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2014年7月2日星期三

2014年6月・北宗谷(1)宗谷岬

 先月末に、駆け足で稚内・礼文・利尻と北宗谷を旅してきた。このあたりは11年前に一度訪れているのだが、年月が経ち記憶が薄れていることと前回訪れたときには天候があまり良くなかったこともあり、前回同様に定期観光バスや路線バスを使って観光名所を巡ることにした。

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 東京から稚内へのフライトに合わせて、空港から日本最北端の地である宗谷岬でしばし停まった後で稚内市内へ向かうバスが走っているので、それに乗ってまずは宗谷岬へ行くことにした。







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 稚内空港は市内と宗谷岬の間にあるので、このバスに乗ると市内へ戻らずに宗谷岬を目指すことができる。
 海岸線の先に宗谷岬を見ながら、バスは岬を目指す。








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 宗谷岬へ着く直前、宗谷丘陵を望む眺めのいいところで運転手さんの計らいでバスを停め、ドアを開けてしばし眺めを楽しむ。
 草原の上では牛たちが放牧され、大地の上を歩いたり走ったりしている。






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 道路のすぐ脇にも牛の群れが。生まれたばかりの子牛が立とうとしているのを、母牛だろうか手伝っている。









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 宗谷公園で40分ほど停車。天気は良いのだがこの日は半袖で十分な暑さであり、海岸近くは視界が良くなかった。
 1983年に起こった大韓航空機撃墜事件の慰霊碑。日本最北端のこの地は当時のソ連と対峙する最前線でもあり、事件発生時は情報収集の拠点にもなった。現場に近いこの地に慰霊碑が建ち、アルメリアの花に囲まれながらそのことを今に伝える。




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 旧ソ連時代だけでなく、その前から北方の守りのかなめであったこの地に1902年に建てられた海軍望楼。宗谷海峡を見張るべく、今の宗谷公園がある台地の上に建てられた。








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 ここから望む宗谷海峡、その向こうのサハリンでは第2次大戦の所謂終戦後もソ連の攻撃に遭うなど、最北の地は戦いを見る地でもあった。そのような歴史をもとに平和を願う碑と、当時の戦没者を慰霊する碑がやはり宗谷海峡を臨んで建つ。






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 樺太、今のサハリンが島であることが確認されたのが200年前のことであるなど、気候厳しいこの地は最近まで探検の対象でもあった。1700年代後半に宗谷海峡を渡ったフランス人ラ・ペルーズの業績を伝える碑。彼に因んで宗谷海峡の国際的な名称はラ・ペルーズ海峡となっている。






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 時は流れ、宗谷海峡を通る船を見守る、日本最北端の灯台。









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 日本最北端の碑などがある海岸線沿いを台地の上から見るが、視界が良くない。サハリンどころか少し先も視界が利かない。








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 台地を下り、海岸線に建つ日本最北端の碑。このように人影がない時間はごくわずかで、宗谷岬は交通の便があまり良くないこともありツアーで訪れる人が多いようでそんな人たちで賑やかな時間が殆どのように見える。







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 「流氷とけて 春風吹いて ハマナス揺れる 宗谷の岬」の歌詞を子どもの頃『みんなのうた』で聞いて覚えている、『宗谷岬』の歌碑。船村徹の曲に稚内在住の作詞家・吉田弘が歌詞をつけたのだとか。
 『宗谷岬』は口ずさみたくなる、良い歌だと思う。
 視界が利かなかったのは残念だが、それでも晴天の下で最北端の碑や歌碑の先に思いを馳せることができる、そんな宗谷岬だった。

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