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七月 2014

2014年7月20日星期日

Sony Ericsson Mini S51SEのroot化

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 IDEOS→Sony Ericcson Mini S51SEとSIMフリーのAndroid端末を使い続け、去年10月にGoogle Playの直売でNEXUS5が出てからはそれを買って使っていた。ところが、買って半年あまり経ったところでNEXUS5の画面に青色の斑点が2か所現れるようになり、サポートセンターとのやり取りの末交換手続きを取ることになった。
 NEXUS5の交換手続きの間、S51SEを再登板させることにした。S51SEはカードサイズの小ささがユニークで気に入って使っていたのだが、ROM1GB/RAM512MBということでメモリーが小さく、アプリの中にはサイズがだんだん大きくなってきたものもあって容量不足の警告がしばしば出るようになり、新しいアプリを入れられなかったり更新できなかったりするようになっていた。
 Link2SDなるアプリを使えば本来SDカードに移せないアプリをSDカードに移すことができ容量に余裕が出るのだが、このアプリを使うにはroot化、つまり普通はできないシステム領域を操作する権限が必要だ。root化は最悪端末が動かなくなる(所謂文鎮化)などリスクもあり、やるなら自己責任でと言われる作業であり今まではやってこなかったのだが、2年以上前の端末を再度活用するために今更ながらroot化をすることにした。
 日本では携帯電話やスマホは2年契約で購入することが多いから2年で新しいのに買い替える人が多いのかもしれず、それ以上長く使うということはあまり期待されていないのかもしれない。更にスマートフォンは日進月歩で古い製品が陳腐化するのが早いのかもしれないが、長く使いたい人はリスクを負わずに長く使えるようであれば本当は良いのだが…

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2014年7月12日星期六

映画『GF*BF』(原題『女朋友。男朋友』)

 先週のことだが、六本木シネマートで上映されていた『GF*BF』を観に行った。台湾では2012年夏に公開され、日本でも大阪アジアン映画祭やアジアンクィア映画祭への出品はあったが2年越しでの公開になる。ちょっと時間がかかっている感はある。

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2014年6月・北宗谷(8)稚内副港市場と「港のゆ」

 前回の続き。抜海駅から稚内に戻り、帰りの飛行機まで少し時間があったので駅から線路沿いの道を15分ほど歩いたところにある稚内副港市場へ。

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 稚内副港市場は食堂・土産物店・温泉が入った複合施設。1階には土産物店が並ぶスペースがあり、ここがメインのようだ。
 やはり1階にあるギャラリー広場ではフリーマーケットが開かれていて、観光客だけでなく稚内の人も足を運ぶ場所になっている。
 建物の中にも飲食店があるが、前の駐車場の脇には小さな食堂や居酒屋があり、中にはロシア料理店も。ロシア料理店は夕方から開店のようで、食することはできなかった。


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 2階にある、天然温泉「港のゆ」へ。裏の漁港を眺めながら温泉に入ることができる。
 先に訪れた稚内温泉「童夢」同様に、体にまとわりつくぬめりがある温泉だった。







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 副港市場の裏は漁港になっていて、出漁を待つ漁船が停泊している。ここも映画『北のカナリアたち』のロケ地だったそうだが、ちょっとした場面だったのかあまり思い出せない。温泉の方に尋ねてみるもどの場面のロケかはわからなかった。
 漁船の向こうにはフェリーターミナルが見え、サハリンへ向かうフェリー「アインス宗谷」が停まっているのが見える。




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 空港へ向かうバスに乗るために、再び稚内駅へ。
 マンホールは、タロ・ジロだろうか樺太犬・北防波堤ドーム、そして利尻富士を配したデザインだ。







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 バス停の表示にはロシア語も。温泉の注意書きや道の案内にも、ロシア語を見ることがあった。
 もっとも、街でロシアの人と思しき人を見ることは少なく、観光団と思われる人たちを稚内公園の開基百年記念館でみかけたくらいだった。

 自分の足と公共交通機関だけであちこち見てまわることができたが、やはり車があるともっと便利に見てまわることができるのだろう。
 今回は駆け足であちこち見てまわったが、特に礼文島や利尻島はまた時間をかけて観てみたいし、今回行かなかったところにもまだまだ見どころはあるだろう。厳しい冬に行くと違うものも見れるかもしれないし礼文の高山植物はもう1か月早く行くとまた違うものが見られるだろうから、違う時期にまた行きたいものである。

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2014年7月9日星期三

2014年6月・北宗谷(7)宗谷本線・抜海駅と稚内駅

 前回の続き。朝の稚内公園を後にして、稚内駅から列車に乗って抜海駅へ向かった。

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 稚内駅を出る普通列車は1日5本、稚内から2駅目、15分ほどで抜海駅に到着。
 ちょうど90年前の1924年(大正13年)に開業した抜海駅、駅舎は当時のものを改修しながら使っているのだそうだ。走る列車は新しくなったが、木造の雰囲気ある駅舎である。






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 反対方向の列車が来るまで30分、駅前から海岸沿いの道道106号線へと道がのびているので、その間に海岸沿いを目指す。
 南を目指す道を見ると利尻富士が、北を見るとノシャップ岬へと延びる半島が見える。この道を北上すると、先述の稚内温泉やその先のノシャップ岬へ行くことができるそうだ。

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 再び抜海駅に戻る。駅前の農地では、他の土地よりも短いであろう耕作期間で作物を生み出すべく、トラクターで整地している人を見た。








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 この抜海駅、1983年(昭和58年)公開の映画『南極物語』のロケ地なのだそうだ。
 高倉健扮する南極越冬観測隊員が、南極の観測基地に置き去りにせざるを得なかった樺太犬を提供してくれた人たちを訪ねて回る。その中で荻野目慶子扮する少女に代わりの犬を連れてこの駅に降り立つも、少女に犬を突き返される、そんな場面がこの駅であったのだとか。
 『南極物語』、30年以上前に映画館で観たのだが、犬を突き返すのは少女の自宅かと思っていたが、この駅だったとは。
 30分の滞在時間で海沿いまでも行ったので慌しく、ゆっくりすればよかったかなとも思った。

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 稚内へ戻る列車の車窓から。雲が増えてきて見通しが良くなくなってきたが、利尻富士を車窓に見ることも。









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 稚内駅に到着。
 ホームに「日本最北端 稚内駅」と記されているが、車止めの先にある日本最北端の表示は駅舎の改築によりガラス越しにしか見ることができないのが残念。







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 函館や東京、そして最南端終着駅の枕崎やJR最南端の西大山駅までの距離がやはりホームに記してある。







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 宗谷本線を走るディーゼルカーに貼ってあるステッカー。










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 稚内駅。11年前に訪れたときは古い駅舎だったのだが2011年に新しい駅舎になったのだそうだ。観光案内所や映画館、そして規模の大きいコンビニエンスストアが併設されている。
 フェリー乗り場も駅の近くだったのが、新しくフェリーターミナルができて駅から10分程歩いたところにある。



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 かつては今の南稚内駅が稚内駅と称していて、今の稚内駅は稚内港駅と称していた。さらにその先、稚内と樺太を結ぶ連絡船の乗り場まで線路は伸びて稚内桟橋駅なる駅があったそうだ。
 今の稚内駅のエリアから外まで改築前は線路が延びていて、その場所まで線路を埋め込みさらに設けられた車止め。さらにその先にはかつての稚内桟橋まで線路が延びている時代を偲ばせるように、広場に線路が埋め込まれている。
 北の駅にもさまざまな変遷があり、一見風情がなさそうに見える今の稚内駅もそこに住む方々にとっては日頃通ったり映画を観た思い出の地だったりして、旅の者にとってはやはり最北端の駅として記憶に残るのだろう。
 そして抜海駅は、大正時代以来の駅舎が時代の流れや映画の撮影を見守ってきたし、これからも見守っていくのだろう。

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2014年7月8日星期二

2014年6月・北宗谷(6)稚内公園・九人の乙女の碑など

 前回の続き。2泊3日の北宗谷滞在の最終日は、稚内公園を散策。

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 前日に礼文島へ行くフェリーの上から見た通り、稚内公園は高台の上にある。坂道を登っていくと、半アーチ型の稚内港北防波堤ドームが見える。








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 短歌の歌碑が並ぶ、単価の道を登ると、氷雪の門が見えてくる。







 

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 坂を登ってまず見るのは、九人の乙女の碑。第2次世界大戦のいわゆる終戦後も樺太ではソ連軍による攻撃が続き、そのさなか樺太真岡郵便局で電話交換手の任務を勤め続け最後には「皆さん これが最後です さようなら さようなら」の言葉を遺して自ら命を絶った9人の女性を慰霊する碑。そのことがあった場所では今や後世にそのことを伝えることは難しいこともあり、ここ稚内に慰霊の碑が建つ。
 その時代に思いを馳せると、この碑の前では背筋が伸びる。

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 その隣に建つのが氷雪の門。戦前に樺太に渡り、望郷の念を持ちつつかの地で生涯を終えた多くの人達を慰霊し、また樺太に望郷の念を持つ人たちのために、カラフトを望むこの地に建てられた慰霊碑である。







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 この日の朝は晴天に恵まれ、碑の先にはかつての樺太、サハリンが見える。









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 ここから開基百年記念塔を目指す途中にある、南極観測樺太犬記念碑。タロ・ジロの物語はおなじみだが、同時期に南極観測に功績があった樺太犬を記念する碑。








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 丘を登ったところにある、開基百年記念塔。
 根元の部分は北方記念館になっていて、稚内の歴史にまつわる展示があり、明治以降のこのあたりの人々の暮らしぶりを伝える写真があったりする。
 加えて樺太にまつわる展示もあり、間宮林蔵の生涯を紹介したり日本統治期の樺太の様子を伝える展示もあった。先に述べた9人の電話交換手の故事も紹介されている。
 館内にはそれこそサハリンから来た方々だろうか、ロシアの方々と思われる団体も見学していた。


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 記念塔の上の展望台は海面からの標高240m、この日は利尻富士が遠くにはっきりと見える。
 逆側にはサハリンも見えた。

 樺太を望むこの地ゆえに、稚内で伝えていかなければならないことが多くあることを感じた稚内公園散策だった。

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2014年7月6日星期日

2014年6月・北宗谷(5)利尻島・利尻富士温泉とペシ岬

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 前回の続き。礼文島を後にして、利尻島へと向かう。
 稚内→礼文→利尻というのは定番の周り方なのだろうか、この約40分の航路も2等の桟敷は人でいっぱいである。
 途中、礼文島へと向かうフェリーとすれ違う。



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 利尻島では定期観光バスは満席で乗れなかったが、そのかわりに港から路線バスで5分程度で着く利尻富士温泉へ。ここは稚内温泉のような体にまとわりつく感じではなく、サラリとした泉質であるように感じた。







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 利尻富士温泉から鴛泊港までは歩いても20分くらいの距離であり、バスの本数が少ないこともあり歩いて戻る。港のすぐ手前にある、海に突き出しているペシ岬という岬の上からの眺めがよさそうと聞いていたので、ここに登ることにした。







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 急な坂道を10分ほど登る。










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 ペシ岬の頂上に到着。見晴らしがよく心地よい。










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 岬の頂上から見る港の先には、利尻富士が見える。










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 振り返ったその先には、今訪れたばかりの礼文島がうっすらと見える。









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 急な坂だけでなく岬を巻いて通っているやや緩やかな道があり、下りはそちらから。斜面の中腹にある灯台。









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 下る途中で見る利尻富士も、また良い。










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 今登ってきた、そしてこれから下っていく先を見る。
 中程には広場があり、1800年代初頭に北方警備に当たった会津藩士の墓がある。厳しい環境で病に倒れ、遠く故郷を思いながらのことだっただろう。
 会津藩と言えば昨年の大河ドラマ『八重の桜』が馴染みに残るが、さらに北の地でもその名を目にするのは意外だった。

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 岬の岩肌には、ウミウが停まっている。










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 岬の入口には、利尻の四季を撮った美しい写真を見ることができるギャラリーとカフェがある。
 そのギャラリーの前で見た猫。強い眼差しが印象に残る。この猫との出会いも一期一会だ。







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 岬を下りて、フェリーターミナルへ着いたところ。これから稚内に帰るために乗るフェリーがちょうど着いたところだった。
 ツアーで来る方々は利尻で一泊が多いのか、稚内→礼文・礼文→利尻が満席だったのに比べると利尻島から稚内に戻るフェリーの乗客は少なく、桟敷席で横になれるくらいの余裕があった。

 利尻島も礼文島も、また行ってみたいところであり、今回は駆け足だったが再訪の機会があればもっと時間をとってゆっくりと歩きたいところだ。違う季節の島の眺めというのも、観てみたいものである。

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2014年6月・北宗谷(4)礼文島・北のカナリアパーク

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 礼文島定期観光バスの最後に組み込まれていたのは、「北のカナリアパーク」。礼文島は映画『北のカナリアたち』の舞台でもあるのだが、その礼文島でセットを作って20年前の小学校の場面を撮影した場所である。
 小学校の分校という想定だが、既存の学校の校舎を使うのではなく利尻富士が見える場所に作ったセットを後に一般公開したのがこの北のカナリアパークである。
 映画ではくっきりと利尻富士が見えていたが、この日はぼんやりと。


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 沖合には、礼文島を目指すフェリーが近づいてくるのが見える。









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 駐車場から近づくときに見えるこのアングルは、かつての先生と生徒が集まるのを外で掲示が見守っている場面だと思う。








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 入ってすぐのところ以外は写真撮影禁止。中には映画に使われた教室の壁面に撮影スケジュールや撮影場面の紹介があったり、授業をしたり後年歌を歌った教室がある。
 生活標語や分校が貰った表彰状など、細部にもこだわっている。映画の時からそうだったのだろうか。






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 海を背にしてカメラを構えると、後に物語の重要人物になる信人、子どもの頃ノブちゃんと呼ばれていた彼がからかわれて泣きながら外に走り出る場面になる。

 『北のカナリアたち』は今回北宗谷を旅する直前に見た。子どもゆえに持ってしまった些細な嫉妬心や行き違い、さらに吉永小百合扮するはる先生が配偶者とは別の男性と会っていたことから生まれた悲劇や憤りをその後の人生に引きずっている様をずっと観させられつつも、その子供の1人である信人が起こした事件をきっかけに、ある意味パラドックスだがわだかまりが解けていったことには救いを感じるストーリーだった。

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2014年7月5日星期六

2014年6月・北宗谷(3)礼文島

 北宗谷の旅、2日目は礼文島と利尻島を回ることにした。稚内からフェリーに乗って礼文→利尻と、あるいはその逆の順番で観てまわって、やはり駆け足だがその日のうちに稚内に戻ることができる。

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 もっとも、1日で2つの島を巡るためにはどちらが先にせよ朝6時のフェリーに乗らなければならない。この頃の稚内は朝4時前から空が明るくなり始め、6時過ぎには写真の通りすっかり朝の爽やかな青空である。
 利尻行きのフェリーとその先の稚内公園を後ろに見つつ、礼文行きのフェリーが出発。船内はツアー客でいっぱいであり、2等の桟敷席は横になることはできないくらいの混雑である。もっとも礼文までは2時間弱なので、甲板でうろうろしたり海を眺めたりしているうちに礼文島である。


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 礼文島行きのフェリーだが、船は左舷側に利尻島を眺めるように進んでいく。
 利尻富士を背景にウミネコが船上に停まり、あるいは利尻富士をバックに飛んでいく。




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 利尻富士が見えるほうとは逆に礼文島の海岸が見えると、もうすぐ到着である。礼文島も稚内同様に、海岸沿いの狭い平地に道路や集落が並び、港もそんなところにつくられている。







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 礼文島では定期観光バスに乗り、島のおもな観光スポットを巡った。
 まず向かったのは島の西側、稚内とは逆にある澄海岬。「スカイ」という音とは対照的に、海の青さと透明度が印象深い場所である。この日は水の下にあるコンブが良く見えるということで、海の透明度は高い。

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 礼文島は緯度が高いこともあり、本州だと高いところに行かないと見ることができない高山植物を低いところでも観ることができる。しかし、それらを観るためには5月に訪れるのがよさそうな感じではある。
 それでも、エゾスカシユリなどの姿が。左にあるのはウドの仲間だが、本州にもいるオオハナウドか北海道のエゾノシシウドか。


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 続いて礼文島の最北端、スコトン岬。緯度は宗谷岬と大差ないがあちらの方が北にあるということで、このスコトン岬は「日本最北限の地」を名乗る。
 そのさらに北に見えるのは。海驢島。トドじまと読む。礼文島のトドは最近増えすぎて漁業によくないのだとか。






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 スコトン岬の横には、それこそトドかアザラシかの背中に見える岩と、魚の背中に見える岩が目に入る。









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 この花はチシマフウロというのだそうだ。その名の通り北の大地や島々だけで観ることができるのだろうか。









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 車窓に、親友同士が1人の女性を巡って決闘をして、その悲しみの涙によるというアイヌの伝説が残る久種湖を観て、港に近い島の南側に戻る。







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 バスはさらに島を横切り、向かった島の南西部にはその形に由来する桃岩がある。この辺りを目指すハイカーが多いのが印象に残った。








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 展望台の先には、こちらも形に因んだ猫岩が。猫が向こうを向いているようにも、こちらを振り返っているようにも見える。






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 北側を振り返ると、地蔵岩なる岩が見える。アイロンの底のような三角形をした岩はここから見ると斜面に張り付いているように見えるが、横から見えると斜面からは離れて細く切り立っているのだそうだ。
 映画『北のカナリアたち』で、ストーリーで重要な事故がここで起こったという設定になっている。人が立ち入るのは容易ではなく、特別に許可を得て撮影をしたのだそうだ。
 その『北のカナリアたち』のロケ地については、また次に。

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2014年6月・北宗谷(2)稚内温泉とノシャップ岬

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 前回の続き。宗谷岬から稚内市内に着いた後は、宗谷岬とは逆方面のバスに乗り、ノシャップ岬まで北上したあと海岸線沿いを走り、15分ほどで稚内温泉の日帰り入浴施設「童夢」へ。

 この稚内温泉は日本最北の温泉なのだとかで、最北の温泉入湯証明書などというものも売っている。湯につかると、体にぬめりのようなものがついているように感じるのが印象に残る。


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 稚内のあたりは、海岸線と台地の間に挟まれた狭い平地に道が通り、その道沿いに店や施設や家、そして畑が並ぶ。
 そんな平地にある運動場では、中学生だろうかサッカーをしていた。






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 温泉につかった後はバスでノシャップ岬まで戻る。
 待つこと1時間ほど、この日は低い雲が遠くに立ち込めていて水平線に日が沈むところは見ることができなかったが、その雲の向こうに沈んでいく夕陽を美しく見ることができた。
 ノシャップ岬までは稚内駅やその先の南稚内などとを結ぶバスが1時間に2~4本の頻度で夕方まで走っているので、気軽に行くことができる。

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2014年7月2日星期三

2014年6月・北宗谷(1)宗谷岬

 先月末に、駆け足で稚内・礼文・利尻と北宗谷を旅してきた。このあたりは11年前に一度訪れているのだが、年月が経ち記憶が薄れていることと前回訪れたときには天候があまり良くなかったこともあり、前回同様に定期観光バスや路線バスを使って観光名所を巡ることにした。

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 東京から稚内へのフライトに合わせて、空港から日本最北端の地である宗谷岬でしばし停まった後で稚内市内へ向かうバスが走っているので、それに乗ってまずは宗谷岬へ行くことにした。







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 稚内空港は市内と宗谷岬の間にあるので、このバスに乗ると市内へ戻らずに宗谷岬を目指すことができる。
 海岸線の先に宗谷岬を見ながら、バスは岬を目指す。








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 宗谷岬へ着く直前、宗谷丘陵を望む眺めのいいところで運転手さんの計らいでバスを停め、ドアを開けてしばし眺めを楽しむ。
 草原の上では牛たちが放牧され、大地の上を歩いたり走ったりしている。






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 道路のすぐ脇にも牛の群れが。生まれたばかりの子牛が立とうとしているのを、母牛だろうか手伝っている。









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 宗谷公園で40分ほど停車。天気は良いのだがこの日は半袖で十分な暑さであり、海岸近くは視界が良くなかった。
 1983年に起こった大韓航空機撃墜事件の慰霊碑。日本最北端のこの地は当時のソ連と対峙する最前線でもあり、事件発生時は情報収集の拠点にもなった。現場に近いこの地に慰霊碑が建ち、アルメリアの花に囲まれながらそのことを今に伝える。




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 旧ソ連時代だけでなく、その前から北方の守りのかなめであったこの地に1902年に建てられた海軍望楼。宗谷海峡を見張るべく、今の宗谷公園がある台地の上に建てられた。








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 ここから望む宗谷海峡、その向こうのサハリンでは第2次大戦の所謂終戦後もソ連の攻撃に遭うなど、最北の地は戦いを見る地でもあった。そのような歴史をもとに平和を願う碑と、当時の戦没者を慰霊する碑がやはり宗谷海峡を臨んで建つ。






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 樺太、今のサハリンが島であることが確認されたのが200年前のことであるなど、気候厳しいこの地は最近まで探検の対象でもあった。1700年代後半に宗谷海峡を渡ったフランス人ラ・ペルーズの業績を伝える碑。彼に因んで宗谷海峡の国際的な名称はラ・ペルーズ海峡となっている。






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 時は流れ、宗谷海峡を通る船を見守る、日本最北端の灯台。









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 日本最北端の碑などがある海岸線沿いを台地の上から見るが、視界が良くない。サハリンどころか少し先も視界が利かない。








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 台地を下り、海岸線に建つ日本最北端の碑。このように人影がない時間はごくわずかで、宗谷岬は交通の便があまり良くないこともありツアーで訪れる人が多いようでそんな人たちで賑やかな時間が殆どのように見える。







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 「流氷とけて 春風吹いて ハマナス揺れる 宗谷の岬」の歌詞を子どもの頃『みんなのうた』で聞いて覚えている、『宗谷岬』の歌碑。船村徹の曲に稚内在住の作詞家・吉田弘が歌詞をつけたのだとか。
 『宗谷岬』は口ずさみたくなる、良い歌だと思う。
 視界が利かなかったのは残念だが、それでも晴天の下で最北端の碑や歌碑の先に思いを馳せることができる、そんな宗谷岬だった。

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