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2020年3月

2020年3月29日星期日

『ザ・プロファイラー テレサ・テン』

 1か月以上前に録画したNHK-BSの番組『ザ・プロファイラー テレサ・テン』を改めて観た。
 彼女の生涯については番組でも参考にされていた書籍『テレサ・テン 十年目の真実 私の家は山の向こう』を2年前に彼女の終焉の地であるチェンマイのThe Imperial Mae Ping Hotelを訪れた時に読んでおり、司会の谷原章介氏が「彼女の歌は知っているけれど、人生はよく知らない)と言っていた通りで彼女の人生を改めて映像でたどることができた。
 番組では、『~十年目の真実~』でページを割いた人生後半のフランス人との恋愛やチェンマイでの日々は短く触れるに止め、日本でのデビュー、その日本での活動時に偽造パスポートを使ったことで国外退去になること、処分中に滞在したアメリカでの婚約とその解消、そして日本で再度成功を収めることに時間を割いていた。そして中国でのコンサート打診、天安門事件で学生を支援する歌を歌ったことにも触れていた。
 上記した参考文献ではテレサ・テンの心情を代弁する歌として『私の家は山の向こう』を取り上げていたが、番組ではそれに加えて中国を離れて住む華僑や華人たちが聞くと故郷を思うという『梅花』を取り上げていたのが印象的だった。書籍ではテレビでは触れられていないことを知ることができ、テレビでは書籍では印象に残らなかったところにフォーカスを当てていてそこが印象に残り、番組を観て彼女の人生をより深く知ることができた。
 また本で触れていた『私の家は山の向こう』、現代は『我的家在山的那一邊』も映像や音で聞くとこういうことだったのかと印象に刻まれる番組だった。『梅花』同様に故郷を思うこの歌の歌詞の一部を変えて歌い、集会には「民主萬歳」と書かれたハチマキをして参加していたのも分かった。その年の日本のコンサートで「私はチャイニーズ」と言っている姿に触れており、中国で起こった出来事に心を痛めている姿が伝わったが、彼女のアイデンティティはどこにあったのか気になるところだ。番組では「中国を愛していたのでは」としていたが、台湾で外省人の家庭に育ちアメリカで『梅花』を歌ったテレサ・テンにしてみれば番組の短い言葉ではまとめられない思いがあったのではと思う。
 テレサ・テンが亡くなった1995年から25年、彼女のお兄さんは存命で思い出を語っていた。彼女も生きていたらまだ60代なのだが、彼女自身から思いを聞くことができないのは残念だ。

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2020年3月8日星期日

地下鉄の踏切~東京メトロ銀座線・上野あたりにて~

Img_1026_r  JR上野駅入谷口を出て、日光街道(国道4号線)を北に歩くことしばし、路地に入ると小さな通りを跨ぐ踏切がある。こんなところに列車が走っていたっけ、と思ったが、ここを走るのは東京メトロ銀座線の電車。他の私鉄やJRに乗り入れている地下鉄の電車が乗り入れ先で踏切を通ることはあるが、他所に乗り入れていない銀座線が踏切を通るのは想像しにくい。

Img_0987_r ここがその踏切。街中の小道に踏切の標識が立つ。標識と遮断機の先には赤提灯も見える。

Img_0989_r ここは東京メトロの上野検車区。銀座線の車輛基地になっていて、朝夕に本数を増やすべき時に上野検車区から電車が出発し、あるいは一休みする電車がここに上ってくる。

Img_0993_r  柵の向こうでは、出番に備えて電車が休んでいる。

Img_0994_r Img_1002_r 線路の反対側には地下に潜っていくための線路が。検車区への入口共々普段は鉄柵で遮られている。銀座線は線路に並行している第三軌条から電気の供給を受けているため、立ち入ると本当に危ない。なお踏切の上にはこの第三軌条は走っていないので、心配なく踏切を横切ることができる。

Img_1009_r 出番が近づいた電車が策の前まで進んできて、出発時間を待つ。

Mvi_1023_12_r 柵が上に開き、乗客を乗せる営業運転に向けて旅立つ。

Mvi_1023_11_r 今度は、営業運転を終えて検車区に戻る車両が地下から出てきた。

Img_1028_r  ここは鉄道関係者だけが通る道ではなく、町の人が上野駅を目指しあるいは帰ってくる、さらには街の人たちが普通に往来する細い道だ。普段乗っていると踏切に出会うことがない銀座線だが、道を歩いていると思わぬところで地上を走る、踏切を通り過ぎる銀座線の電車を見ることができる。

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2020年3月7日星期六

献血の話~今度は1年間献血禁止~

 今日本ではコロナウイルス関連の報道が連日テレビや新聞に取り上げられている。2003年のSAASの時と違い日本では発生と伝染を防ぐことができず、残念ながら日本でも感染者が多数出る事態となり、社会を挙げて感染拡大防止に取り組む中、コロナウイルス感染防止また自らが感染・拡大源にならないよう意識しなければならない日々が続く。ウイルス対策が行動に影響を及ぼす日々が続く。
 そのコロナウイルス対策の影響で、献血イベントの中止や外出を控える人が増えたことで献血用の血液が不足しているそうだ。報道や競泳の池江璃花子選手の呼びかけ等あったので、このことが知られ献血者の数が持ち直すといいのだが、と感じる。
 さてこの献血、バンコクに長期滞在した人は帰国後1年間は献血できない。今回の帰国後しばらくして献血ルームに行ったところそのように言われ、今年の9月末まではお役に立つことができない。バンコクは低リスクながらマラリア感染リスクありとされていることから、3か月以上の長期滞在から1年間は献血ができないそうだ。
 日本赤十字社ホームページにある「献血をご遠慮いただく場合」の中、「海外旅行者および海外で生活した方」の欄にマラリア発生地域に関する地図が掲載されており、ここに記載されたような流行地域滞在後3年という説明ではなかったが、問診した医者から上記のような説明を受けた。タイの一部地域は低リスクながらマラリア感染リスクありになっているとかで、周辺国と国境を接する県に加えてバンコクが発生地域に加わっており、また長期滞在する人は少ないだろうがプーケットやサムイ島も含まれている。
 2007年に上海から帰国した時に、当時上海周辺がマラリア感染リスクありとかで3年間献血禁止といわれたが、この地図を見る限りでは現在では中国は雲南省の一部がマラリア感染リスクありになっているのみで、上海周辺は該当していない。今日であれば他の地域同様に献血できるのだろう。

 冒頭の献血者減少に関する、朝日新聞の記事はこちら

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けてイベントの自粛や一斉休校、在宅勤務などの動きが広がる中、献血に協力する人が急減し、輸血用の血液が不足する恐れが出ている。
 日本赤十字社によると、輸血用の血液製剤の中には、利用できる期間が採血後4日間から21日間と短いものが多く、毎日約1万3千人ほどの協力者が不可欠だ。
 ところが、多くの人が集まる場所での感染拡大が懸念されるため、2月下旬ごろから企業や学校での集団献血や献血バスでの街頭献血の機会が激減。3月に予定していた献血イベントなど全国約3800件のうち、5日までに既に約780件で中止が決まった。
 このままでは血液の在庫が不足し、血液型によっては病院に供給できなくなる恐れがあるという。
 東京大田区のJR蒲田駅前では5日、日本赤十字社の関係者らが通行人らに献血への協力を呼びかけた。
 日本赤十字社献血推進課長の小室裕希さん(47)は「血液は一度にたくさんの量ではなく、安定して一定量を確保することが必要だ」と強調する。「長期戦になると思うが、日時を予約してから献血ルームを訪れるなど、混雑を避ける工夫をしながら、ぜひ協力してほしい」と呼びかけている。

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