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2012年12月9日星期日

新地~相馬~原ノ町

 先週気仙沼へ行った帰り、思い立って去年何度か行った新地町を通って帰ろうと思い、さらに足を延ばして相馬と原ノ町の間を折り返し運転をしている常磐線を通って帰ることにした。

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 一ノ関から新幹線で仙台まで行き、常磐線に乗り換える。
 仙台側から線路伝いに行くことができるのは亘理まで。駅の方向案内板は、しばらく不通になることを覚悟してか終点駅のようなものになっていた。
 ここから、相馬行きの代行バスに乗る。

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 1駅目の浜吉田駅に、浜吉田と亘理間の鉄道が来春運行再開になると書かれていた。1駅だけだが、延伸なるのだろうか。
 鉄道に比べると代行バスはやはり時間がかかるので、1駅でも先に延びるのは良いことだと思う。もっとも、この先は線路や駅が流されており延伸の目処は立っていない。鉄道をどこに通すのか、という問題もあろう。




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 新地駅は先の津波で跡形もなくなっており、去年もそうだったが新地町役場の前に代行バスの停留所がある。
 図書館の前、昔の倉庫を臨む入り口には来る衆議院議員選挙の案内が掲げられている。震災後初の総選挙、新地町の人達の思いは如何に。





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 かつてボランティア活動の拠点であり、集合場所であったボランティアセンターの跡はバスの折返場となっており、その手前には3件の仮設店舗が並んでいた。
 その向かい、昼飯時の腹を満たしてくれたとんかつ屋さんは残念ながら日曜日はお休みのようだ。
 ここから海岸線の方向を向くと、さすがに瓦礫は片付いていたが何もない荒涼とした更地が広がっている。こうした光景は、新地町の本来の姿ではないのだろう。震災後に訪れた私はこんな風景、もっと荒れた残景を見ることがあったのだが、これが本来の姿ではないことは心に留めておきたい。

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 次のバスまで1時間程あるので、国道の反対側を歩いてみた。
 反対側は街並みも無事であり、日曜日のせいかこの日は人通りも少なく静かであった。
 田んぼには稲刈りの跡が残っていた。紅葉には遅い時期だったのか遠くの森や山に紅葉を見ることは少なく、通り沿いにはすすきが伸びていた。

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 再びバスに乗り、代行バスの終点である相馬駅へ。去年はまだ鉄道が復旧していなく代行バスも原ノ町まで運行していたが、今は相馬~原ノ町の折り返しで電車が走っている。
 瓦屋根に植木で重厚な感じの駅舎である。






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 駅の中の様子。駅の中だけ見ると、臨時体制であることは感じられない。改札口上のモニターでは、原ノ町へいく列車の発車時間と亘理へ行く代行バスの出発時間が案内されている。




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 相馬駅の案内板。本来は仙台方面に行く列車のためのホームを、逆方向の原ノ町行き電車の乗り降りに使っている。両側の次の駅が書かれている案内板である。








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 電車はロングシートの2両編成。










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 15分ほどで原ノ町に到着。
 ここの改札口では、相馬へ行く電車の時刻とともに、ここから南へは列車が走っていないことがモニターで案内されている。







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 原ノ町駅。









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 駅の脇には、この駅に停まっている間に震災に遭遇して行先をなくしてしまったであろう特急列車が留置されていた。しばらくはこの先に進むことはできない。
 ここからはバスで福島に行き、新幹線に乗り換えて東京に戻った。

 途切れた線路はしばらくは繋がらないのだろう。それでも、人々の求めに応じて鉄道なりバスなりを走らせている人たちに敬意を表しつつ、人々が狭い世界に閉じ込められてしまうことがないように願いたい。

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