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三月 2014

2014年3月30日星期日

ジャンボジェット

 子どもの頃、夏休みはほぼ毎年母の実家がある愛媛に遊びに行っていた。当時は日本航空が国際線と国内幹線、全日空が国内幹線と地方路線というように棲み分けが決まっている時代であり、松山に行く時に乗っていたのはいつも全日空の中型機、ボーイング727だった。大きなボーイング747、いわゆるジャンボジェットのことを図鑑や空港で見る度に、あれに乗ってみたいと思ったものだった。
 それが叶ったのは小学校5年生の時、父の故郷である福岡へ行く時だった(それまでも福岡に行くことはあったが、松山から船とか飛行機とかで行っていた。その時乗る飛行機は小型のYS-11)。初めて乗ったジャンボジェットは国際線仕様で、機内誌が日英2か国語だったこともあり何かやはり特別に感じた。2階部分に乗ってみたいと子ども心に思ったものだ。
 その後大人になると飛行機に乗る回数も増え、ジャンボジェットに乗ることも珍しくなくなり、そして松山空港にもジャンボジェットが飛んでくるようになった。
 さらにその後、日本航空からはジャンボジェットは3年前に退役し、そしてこの度明日3月31日を以って全日空のジャンボジェットも退役するのだそうだ。

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 世界の空から完全に引退するというわけではないのだが、そういわれると見に行きたくなる。写真は3月に羽田空港にて。







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 もっとも日本の航空会社では退役するということだが、海外の航空会社のジャンボジェットはまだ飛び続けている。左写真は去年(2013年)12月に台湾へ行った際に、帰りのフライトで乗ったチャイナエアラインのボーイング747。右写真は今年2月に成田空港で見た貨物機。

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 日本航空のジャンボジェット。2008年3月に台湾・桃園空港にて。日本アジア航空が消滅する直前で同社の名前でのフライトだったのだが、機体は日本航空のものだった。

 長きに渡り活躍したジャンボジェット、最初は憧れであり、その後普通に乗るようになったが翻ってよくお世話になった、印象深い飛行機である。

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2014年3月23日星期日

2014年春・伊豆大島(6)行きは竹芝から・帰りは調布へ

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 今回の大島小旅行だが、行きは竹芝桟橋から東海汽船のジェット高速船で大島に向かった。
 浜松町から徒歩10分とかからないところにある竹芝桟橋。広場にある帆船のマストは何だろう。
 客船ターミナルの建物の一角には、島民専用の待合室もある。




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 高速船は派手なカラーリングだ。朝8時に竹芝を出発。









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 高速船の前後には、東京湾のレストランクルーズ船「ヴァンテアン」と、小笠原諸島との間を結ぶ「おがさわら丸」が停泊していた。

 出発するとかつての船の科学館や羽田空港を両側に見て、そのあたりからスピードを上げていき時速80キロくらいで走っていく。この日は天候も良く、遠くに富士山も見えた。
 この日は館山経由で大島へ。

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 大島へ到着。到着する港はその日の気象・海象によって岡田港か元町港のどちらかになり、この日は岡田港着。観光バスや路線バスもその日の発着地にあわせて運行しているのだが、土産物屋や観光案内も船の発着地にあわせて働き場所を変えるのは大変そうだ。





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 高速船が浮き上がって走る姿を見ることができた。こちらは熱海・伊東から大島へ向かう船。着岸していたり速度を緩めているときとはだいぶ様子が違う。







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 他方、帰りは新中央航空の小型機で大島空港から調布飛行場へ。東京の空港は羽田だけではない。
 新中央航空のほかには全日空が羽田との間を結んでおり、他には伊豆諸島の各島間を結ぶ東邦航空によるヘリコプター「東京愛らんどシャトル」も窓口を構えている。
 チェックインも窓口の係員とのやり取りで行う。搭乗に際して体重の申告が必要だったり、荷物は5キロを超えると追加料金が必要だったり極力預けることを勧められたりするのが、小さな飛行機での運航ならではである。
 普通は飛行機に乗るときは保安検査場を通り、ゲートの金属探知にかかったときに係員によるチェックを受けるのだが、ここでは最初から係員によるチェックなのもこの路線ならではと言える。チェックも出発前に一斉に呼び出される形で進む。

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 調布からやって来た飛行機から新聞が運ばれてくる。空港で引き取りの人が待ち構えていて、これから島のあちこちに送られるのだろう。








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 乗る飛行機はドルニエ228なる飛行機。19人乗りとかで、最後部が3人横並びのほかは1人掛けの座席が縦に並ぶ。









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 離陸後はずっと低い高度で進んでいき、すぐに江ノ島あたりかと思える場所で本州側に。その後多摩川が見えると到着が近いのだなとわかる。





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 味の素スタジアムに隣接した飛行場を機窓に見て、Uターンして北側から調布飛行場に着陸。
 ターミナルは最近使われだしたのだろうか、新しい建物だった。2階に展望スペースがあり、今乗っていた飛行機を見ることができる。遠くには東京外国語大学の建物が見える。





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 調布飛行場のバス停は朝夕以外はバスが通らないようで、近隣のバス停まで歩くことになる。あるいは、待っているタクシーに乗って空港から先を目指すことになる。京王線の飛田給や西武線の多磨駅ならば歩いていけそうなので、多磨駅を目指すことに。
 ここ調布飛行場は太平洋戦争開戦直前に作られその後当時の日本軍が用い、その後この一帯は米軍により使用された後に1970年代までに日本に返還された。戦時中に日本の戦闘機を覆い隠すための掩体壕が、飛行場と道を隔てた東側の公園に残っている。

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 こちらは飛行場の北から西へと広がる武蔵野の森公園。近所の親子連れと思われる人たちや、冬が終わりつつある青空の下を走る野球チームなどスポーツチームの子ども達で賑わっていた。







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 公園では、早咲きの桜が鮮やかな色合いを見せていた。








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 飛行場を行き交う小さな飛行機を見ながら、散策したり芝生でくつろいだりできそうな武蔵野の森公園である。

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2014年3月22日星期六

2014年春・伊豆大島(5)かつての流刑の地

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 前回の続き。大島はかつては流刑の地でもあった。
 元町港には、保元の乱で捕えられた源為朝がこの島に流された際の住処と伝えられる為朝館跡が。今は赤門ホテルというホテルの敷地内になっているが、海岸に抜ける抜け穴や物見台の跡がホテルの庭に残っている。
 もっとも流人とはいえ島では大暴れをして大島を始め伊豆七島を支配するに至り、そのために討伐されたと伝わる。


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 赤穂浪士の遺子のうち4名も大島に流刑になったと伝わる。そのうち赦免の報を待たずに亡くなった間瀬定八の墓も、元町港付近にある。

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2014年3月20日星期四

2014年春・伊豆大島(4)波浮港と地層切断面

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 前回の続き。大島公園からバスとタクシーを乗り継ぎ、島の南にある波浮港へ。観光客の玄関口は元町港か岡田港で、この波浮港は漁港なのだが、どういう訳か波浮港の名前は昔から聞いたことがあった。
 波浮港見晴台から見た波浮港。港では高校生だろうか、カッターボートの練習をしているのが見えた。




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 都はるみが歌う『アンコ椿は恋の花』の歌碑。歌詞の中にここ波浮港が歌われている。








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 この波浮港は1800年に秋広平六により開削され、漁港として栄える礎となった。その秋広平六の像。








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 バスが通る大島一周道路と別れ、下っていく道を歩けば港に着くだろうと適当に歩いていると、道をふさぐように「旧甚の丸邸」という家が。かつての網元の家の跡。







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 古い家の一角で、たい焼きを売っていた。









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 石畳の道の先はやや急な階段になっている。階段の脇には幸田露伴を始めとした文筆家にまつわる石碑が並び、「文学の道」になっている。







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 階段を下りていくと旧港屋旅館が。かつては漁師たちがここに泊まり、踊り子を招いた宴席が華々しく開かれていたそうだ。上の旧甚の丸邸とともにかつての暮らしぶりを伝える資料館になっているのだが、いずれも開館時間が16時までとかで中を見ることはできなかった。





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 川端康成の小説『伊豆の踊子』に描かれている主人公が惹かれる踊子は、「大島の波浮の港の人達」という旅芸人の一行のひとりと描かれている。
 港のすぐ裏手の細い道。





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 夕暮れ時の波浮港。港には小さな漁船とともに、大島海洋国際高校の練習船「大島丸」と東京都の漁業調査船「みやこ」が停泊していた。







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 大島丸。島に暮らす高校生、あるいは島で学ぶことを志した高校生がこの船に乗って遠洋航海に出る。








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 元町から波浮に行く途中に車窓で見た地層切断面が気になったので、翌朝バスに乗って再訪。説明によると噴火の度に飛び散った軽石や火山灰が地形に合わせて堆積してできたもので、路面にいちばん近いところで1万5千年前の噴火によるものなのだそうだ。

 今では東京都の一部であり、高速船で2時間余りで行くことができる大島だが、「伊豆」大島の名の通りかつては伊豆国だったせいかあるいは海が隔てるせいか独特の景色を見せてくれるし、活火山の島ということで自然が織り成す光景にも独特のものを感じる。

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2014年3月18日星期二

2014年春・伊豆大島(3)大島公園の椿

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 前回の続き。荒涼とした三原山を後にして、椿まつりの期間中ということで椿咲く大島公園へ。三原山から大島公園へは前回紹介したテキサスロードを通って歩いていくこともできるが、荒れた道を長い距離歩くよりはということで、大島温泉ホテルへ抜けたあと1日2本ある大島公園行きのバスに乗車。これを逃すと一旦港へ向かうバスに乗って乗換が必要になる。

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 園内では日本や世界各地が原産の椿の花が咲いていた。写真は「フランス白」。フランスというが関東地方の産らしい。







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 赤い椿はひときわ目立ち、緑の葉と青空に映える。やはり関東産の「繻子重(しゅすがさね)」。








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 こちらは外国が原産の「マリーホッブタイラー」。欧米で品種改良されて逆輸入された椿も多く、公園に「用品種コーナー」という一角がありそこで咲いている。







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 ピンクと白、二色の花びらを持つ花も。その名も「光源氏」。








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 椿の木とともに、柑橘系の木も。








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 早咲きの大島桜は、既に葉桜になりつつあった。大島桜が本格的に咲くのはこの後、4月上旬頃だそうだ。

 公園の入口では、先の台風で被災した方々が住む仮設住宅のために、鉢植えを入れたプランターにメッセージを書いて贈ろうという試みが。ここ伊豆大島にも仮設住宅があることを、恥ずかしながらこの時知った。
 バスに乗っていると市街地で壁が崩れた家を見ることも少なからずあった。三原山で自然を感じさせてくれる伊豆大島での台風災害だが、未だ日常を取り戻せていない方々が早く日常を取り戻すことを願いたい。

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2014年3月17日星期一

2014年春・伊豆大島(2)三原山・お鉢めぐり

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 前回の続き。火口展望台から火口を見た後は、火口の周りを一周する「お鉢めぐり」のルートに歩みをとる。
 見下ろす電波塔の先を、東京湾のどこかを目指して船が行く。






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 さらに沖合には、伊豆諸島の他の島々の姿がうっすらと見える。








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 山頂口からの道や火口展望台への道は舗装されていたが、お鉢めぐりの道は舗装されておらず細かい溶岩や石の道を歩く。
 道のすぐ脇から水蒸気が上がっている。少し離れたところをそっと触ってみると地面が暖かく、三原山が「生きている山」であることを実感できる。




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 お鉢めぐりを半周して火口の反対側へ。こちら側も、盛り上がった三原山の下は広い台地になっている。








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 火口の周りは略標高700mなのだが、あちこちにアップダウンがあり体力を使う。








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 登山道と反対側から見る噴火口。展望台からの風景にも増して、火口の全貌を見渡すことができる。








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 火口のすぐ右(東側だろうか)もやはり平坦な台地になっていて、その周りを盛り上がった内輪山で囲んでいるのがわかる。今歩いているのはその内輪山。







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 内輪山の斜面から水蒸気が上がっている。
 その先には、1986年の噴火でできたB火口がある。








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 パンダのようにも見える溶岩の固まり。









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 もう少しで火口を一周というところでお鉢めぐりとは別れ、大島温泉ホテル方面に向かう下り道へ。
 三原山頂口への道は行きに通ってきたとおり舗装されているが、こちらは砂利道。






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 この道は「テキサスロード」と別名が付けられている。なるほど、荒涼たる風景がその名前の由来だろう。
 溶岩の塊が並ぶ様は、中国・昆明の石林を思い起こさせる。もっとも石林は溶岩ではないが。






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 3キロ程の下山道、途中で島の東側を目指すテキサスロードと別れて一気に下りた後、半分は平らな台地を進んでいく。







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 荒れた台地の先に木々が現れる。人の高さよりも大きい木々の中を歩くのは森林を歩くハイキングのようであり、ここまであるいてきた三原山の道とは趣を異にする。



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 春先の緑の木々。岩や荒涼とした大地を見てきた目には新鮮に映る。







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 椿の木を横目に、写真から右側に向かって急な坂を登ると大島観光ホテルの前に着き、三原山ハイキングは終わり。
 地面から上がる水蒸気、暖かい地面、そして広く深い火口と、東京の沖合にある島で生きている自然を感じられる三原山だった。

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2014年3月16日星期日

2014年春・伊豆大島(1)三原山へ

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 駅に貼ってあったこんなポスターに誘われて、伊豆大島へ行ってみた。







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 伊豆大島へ船で行くとその日の気象・海象によって到着する港は岡田港か元町港のどちらかなのだが、この日は岡田港に着いた船を降りてバスで三原山頂口へ。路線バスなのだが観光客向けに三原山の紹介や、大島独特の着物を着た女性「あんこさん」はもともと目上の女性に対する敬称だったことなど島のみどころやそれにまつわる文化の紹介がアナウンスで流れる。
 港から30分ほどで三原山頂口に到着。平らな台地の奥に三原山が見える。

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 山頂口から海を見ると、大島空港の先に海を隔ててうっすらと伊豆半島が見える。東京など各地を目指すであろう船が進むのも小さくではあるが見ることができる。







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 山頂を目指す道は舗装されていて歩きやすい。
 登山道の入口には「この道は、人と馬の専用道路です」との案内が。





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 三原山は最近では1986年に噴火し、全島避難を経験している。道のすぐ脇には固まった溶岩があちこちにある。








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 平らな台地を歩いた後は一気に200mくらい登り、山頂口から歩くこと50分ほどで火口へ。
 今歩いてきた台地を振り返る。







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 噴火の際に飛び散った溶岩のしぶきが積み重なって固まったもの。アグルチネートと呼ぶそうだ。








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 ガイドブックによると「ゴジラのように見える岩」。その場ではちょっと違うかと思ったが、なるほど後で写真で見るとそう見えなくもない。







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 火口展望台を目指す短い道へ。噴煙かと思いきやほとんどが水蒸気なのだそうだが、あちこちで白い水蒸気が上がっている。







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 遠くだけでなく、参道のすぐ横でも水蒸気が上る。







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 火口展望台から見た火口。ガイドブックによると火口の深さは250mとかで、自然が作る風景に驚きである。

 写真が多くなったので、火口を一周する「お鉢めぐり」など続きは後程。

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2014年3月9日星期日

続・寝台特急あけぼの

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 前回の続き。鷹巣で一泊し、翌朝鷹ノ巣駅から今度は青森へ向かう「あけぼの」に乗った。

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 JR鷹ノ巣駅の隣には、秋田内陸縦貫鉄道の鷹巣駅が建っている。後者の駅舎内は「つるし雛」の飾り付けが。








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 JR鷹ノ巣駅へ。「あけぼの」の名が見られる時刻表も残りわずかだろう。








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 「大太鼓の里」とのことだがこの日は雪深くまた雪も降っており、ホームの屋根のない列車が停まらないところには深い雪が。





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 朝8時過ぎ、雪を飛ばしながら寝台特急「あけぼの」が鷹ノ巣駅に入ってくる。








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 車窓には一面の雪景色が。









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 青森発が羽後本荘まで指定席特急券で乗車できるのに対し、青森へ向かう列車は羽後本荘から立席特急券で乗車することができる。早朝だが途中駅から青森まで、あるいは途中駅間を利用する人がぼちぼちといた。
 この日乗ったのは青森発と同じ4号車、車内アナウンスでは3号車は団体客が乗っているので立席特急券の客は4号車にとアナウンスしていたので、普段は3号車と4号車に乗せているのだろう。


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 トンネルを抜けて青森県では青空も見えたが、雪深い車窓は変わらず。







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 青森駅に到着。









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 最後尾の客車についた雪が、ここに来るまでの厳しさを物語っている。








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 こちらは機関車が切り離された、電源車。









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 切り離された電気機関車が、回送されていく。









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 函館から青函トンネルを経てやって来た特急列車と。









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 前項で「乗りたいと思わせてくれる」と書いたが、日本では飛行機網が発達し、また東京から青森へ新幹線も走るようになった。他方で寝台特急のように夜移動するというものでは夜行バスもあちこち走るようになった。寝台特急の立ち位置も中途半端になり、夜行輸送に限っても大量輸送という列車の特徴を満たせるほどの客を得られなくなったのだろうか。乗りたいと思わせてはくれたが、いざ移動のニーズとなると他の交通機関が選ばれたということになろう。
 何にせよ、「ブルートレイン」の姿を見ることが少なくなるのは残念である。

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2014年3月8日星期六

寝台特急あけぼの

 かつて日本各地を走っていて、そして「乗りたい」と思わせてくれた寝台列車、ブルートレインも次々と姿を消し、上野と青森を結ぶ寝台特急「あけぼの」もこの3月14日の運転を最後に定期列車としては姿を消す。運転終了間際ということでやはり切符は取ることは難しく、指定席券や立席特急券で乗ることができる区間だけ乗ることにして、先月のことだが乗ってきた。

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 青森から上野へ向かう上り「あけぼの」は、途中の羽後本荘までは指定席券で乗車することができるので、その途中まで乗ることにした。
 夜8時頃、ディーゼル機関車に牽かれた客車が青森駅に入ってきた。





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 牽引する電気機関車は反対側に。









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 これから上野へと、一晩の旅路に就く列車である。









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 ブルートレインのみならず、機関車が牽く列車、牽かれる客車というのは日本では見ることが少なくなった。





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 機関車のすぐ後ろ、1号車は女性専用「ゴロンとシート」。東京と出雲市・高松を結ぶ電車寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」だと「ゴロンとシート」は桟敷のようなスペースに仕切りを設けたもので寝台車輛とは趣が異なるが、この「あけぼの」では普通の寝台車輛との差は寝具の有無だけである。

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 4号車が、青森から羽後本荘の間で指定席用として供されているようだ。








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 最後尾は電源車兼荷物車。もっとも、荷物輸送には供されていないようだ。








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 車内は2段ベットになっている。中央の柱を両側に引くと梯子になって、上段に登ることができる。
 ベットなので長さがそれなりにあり、指定席区間の座席としては3人掛けの向かい合わせになる。






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 通路側では簡単な腰掛けを引き出して座ることができる。
 4号車は普通に特急列車を使うように使われていて、途中の大館で降りる人、大館から乗ってくる人などがいた。








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 本来先頭車輛にもなれる車輛が中間に使われており、その扉にもヘッドマークが。前面が割れているのが痛々しい。









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 乗ること1時間半、秋田の鷹ノ巣駅で下車。秋田内陸縦貫鉄道の車輛が隣で乗り換え客を待つ。









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 鷹ノ巣駅を出発する「あけぼの」。










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 翌日にはこの鷹ノ巣駅から逆方向の「あけぼの」に乗ったのだが、それはまた後程。

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2014年3月7日星期五

2014年・成都(4)その他もろもろ

 前回の続き。今回訪れた中で紹介していなかったところ、書き忘れたことなどをぼちぼちと。

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 成都郊外にある、いにしえから水利を担う都江堰。先の四川大地震で甚大なダメージを蒙ったそうだが、今は普通に訪れることができる。




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 過去にここを訪れた中国の指導者。








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 その都江堰へのバスが出る、成都の茶店子客運站(バスターミナル)。窓口への割り込み(サイドアタック?)ができないように、窓口の前に回転柵が設けられている。中国で列車やバスの切符を買おうとすると残念ながらこうした割り込みをしばしば見かけたものだが、この回転柵は有効だと思う。




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 成都と言えば辛い料理、「麻」=山椒の痺れる辛さが効いた料理である。その代表的なものは麻婆豆腐、そしてその元祖と言われる「陳麻婆豆腐」へも行った。山椒が効いて美味しい麻婆豆腐を廉価で食べられるのだが、服務態度がいまひとつだったのが残念。

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 陳麻婆豆腐の隣には電動自転車屋が。日本の電気自転車は電動アシストだが、中国では自走する電気自転車が普通に走っている。上海に住んでいた頃に拙ブログに書いたが、音を立てずにかなりのスピードで走ってくるので用心である。





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 昆明などのように「常春の地」とはいかずそれなりに寒かったが、移動する車窓からは菜の花畑が見えることが多く、目を和ませてくれる。写真は楽山から峨眉山に向かう途中、食事のため一時停車したところにて。






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 峨眉山の万年寺には梅の花が。









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 成都はパンダが売りになっているが、峨眉山は猿が出没するところとかで、土産物にも猿の人形が。








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 成都といえば、三国時代の蜀の国の都としても知られている。『三国志』でもおなじみの張飛にちなんだと思われる「張飛包子」の名を掲げた店。
 何故か隣には消火器がたくさん。





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 成都の夜景。
 如何せん日本からだと行くだけでも1日がかりで遠く感じるのだが、見るべきところ、味わうべきところの多い場所だと思う。

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2014年3月5日星期三

2014年・成都(3)楽山大仏と峨眉山

 前回の続き。パンダを観た翌日は、1日かけて成都近郊の楽山大仏と峨眉山を観に行った。
 現地の旅行会社のツアーに申し込んで参加した。朝6時前の出発。

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 楽山大仏の入口から階段や坂を登ることしばし、大仏の頭の横に着く。ここで耳を触ったり、花を触ったり、頭をなでたりしているような位置に立って写真を撮るのがお約束なようだ。






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 高さ71メートルの大仏の脇を急な階段で下っていく。階段の脇には、小さな仏像が彫られている。








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 大仏の正面の川面近くまで降り、全体を見る。
 大仏は目を開けているが、9世紀にできたこの大仏が目を開けたのは50年前のこと。







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 足のそばにある「触るな」という表示と比べて、その大きさがわかる。








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 園内からの大仏は見上げるように見ることになるが、大仏の前を流れる川に遊覧船で繰り出し、大仏を見る方法もある。
 園内の仏閣や歩道の壁面などに観音などが祀られているが、写真を撮るのは好ましくないそうだ。





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 午後は峨眉山へ。もともと1日以上かけて観てまわるべき峨眉山を半日で観ようというのだからおのずと行動範囲は限られ、高いところへ行くことはできない。
 万年寺に登るロープウェーの乗り口近くにて。低いところでも切り立った崖が、古来から近年まで近寄り難かったであろうことを感じさせる。




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 ロープウェーで登ると、標高1,000mあまりの万年寺に。
 楽山・峨眉山とも、主な寺では花火のような形の香を焚いたり、観音像などの前で祈りをささげたりする人が多い。中国の人で同じツアーに参加していた人にもそうした人が多かった。





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 万年寺からは、歩いて山を下っていく。
 山に不相応な靴で来た人はすぐに歩きづらくなり、ひっきりなしに担ぎ屋の誘いを受けていた。







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 名前は忘れたが、2つの橋とあずまや、それを囲む緑と水が美しい。








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 日本の良寛和尚に因んだ「中日詩碑亭」があった。








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 吊り橋を渡る。水が綺麗である。








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 高いところに登らなくても、十分に美しい風景を堪能できる。
 ただ、楽山大仏でも峨眉山でも、それぞれのガイドが土産物売りとつるんでいるのか?楽山ではお茶と装飾品を、峨眉山ではお茶を勧めるのに時間を費やすのはどうかと思った。それがなければもっといろいろなところに行くことができたり、早起きの必要がなかったり早く帰ることができたりしたかもしれない。

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2014年3月4日星期二

2014年・成都(2)青岛啤酒原浆(青島ビールの原液)

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 前回の続き。順番は前後するが、成都に着いた夜のこと。成都に行ったら飲んでみたいと思ったのが、同学が教えてくれた青島ビールの原液、「青岛啤酒原浆」。寬窄巷子という通りにある火鍋の店に置いてあったので、早速頼んでみた。
 牛乳を詰めるボトルのような形の容器で出てきた青岛啤酒原浆、瓶ビール1本が35元くらいの店で1リットル98元。
 飲むと鼻に抜ける香りが印象的で、白酒を思わせる力強い香りがする。


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 包み紙には、麦芽・ホップなど厳選され管理された材料を使っていることが書かれている。
 この青岛啤酒原浆、青島ビールの成都工場製なのだが他の都市では出回っていないようだ。しかも賞味期限が6日間なので、ここで作っているものを他の街へ流通させるのも難しそうである。本当に成都でしか作っておらず成都でしか味わえないのであれば、成都のプレミアムビールと言うこともできる。



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 この青岛啤酒原浆を堪能した寬窄巷子、成都の古い街並みを再現した家並みに飲食店や商店が入り、活況を呈している。





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 ここではスターバックスもこのとおり。









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 寬窄巷子の入り口付近には壁を使った芸術作品が。
 左写真は壁を使って再現した昔の部屋、右写真は絵で描いた自転車から側車が出っ張ってきている。




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 成都ということで、寬窄巷子の前には成都のあちこちで売られているであろうパンダグッズの問屋が。たくさんのパンダグッズが、買われていくのを待っている。

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2014年・成都(1)9年振りのパンダ

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 この2月末から3月初にかけて、3泊4日と短い間だったが成都へ行ってきた。日本からだと往復それぞれ1日がかり、成都やその周りを見てまわることができるのは実質2日間だ。
 着いた翌日に向かったのは、成都大熊猫繁育研究基地。パンダの保護繁殖基地であるここには2005年3月に行ったことがあり、9年振りの再訪である。

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 前回訪れたときよりも入口の前を通っている道路(熊猫大通、という)が広くなっている気がするし、入口や公園を囲む塀も立派になった気が。他方で基地の近くまでマンションなどの建物が建ち並んできた気がする。
 入場料は58元、9年前の約2倍である。





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 パンダは年齢などに応じていくつかのエリアに分かれて放されている。園内を走る遊覧車に乗って基地の奥まで行き、それぞれのエリアを見てまわる。
 遊覧車の終点付近のエリアに放されているパンダ。あまり動き回らず横になっているパンダが多い。





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 笹を食べるパンダ。









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 放されているパンダの紹介。日本語もある。









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 「我是国宝、我怕吵!」の表示が。「国宝の私は騒ぎが嫌いですよ」と訳されている。








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 子パンダが2匹くっついている。じゃれあっている、という風でもなく、くっついてじっとしている。








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 こちらは別のエリアにて。少年パンダのエリアだっただろうか。







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 基地内の通り沿いには、鮮やかな色の草花も。








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 そして孔雀も。








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 大熊猫だけでなく、「小熊猫」=レッサーパンダのエリアも。襲いかかってくるかもしれないので注意と書かれていたが、いざ見てみるとこちらを向くレッサーパンダは少なく、丸まって休んでいるか人間のほうを向かずにいるものが多かった。

 笹を食べるパンダの動画。
 大勢の観光客を迎えるのはストレスも生じるかもしれないが、皆順調に育ってほしいものである。

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