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2014年3月20日星期四

2014年春・伊豆大島(4)波浮港と地層切断面

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 前回の続き。大島公園からバスとタクシーを乗り継ぎ、島の南にある波浮港へ。観光客の玄関口は元町港か岡田港で、この波浮港は漁港なのだが、どういう訳か波浮港の名前は昔から聞いたことがあった。
 波浮港見晴台から見た波浮港。港では高校生だろうか、カッターボートの練習をしているのが見えた。




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 都はるみが歌う『アンコ椿は恋の花』の歌碑。歌詞の中にここ波浮港が歌われている。








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 この波浮港は1800年に秋広平六により開削され、漁港として栄える礎となった。その秋広平六の像。








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 バスが通る大島一周道路と別れ、下っていく道を歩けば港に着くだろうと適当に歩いていると、道をふさぐように「旧甚の丸邸」という家が。かつての網元の家の跡。







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 古い家の一角で、たい焼きを売っていた。









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 石畳の道の先はやや急な階段になっている。階段の脇には幸田露伴を始めとした文筆家にまつわる石碑が並び、「文学の道」になっている。







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 階段を下りていくと旧港屋旅館が。かつては漁師たちがここに泊まり、踊り子を招いた宴席が華々しく開かれていたそうだ。上の旧甚の丸邸とともにかつての暮らしぶりを伝える資料館になっているのだが、いずれも開館時間が16時までとかで中を見ることはできなかった。





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 川端康成の小説『伊豆の踊子』に描かれている主人公が惹かれる踊子は、「大島の波浮の港の人達」という旅芸人の一行のひとりと描かれている。
 港のすぐ裏手の細い道。





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 夕暮れ時の波浮港。港には小さな漁船とともに、大島海洋国際高校の練習船「大島丸」と東京都の漁業調査船「みやこ」が停泊していた。







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 大島丸。島に暮らす高校生、あるいは島で学ぶことを志した高校生がこの船に乗って遠洋航海に出る。








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 元町から波浮に行く途中に車窓で見た地層切断面が気になったので、翌朝バスに乗って再訪。説明によると噴火の度に飛び散った軽石や火山灰が地形に合わせて堆積してできたもので、路面にいちばん近いところで1万5千年前の噴火によるものなのだそうだ。

 今では東京都の一部であり、高速船で2時間余りで行くことができる大島だが、「伊豆」大島の名の通りかつては伊豆国だったせいかあるいは海が隔てるせいか独特の景色を見せてくれるし、活火山の島ということで自然が織り成す光景にも独特のものを感じる。

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