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五月 2018

2018年5月30日星期三

プノンペン・2人の日本人の慰霊碑

 カンボジアでは1975年からクメール・ルージュが国内を掌握していたが、当時都市住民を強制的に農村に移住させて生産活動に従事させる、宗教の禁止、貨幣を廃止するなどの極端な原始共産主義を追求して国内を支配していた。
 そしてその間、国内で酷い虐殺行為を行った。彼らに反対する者のみならず医者や技術者など知識教育のある人々の抹殺を試み、甚だしきは「眼鏡をかけている」から知識人に見える等の些細な理由で虐殺を行った。彼らが統治した4年の間に、200万人が虐殺の犠牲になったと言われている。そしてベトナムに後押しされた勢力がクメール・ルージュを追い払った後もタイ国境近くに逃れて戦いを続け、そしてその政権を押すベトナムやそれを良しとしない中国の介入もあり1980年代の大半はカンボジアは内戦の時期となった。1980年代末から和平の機運が高まり、1991年の4派合意による内戦終結、そして1993年の議会選挙へと進んでいくが、この選挙にはクメール・ルージュは参加しなかった。
 今日、虐殺の舞台となった場所は訪れることができ、プノンペン近辺ではキリング・フィールド(必ずしもこの場所のみを指す言葉ではないが)やかつての学校跡で収容や虐殺が行われたトゥール・スレンなどを見ることができる。

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 他方、このクメール・ルージュが国内を掌握する前に彼らを取材に訪れ、その際に現地で病により命を落とした石山幸基・共同通信社支局長の慰霊碑と、内戦終了後の上述選挙のために国連ボランティアとして活動中に殺害された中田厚仁氏の慰霊碑が、トンレサップ側沿い、王宮に程近いワット・ウナロムという寺に並んで建っている。
 クメール・ルージュの支配そして内戦期へと続く時系列の始まりと最終盤に命を落とした日本人2人の追悼碑の前に立つと、前述のキリング・フィールドなどとは違った意味でカンボジア苦難の時期に思いが至る。

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2018年5月9日星期三

カンボジア・プノンペン空港鉄道

 今年のソンクラン休暇の中2日で、カンボジア・プノンペンに行ってきた。
 バンコクからプノンペンまでは飛行機で向かい、市内へは4月10日に運行を開始したばかりという、プノンペン空港と市内を結ぶ列車に乗って移動をした。

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 空港の建物を出ると、バスやタクシーの案内とともに鉄道の案内のブースがある。「2018年7月31日までは無料」とのことだ。








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 空港ターミナル正面にあるクーラーの効いた待合室で、列車の到着を待つ。









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 待つことしばし、列車がやって来た。前後のディーゼル機関車に客車1輌が挟まれた列車が、踏切もない車道を横切って駅へと入ってくる。








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 空港駅に到着した列車。駅も線路1本と簡素な造りだ。








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 客車の下には、家庭用クーラーの室外機と同じようなものが設けられている。









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 車内の様子。付いているのはやはり家庭用のクーラーだ。









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 出発後列車は道路沿いに走っていき、途中1回スイッチバックで前後を入れ替えて市内へと向かう。スイッチバックと言っても高低差があるわけではなく、別の方面に向かう線路から引き返すべく向きを変える。
 カンボジアの鉄道は長らく線路が荒れ放題だったところを復旧し、ぼちぼちと列車が走るようになったようだ。頻度は少ないので沿道には普通の道路よろしく店や民家が立ち並ぶが、列車の頻度が増えて車やバイクが走れなくなると商売に影響が出るところもあるだろう。
 これら鉄路は、かつてポル・ポト派が逃走する時にも使われたそうだ。

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 途中で列車が行き違いできるところが1箇所あったが、ここも線路が埋まっていたりゴミがあったりでまだ実用には耐え難い感じだ。








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 プノンペン中央駅に近づくと、打ち棄てられた客車が目の前に現れる。
 タイのソンクランと同時期に当たるクメール正月のせいかゴミが線路脇に散乱していたり、やはり線路脇には物干し竿が並び洗濯物がぶら下がっていたりと、線路脇の秩序が保たれていないのがプノンペンの現状と言えよう。





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 30分程かけてプノンペン駅に到着、
 10分程停車し、空港へと向けて出発していった。









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 駅構内の様子。シアヌーク国王を始め王族の写真が飾ってあるのはタイの駅にも似ている。
 カンボジア航空はじめ、スターアライアンス系を中心に駅でのオンラインチェックインと思しき施設があったが、人もおらず使えるのかどうかわからなかった。

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 本格開業の暁には写真のようなメキシコ製のディーゼルカーが導入されるようだが、機関車2輌+客車1輌という空港からのトランスポーターには正直似合わない列車は、暫定開業の意味合いで使われているのだろうか。
 30分おきに運行を謳う空港列車だが、片道30分走って10分停車だと1時間以上おきの運行になってしまう。2編成の導入や、途中複線になっている場所を整備して列車の行き違いができるようにならないと、30分おきの運行はできない。

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 プノンペン駅。1932年からあるそうだが、現在の駅舎は2010年に改築されたものなのだとか。駅正面にもやはり王族の写真が飾られている。








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 帰りも列車で空港へと向かうことにした。
 16時はシアヌークビル行きの列車が発車する時間、隣のホームに停まっていた。
 客車の横に数字が書いてあるが、カンボジアの客車の等級の区別はよくわからない。


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 後部には乗用車を積むオープンな貨車や、オートバイ等を積んだ貨車が繋がれている。







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 シアヌークビル行き列車を見送った後、空港行きの列車も出発。前日空港から乗った時同様に、機関車2輌+客車1輌の編成だ。前の日と同じ編成のようだ。







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 車内は大混雑だが、空港の利用者という訳ではなさそうな人が多い。この日は車道を横切る度に歓声が上がったり、ソンクラン同様にクメール正月もそうなのか沿道から水をかけられたり水風船をぶつけられたりして、これもまた歓声が上がったりしていた。列車そのものが物珍しく、無料ということで乗っている人も少なからずいるのだろう。






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 空港に程近い場所にスイッチバックはある。線路と道路との区別があまりつかない、路面電車の線路のようなのがわかる。








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 やはり30分かけて空港に到着。
 2台の機関車のうち凸型のものはチェコスロバキア製。







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 もう1輌は調べてみるとフランス製のようだ。
 空港と市内を結ぶコミューターとしては異例ともいえるこの列車だが、本格開業の際にはそれ相応の列車に取って代わられるのだろう。今だけの貴重な経験、ということになるのだろう。






 プノンペン到着時に乗った列車が、プノンペン駅で折り返して空港へと向かうところ。プノンペン駅では鳥のさえずりも聞こえてきた。

 こちらは空港駅で折り返して市内へと向かう列車。道路沿いを列車が走っていく。

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