« タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (2) コータウン散策 | Main | タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (4) ラノーンの温泉 »

2019年5月28日星期二

タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (3) ラノーンのナ・ラノーン家

 前回の続き。19世紀にタイ南部で商人として名を上げ、後にこの地の統治者となったのが、許泗漳を祖とする許氏一族だ。中国福建省出身の華人である許泗漳は故郷を出てペナンに向かった後ラノーンの南隣にあるバンガー県に渡来し、錫の採掘で財を成してタイ王朝から認められて官位を授けられ、ラノーンの徴税請負人から昇進しラノーン国王に封じられた。この許氏一族が20世紀に入りタイ風の姓名を名乗ることにした際に、自らの出自を明らかにするために名付けた姓が「ナ・ラノーン」である。
P5191065  その許氏、ナ・ラノーン家にまつわる展示をしているところが、ラノーンで市場や商店が並び賑わうRuangrat通りの北、店などの並びが途絶えがちになったところにある。英語だと「Residence of the Governor of Ranong」と表現され、ラノーンを統治した許氏の家の跡だということがわかる。
 昔はもっと大きな屋敷があったようだが、今はシンプルな平屋建てが残り、その中でナ・ラノーン家にまつわる展示をしている。

P5191073 P5191069  ナ・ラノーン家の末裔の方が館内におられ、流暢な英語と少しの日本語を交えて説明をしてもらった。中にはナ・ラノーン家代々の人の肖像や、昔の建物の写真などが並ぶ。写真中央の碑の如く書いて「ラノーン総督」と読むようだ。

Dsc_0724  ナ・ラノーン家は中国名の名付け方に世代でルールを設けているようだ。初代が許泗漳、二世代目は名前に「心」、三世代目は「如」…というように、世代ごとに付けるべき文字を定めている。案内してくださった方は五世代目とかで、今は八世代目「寶」(宝)の名前の人までいるとのことだ。2代目の許心美はタイ南部のゴム栽培やその行政能力で名を上げ、ラノーンの近隣各地で行政のトップを務めた。

P5191116 P5191115  前述のRuangrat通り。2階がせり出してその下が歩道になっているのは、やはり福建由来の人が多い台湾の街並みを彷彿とさせる。店の入口の上にタイ文字に加えて漢字で屋号が書いてあるのは、バンコクのヤワラートなど華人の多いエリアと共通だ。
 その街の歴史や故事を少しなりとも知ってから訪れると、見たり聞いたりしたことに対する気付きが多く得られるものだ。

|

« タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (2) コータウン散策 | Main | タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (4) ラノーンの温泉 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (2) コータウン散策 | Main | タイ・ラノーンとミャンマー・コータウン (4) ラノーンの温泉 »