっている場所に行き先が書かれてありわかりやすい。



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 バスはパナマシティへ向かう道から別れ、細い道を時折カリブ海を見ながら進んでいく。







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 車窓に砦の跡が見えたところでバスを降りる。最初に見えてくるのは、サンティアゴ砦Fuerte Santiago。







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 サンティアゴ砦の入り口。








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 かつて重要な貿易港、そして交易が行われた街であるポルトベーロを守る砦であったことが偲ばれる。





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 車道を進んでいくと税関博物館があり、博物館沿いにさらに細い道を歩くとサン・ヘロニモ砦Fuerte San Jerónimoの入り口が見える。






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 サン・ヘロニモ砦は、先のサンティアゴ砦から、さらに奥に入った入江にある。







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 かつて敵艦が来ないか見張っていたであろう砦の先には、今ではヨットが停泊している。







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 砦の隣は今ではヨットやボートの停泊場。のどかなものである。







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 ポルトベーロの紹介は上に書いた税関博物館でスライドを見ることができる。ポルトベーロは小さな村で、かつて貿易拠点だった頃は兵士・貿易商そして奴隷が住み分け、公共施設もコンパクトなスペースにあったのだとか。当時のその範囲が今もポルトベーロの集落になっている。
 サンティアゴ砦のすぐ隣、砦から街側に入ったところは今は船着場になっている。

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 教会。街の一番奥にある。
 サンティアゴ砦からここまで歩いても、10分とかからない小さな街である。
 ポルトベーロにある砦は、別の場所にある砦(サン・ロレンソ砦)とともにパナマのカリブ海側の要塞群として世界遺産に指定されているのだが、小さな街は観光客もまばらであろう静かな、ゆっくりとした空気が流れる街であった。


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 税関博物館。この裏がサン・ヘロニモ砦である。








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 サンティアゴ砦と、税関博物館の隣にあるスーパーマーケットの前がバスの停留所になっているようで、スーパーで買った水を飲みながらバスを待つ。
 30分くらい待っただろか、帰りのバスに乗る。






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 帰りはパナマシティに戻りたいので、コロン行きのバスをサバニータSabanitaなるところで降りる。Rayというスーパーマーケットが、そして大きな車道に入るところが目印である。





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 パナマシティ行きのバスは通りを渡ったところから乗る。食堂があったので入って、店内の黒板に書かれたメニューから選んで'Arroz'といったら出てきたのがこれ。




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 ここを経由してコロンとパナマシティを結ぶバスは普通のバスと急行バスとがあり、2階建バスである急行バスに乗ると高速道路に乗ってパナマシティに行くことができる。もっとも、パナマシティ市内ではゆっくりとしか走ることができず、さらに終点のバスターミナルに着くと滝のようなにわか雨で、しばらく外に出ることができなかった。

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