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2012年12月26日星期三

再び気仙沼へ

 

3連休と1日休暇で、再び気仙沼へ行ってきた。
 気仙沼では1日ボランティア活動、今回は前回と違って現場作業だったが、1年9か月経った今でも震災当時から片付け切っていない場所があることに、震災と津波の影響の深刻さを感じる。もっとも、報道で見る震災直後の写真などから想起するにこれでも片付いたほうなのかもしれないし、それ以前にどちらも「本来の気仙沼の姿」ではないのだろう。

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 本来は罹災した場所の写真をアップするのは良くないのかもしれないがあえて2枚。今回宿を取った、港近くは建物が殆ど流されてしまって今は土台しか残っていないのだが、その中に壁に写真を貼ってあるプレハブ小屋を見つけた。ここにあったであろう酒屋さんが、当時の状況を伝える写真や報道の切り抜きと移転先の案内を貼っていた。まだ2年も経っていないのだが震災直後にテレビや写真で目にした光景の記憶というものは日々薄れていくもので、この写真を見て思いを新たにした。
 写真の横にはこのような文章が書いてある。「被災地の人間の務めとして、『絶対に風化させない』という意気込みがございます。決して、憐みや支援が欲し いからではなく、別の土地で同じような災害が起きた際に、気仙沼の人間が防げなかった被害を少しでも、少なくしてもらいたいという『願い』でございます。 被災地で何か感じていただけたなら そのことを身近な人に話してください お願いします」この前大きな地震があったが、遠方の津波警報に対する周りの人の反応や地震直後の行動に鑑みるに、書いた方の思いは今のところ遠方の人にもとどめられているのではなかろうか。これからもこの方が書かれた思いを、遠方にあっても受け継いでいくことを心掛けたい。
 写真は、気仙沼を発つ日の朝同じ場所を再訪した際の写真。

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 この酒屋さん「すがとよ酒店」は、程近い大通り沿いで商いを再開している。









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前回気仙沼を訪れたときには復幸マルシェと復興屋台村という2か所の仮設店舗を訪れたが、これらばかりでなく気仙沼のあちこちに仮設店舗ができていて、もう一度店を開こうという人ともう一度店に行こうという人を結んでいる
写真は「気仙沼復興商店街」の写真。ここの「一福」なる店で、ビールとつまみでしばし時間を過ごした。

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 復興屋台村にあっただるま。多数のメッセージが書かれている。









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 仮設店舗
とともに、建物が残った店は同じ場所、同じ建物で営業している。写真は港付近にある「たいわ食堂」とそこで堪能した定食。さんま、気仙沼ホルモン、付け合せも海産物と当地の名物を楽しむことができる。
 この店の周りの震災直後の写真を見る機会があったが、今訪れると普通に営業しているがここに至るまでの道程が険しかったことが思い起こされる。



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 気仙沼の街をあるいていると、あちこちに人の顔写真が貼ってあるのを見ることができる。復幸マルシェでこのような顔写真がたくさん並んでいるのを見たのだが、これも同じ一連のアートなのだろうか。



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 気仙沼の港付近は夜ライトアップされている。近くの電器店で見た、冬のライトアップ。

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